2009年10月05日

子どものサッカーと親の不機嫌

私は「アホのようにまっすぐ」が大好きです。
うちの小僧はアホなのだから、つまらん計算などなく、真っ向勝負していって欲しいものだと常々思っておりました。
ところが、案外姑息で、なんというか、腹が真っ黒で、どうにもこうにも、彼のプレイスタイルがイヤ。
昨日は試合を応援していて、途中からかなりむかついてしまい、最後には不機嫌になってしまいました。

んでもって、一番自分をさいなむのは、子どもが思ったように動かないということで、不機嫌になる自分のアホさ加減です。
小僧のサッカーは小僧のもので、栄誉も悔しさも、全部彼のものなのです。
親はそんな小僧をそばで支えられてラッキーってな立場で十分で、どんな結果も当然、自分のプライズではない。一緒に喜ぶ、一緒に悔しがることはあっても、あくまでもサポーターはサポーター。こうしろ、ああしろと指示したり、注文をつけることは間違い。プレイヤーズファーストと、日本サッカー協会も言ってます。

なのに、注文をつけたくなっちゃったんだよ、昨日の試合はさ。

サッカーは駆け引きが少ないスポーツなのだと思っていました。
足を使う。相手ゴールに入れる。入れた数が多いほうが勝ち。ああ、なんてわかりやすい。わかりやすいのが何よりです。
ところが、小僧はガチで勝つ事が大好きで、そのためにGKを志願し、指示をしまくり、フィールドに出たときには、勝つためにはチームメイトの気持ちなどを無視して球をとり、蹴りやがります。
その子が預けた球ならいい。
でも、その子の見せ場を横からかっさらうみたいなやり方は、おかーさん、納得できねぇよ。
チームがばらばらになるからね。勝てばいいってもんでもない。

ここしばらく、上級生の中でちょっと控えめにプレイすることが多かったので、ついはじけてしまったのかもしれませんが、いつもと違う小僧を見て、うまいけど、ちょっとキライだこの選手。勝っても一緒に喜べない。と思ってしまったのでした。
で、そんなことを実の親が思ったらダメでしょー!と、耳元でイエローカードを出しまくる「親審判」の笛がうるさい、うるさい。
けどさ!
そんなことだってあるよ、人間だもの。
キライになったら、他人の子だと思って、せいぜい親切にしてあげよう程度のモードに切り替えればいい。無理に愛さなくていい。愛などなくても、マクドナルドのお姉さんみたいに笑顔0円で接してあげればいいんだって、児童精神科医の先生がおっしゃってたよー。

でも、マックのおねえさんにすらなれない、器量の狭い私。
ずーっと不機嫌。反省会のビデオ見ても、不機嫌。

いろいろなことがうまくいかなくて、疲れきっているのかもしれません。
あるいは、潜在的にどこかで、小僧の知らない一面を見て、親離れ子離れを感じ、寂しく思ったのか。
私にもわからない、奇妙な不機嫌が、ひたすら襲ってきました。
唯一のお楽しみが小僧のサッカーだっただけに、なんか私自身が、勘違いしていたのかもしれない。

少年サッカーは、活躍する子の親にとっては麻薬です。
ましてやうちみたいに問題をたっぷり抱えていて、「それしかない」みたいに活路を見出している者にとっては、すっかり依存症の条件が整っています。
離脱プログラムを考えるべき時期に来ているのかも。
小僧のサッカーを、もっともっと伸ばすためにも。
素人の私が口出ししたり、不機嫌になっちゃいけないもの。
いつもニコニコ「かっこよかったよ!」と言ってあげられる親でありたいのに、そんな親をもつ選手しか残れない世界なのに、理性でわかっていて、どうして出来ないかなあ。私の中のドキュン魂が、ヤンキー魂が、「まっすぐに勝負せんかい!」と、吹き上がってしまうのかもしれません。

勝つことは大切だ。
でも、
勝つために手段を選ばなければ、もっと大切なものは、手に入らない気がする。


2009年10月05日 13:07