2009年02月07日

春遠からじ

もろもろ終わらせて、子供たちにはご飯も食べさせてから、相方の病院へ向かう。
渋滞を避けようとして道を間違え、運悪いことにさらに渋滞でドツボにはまり、病院に着くまでちょっと余計に時間がかかってしまった。一時間はしゃべれるはずが、いいとこ30分の面会に。
それでも着替えを持って、お土産話を持って、早足で病室に行くと……。
相方は仕事中なのだった。
そして、仕事中だから、当然邪魔は出来ず、娘はイヤホンしてカオシレーターとかいうリズムボックスを、息子もイヤホンしてDSのバンドブラザーズを、それぞれ相方から借りて遊ぶことになった。
……私だけ何もない。これはかなり、つまんない。
「話しかけてもいい?」
と相方に聞くと、
「しゃべってる分にはいいけど、俺は話、聞けないよ」
それって、BGMとしてのしゃべりってこと?
誰も聞いてないのに、今日あったことをしゃべり続けるってどうよと思い、黙っていることにした。

「終わったー」
というときには、面会終了時刻の3分前で、とりあえず3分間のマシンガントークの最中、病室を追い出された。
駐車場代は500円。ブラジルへの国際電話より高いじゃん!と思いながら、帰ってきた。
「面会時間が終わった後に消灯まで時間があるんだから、お父さん、仕事そのときにすればいいのに。気がきかないな、家族で話をしたかったね」
と、車の中で娘が言った。
今日、娘は日中、病院のある駅前まで行っていながらバスが終わっていて、病院までの道がわからず、タクシーを使うお金も持っていなかったためにしぶしぶ自宅までとんぼ返りしているのであった。父親にやけになついている小6ならではである。かわいそうに。
でも、かあちゃん、よくわかるのだ、仕事ってそういうもの。
今、やっつけたいというときには、中断なんかできないの。
すごくわかる。
だから黙って座っていられたのだ、冷たい病室の床に。仕事は、邪魔しない。

主婦の仕事は中断の連続で、邪魔が入ることが前提で、私はどうもそれが苦手なんだなと思う。
それでも、苦手でへたくそなハウスキーピングと格闘してきた。
生きていくために必要なハウスキーピングは家族で少しずつ協力し合えるぐらい、子供たちも成長してきた。まだまだ家族第一、私は鈴木家の幸福裏方業務が本業だが、そろそろ私も、私自身の仕事を取り戻し始めていい頃かもしれない。
入院という名の厚生施設で、スローライフ信望者になって帰ってくる見込みの相方だが、スローライフに付き合う主婦という境地は、私にはまだ無理だ。もうちょっとだけファーストライフでいたい、せわしない私。そのためにも、経済活動としての仕事をしたい。

この不況と長いブランクで、雑誌には戻れないけれど、やりたい仕事、やってみたい仕事は、たくさんあるの。疲れも抜けて、気力が充実してきたのかな。
いよいよ、春が近づいている。
相方も明日無事退院。


2009年02月07日 22:57