2008年08月17日

サッカー観戦の夜

浦和レッズとFC東京戦を見てきた。
それもFC東京側ゴール裏で。
ずーっと応援歌が鳴り響き、隣で旗を振っている、そんな場所である。

ビールがね、めっちゃくちゃおいしかった。
暑いスタジアム、熱い応援、こういうところで飲むビールが本物だなあ!と思った。ビヤガーデンに行かなくなって久しく、汗かきながらビールの飲むこともなくなっていたけれど、やはり汗ダラダラかきながらビール飲むのがうまいよなあ!
でもそんなのんびりしたことをいってるのは多分私ぐらいで、周りは選手と同じユニフォームを着て、選手と一緒に魂はピッチを駆け、熱くなって、叫んで、歌って……。
これはものすごいストレス発散だろうな、と、時々応援席を振り返りながら思っていた。
レッズ側も真っ赤に染まっていて、その赤い人たちははうねり、旗が翻り、声援はコチラにも聞こえてくるほどだった。そもそも基本的に浦和から来ているわけで、その情熱がすごいわ。
これは、美しい戦争なんだなと思った。
闘争本能をスポーツに昇華して、そこをきちんと満たすのは、人類の英知だ。
試合が終わった後、選手が挨拶にくる。応援席からはありがとうと声がかかる。次も頑張れ!という。憧れの選手の名を呼ぶ子どももいる。選手に声が届けば、選手は反応してくれる。負けた選手たちは肩を落としているけれど、また次の試合は待っていて、この小さな声援は頼りないけれど、子ども達の想いや応援団の声が選手を後押しするのかなあなどと思う。

小僧は、試合そっちのけで応援団を見ていた。
とても驚いていたみたいだ。
ゴール裏からは、全体の流れはわからない。オフサイドかどうかも見えない。だから応援席に座るのはサッカー観戦ではなく、応援に行くための別のイベントなのだと思う。攻める、守るの臨場感が違っている。これは、小僧が試合の時にみている風景に近いんだろうなあと思ったりもした。
センターラインから応援する小僧の試合は、ああ開けばいいのにだとか、ここはサイドチェンジだろうとか、真ん中にフリーの選手がいるじゃないかと思いながら歯を食いしばって黙って見守る岡目八目。でも、実際にピッチに立ってその視野が得られるかといったら、実に難しいのだろうなあと痛感した。

視点を変えると、いともたやすく、考え方が変わるもんだ。
大人になるって、経験からたくさんの視点を持つことなのかもしれないなあ。
視野狭窄がちな私には、そのたくさんの視点がまだ揃っていないのかもしれない。

小僧がんばれ! 君はまだスタミナがないかもしれないし、勝てない相手に立ち向かっていく勇気に欠けるところがあるかもしれないけれども、だから選手に向かないなんて決め付けるのは間違いだ。
だって、まだ小学二年生なんだもん。
一点とられてどういう展開をしたらいいか聞いたら、「俺が今、出ればいいんじゃないかな」と本気で言っていたが、それが許される年なんだった。
スタミナのない分、磨いたテクニックとスピードがあり、勇気がない分、冷静かつ慎重な試合運びで連戦連勝の起点になってきたのは事実だ。考えてみれば、君の無駄なパス回しや、無茶蹴りを見たことがない。プロ選手になるのは無理なんじゃないかなあ、なんてもう言わない。いつかピッチで戦う人になりたいなら、おかんはにっこり笑って「がんばれ!」と言うことにするよ。いつか自分からサッカー選手引退を告げるその日まで、それは少年団の卒団の時かもしれないし、部活の終わりかもしれないし、あるいはプロで戦力外勧告を受けるときなのかもしれないけれど、その日が来るまで、私は心の中で大きな旗を振り続けるサポーターでありたいよ。

味の素スタジアムを背に、たくさんのサポーターと一緒にぞろぞろ駅に向かいながら、そんなことを思っていた。小僧の小さな小さな手をぎゅっと握り締めて歩いた。FC東京と、浦和レッズの選手の皆さんのプレイに、私が「何か」をもらった夜だった。

2008年08月17日 10:43