2007年07月17日

銀座へ。

小僧が茹蛸のようになっていた週末、素人が投与してはいけないのではないだろうかと思いつつ、泣きながら苦しがる事態を見かねて、娘の飲み残した抗生物質を飲ませる。
こんこんと眠り、全日本のアジアカップサッカー、ベトナム戦を見たら、かなり平常に。薬が効いたのか、サッカーが効いたのか。どちらも実に効果的。

今週、きょんきょん師匠の高座を見に行く予定だったのだが、笑い涙するツボが酷似している姉妹ともいうべき友が、締め切り地獄に飲み込まれキャンセル。カリカリとペン入れの音が絶え間ない地獄の底から届いた便りには、チケットが二枚あったのだった。涙の合掌。
さあて誰を誘おうかしらと独り言を言ったところ、娘が自らを指差し、猛然とアピールしだした。
落語で好きな噺は? と聞かれれば寿限無でも目黒の秋刀魚でもお菊の皿でもなく、「寿司屋水滸伝」と答える、生粋の柳家喬太郎ファンである。CDはコンプリート、鼻歌で「まかしょ」をくちづさむ10歳である。
親の影響、濃すぎる気がして、将来がやや不安になってき始めたP子を道連れに、ちょっくら博品館劇場まで行ってまいりますか。これもまた、P子の宿命であろう。
母娘で銀ブラとは、豪気だなあ。
ワタシなんか所沢育ちの小心者だから、銀座行くからには美味しいもの食べて、老舗でお買い物して……という段取りには至らない。せいぜい「文房具が死ぬほど好き」というワタシの娘の共通点から博品館でボールペン買う程度が精一杯。

銀座のデパートで働き、そこで知り合った祖父と駆け落ち結婚した祖母トミ(元祖モガ)は、銀座が庭みたいな人で、かっこよく和服を着こなしてはよくワタシを誘ってくれた気がするんだが、トミと一緒に行った店の場所が方向音痴のワタシにはわからない。
それにしてもあの人は何であんなにいろんなことに物怖じしなかったのだろうか。なんか怪しげなバーにも入ったぞ、一緒に。
晩年まで栃木弁は抜けなかったのに、雰囲気だけはいつでもセレブだった。
大地主の娘で育ったからか、家出して東京に出てきた時に腹をくくったせいか、戦争をはさんで怖いものがなくなったのか。何しろ、子ども時代のワタシに日本の伝統マナーをきっちり躾け、その見返りに西洋のマナーを伝授しろと迫ったお人だ。「好奇心がある限り人は衰えない」というのを、地で行くような人だった。
そんなトミと散歩するのは大変だった。トミに協調性はない、あるのは確固たる自分の趣味だけだ。だからワタシは銀座の町を俯瞰では記憶していない。トミと一緒によくよく歩いた町の記憶は銀座に限らず、全て、ものすごーく断片しかない。
それでも、銀座はワタシの懐かしい思い出の町だ。もう、トミはいないけど。

母娘で落語@銀座。そのお楽しみを思うと、ちょっとワクワク。
問題は、体調だなあ。小僧の風邪が、娘にもワタシにも相方にも感染らないでいてくれればいいんだが。


2007年07月17日 11:03
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