2012年02月02日
2012年01月30日
写真〜早熟の苦悩
もらった写真は、幼稚園の頃と同じ顔をしていた。
ただ走ってる。
がむしゃらに、走ってる。
足元のボールの行方のためにまっすぐ前を見据えて。
チャンスは2回、あった。それだけが、じゃんけんで負けた結果バックを守ることになった小僧の唯一の得点のチャンスだった。
フリーキックを決めることが出来れば!!
けれど二回とも、バーにかすることもなく、大きくゴールを反れた。
フリーキックなど、もう有に一年以上、まともに練習していない。
低学年の頃なら、おそらく難なく入れただろう。幼稚園の時に無回転を蹴ろうとして股関節を痛めた小僧だ、勤勉を絵に描いたような自主練とひきかえに、彼はチームの真ん中にいた。
「フリーキックなんか、どうやって練習すりゃいいんだ。ゴール使って自主練できないし!!」
試合後、小僧がこっそり吐き出した言葉は、校庭ですら決まった時間しかサッカーができず、クラブチームには諸般の事情があり、都内の公園はたいていボールを蹴れないという、都内在住者なら経験する「仕方のないこと」だ。
少年団にいた時も、選抜スクールにいた時も、そういう意味では練習でも試合でも蹴り放題だったフリーキックの名手は、気がついたら本当に目立たない選手になっていた。
早熟な子は、チームでもコーチにもちやほやされるから、いざという時に打たれ弱い。
そのうち実力をつけた選手たちにごぼう抜きされ、サッカーそのものをやめてしまうケースも多い。
「ジュニアサッカーを応援しよう!」創刊号から愛読者である私には、こういう未来予測も当然の知識として入っている。
小僧は早熟だった。幼稚園の大会で、すでにドリブルの時に今と同様、顔を上げて走れたのだ。三語文を話すより早くエラシコやターンフェイントを覚え、色々なイベントで様々なコーチに「預りたい」と声をかけられ、丁重にお断りすれば「大事に育ててください」と言われた。
その優越感は、親として、どんな快楽よりも気持ちのいいものだったと思う。たいてい破廉恥な顔は見苦しいものだが、当時、有頂天の私にはそれがわからなかった。
早熟な子は大成しない。という決まり文句は、唯一の羅針盤になっていた気もする。のめり込んではいても、いつか来る「その日」を意識しないことはなかった。
海老蔵に灰皿でテキーラを飲ませた青年は、近所のJリーグのJrユースで将来を嘱望され、戦力外通告によって道を外れたと噂されていた。彼の身の上に何があったか知らないので軽々に語る気はないが、サッカー少年を持つ親なら誰でも一瞬、こんな気持ちがよぎると思う。
「その日」……。
競技サッカーを辞める時、小僧はどうするんだろう。
小僧なりの夢を追って、少年団を出て、今はまだ夢の途中にいる。
幼稚園レベルから、世間も広がり、世の中にはトンデモナイ怪物がうじゃうじゃいることもわかってくると、私は有頂天から少しづつ熱が覚めていく。
ご縁あって今、在籍しているチームでは、試合にフルでは出られない。
同学年には上の代に呼ばれている子もいるが、小僧ははなから選外だ。
時々トップとしてフォワードで使われても、結果を出さなければ、少しづつ後ろに動く。真ん中もバックも専門の上手な選手が控えているから、トップと横をいったりきたりだ。時には監督に忘れられるほど地味な存在なのだが、それでも小僧はサッカーが楽しくて仕方ないという。ポジションなど小さな問題だという。
その器用貧乏さが命取りなんだけどなあと思いながら、どんなポジションでもそれなりに。
それはもちろん、ベンチというポジションでも。
今回も、私はユニホームを着ないでベンチから味方に声を出し続ける小僧を見ていた。
お弁当にはさむメッセージカードに、「頑張る君を誇りに思う」と書いた。ポジションがどこであれ、仮にベンチであったとしても、私は小僧がサッカーに関わることを心から嬉しく思う。その気持ちにウソはない。
いつかくるチャンス、そこから信頼される選手になればいい。そのチャンスの瞬間に立ち会いたい。
チャンスさえくれば!
しかしその格好の見せ場で、小僧は決めきれなかった。
そういうこともある。俊輔だって、本田だって外すことはあるだろう。
と、言い聞かせる。
けれど、またさらにベンチが多くなるかもしれない。今では、小僧を預りたいといってくれる監督も、大事に育てろと進言する大人もいない。可愛かった子犬の時代には高額でも、こうなるとSALE対象なのかと自嘲的な比喩ばかりが駆け巡る。
いや、ここ一年、上の学年に呼ばれることもなく、MVPをとったこともないのだから、SALEの札さえ貼られないだろう。
4月からは六年生。
ジュニア世代のトップチームになれば、どこのクラブだって少年団だって、レギュラーを置く。五年生のように試合に出して経験を積むという処遇ではなくなる。小僧が全試合ベンチであっても、応援にいける時には私は必ず応援に行くと決めていた。小僧ではなく、そのチームのサポーターになると決めていた。
これは私の新たな修行の覚悟でもあった。けれど正直に言えば、エースで輝く小僧をピッチに見るのではないのに出かける覚悟を決めるのは、すごく不快でもあった。
それでも見守りたいと思う。小僧の一生懸命を、そばで見ておきたい。
夜明け前から起きてお弁当を作り、車で送迎するのはたやすいことではない。冬は寒風の中だろうと大嵐の中だろうと、一日外に座ってビデオを撮る。
サッカーを辞めちゃうという選択肢はないのかなあ、と、ちらっと思う。
そうしたら、それはそれで楽しい思い出にできる。
誘って頂いたバスケットボールクラブはどうか。
テニスコーチの名刺はまだあっただろうか。
営業トークに踊らされていることを半ば自覚しながら、新しい才能の発掘はできないかと一瞬よぎるのもまた親心で。インドアのスポーツなら、少なくとも寒さは今より楽。
いっそ、受験にシフトしようか。まだ間に合うかもしれない。
そんなことを考えて、塾の資料を眺めてみたり。
揺れる。
「情熱大陸』長友の回と、「アスリートの魂」三浦知良の回を見た。
小僧の情熱や魂が、どれほどサッカーにつかまれているかはしらない。
ただ少なくとも、あの無軌道なフリーキックを見てしまってから、私の気力はかなりほどけていた。
私の情熱と魂が、ベンチに座る小僧を支えきれないのではないかと思った。こんな気持ちになるなんて、サッカーママになりたてで毎日が新鮮だった頃には全く考えられなかったよ。
うちの子は天才なんじゃないかと半ば真剣に思えた高揚感は、高ければ高いほど、落差が痛い。
揺れる、揺れる。
そんな折、試合の時の小僧の写真を、チームのパパからいただいたのだ。
ああ、この顔は……。
幼稚園時代の、まっすぐ真ん中を駆けてくる、頭でっかちなあの姿そのものだった。 毎日楽しそうに幼稚園の園庭でサッカーだけをしていた、あの時代の顔、そのままだった。
大きくなったなあ早熟君の背負っている十字架は……と苦笑して、いや本当にそうなんだろうかと、ふっと思う。
小僧は何も変わっていないのかもしれない、本当に。
ただ環境と状況が変わっただけで、やはりただボールを追っているだけで幸せなのかもしれない。ボールを追って、次のパスを探す小僧の表情は、全く同じじゃないか。
アスリートの魂のエンディングは、Greenの、Green boysという曲。
これがあまりにもよくて、YOU TUBEで検索して聞いてみた。泣けて泣けて、ヘビロテ状態になった。
フリーキックがはずれて一番傷ついていたのは、小僧じゃないか。
なんで私が偉そうに傷ついてんだ!! 疲れ果てていても、小僧の試合には寝坊しないし、お弁当もきっちり作って、送迎する。たかがそれだけで一緒にピッチを走っている気持ちになっていた。その応援は、勘違いだ。
痛みも栄誉も、全部小僧のものだった。
何度だって蹴ればいい。
何度だってやり直せば。
自分の足に 限界なんて 誰が決めたんだ。の歌詞に、涙があふれた。
たった何度かの試合で、私は何をビクビクしているんだ。小僧の視線の先と、重心は全くぶれていないのに。
知らず知らずのうちに他人と比べて疲弊していた。
8人制のサッカーでは、8人しかピッチに立てない。その数字と競争を恐怖していた。
けど、そんなことはきっと、畏れるに足りなかったんだ。
全部、全部、小僧が決めたことで、小僧はそんな苦しみをも含めて、小さなサッカー選手なんだ。
私にできることはそれをただ見守るだけ。
何度も挑み続ける彼を、誰よりも早く走ろうとしている彼を、親としてただ誇ればいいのかもしれない。私はアスリートではないんだから、小僧のプレイになにかいう資格などない。
小僧が選んだ道、無名で地味でベンチウォーマーでも、私はいつだってそんな小僧の一番のサポーターなのだから。
結果や成果ではなく、ただ夢中になっている、そんな小僧が、大好きだったのだから。
2012年01月23日
雑感あれこれ
毎日の生活の中で、ああこれは!と思うことがたくさんある。
「うわー、かわいそうだね」
その声で彼女の指差す方向を見れば、ドロドロのぬいぐるみが池袋の繁華街にちょこんと座らされていた。
彼氏に教えている。ああそういうことに気づくか気づかないかが優しさなのかなのかなあ、なんて思ったところ、
「いやーん、ドロドロになっちゃってるね」
とまた声を上げる女子の声。男連れ。でも特に何をするでもなく。
「いやーん、見て見て。あの子、可愛いのにい」
と、またまた。またしても男連れで、やはり指摘だけで何もしないで通り過ぎる。
・・・優しさじゃないな。
「優しい私」のパフォーマンスなんだな。
とか。
人に見せる自分と、自分の知る自分のギャップ。
私も内臓器まで露出する趣味はないから、しまっておくべきはしまっている。
でも、できるだけ正直でありたいと思うし、多分、正直に生きている。
言いたいことを言う。
やりたいことをやる。
でも、それは「こう見られたい理想の自分」を、どこかに置き忘れてしまっているからかもしれない。とも、思う。
とか。
寝坊した朝、娘はあっという間にご飯を食べ、あっという間に出かけていった。見送る時、さすがに間に合わないんじゃない?と言うと、「人事を尽くして天命を待つ!」と言い残すや、もう姿がなかった。
一方、小僧は学校が近所であるため、急げば間に合う。しかし、動かない。「この時間でもうアウトでしょ。頑張っても遅刻は遅刻」と潔い。っていうか、諦めがよすぎ。っていうか、オヤジそっくりな合理性だな。てめっ、少しは子どもらしく焦れよ!!
そして疾風怒濤の娘は天が味方して間に合ったらしく、小僧は見事に遅刻した。
努力が報われる世の中であれ。と願う。
しかしそれは娘のような凡庸な、努力以外取り柄がない娘と一緒にいて、私自身がダメ元の努力をつとに好む傾向があるからだ。
与えられた性格は遺伝か環境か血液型か知らないが、自分に好都合な世の中を望むものなんだなあと思う。そして、自分に似た性格の子どもを、好ましく思うのだなあ。と知る。
とか。
小僧のサッカー練習に遅れそうだからと車を出して、練習場の少し手前で下ろす。
小僧は「ありがとう」と言ってドアを閉め、泰然自若、歩いて行く。サッカーはイングランド発祥のジェントルマンなスポーツかもしれないが、その落ち着きぶりにちょっとイラっとする。
子役だったらNGだろ、と思う。
いやいや、幸い彼は子役じゃなく、サッカー選手だ。この落ち着きぶりがゴール前で生きるのだ。と思い直す。
思い直して、でもだからってそれがトップレベルならともかく、期待してもなあ。と、さらに思い直す。
プロのサッカー選手になりたい、という夢は、いつ現実路線に修正されるのだろう。
「オレの夢はじじいになってもサッカーを続けること」
合理的な小僧はすでにプロの選択肢をもっていなさそうなのが救いだが、だったら1万円以上するスパイクなんかいらないんじゃないかなあと、ちょっと思ったりもする。
私はいつ夢を修正したっけなあ。情熱的な私にとってそれは苦しいことだったかというと、案外あっさりしていたな。いつかくる「戦力外通告」の日が、小僧の新しい誕生日だといい。
とか。
娘は太い。いや、体ではなく心が太い。
弓道大会で皆中を出した精神力を誇りに思う。まぐれかもしれないけど、それはそれとして。
娘には何もしていない。武道なんて、私にはわからないし、やったこともない。部活で勝手に練習して、師匠が勝手に叩き込んで下さって、大会の日にも塩むすび以外作らない。
親は、部活で疲れたときにダラダラと話を聞いてあげるだけである。
先日、全く違う競技人口の多いある競技で全国大会にお子さん二人を送り込んだアスリート親の講演を聞きにいった。
秘訣は「なにもしないこと。競技はコーチに任せて、コーチングに口出ししないことと、自主性に任せること、一試合ごとに一喜一憂せず、ニコニコ見守って信頼関係を崩さないこと、いざというときだけ力になること」。
ああ、娘に対してはちゃんと該当するわ、私は間違っていないのだわ、頑張って国体目指してねとホクホクして、ああ、しまった、小僧には正反対のことをしているかも。と真っ青になって反省した。
コーチはどういったの、こうしたほうがいいんじゃないの、誰々は何をこのぐらいやっているって、ジュニサカのDVDなんで見ないの、前回試合はこうだったけど今回はどうなの、勝てそうなの。集合は何時だから、お母さん何時に車出すね。
悪い親の典型じゃーん。こりゃ、小僧が伸びないわけだわ。
・・・けど、きっと全国大会アスリートの親じゃなくても、親って、きっと、全部において、手を出さずにただ見守るべきなのかもしれない。
たまたま才能ある子がそういう親の元で育って花開いちゃったんだろうけど、そんな才能がなくても、あのようなママに育てられたら幸せな円満な人格が育つんだろうな。
いるなあ。世の中には、素敵な人がいっぱいいる。
子どもがわかりやすい冠を持って帰るかどうかが親の成果みたいに思われがちだけど、実は冠なんかどうでも、その子が幸せな自立した大人になるよう、立派に育てられるかどうかが勝負なんじゃないかしら。ここは頑張って頑張って心配しない体質を鍛え上げ、「何もしない」ようにしたいなあ。
とか。
まだまだ日々雑感はあるんだけど、そろそろお昼の用意をしないと。
2012年01月12日
進路
めったに熱が出ない体質の私が、37度8分を出すともう茹だったアザラシのようになる。
しかし、昨日は娘の入学手続きの日。
インフルエンザだったら出かけちゃいけないので、まずは病院に。
痛い痛い鼻に棒を突き刺す検査をして見事にシロという結果をいただき、いつもなら陰性だと痛い分損をしたような気持ちになるのだろうが、抗生物質その他の薬を山盛りもらって、その場でまるまるもりもり飲み下して、高校へ走った。
ついでに許可を得て、マスクと帽子でメガネだけという怪しい姿ながら、パパラッチカメラマンとして、教室内の写真も「激写!」「いいねいいね、かわうぃーね!」などと言いながら撮らせてもらった。私は卒業アルバム係なのである。
楽しい。ああ、楽しい。
「あ、Pママだ〜、誰だかわかんない、きゃーあやしい〜」
とか言われてVサインを出されたりした日にゃ、テンションも体温もあがるね。
写真を撮り終えて、完全に茹で上がり、もはや寒ささえ心地良い気がした夜、帰宅した娘に、
「A君とB君が、今日鈴木のかあちゃん、いつもの元気がなかった、風邪か?お大事にな、と言ってたから伝えるよ」
と言われた。若いイケメンに気にかけてもらえるなんて、私は本当に幸せ者だよ。
内部進学だからとても楽だ。
今、娘の同級生の皆さんは、それこそ死に物狂いで勉強をしていらっしゃることだろう。なんか、申し訳ない思いでもある。
三年間部活三昧で、それなりに結果も出した。
お勉強はただただ楽しく授業を受けていただけで、たいして勉強しなくてもちゃんとした成績を保った。全国の学力試験でも、『私の子にしては』『娘なりに』『自由な中学と聞いていた割に』という注意書きはつくものの、それはそれは立派だったので、私立の学力向上システムはたいしたもんだなあと改めて感心する。
何よりよかったのは、中学三年間かけて、彼女が「勉強、大好き〜」になったところだ。
これは一生の宝物だ。死ぬまで、退屈しない。
ご学友は、自由で屈託がなく、上等だ。
アルバム係としてよくお話する委員さんたちも、個性的でいいのよ。私がファンになる。
ひところ外部入試したい、せめて床板の貼ってある弓道場のある高校に・・・という迷いもあったようだが、そしてせめて弓道場に床板ぐらい貼ってあげたいなあとは思うのだが、吹きさらしの手作り弓道場だからこそ冬場夏場の自然の厳しい時期の大会に強いのだし、伝統を自分たちで作るのだという気概が部員たちにみなぎっているのがとてもいい。
正直、娘の中学の偏差値は低い。入りやすい学校である。
そして、どういうカラクリなのか、娘の高校の偏差値は高くなる。併願だと入りにくい学校になる。だからといって、学校の理念は変わらない。
偏差値は偏差値としてもちろん意味があるが、偏差値以外の意味はないんだなとしみじみ思う。
自分に合った学校に行くことが、幸せだ。
たとえば偏差値モンスターの行く東大。
そこへの進学率が高い高校に行った所で全員が東大にいけるわけじゃないし、逆に高校であるかぎりどこからでも東大に行く可能性はあるわけで。
そして東大に行って学問まみれになることが幸せな人もいれば、赤門にうっとりする人もいるだろうが、東大が通過点の人も、あるいは東大には幸せがない人もいるだろうし。
たくさんの同級生が、将来を見据えて進路を考え、勉強している。
いい出会いと、いいご縁があるようにと願う。
自分の選んだその学校こそが、一番いい進路であるように。
娘さんの学校が素晴らしいのは痛感しているのだが、特に先生の質が絶賛ポイントなのだが、五年の小僧には幾つかの条件が合わない。
サッカー部が強くなければいけない・・・。町クラブでやるなら、そのチームの近くでなければならない・・・。あるいは町クラブなら、公立でも特に問題はない・・・。
「P子ちゃんにはここがぴったり!」
と、私の親しい友人たちが自らの出身校を進めてくれたことから始まったP子の楽しい学校ライフだけに、きっと小僧にも来年、いい出会いが待っているに違いない。
あ、地震だ?
地震怖いね。
地震じゃなく、自信をもって、落ち着いてどうか受験に臨めますように。
2012年01月08日
野望
いやー、寝た。
正月、寝太郎。すでに今年も一週間。相方の実家でもたっぷり寝た。
相方の家は全員インフルエンザに罹患しているというのに、インフルではないヨメが十時まで熟睡していた。
「ゆるゆるしよう」
という目標を立ててしまったので、ゆるゆるするために気合を入れて体調をコントロールしようとしてしまう。むしろ、気合を入れて体調に気を配らないぞ、とか、うっかり気持ちを込めてゆるゆるしろと言い聞かせていて、どっちにしても「〜すべきである」思想ではダメなんじゃんと思った。
昨日なんて初七日かというぐらい、寝た。
七草粥の七草セットを6日には買いながら、作りもせずに。
それでどうなったかというと、右上がりに咳が止まらなくなっている。
これは、右上がりというシロモノではなく、悪化の一途という気もするのだが、毎年恒例、季節性の喘息みたいなもんだから仕方ない。
一病息災だ。
命に別状がなければすべてオッケーだ。
ぼーっとしながら高校サッカーを見て号泣し、泣くとまた眠くなって・・・。
よくよく眠ると、ちゃんと夢を見るようになるのだということがわかった。久しぶりに夢を見るようになった。
初夢は、自転車で坂道をのぼって、小僧に試合に迎う夢。苦しいけれど、遠くには富士山。鷹と茄子はなかったけれど、生まれて初めて富士山の初夢を見た。いいなあ。書き初めは勢いに乗って、「全国制覇」と書いてみた。
夢はタダ。見るのも書くのも語るのも。
でも、中学生の娘ちゃんにはそろそろ可能性の発掘よりは限界が見えてきていて、「ぜぜぜ、全国制覇ですか・・・?」と引いている。適性も含めて、いよいよ大人として何で食っていくかを考える時期になり、身の丈の幸せを考えるようになってきた。
私立なので受験はない。これは思った以上に楽だったが、彼女はずーっと弓道三昧で、自己の記録と戦おうにも急降下は否めず、それでも冬休み中は楽しそうで・・・楽天家すぎる武道の人、ってのはどうなのよと、ちょっと思ったりもして。
まだサッカー一途だった小僧も、サンタが余計な3DSをもってきやがったおかげで、スタメンへの道は一段と遠くなった気がする。
新年早々、うちのチームのエースくんたちは、誰一人としてゲーム機を持っていないということに気づいて、あのままゲーム機バージンを保つべきだったのでは、と後悔しきり。いや、私のバージンではないので、私がとやかく語るべきものでもないけどもさ。ベンチで自分で考えろ。
ゆるゆるする、という野望をゆるゆると抱く。
頑張って、頑張って、「頑張らない」を実践しよう。
そのうち、頑張らなくても頑張らない私になっていくだろう。
睡眠時間がコンスタントに6時間以上あるだけで、怒りっぽさが半減することに気づいてびっくりする。
さて、今夜も早く寝ます。
明日は、高校サッカー選手権の決勝だ。小学生3000人は無料ご招待だそうですよ。
以前なら、少しでも「夢の国立へ」と言うようにリードしてしまった気がするが、そういうことって、ナショナルトレセン選手並のうーんと期待がかけられるお坊ちゃんだけに許されるスパルタンよね。苦笑
小僧はもう、好きに関わったらええ。
夢を諦めさせることまではしないし、もちろん彼の夢がプロサッカー選手ならば応援者として一緒に走り続けるけれど、現実を見ればみるほど、いろいろなことが見えてくるわ。
娘ちゃんは、最初から期待がないから、何をやっても大金星。
私はたっぷり眠って、いつもニコニコ、どんな成績でも上機嫌に見守りたいわ。
2011年12月31日
2011年も終わりますね
2011年も終わりに近づいています。
年末、がっつり風邪を引きましたが、概ね元気に過ごせた一年でした。
日増しにご来訪者も少なくなってきた昨今ではございますが、いかがお過ごしでしょうか。
最近は自己規制、自己規制で、自分で書いてていまいち切れ味が鈍い文章に、もうなんだか公に発表するまでもナイんじゃないか的な、申し訳なさ全開みたいな気持ちでもあったのですが、先日忘年会でお会いした敬愛するある紳士に「読んでます」と言われて、また背中を押された気分です。
人を動かすのは、人だなあ。
そして、継続は力なり・・・こんなブログにも、ひょっとしたら続けることに意味があるかもしれないと思い、地道に続ける決心を固めました。
なんとなく、お時間のあるときに遊びにきてくだされば幸いです。
私自身は、甲状腺も、卵巣も、なんとなあ〜く怪しくて予後観察といいつつも、大したことない病気でした。不発の花火みたいなもんですが、派手に花開いちゃうよりはありがたい事で。
問題の頚椎は問題なんですが、こればっかりはもううまく付き合っていくしかないんだなあと覚悟を決めました。
母ヨシコの病気は小康状態です。
娘も小僧も相変わらず風変わりな人ですが、親があんなんだったりこんなんだったりするんだから、しょうがないです。
それなりに頑張っていて、それなりの成果で、十分に親孝行さ。
相方の仕事は、消える前のろうそくが一番燃え盛るらしく(本人談)、今年1年ご多忙感謝でございました。できるだけ長くマンガを描いてほしいなあ。私は多分、ダンナの一番のファンなので。
ちょっと思う処あって、来年早々、いろいろなことを一度全部クリアにしてみようと思い立ちました。
年末から少しづつ少しづつ、手を引く計画を遂行中。
好き好んで忙しすぎて、大事な友達や家族をどうも蔑ろにしている気がして。
ただ忙しいだけならいいんだけど、それで壊すものがあるなら、これは、「忙しさ依存症」です。
私は小僧のチームの応援に一番行けてない親で、先日は娘の大会のそろそろ決勝という時間に出かけていったところ、初の予選通過ならずという・・・もう一番大切な所で何の役にもたっていない親でした。何しにいったんだ、という。
今年、私は相方に優しかったでしょうか。
家事はとんでもないことになっていて、靴下はいつも行方不明です。
母ヨシコの介護に関わった時間の短さといったら。
大切な友人との約束を反故にしたり、約束そのものができなかったり。
頑丈さに甘えて、体調管理もずさんでした。このままでは・・・という、恐怖の呪いの言葉が、あらゆる病院のお医者様から告げられています。
何が大切で何が大切じゃないか、目先の忙しさにうかれてはしゃいで、わからなくなっている自分を、少し戒めたいと思いました。
3月まで、全力で走りぬき、4月からちょっと立て直しを。
今年は48歳になる年女ですから、少し早めに人生振り返っていくのも佳いかもしれないです。
断捨離は、物だけでなく。
ことも、ひとも。
いや、むしろ人との関係は切らずにすむように、こととものを整理していきたいと思っています。
私が必要とされる「おかあさん」というプロフェッショナルパートは、多分あと少ししかない。
小僧も思春期を迎えます。
少年期のサッカーは、来年がおそらく最後です。中学ではゆるやかな部活に行くのかなあと思うと、私としても悔いのないサポーター生活を送りたい。幼稚園でサッカーに出会ってからの、いわば集大成を迎える気がしています。第一章、完。みたいな瞬間に、ちゃんと立ち会いたいです。
娘は義務教育を終えます。
本人としては本気の弓道、果たしてどこまでいけるのか。突然医学部を目指したいとかおめでたいことを言い出しやがって、適性からして全く違う気がするというところから、私はどうサポートすべきかを考えないといけない。
ああ、早いなあ。楽しかったなあ、子育て。
でも、ずっとそこにとどまってはいられない。もう、あまり子ども扱いするわけにもいかないしなあ。
2011年は、あっという間に過ぎて行きました。
あまりに早くてビックリだよ。
去年の今頃、今年の一年間は想像もできなかった。
悲しいことも、怖かったことも。
うれしいことも、楽しいことも。
来年はもっといい年になりますように。
私にも、もちろんあなたにも。
よいお年をお迎えになりますよう。
そして、良いお年をお迎えになった後、ご来訪のあなたには、
「あけましておめでとうございます」を、謹んで。
天皇杯見て、箱根駅伝見て、寝正月の鈴木家の、ごろ寝リビングより、気持ちだけは謹んで。
てへ。
2011年12月25日
明日、元気になあ〜れ。
体調が悪い。
ううう。
何の呪い?
ああもう、こんなのやだなあ。
みたいに思うと、来るな。
何が嫌だったかを書くとまたいろんなところから詮索されて、風が吹くと桶屋が儲かるみたいな薄い関係性なのに濃ゆく怒り出す人がいたりするから、書けないけど。
こういう、勝手は自主規制もイヤ。
どうせ大したことじゃないんだよ、私が名指しで怒ったところで、痛くも痒くもないでしょうに。
たいていどんな人も、ワタシなんかよりずっと力を持っていらっしゃるんだから。
あああ、気持ちが萎えているなあ。
こんな気分でいると、割と簡単に、ひょいっと悪い気が入り込んで、体調が乱れるんだ。
いや、単純に風邪なんだろうけど。
娘も息子も、思ったほどの成績ではなく、部活もサッカーも期待した成績は出せず。
でもまあそれも、彼らの人生であって、その評価は私とは関係ないことだしな。
眠いので、寝る。
これは正しいことだ。
つらい時には寝るに限る。
小僧の遠征や、娘の朝練や、自分のレポートや、サンタ業務のために早朝起きる自分は嫌いではないが、ちょっとしたマゾ気分の快楽も、過ぎたるはおよば猿。ウッキー。
ここのところ無理が続いて疲れが積み重なっている。
目の下のクマだけ、三田さん並み。寝なさい、ワタシ。承知しました。
ドラマ、見たいなあ。
二倍速じゃなくて、ダイジェストじゃなくて、おもしろがりながら見たい。
映画も、舞台も、寄席にもいきたい。
小僧がマーライオンになって、ワタシも危ない感じ。
娘の試合は振るわず、相方だけがやけに元気だ。
まあいいか、家族の中、ひとりだけでも元気な方が。
明日、元気になぁ〜れ。
2011年12月22日
幸せな手紙
もー、本当に毎日楽しいったら楽しいったら。で、ロバになりそうな勢いです。
月曜日に、ちょっとお習字ボランティアに行って来ました。
そうしたら、にわかお弟子さんたちから、今日お手紙をいただきまして。
中学校のイベントのために三日連続のご奉仕(といったって、遊びの一種だけど)で、なんだかヘロヘロになっていた私に、いきなりメガな、いやギガな、いやもう無限大の元気注入のお手紙でした。
すごいなあ。
すごいなあ。
肉筆というのは、何か迫るものがあるね。
こちらから「やらせてください」と、相当押し付けがましい出前ボランティアでした。なのに、こんなに大きな報酬をいただいちゃうと、もうメロメロになってしまうなあ。
若きJCの苦悩、なう。な、お嬢と一緒に学校に向かいながら、
「誰も見ていなくていい。自分のしたことは誇らずにいなさい。けれど、自分の行動は、必ず天に通じる。だから常に律していなさい。常に正しいと思うことをしなさい」
なんて気持よく訓話を垂れていた、私ですがね。
誇るね。
自慢だね。
超、自慢。
私はいつも、いつも、つきまくっている。周りを良い人に囲まれる運が、とんでもなく強い。
えっへん。
・・・ダメじゃん!
でも、楽しいことの連鎖は必ずあるんだなと、最近ヒシヒシと思います。
楽しくいきていこう。
私が楽しければ、周りもきっと楽しい。
実は、お習字は少し、封印。
来年度は小僧が六年生なので、とりあえず進退を考え、伴走しなくちゃなりません。
このままでは大学の卒業も危なくなってきたので、先輩から教えられた「一年休学してレポートだけを書き続ける」という裏技を選択しようと思います。バカなので、とんでもなくたくさん履修を出しました。ダメ元で、とりあえず限界に挑戦してみないとね。
親戚一同が逞しく生きていてくれるので、気持ちが楽です。
母ヨシコを恨んでいた日々は、この熱い手紙集で払拭されてしまいました。もー。来年は少し親孝行も趣味にして行かないとね。
さて、明日はまた朝5時起きです。
小僧の試合だから、お楽しみのひとつだよ。
小僧の活躍を見ようと思うと思ったように活躍しないときには辛くなりますが、チームのファンなの私は。と思うと、すっごく楽しい。心の中で応援歌、歌ってます。
お嬢の時も同じ。お嬢の成績だけを考えると底冷えがしますが、主将もチームメイトも、スバンスバン当てていき、「うちの部ってすっごぉーい。よっしゃー!」と、熱い気合も入ろうというものです。
こんな調子で、先週末から、12/28まで、息つく暇もないほどに楽しいことの連続なんです。
いいのかなあ。ホント、ロバの尻尾が生えてこないか、気づいたら鯨の腹の中にいるんじゃないかと、心配です。
2011年12月15日
締め切り前夜
とてもとても楽しかったお仕事だけれど、インターナショナルスクールの書道の先生を、ひとまず今年度でお休みさせていただきたいと申し入れた。
この一言には、久々に、すごーく勇気がいった。
子どもたちが、とにかくかわいいから。
スタッフが、めちゃくちゃ心地良いから。
たくさんのものを与えてもらって、いつもいつもヘトヘトだけどほのぼの幸せ、というのの繰り返しだった。
初めて、小2から高3まで、苦痛だったけどお習字をやっててよかったなあと思えた、私の中の大きな変革でもあった。
けれど、本当に、時間が全然足りない。
書道をお断りしたからといって、まだまだ全然足りないんだけど、これから勇気を持っていろいろなことを断っていかなければならない、その手始めに、かなり大切な時間を手放したから・・・もうあとは、あまり怖くない気がする。
培ってきたスタッフとの友情が壊れませんように。
卒業していく子どもたちが健やかに、「お習字、楽しかったな」と思ってくれますように。
そして、またいつか戻れる日がきたらいいなと思っています。
まあ、まだ三ヶ月は猶予期間がある。今年度だからね。インターの卒業式は6月じゃなかったか、という不安は残るものの。
失う寂しさではなく、まだまだある時間を、丁寧に、たっぷり慈しんじゃうぞ。
さて、こんな夜中になんでこのような日記を書いているかというと、仕上げたレポートに添付する用紙がなぜかこの課題だけみつからなくて、下手するとコレが来月送りになってしまう・・・ということは今から一本、別のを仕上げなければならないという絶望的な気分になりながら、引き出しを探していたら、「ゆうこせんせいへ」という、半紙に筆ペンで書いた英語混じりの手紙が出てきたからなのだっだ。
私の可愛いUちゃんというお弟子さんの、とても素敵な素敵な手紙。
宝物の一つである。
Uちゃんのその手紙を目の前に貼って、あと一本、がんばろう!
明日朝イチで小学校、続いて午後一で中学校。
来年は小学校のPTA活動だけに絞って、町会の活動と社協のボランティアもしっかりおやすみしよう。
楽しいことが多すぎて、忙しいことが大好きで、欲張り過ぎてた。
大切な出会いや、大事な友達や血縁をないがしろにして、時間に追われていてはいけない。
娘の大会や、小僧の大きな試合を見に行けてないのも、母親失格な気がする。
レポートも、もっと余裕を持って書いて行かないと。
そして、科目終了テストもしっかり受けていかないと、単位がまだまだ実習に届かないんだ。
でもまず何より最初にすべきなのは、受講したおびただしい数のノートとその時の教科書の整理だ。
山積みになっていては、レポートも進まない。添付する用紙も紛失する。
それから、掃除だ。整理整頓だ。
毎回、捜し物から始めるのでは効率が悪すぎる。前に進むんだ。ひとつずつ。
では、戻ります。
うわー、真っ青だなあ。頑張らなくちゃなあ。
2011年12月13日
もの忘れ
一日にやるべきことはせいぜい5つまでにしておく。
本当に大事な事を5つだけ。
チェックリストをつくって、チェックしていく。たくさんの仕事はこなせないけれども、確実にやらなければならないことは潰した、あとはまた明日。という感じがいい。
ところが最近、5つではとうてい追いつかなくなってきた。
大きな約束は手帳に予定として書きこめば大丈夫なはずだった。
ところが、最近、ころっと忘れたりする。本当に、情けないほどの鳥頭である。三歩あるくと本当に大切なご用も忘れている。
「私はなぜ、ここにいるの?」と階段を登り切った所で思うぐらい虚しいことはないが、これがまだ自宅だからいい。
突然ワープしたみたいになって、どこにいるかわからないのに、どこかにいたときには、認知症を覚悟しなければならない。しかし、今も記憶は時として斑であり、言った言わないは全く自信がないし、お財布の中にはいつもお金が無い。あ、これは前からだった気もする。
やることが細密化すると、私のようないい加減な人間にとっては、やることが激増したように思われて、軽くうんざりする。
重要なメールが来るときには、メールチェック。何日までに、何を。
一番厄介なのは、チェックリストに書いておいて、朝、チェックして尚、綺麗に忘れていることだ。
今、話していたことはなんだっけ、ということも少なくない。
ネットの英語の実力審査をしたら、とてつもなく悲しい結果になっていた。毎日歯を磨くように英単語をさらっていて尚、これはない・・・。おー、まいがー。
タイ語検定にも落ちている。何か言葉を司る領域が壊れたんだろうか、日本語でも、かなり噛む。言いたい言葉がすぐに出てこない。うまく笑いに繋げられなくてイライラすることもある。
この、日本語に対する不自由さは、実際、切ない。子どもをうまく叱れない。
話芸とかで食べていたなら、引退の時期かもしれないが、おかんはたどたどしくてもしかることができるので助かる。
先日、私は娘の中学に向かって車を走らせていた。
ところが、気がつくと全く違う場所に向かっていた。右折を忘れたのだ。いや、目的地を。目的地への道も。引き返して、ショートカットを通ろうとして、知らない道に出た。
かつての私なら、「狐に化かされた」とでもいうのだろうが、今や超常現象は私の脳内で起こり始めている。
あまりにも怖かったので、PTA仲間に話してみた。遅刻の言い訳が、道を間違えたというのも、かなり難しい。
「ゆう子さん、疲れ過ぎていると思う。休みが必要なんじゃない?」
と言われ、そうかもしれないなあと思う。教科書をひらくと条件反射で寝る、というのを、まずはなんとかしないといけない。
母の認知症を見てから、遺伝を否めない恐怖もあり、その取り憑かれ感から逃れることができない。
認知症だからどうこう、という忌む気持ちはないけれど、好んでなりたい病気はそれがなんであれ、ないよね。
アルジャーノンに花束を、を読んだ時の気持ちを思い出している。
私は、どんな私でも私だということを忘れないでいたい。
言葉をなくしても、記憶をなくしても、生きるための機能が少しずつ衰えて使えなくなっても、何もかもなくして尚、そこにある自分が生身の自分。
本当に人格をしっかり磨いておかないと・・・。
何もかも失った時、私はそれでも心のなかに希望と感謝を保っていられるだろうか。
人格京成って、47からでも間に合うかなあ。
老いへの恐怖は、私の場合、失うことではなく、むき出しになることなんだと思う。
むき出しにしても大丈夫な人になるべく、今から近づく努力をしよう。
2011年12月08日
ゆったりした時間
みかんの白いスジは、なんという呼称か。
といううっかりした質問から始まって、貴重な午前中を楽しい夫婦の会話に費やしてしまった。
あああ。
やることはいっぱいあったというのに。
ちなみに、白いスジには、イ・カンソクという、韓国人の名前のような名称があるらしい。
どんな字だ?
チュウカヒ、とも言うらしい。中国人か?
そんなことをのってりのってり、調べて笑い合う。全然違う話題になっていく。
「ああ、そういえば」がたくさん重なって、くだらなすぎることで笑いつづける。
相方が超・節食をしており、なんとなく家庭内に流れる日頃のリズムが違う。
炭水化物をカットし、野菜スープだけをすすっている。
ゆったりとしていて、静かだ。
私も相方にご飯を作らなくていいので、気兼ねなく丼物をサーブできる。
ああ、楽だ。
作るのが早い。大量に食べさせられる。洗い物も少ない。
こういう時間はいろんな意味で、いいなあ。
食べていても食べていなくても、飲んでいても飲んでいなくても、締め切り日以外はたいてい上機嫌で過ごしている相方だが、炭水化物や脂質、タンパク質を撮らないと、テンションがさがって、えらく穏やかになるんだなあ。
そして、相方は自分の心の鏡、私もすっかりおっとりした気分でいる。
空気は伝搬する。
お嬢は期末テストだというのに、昨日はフラフラ、タイ語のレッスンに出かけていった。
小僧は、いつものサッカーをいつものように淡々とこなしてきたようだった。
私にも時間はゆっくり過ぎていく。外出時はさすがに着替えるけれども、あとはずっと和服で過ごしたりして、腰痛緩和にもとてもいい。
そんな風にゆっくりゆっくりしていたら、今朝、to do listがとんでもないことになっていたのだった。
なのに、うっかり・・・みかんのスジめ。
回復食に入った相方が、少しづつ時計を早回しにするだろうから、それに合わせていつもの日常に戻っていかなきゃなあ。
2011年12月02日
くたくた
ああ、今日はよく働いた。
といっても、一日中、学校で。
無報酬の。
でもそれが誰かの役に立っているなら・・・。
労働対価は経済活動を伴わないけれど。
ただ、それを「仕事」といっていいのかどうかなあ。
明日は、早朝、もうひとつの方の学校へ。
どれだけ学校が好きなんだ、と思うよ。
むしろ、嫌いな場所だったんだけどな。
場所じゃなくて、「働くこと」が好きなのかもしれないな。
くたくたになるまで、フルで頭と体を動かしていく。
それが、好きなのかも。
で、くたくたになってて。
おやすみなさい。
2011年11月30日
愛しすぎてつらい
相方ともっともっと話をする時間が欲しいと思う。
娘と一緒にあそびにいく時間が欲しいと思う。
小僧をずーっと抱きしめていたいと思う。
自分の時間も足りないのに、何言ってるんだ?
今日も昨日も、教科書を開いていない。
相方の作品を読み返したい。
娘や小僧の写真屋でビデオを整理したい。
日がな一日、眺めていたい。
愛が炸裂していて、空の巣症候群、間近な気がする。
子供たちが巣立てば、相方はきっと自分の時間を大事にしだすだろう。
いや、私も私でやりたいことはいっぱいあるのだが・・・でも今は、なんだろう、家族とくっついていたいのだ。嗚呼、このスパークする愛を、なんとしよう。
これは、つまりアレだね。
そろそろ、犬とか猫を飼う時期が来た、ということかもしれない。
2011年11月28日
ついえた夢
やはり現実は現実で、夢のような話はなかった。
そんなもんだよな。
でも、切望した。
その夢がかなうことを、私は切望していたんだ。
ある日、目が覚めたら私が53キロに戻っている、なんて魔法は絶対にありえない。
けれど、その夢は、一週間で体脂肪が5%減、程度には、現実味があった気がする。
もがく。
認められない現実があって、苦しくて仕方ない。
比較的、何でも認めることから始めようと思って頑張ってきた私にも、そんな部分があったことを発見する。
夢想なのに。
見果てぬ夢、なのかもしれなかったのに。
ただ、想像通りに事が運ばなかったことが、こんなにも苦しいとは思わなかった。
うっかり誰かのせいにしたくなる、心の弱さを自分で殴りつける。
殴りつけたあとに、抱きしめる。
私は、いったいいつから、そんな「夢見る少女」みたいになっちゃったの?
どっちかといえば現実的な、おじちゃんみたいなおばちゃんなのに。
叶うと思っていた。
かなりの確率で、いけるとふんでいた。
かなわないし、いけなかった。
・・・そんなことって、きっと誰にもある。
全部が全部、うまくいったら、人生なんてつまらない。
悔しいこと、悲しいこと、切ないこと、自分じゃどうしようもなかったこと。
そういうのをぜーんぶ、力にしていければいいと思う。
タイ語検定も・・・また然り。
2011年11月26日
どんな毎日?
事実は小説より奇なり。
ということが我が身に降り掛かって、なんかクラクラしてます。
一段落して、おもしろいご報告が出来れば、と思います。
あ、その前に、悪いご報告があった。
タイ語検定、親子揃って不合格でした。
娘は残すところあと数点で合格圏、その後、英検準2級に受かったので、なんとなくまあいいか、とダメージもほどほどですが、私、ショック大きいです。全く届きませんでした。なんでー。なんでー。
・・・勉強がマイポー、足りてないからだな。
外語大のタイ語講座は、今日から書き文字が始まりました。
覚悟を決めて臨むか、永遠の初級者でよしと逃げるか、さあどっちだ。
40歳過ぎると、語学はしんどい。
もしもこれを読んでいる若い世代の方がいたら、とにかく語学だけは30代までに開始したほうが楽ですとお伝えしたい。
タイムマシーンがあれば、アジア放浪していた時の私に、やれるとこまでやっておけば、と言いたかった。中途半場なんだよなー。何しても。
未来の私が、今の私に何を言いたいかはわからないけれど、とにかく大学の勉強だけはちゃんとこなそう。
さて、おやすみなさい。
って、わくわくどきどきしてて、眠れるかなあ。
こんな楽しいことがあるなんて、夢みたいだ。
2011年11月19日
くさい
なんだうろ、すごい変な匂いがするんだけど。
戸棚を開けたときに、した。
ということは戸棚の中に問題が潜んでいる。
しかし、こんな深夜におっぱじめるわけに行かない。
いる。何か、いる。
臭い。
でも、蓋をするのだ、私は。
人はこれを怠惰と呼ぶかもしれないが、私はこれを理性と呼ぼう。
数時間後には小僧を遠征場所に送っていく。
そして、午前中に小学校に行き、午後は中学校だ。
気づいたら、明日は科目修了試験で大学だった。うへ、勉強していない。
試験が終わったら。
あの臭い素と戦おう。
戸棚の奥の、何かと戦うのだ。
よし、頑張れ。ワタシ。
2011年11月18日
曇天
小僧がコミュニケーション力のなさから、ずーんと落ち込んでいる。
理解されない、理解できないことのつらさ。
理解しあう時間がない、いらだち。
サッカーをあきらめたら、お友達ともっと遊べるのにな・・・そうしたらギャングエイジ特有の、グループでの遊びが盛んになって、ちょっとしたいざこざの関係修復も簡単かもしれないと、サッカーより大事なものについて考えてしまう私。しかし、サッカーを諦める路線で、小僧を説得していいものなのかどうか。説得できるのかどうかも、わからない。
小僧は、DSをしない。チームからは推奨されていないからだ。
炭酸飲料も飲まない、お菓子も食べない。
おやつは牛乳とおにぎり。それが将来、立派な体を作ると信じている。
サッカー練習に費やす時間が長く、お友達と共通の話題がない。
言葉をそのまま真に受けるから、親愛の情か憎しみかの区別がいまいちつきにくく、反応がちょっと暑苦しい。空気はうまく読めない。だから、なんとなく孤立化するのも仕方ない。
それが福助くんだし。
という、良い感じのキャラ立ちだったんだが、本人が「憂鬱」になってしまうと、バランスが悪い。
それでどんよりしている。
サッカーの練習にいけば、それなりに充実した時間を送っているのだろうが、一日の大半を過ごす学校の友達を大切にしたい気持ちもよくわかる。
それはどんよりするだろう。
一人でいることを楽しめればいいのだが、中途半端に伸ばした適応能力と、チームプレイで培った集団性の高さを、今更切り替えようがない。
単純に、せめてサッカーが普通の習い事レベルになれば・・・と思う。
もうプロになりそうな子どもには、トレセンだの、スカウトだの、十分なお声がかかっている世代になった。もちろん小僧には、まだ誰も着眼していないから、隠れたヒーロとも言えるが、すでにもう誰も着眼していないという言い方も成立しそうで、このまま埋もれたヒーローになる確率は高い。
ストイックにいろいろなものを・・・本当にいろいろなものを犠牲にして、それで彼には何が残るのだろう・・・と思う。
生真面目にコツコツ。
コツコツ。
コツコツ。なあ。ほんとに。
ゴールデンエイジだから、何でも習得しやすい。ハードルも幅跳びも、かけっこだって得意だ。けれど、黄金の時間は小僧だけでなく、すべての人々に訪れている今、サッカーの魔物はどんどん魔王や魔神になっていく・・・とは思う。
凡人の小僧と、大きく差がある。
栴檀は双葉より芳しいという。
芳しかった気もするのに、ちょっと立ち枯れていないか。何がいけなかったのだろう。
サッカー業界の厳しさも、たくさん読んでわかったような気になっている今、小僧ごときではもう、プロにはなれないんじゃないかなあ。
サッカーは趣味でいいんじゃないかなあ。
という言葉が浮かんでは消える。
しかしそれは、私が言うべきことではなく、ちゃんといつか、宣告されるか自分で気づくまでは、私は何も言うべきではないとも思う。
「その時」が来たら、壊れてしまわないように、今からちゃんと準備しておかなければならない。
だが、そのための準備って、いったい、どんな?
本当に何を言ってあげればいいのだろうか、どんなスタンスで育てていけばいいのか、私も迷って迷って、どんよりしている。
2011年11月15日
ちょっと休憩してこっちを書く
がんばってまーす。
そうだ、このがんばりこそが未来へ続くのだ。
続くかな・・・いや、続けるのだ。
「プロフェッショナルの流儀(NHK)」で、本田圭祐を見ていて泣きそうになった。
弱くて繊細な自分を、鼓舞して鼓舞して、すごく強く鍛えていったんだなあって。
俺ならできる。
俺ならできる。
すごいなあ。世界の舞台で戦っている人は。
サッカー選手のドキュメンタリーはたいてい録画して見ているのだけれど、それぞれの個性があって、それぞれ頑張る方向があって、・・・毎回、どんな角度からも、ものすごく切なくなる。
がんばろう。
私は世界を相手にしているわけじゃないけど、ワタシにできる最大の部分で。
いつも100%で。
ワタシなら、できる。・・・かもしれない。
はい、本日レポート締め切り日です。がんばってます。
2011年11月14日
一番サポーター
娘の所属する会が百人一首大会に出る、というので、Tシャツを作ることになった。
らしい。
しかしもちろん中学生には予算が限られている。
らしい。
Tシャツは100枚単位で作るならかなりお安くもなるが、10枚ばかりだと版下代が結構かさむ。
そして、会員は10名に満たないという少数精鋭なのであった。
というわけで、黒いTシャツに金色の墨で、名前を入れてみた。
白い丸首Tシャツか黒いやつかしか、3枚パックはないから、安さ優先で行くと白か黒だ。
背中に百人一首同好会と書くのもちょっとダイサなあ、と思っていたら、娘が「自分の札を書いてはどうか」という。
みんな、得意札というのをもっていて、競技会でも「それだけは絶対に自分がとる!」と決めているのだそうだ。
じゃあ、かな文字で絵札の部分をそっくりに臨書してもワケがわからないだろうから、下の句をわかりやすく背中に書くのはどうか。という事になって・・・そうなると案外これは楽しい作業だった。
布書き専用の墨ではないから、上から高温のアイロンで抑えこんで、洗濯は手洗いで。と、説明書きを娘が作って、金500円ナリ。
こういう文化祭みたいなことは大好きだ。
文字は一見、刺繍に見えるので、これがなんとも、「悲しいとき〜」「悲しいとき〜」の特攻服のような、ちょっとだけ「どこのヤンキーちゃん?」という雰囲気をかもしてしまうのが残念だが、それはそれで500円という金額に免じてお赦しいただくことにしよう。
リーダーさんが気をきかせて、全員並んだ写メを送ってくれた。
なんだかうれしいなあ。おい。
こうなるとチーム物を作りたい熱がふつふつ湧いてきてしまい、どうしましょうと思う。
ひとまず、小僧のサッカームにお揃いのバンダナはどうかしら。名前入れるけど。と、ご相談してみる。
今度は洗濯可能な布用の墨で、選手ひとりひとりの名前を書かせてもらおう。
次の大会で使えるかな。
本当は大々的に横断幕とかも作りたいけれど、新参者がそう、しゃしゃり出るわけにもいかないのがつらいところよ。
次の試合の時、親たちが一丸となって応援しているよという気持ちを選手に伝えたいと思う。スタメンでもベンチ組でも、全員があのチームに所属するサッカー選手だ。
親が最大のサポーターでなくて、誰がこけし顔P子やヘタレ小僧のファンになってくれよう。
キラキラしたスタープレーヤーには、おばちゃんファンもつくけれど、何しろ小僧はプレイが地味である。しかも、父親は只今ご多忙で、よほど大きな大会でなければ見に行かないと公言している。
そう想うと、とにかく私ぐらいは暑苦しいぐらい、応援したいと思う。
一番サポーターが行くよ。
熱いよ、暑苦しいよ。
・・・そうはいっても、今や弁当箱に入れるメッセージと、せいぜい応援グッズをつくるぐらいのことだけどさ。
2011年11月11日
無実のナムルさん
韓国ドラマのタイトルのようだが、そうではない。
「あのナムルは絶対に腐っていた!」
と、腹に力が入らない相方がトイレから出てくる。
同じ物を食べた私は全然平気なんだけど、そういえばちょっと気持ち悪いのがそれかしら。
「そうだ、きっとそうだ。捨てろ」
最近めっきり健康な相方ではあるが、もともと我が家で唯一「炭鉱のカナリアちゃん」である。賞味期限との戦いが始まると、彼が最初に腹を壊すのだ。
まだ食べられる気がするナムルではあるが、腐っていると断言された段階で、汚染された感が漂う。言霊とはかくも恐ろしいのだが、その言霊を退散させるだけの細菌発見キットももっていない。
少しだけ残っていたナムルに未練はあったが、ここは潔く捨てる。
ところが、ナムルには手をつけていなかった小僧なのに、昨日、下痢をしていたことが発覚。
しかも同時期、娘は学校で下痢でトイレと保健室に駆け込んだといい、就寝前には嘔吐までした。ナムルは食べていないが、今日は欠席している。
なんだろう、この鈴木さんち一家総出のカタストロフは。
しかし、私のこのディスパレードなまでの元気さは。
と、屈強な腸内環境を誇っていた私にも、今、激しい下痢が襲ってきた。そういえば、娘と小僧と同じ、くしゃみがでている。
眠い。とてつもなく眠い。
これを書き終えたら、レポートに入る前に少し、横になろうと思う。今まで疲れると「甲状腺のせいでは?」などと思ってきたが、昨日病院に結果を聞きに行き、「良性腫瘤と、でっかいのう胞」とわかったので、甲状腺は問題なく働いているものとする。
ああ、全くどこまでも健康な私。
とすると、この眠気は・・・やはり風邪なのかな。
ナムルは腐っていなかった。いわば、無実であった。
この症状が、捨てられたナムルさんの呪いではありませんように。