ずいぶん、おうちが綺麗になった気がする。
特に外回り。駐車場の溝から生えていた雑草が、綺麗サッパリなくなっていてビックリした。
ありがてぇ。
よく、第三者に台所に入られるのがイヤだという人がいるらしいが、私は誰が入っても平気。うまいものを作ってもらえたら幸せ。包丁は義母のお古だし、中華鍋はいつぞやに送られたモノだが、愛用している。台所の床も水拭きされて、なんかいい感じ。
家事上手というのは、愛される特技の一つだね。洗濯物はすべてピシーッと干されてたたまれて、もうしばらくいてくれたらいいのにと本気で思う。
できれば、開かずの間に積んであった洗濯物、そのまま70リットルのゴミ袋二袋に入って屋根裏部屋にひっそりと移動してあったのだが、それもきっちり片づけてもらえたらよかったなあと思う。ああ、元に戻さなきゃ。P子のパンツがどうも固まって生息していたらしく、パンツ不足で困っています。
……と、病み上がりの義母をこき使うわけに行かないと思ったからこその、事前大掃除であったのに、何不穏なことを考えているのか。体にはブラックジャックの顔のようにざっくり切り目が入っても、やっぱりきびきび、よく動く義母なのであった。
「何時に出かけるじゃ? ……ん。わかった。なら、それまで」
と、寸暇を惜しんで働く姿を見ていると、私もPCの前にどっかり座ってコーヒー飲んでいるわけにもいかず、掃除機かけたり、片づけしたりすることになり、そうすると勢いおうちはみるみるいい感じになっていくので、久しぶりに家事が楽しくなってきちゃうのだった。
もともとハウスダストアレルギーの私、掃除はキライではないから、もりもりぞうきんがけをしたりする。シーツなんかもぴっちり決める。相方のシーツなど、半年も洗濯していなかったが、洗い立てのヤツを敷いてみたりする。愛。
要は、たまりすぎた脂肪を落とす決意は大変だけど、痩せ始めたらダイエットって楽しいじゃん状態。トレーナーにはお金払ってでもご指導を望むわけで、実はそれ、家事も同じなんじゃないかと思っていた。できれば義母に十日間ぐらい一緒に暮らしてもらって、家事のノウハウをいろいろ、ご指導されたい。次はそうできないか、打診してみよーっと。
このトシになると、聞きたくても今更聞けないこともある。上手な肉じゃがの作り方とかさ。それが母ならよろこんで教えてくれるわけで、そこには今まで母が構築してきた秘伝も含まれている。伝承しないのは惜しい、実に惜しい。
ただ、これは全くもって家事ベタの私だからできることなんだろうなあと思う。家事が下手、とりわけ料理下手なことを相方は嘆く(時々、心をえぐるかのように嘆く)けれど、この正直な自覚をもって素直な心根でアドバイスを受け入れることができるのは、家事があまりにもヒドイから、ともいえる。
それで嫁姑が案外円満なのだから、家事ベタも悪いことばかりではないと思った。
んー、そんなことで開き直ってもいけないか。
日曜日、一緒にサッカーの応援に行って、翌日は一日一緒に授業参観に行って、その次は一緒に寄席に行って、ついでに家族でカラオケに行って。遊んだなあ。普段からこんな遊興三昧だと思われていたらどうしましょう。……ちょっと、事実なところが怖い。
で、そんなに遊んでても、印象に残っているのは、やっぱり義母が合間合間にてきぱき我が家の家事をしている姿だったりするんだけどね。
一緒に遊びながら、単純に、気が合う人が姑だったというのは、強運だなあ。と思う。
一緒にいて心地いいのは、彼女が「欠けている者」に対して、寛大だからだ。
田舎の濃いぃおつきあいの中には、実にいろいろな種類の人がいる。福助の自閉症をかっちり受け止めて、それなりに育てていけと慈しみ続けていくれたのも、私には有り難いバックアップだった。まだ訓練がこんなに進んでいなくて、「ものすごーく風変わりな、おとなしいくせに強情でわかりにくい子」だった幼少期、孫としては受け入れ難かっただろうに、そして実際、母・ヨシコの方はやんわりと受け入れを拒否することがあったのに(これが一般的な反応だろう)、義母はただ可愛い可愛いで愛情をどぼどぼ注いでくれた。あまりにもどぼどぼで、訓練が退行することもあり、ひところ悩みもしたが、あれはちょっと専門的に言えば構造化した世界を崩す予行練習だったのかもしれない。
世界はひとつではないが、愛情に満ちている。俺は自閉ちゃんじゃない世界でも、全面的に受け入れられているからOKかもな。という、基盤が福助に与えられたからこそ、安心して厳しい訓練にも耐えられたのかもしれない。
とにかく、うちの子ども達は無条件でおばあにべったりだった。
しかし、今回、おばあ争奪戦がないのだ。P子も福助も、なんとなく距離がある。どうやら、ちゃんとそれぞれの世界に住み始めているらしく、おばあがここにいても、福助はボールを蹴り、P子は何か書いている。寂しくもあり、嬉しくもあり。ああ、成長しているのは背丈ばかりでもないんだなあと思う。
これは、当たり前すぎて、気づかない事だった。
さてそんな数日を過ごして、義母を送った帰り道、前タイヤがパンクするというアクシデント。
義母が事故に遭わないための厄よけとする。
そして、ドイツvsイタリア戦を再放送で見ながら眠ってしまうというアクシデント。……あ、これは、こんな私でも、それなりに気を遣っていたという事かしらね。
おばあ、慣れない都会暮らし、お疲れ様でした。
そして、お疲れ様でした、嫁としての私。
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