終戦記念日。
祖母トミから臨場感溢れる語りでこの日の状況を聞いているので、私のニセ記憶は正午になると戦中派のように蘇ってくる。
ただし、トミは敗戦に絶望していない。
終戦だ、チャンス到来だ。と、即座に気持ちを切り替えている。
くよくよしてる暇があったら、動いたほうがいい。
みんなより先んずることができればチャンスは広がる。
8月15日の青い空は哀しいという学校教育を受けながら、子供時代の私の本音は、これから始まる戦後復興を想い、ピーカンな青空は期待に満ちたものに見えていた。
小学生で、いきなりダブルスタンダード。
神妙な顔をして「悲惨な戦争」の話を先生から聞きながら、いつの時代も子どもは笑っていたんだ、どんな時代だって、厳しい状況を笑い飛ばせる者だけが生き残れるんだ、という祖母の話のほうがちょっとだけ好きだった。
戦争中、人々がどれほど生き生きとしていたか、緊迫感のある状況での日々の営みにはどれだけの情熱があるか、工夫で乗り越える喜びや、ちょっと得した話など、トミ、不謹慎だろうと突っ込みたくなる内容を、トミは小学生の私に、愉快に語ってくれている。
だってもっとも腹が立った話でも、警官にヤミの酒を没収された話で、その場で手を滑らせるフリして割ってやった、けらけらけら。という落ちがつくぐらいなもんで。
もちろん、それは「ここだけの話」で、トミは本音と建前をきっちりわきまえた大正生まれだ。孫に本当の恐怖を植え付けるようなことはしたくなかっただけなのかもしれない。
竹下通りにたけのこ族を見に行きたいとかディスコという場所に行ってみたいと言い、その感想を聞けば毎回、最後は決まって「平和でいい。私もこの時代に生まれたかった」といっていた。
その表情を思い出すと、どうしたって戦争礼賛には傾けない。
そしてトミは言うのだ。
「ゆうちゃんは思い切り楽しいことだけをしなさい。一生は一回しかないんだから悔いを残したらダメ。何でもやってみるのよ。私の分もね」
そうやって、かっこよくお小遣いをくれたのだった。
でももらったお小遣いより何より、どんなときもどんとこい!精神みたいなものこそ、彼女から与えられた最も大きな財産だったように思う。
終わりは始まり。
そうやってつながって、きっと本当の終わりなんて、どこにもないような気がする。
終戦記念日。
戦争の記憶が地続きだから、私は長じて、映画も本も、戦争モノにたくさん親しむことになった。無念の死を遂げた先人たちには敬意を表しつつ黙祷をささげたい。
そして、今ある平和に感謝しつつ、悔いなく楽しみたい。
私は、おばあちゃんからも、経験しているは母からも
直接戦争の話を聞いた事がないのです。
聞いてみようとすると、「いやなこと、怖い事だから、
いやだなぁ・・・。」って言われました。
大人になるにつれ、文献や映画などでその悲惨さを知る度
に、そういっていたおばあちゃんを思い出します。
そういえば母もよくそう言っていたし・・・。
なにも知らないけれど、平和のありがたさや、喜びは
失いたくないものだと、思います。
| HOME |
|
Topページにもどります |
| AFFILIATE |