2008年01月15日

成人式

成人式をお迎えになった皆さん、おめでとうございます。
……って、このブログ読んでいる方の中には該当者がいなさそうだ。
1番接点のない世代でございます。
でも、母ヨシコは私を23で産んでおり、私の成人式の日にはこんな体力とこんな気力だったのかと、お着物姿の女性を見送りつつ、ちょっと思った。
成人をお迎えになったご子息ご令嬢をお持ちの方、おめでとう。二十年間の親業、お疲れ様でした。

今子育てが終わっていたら、老後が長いなあ。それはそれで、楽しそうな人生だ。
ま、私の「やるべきことがいっぱいあるこの生活」も、なかなか乙だけどさ。

成人式には出席せずに、私は東京都の果てまで、ある教育者にインタビューに出かけたのだったな。
それが1番私らしい成人式だと思っていた。
案外、大人だった、20歳の私。
ダブル成人をとっくに過ぎた昨日、高校サッカー選手権を録画予約して、ちょっとお出かけ。
久しぶりの都心なのに、やっぱり着飾ることなく、大好きな分野、発達障害のシンポジウムに急ぐ。
結局、人間、「嗜好」はあんまり変えられないものなのかもしれないなあ。

夕食を買って帰ると、小僧に「会いたかったよ、おかあさん」と玄関で抱きつかれた。
なんのことはない、サッカーの練習試合で、2-7、ぼこ負けして切なかったからだと後で判明するのだが、どんなイケメンのくどき文句より、母親には王子の一言である。なかなか幸せな一日の終わり方だった。

2得点のうち、一つのシュートがいかに芸術的だったかを懇切丁寧に解説する福助を見ていて、この子はもう障害者として保護する必要はないのかもしれないなと思った。
今日のシンポジウムで聞いた、
「「病気の特性」で困っている、それが生きるうえで支障になる人が特別支援の対象の障害者です。高機能自閉症のアインシュタインや、ADHDと思われる某女性司会者などは、その個性を生かしているので、彼らを障害者と呼ぶ人はいないでしょう」
といった講師の方がいらしたが、集中力、映像記憶、空間認識の高さ、負けん気、それら病気の特性は、今、小僧の武器になっている。
物事はいいところと悪いところがあるんだもの、要は、ちっちゃいいいところを拡大解釈してほめてほめてほめまくっていたら、ちゃんと自信がついてきた。その自信に結果が伴えば、さらに前進。器用に生まれなかった分、一歩一歩、確実にね。
大丈夫、だって私の子なんだもん。かわいいもん。という、親ばかさだけが原動力で。

足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、迷ったらまずやってみる。
私のいけいけ楽観主義と暑苦しいしつこさも、検査でもすればひょっとすると障害の域なのかもしれないが、これがちゃんと療育に役に立った。伝わらない小僧に、どうやって伝えるか。工夫して考え出すのは、ホント、楽しい作業だったもんなあ。結果オーライ、うまくできている。

(健常のお母さんがアスペルガーのお子さんを育てる場合や、中程度重度のお子さんをお持ちの方は、別の意味でもとても大変だと思うので到底同列には語れないと常に思っています。この解決策は私にはわかりません。すみません)。

先のことは、また明日考える。
二十歳のころ、今の自分なんか到底想像できなかったんだから。

お風呂に入って、炭酸水飲みながら、サッカー見て。
わくわくとドキドキがあって、だらーんとする。
こんな一日が、私は好きだなあ。
何かやりたいことがあるような気もしているのだが、それはきっといつか噴き出してきたときに。
まだまだ、先は長そうだ。

……年賀状は、でも、なるべく急いで作ったほうがいい気はしている。
気力とアイディアが噴出してこないんだけど。
去年はロケ地いのしし村で、変なものをコレクションして作れたけど、今年はねずみだし。ロケ地、TDL?
んー、この調子だと、寒中見舞いかなあ。


2008年01月15日 09:12