2008年12月22日

英語劇 卒業(推敲後)

タクシーで家に帰ってきたら、うちの駐車場がまるっと空いてる。
わ。車、どうしたんだ?
と娘と言い合って、その後、同時に「あーっっっっ!」
忘れてきたんだった。
駅前の駐車場に。
楽屋入りが早朝だったために、駅まで車で行ったのに。

疲れている……。
首も回らないし、思考回路も、記憶中枢も、動かざること山の如し。
完璧にやばいなあ。
家からトボトボ駅前駐車場まで歩いて、しまったと思う。そこは上限がない、つまり一日最大1500円それ以上はいただきません、みたいなシステムではなく、課金されっぱなしのところだった。なんとなく、泣き面に蜂。

それでも落ち込まず、ほくほくしているのは、娘ちゃんの卒業式だったからだ。
昨日、英語劇団の今年の公演が終わった。母体が語学学校なので、公演が終わると修了式というものが渡されるのだが、今期でやめる娘ちゃんにとっては涙涙の卒業式なのだった。
この劇団には、この世に現存するのが不思議なほど純朴で一本気な小学生、中学生、高校生、大学生、成人が所属している。イマドキの子がいない。で、和気藹々と家族とか兄弟みたいに楽しい雰囲気でミュージカルを作っているのだ。
7ヶ月の長丁場、週二回は稽古場に通うわけで、私なら罰ゲームにしか感じられない「英語劇」を、大金払って作っていこうとする人たちだけに、英語好きの芝居好きの、まじめなのは当然なのだろう。
大きな劇場を借り切っての公演だから、ディレクターの厳しさやキャスト同士のもめごともあるのだろうが、問題が解決するたび絆が深まったんだろうというのも、今日のみんなの号泣ぶりを見ていてよくわかる。
抱き合っておいおい、泣いてるけどおいおい、君たちはリアルに日本人なのか?
男女問わず普通にハグしあうところは、さすがに英語圏に片足突っ込んでいる人たちなのだが、髪は真っ黒だしメイクはしてないし、大騒ぎもせずお酒も飲まず、むしろ地味で慎み深いのよ。
妙齢の男女がてんこ盛りなのにまず恋愛に発展しないのは、思いっきり家族感覚になっているからなんだろう。仲良すぎだ、君ら。と、親たちは苦笑しながら、泣いている子供たちを見ていた。
でも、世代を超えたいい関係の場があったことは、娘ちゃんの小学生時代に、実に貴重な、得がたい体験だったと思う。残念ながら英語力には期待できなかったが、六年間みっちり英語劇団で学べたことは、度胸のよさと人は信頼に足るものだとして、しっかり身についている気がする。

中学では部活に取り組む。
英語劇を本気でやり始めたら部活はできなくなる。
今後、留学を視野に入れると、正直、お道楽としての英語劇より、英検とかTOEICなどの、きちんとした勉強が必要にもなってくるだろう。
うちには潤沢な資金があるわけではない。
さらに、私が、劇団という形をとっているお習い事というスタンスにどうにもなじめない現状があって、スポンサーとしては違う形で英語に触れてほしいがどうかと、ずっと娘ちゃんと話し合いを続けてきた。
今日、娘ちゃんは立派に舞台を勤めた。脇役だが、一瞬も気を抜かなかった。
光の中で、歌い、踊り、2ステージが終わった後の「やりきった感」は、それはそれはすばらしい、いい顔だった。
そして、打ち上げで号泣していた。一生懸命やった結果の号泣は、いいものだなあと思いながら、彼女が納得するまで打ち上げ会場にいようと思った。

一昨日、娘ちゃんは、満を持して臨んだある試験に落ちた。
彼女なりに、毎日がんばってきた積み重ねの結果と、パフォーマンスが、不合格と出たのだった。
だが、一人で会場に向かう小さな背中は大きく見えて、自分のやりたいことに向かって自信を持って臨む彼女の顔を思い出して、情けないことに私が震えてしまい涙が止まらず、結果はどうあれ、その成長ぶりで親に感動を与えた君は勝ちだと思っていた。
結果がだめだと知った瞬間、彼女は大声で泣いた。
一生懸命やってきたのは知っていたから、彼女には泣く資格があると思って、ただ彼女の背中を抱いていた。
しばらく黙り込んでめそめそしていたが、ゲネプロという最終リハーサルが待っているので劇場に向かい、あとはお芝居に飲み込まれて遅い帰宅。さらに翌日は本番で、朝から夜までめまぐるしい一日。
長い長い二日間で、千の言葉を費やすより、勝手に自分で復活していったから、試練を経て、強さに磨きがかかったという成果はあったと思う。
英語劇が彼女のそばにあって、つらいときに励ましてくれたことになる。これまた、まるで六年間の集大成のように、千載一遇のタイミングで不運な結果がやってきたものだ。まさに劇的。うん、がんばったかいがあったね。

留学したい。という明確な意思はあるんだけど、留学して何がしたいのかがわからないのよ。
と、娘ちゃんがいう。
「それ」に出会うために、学校に行くんじゃない? 友達と遊ぶんじゃない? そうやって、だんだんわかってくればいいよ。いろいろな考えがあって、いろいろな人がいて、いろいろな文化や社会があって、人ってホント面白い。そこから何をピックアップしたら自分が最も楽しいかを考えれば、いいと思うよ。
知りたいと思えば、英語だって何語だって、しゃべりたいと思うし、そしたらしゃべってるから。そういうものだよ。
早くから自分の「それ」と出会ってしまって、っていうより、「それ」しかないような、思いつめ・こだわり系不器用なタイプののお父さんとお母さんと弟に囲まれているから、あせるかもしれないけど、、娘ちゃんのほうが器用貧乏もとい、多彩で、広い視野で、柔軟だからね。才気あふれるタイプではないかもしれないが、天才だって20歳過ぎればただの人だし、案外、君の将来は輝かしいと思うんだよ。と言ってみたら、「ふーん」と気のない返事が返ってきた。
そうね、それがピンとくるなら、もう自分自身の「それ」に出会ってるってことだもんね。まだフォーカスできないことを気にせずに、広い視野を持ちなさい。

……そして、その広い視野で、駐車場の車に気づいてくれたら、もっとよかったんだけどなあ。

あさっては「それ」しかない弟君の試合、遠征。
昨日はチームの練習の後、エースの朋友・リンくんとみっちり自主トレしたらしい。光栄なことに、トレセンの先輩とも一緒に蹴らせてもらったとのことで、気合入っちゃうなあ。
集合場所の駅までは、徒歩で行こう。


2008年12月22日 00:45