2007年11月10日

〔シリアス警告〕ぬれぎぬ

うちの小僧は相手の機微を読むのがとてもうまい。
でも、それは感受性が高いのではなく、訓練によって相手の表情を読めるようになったからだ。
計算する犬は、本当に計算しているのではなく、主人の顔から答えの数字を読むという。
その原理に、よく似ている。

今まではそれで何の問題もなかった。
相手がにこやかなときにはにこやかになり、相手が泣けば頭をなでてあげる。誰かと一緒の時には、できるだけ楽しいうれしい気持ちになろうとギャグをかまして笑いをとる。
それが習慣(パターン)になっているのだから、「やさしい福ちゃん」は、ある種理想の男子像ですらあったと思う。
けれど、ちょっと怖い思いをした。
顔を読むだけではどうしようも適応できない事件が起きたのである。

ある上級生が、ありえない展開で別のお友達を怪我させた。
寝転がってふざけていたかと思ったら、いきなり首をひじで引きずり、次の瞬間、その首を支えていたもう片方の腕をはずして、頭を落としたのだ。

たいした高さではなかったので大きな怪我ではなかった。加害者少年は、あわてて被害者を抱き起こしていたから、悪意があったわけではないのだろう。
大人たちが集まってきて、加害者の子に説明が求められた。
その子はニヤニヤして、その現場の横で遊んでいた何の関係もない福助に、濡れ衣を着せたのだ。
「この子が押して、倒れたところを僕が支えて」
私が偶然その瞬間を見ていなければ、たぶん言葉巧みな上級生の加害者を誰もが信じただろう。福助には、複雑なことを理解、説明することができないのだから。
福助はパターン認識を記憶することでコミュニケーション部分をフォローしているため、パターン以外の感情、特にあからさまではない悪意に疎い。
大きくなって人間関係が複雑になってくればくるほど、パターンは無限に広がっていくが、自分の世界が広がれば広がるほど、訓練の時間はどんどん減っていく。

私の声は震えていたと思う、
「事態はこうだったはずだ」と、わかりやすく丁寧に解説し、「こういうときはなんというべきか、君も大きいのだからわかるはずだ」と言って短い説教は終わった。

絶望したのは、それでも謝りもせず、いつか犯罪を犯しそうなその子に対してではなく、指差されたときの福助の表情に対してだった。
まったく、理解できないのだ。にやにやと指差される経験など初めてだから、福助にはわからないのだ。
そして、そのときの福助は、私の怒りの表情からとっさに「しまった、ごめんなさい」という言葉を導き出そうとしていた。いつもの呼吸で私はそれを察知して、正直、どこかに突き落とされるように深く深く絶望していくのを覚えた。
もし福助が謝ってしまったら、事態はどうなっていたのだろう。
どんなときでも元気なお返事、よい挨拶をする福助だ。ごめんなさいもありがとうも、大きな声で言う。
そういう福助だと知ってやったのだとすれば、私は加害者少年を許すことはできない。
知らずにやったのだとしても、濡れ衣を着せるような生き方は大嫌いだし、謝らない性格も大嫌いだ。

将来、こんなことが起こったら……。
これにはどう対応したらいいのだ。うまく説明できない、取調べでも、裁判でも。そんなことがおきてしまったらと思うと、胸がつぶれる思いだった。
私は福助の肩を強く抱きしめた。
もう、あの公園に行くのはやめよう。でも、悪意に触れるたびに、ひどいしつけの子どもに会うたびに、遊び場をひとつずつ減らしていくわけにも行かない。
まだ、守れる。だが、彼の背が私を超える前に、私は彼に何をどう教えていくべきなのか。

2007年11月10日 23:28