来年もまた。
と固く握手して、老人ホームの筝曲慰問は終わった。
大正生まれの方たちに囲まれて頂く「寿」の文字の入った練りきりとお茶。
戦争の話をすべきかすまいか、若さを保つ秘訣を聞いてしまった後で、話題を探しているうちに、茶会が終わった。
祖母が生きていたら、私のこの失態を何と言うだろう。
「よくやったよ、ゆうちゃん。間違えたところはいただけなかったけどね」
厳しくてやさしい、基本は赦しの、それは年寄りのもつ美徳の一つだ。私は天国の祖母にも語りかけながら、都合4曲を弾いた。
終わって、楽屋で久しぶりに涙した。
師匠にはみつからないように、こっそり涙をぬぐった。
涙のわけは、私の練習の甘さにある。
私のソロパートを結局師匠に任せるほどに、まるで元気のないお琴なのだった。ひどいものだった。
それはひとえに練習不足だからだ。
わざわざ、買ったのに。琴、いつでも弾き放題なのに。
慰問を楽しみにしてくれるお年寄りがいて、私はその方たちの前でまともな演奏が出来ずに終わった。
それでも皆さんものすごく喜んでくださって……とてもお元気で……来年もいらっしゃいねと言ってくださって……。
まったく、どこまでやさしいんだ、大正生まれの方達!
元気もらってんのは、慰問した私たちの方だ。
来年、お稽古を積んで上手になって来ますから。
至らない演奏ですみません、すみません。
と言いながら、私には多分存在する来年が、彼女たちには難しいのだと思うと、なぜこの一日に全力を尽くせなかったか!と心から申し訳なさでいっぱいになり、ふがいない自分を悔しく思う。
最期に祖母に会いたかったのに、忙しさにかまけて会いに行けないうちに、祖母は亡くなった。
大好きだった友達の見舞いにも行かないうちに、野辺の送りを迎えたこともある。
私は! 私は、自分が情けない。
94歳の方と握手していただいた。
たくさんの、ご長寿の方たちに握手していただいた。
どうか、彼女が来年もまた、同じ場所にいらっしゃいますように。
一緒にお茶を飲んだ方々が、同じ場所にいらっしゃいますように。
つたない演奏に拍手してくださった方々が、元気に日々を送り、また来年も会えますように。
敬老の日、おめでとうございます。
2007年09月16日 00:22私は、退屈しがちな脳、なのでしょうがないニダ
一つの事に集中できない、だから
他のことにかまけて、練習が少ないのもしょうがない
息子と同じように、私のこれも一種の障害なのだから
他の数百人の読者は、どんな思いでこのブログを
読んでるんだろな
まーた始まったよ みその嫁、とか思ってんのかな
本日の敬老の宴は「一期一会」の意味をふか〜く知った日でありましたネ。
お茶が美味しければ良かった良かったデス。
そう感じ、思ったなら十二分に意味のある事だったと思いますよ!大正生まれの方達の心は海のように広いですね♪
来年は素敵な演奏ができるといいですね!
Posted by: ころ : 2007年09月16日 23:512度目のコメントです。
先日「改題」への初コメント、急に思い立って書いたので「はじめまして、ちょめと申します。」の大事な一言を忘れてしまった、衝動的な私です。
こちらのサイトは、とある子供向けのサイト経由で知ってましたが、息子の障害を疑い始めた去年の秋頃より、最初の日記から物凄い勢いで読み進んで参りました。まだ一昨年の後半くらいから読めてないのもありますが、(前回のコメントにも書きました様に、乳飲み子おりまして、なかなか時間が・・・)ゆう子さんの日記で、本当に励まされたり涙した一人です。
今日の日記も、落ち込みモードのご様子ですが、私は逆に何かに集中し過ぎたり、日常作業の順序に拘りすぎて、息子だけでなく、私も?なんて思う時があります。
で、先日何気に読んだお医者様の言葉で「変なとこの無い人の方が少ないんですよ。むしろ、私はおかしくない、と思ってる人が実はおかしかったりする。」というのがあり、何となく救われた気がしたのです。
何が言いたいかというと、あまり落ち込まないで欲しいな〜と。そういう会に参加して、練習された、というだけで、立派だなーと思いましたので。
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