2011年03月19日

被災地からのメール 緊急編

権威ある人の力を借りたい。
例えばガソリンや灯油を、身障者手帳で優先買いできるシステムにできないか。
緊急性の高い身障者だけでも、そうできないか。
ガソリンは満タンでなく、20キロずつだけ量り売りとか、できないか。
役所はしまっているという。
役所の人も被災者であり、休息は必要だが、為政者にはこういう時こそ責任がある。
心ある人、RTでもコピペでもなんでもして、広めてもらえないか。

メールを送り続けているが、がんばれ、という言葉はもう発信できない。
どれぐらい頑張っているか、よくよくわかるから。
枝野、寝ろ。
ぐらいの優しさで、見守りたい。

切ない返信が続いている。
避難所の友達のお子が高熱を出した。

『高熱の原因は耳でした。
尋常じゃない泣き方だったのですがどこが痛いかわからず…どこ?どこなの?…聞いても答えられない、ひたすら泣いて訴えるしかない…病気になる度毎回思います。
言葉が話せたら、ここが痛いのって伝えられたら、どんなに楽か…。
自分の気持ちを伝えられない子どもの辛さ、泣き叫ぶ子どもを抱く母親の辛さ、、病気になった時が一番辛くどんどん苦しくなります。
カードが理解できるまでクレーン(鈴木註・相手の手を持っていって要求を伝える)でママの手を痛いところに持っていけるようになるまで…こんな思いをしてる母子いっぱいいます』

緊急車両に乗れる状態が来てやっと病院に行ける、それ以外はガソリンが無いから動けない。
そんなのって、ないと思うんだよ。
しかし、病院は人で溢れ、薬が足りない、スタッフが足りない、医療の現場も戦場になっているそうだ。
気持ちが届いても、物資が届かないと意味がないじゃないか!と東京とのあまりの距離に愕然とする。

彼女が危惧しているのは、自宅待機になった子どもたちのこと。
先の見通しがないことに健常者だって不安を募らせて買い占め現象を起こしているのに、そこに輪をかけ不安を感じ易いという特徴を持つ障害者には、本当に大変な事態だ。

『私は最悪のことを恐れてます。
障害児のママにもいろいろなママがいてみんながみんな懸命なわけではないのです。
車中に長時間子どもを残し買い物するママ、言ってもわからないから暴力で子どもを抑え込むママ、部屋に閉じ込め生活してる家庭もあります。
障害が重ければ尚更家庭内の問題も重いです。
食べ物もなく母子二人っきりの時間が長く続けば続く程、危険です。その母子も救いたい』

それなのにどうしたって、高齢者保護があって障害者は二の次にされてしまう役所の対応に、彼女は苛立っている。

『介護老人を持つ世帯には買い物に行けない、家の中を片付けられない、その事情で社会福祉協議会が動き家に物資を届けることや送迎付きデイサービス受け入れを始めた。
老人を抱える家族と障害児者を抱える家族は同じだと思うのですが…なぜ叶わない?
市外の市町村は未だに老人介護に一生懸命で障害児者は支援は二の次になってます。
役所の対応は何も変わらず…障害児支援は今はどうしようもないという返事ばかり…』

『何日から学校が始まるという見通しがあれば、よし、あと何日頑張ろうと気持ちも切り替えられますが…全く先が見えない…。
スーパー再開した所もありますが何時間も並び一人買い物は五個までなど制限あります。
結局並ばないと買い物はできない。(鈴木註・並ぶことが苦痛というのもまた特徴)
近くに店がある所は良いですが物資が届いてもスーパーまで行くガソリンがない。
テレビ放映で沢山物資が輸送され救援されたかのように映ってますが現状は何も変わらないです。
物を買いに行けない家族は沢山いるのです』

社会福祉協議会、障害者のフォローも視野に入れてもらえないか。
すぐにメールを書くつもりだが、個人の意見では心もとない。
自分のメディアを持っている方たち、メディアに近い場所にいる方達は、ぜひ発信して欲しいと思う。

助けを待っていても誰も助けてくれないなら、自分たちで頑張るしかない。
ガソリンが手に入れば私が物資を各家庭に届けたい、ガソリンも金属製容器に入れ持ち運びできると聞いたが、どこでその容器が買えるか教えてほしいと彼女が言うほど、切羽詰っているのだ。

そして私はさらに無力を打ちのめされるのだが、彼女のメッセージの最後にこんな文章が。

『4日前、デイサービス施設に行ったとき、支援学校高等部の自閉症の少年が吹雪の中をずぶ濡れになりながら歩いて来ました。
何時間歩いて来たのでしょう…
「お母さんは?○○君一人で来たの?」
「おかあさんはいません。」
「ぼくはここにひなんします。ぼくはここにひなんします…ぼくは…」
と何度も繰り返し同じ言葉を言いました。
私は胸が苦しくなりました。
この子達にとって居心地の良い場所はどこなんだろう?自宅でも学校でもなく学童で利用している施設なんです。悲しい現実です』

しかし、その施設に水も食料もないことは、それより前のメールで綴られているのだ。
つまりそれは・・・。
親をなくしたまま歩いてきた彼は、施設を離れて避難所に移れるんだろうか。
水も食べ物もない施設で、せめて温かく眠れるといいが、明日になればまた、おなかもすくだろう。
彼らにとって施設は自宅と同じ場所だということを理解してもらえたらありがたいと思う。そういうところを避難所として指定してくれないか。

権威ある人が為政者に進言してくれたらいいと思う。
私は石原都知事が大嫌いだが、石原都知事の鶴の一声で、手話を使う聾唖者のための学校がすぐに作られたという記事を読んだことがある。
知事には、権限があるのだ。市長レベルでは動けないか。
私もボランテイア講座を受講しているが、高齢者に偏る社協ではなかったはずだ。
団体のみならず、国家をあげて考えてくれればもっといい。
行政は、「障害者手帳」に、こんなとき、何らかの意味を持たせてくれないだろうか。


2011年03月19日 13:04