2010年03月27日

日常

今日は残務処理に近い。
スタートはのんびり。今頃は、弟が業者立会いの下、父の家の電気ガス水道を止めているだろう。

今日すべきことを終えたら、もう明日からは、無理にでも日常に戻す。
それが父の遺志だ。

昨日、午前中に荼毘に伏したあと、父の妹と、母と、弟一家と私たちでゆっくり会食し、遺骨を一度、弟の家に安置して、お弔いが終わった。
生前忌み嫌っていた読経はせず、ばかばかしいから止めてくれと言っていた花で華美に飾ることもなく、棺にはただただ、大量の手紙と写真。希望通り、本当に質素に送る。
遺影にしたゴールド免許の写真は、ちょっと自慢げな含み笑顔だった。

ガラクタの片付けは業者に頼んでしまうし、残ったものは、本当にちっぽけなあばら家ひとつだ。
書類は休日に入る前にと、昨日一昨日、弟と二人でガンガン処理した。
auの解約だけが死者を前提としていないために大変に手間取って切れそうになったけれど、父の携帯の最期の通話記録を眺めながら、これもまたお別れの時間のひとつかもと思う。
ライフラインと役所や信用金庫は手順さえちゃんと踏めばさほど面倒はなく、父の車を知り合いの業者さんに持っていき、香典返しの手配やら四十九日法要の段取りまで自分たちでやって、快い充足感すら感じていた。

母を線香番にして、この二日間、普段の二倍速で動いていた気がする。
悲しみと対峙するのが下手で、そんなときは全く別のことに集中することで逃げてしまう。きょうだいそろっていくじなしで……そんなところが、まさしく、父の子なんだなあと笑いあった。

これから父の友人たちに、事後報告をする。「さよならをうまくいえない」父の身勝手も、きっと許してくれるだろう。
昨日の段階で、早速お別れの会を企画してくださる方がいて、弟が窓口になっていた。地元に残る弟は大変だな。死を認めた後、一般的な会葬に備えて、即座に来週からの北海道旅行をキャンセルした弟の答えは正解なのだろうが、故人の遺志とはいえ予想以上にあっさり終わりすぎという見方もあり、弟一家の子どもたちとしては、納得がいかない気がする。丁寧に手数をかける葬儀には、周りが納得するという、それなりのきちんとした理由があったんだなあと、改めて知った。
「んー、だよな。多分納得、いかないよな。でも、喪に服すよ。今からじゃチケットも取れないし。あ、仏壇も新調したいし」
と、弟が言う。
「でも、うちの父、そんなこと望んでないじゃん?」
「……そうなんだよなあ、そういう人じゃないんだよなあ」
と、弟が弱っていた。
子どもたちに楽しい日常が早く訪れるように、天国からなんとかしてくれ、おとうさん!!と、思う。

2010年03月27日 12:02