2008年02月29日

幸せな朝

ややややややや、柳家紫文ししししししししし、師匠から直電、キターーーーーーーーッッッ!!

全身一気に汗だくになりまして、体痛かったの忘れて直立不動ですよ。
治った。もう、インフル飛んでった。

本日、ちょっと小粋な下町の若旦那、古今亭菊之丞師匠の独演会というのが、高円寺ちとしゃん亭でございまして、これがまた私の密かに岡惚れしている柳家紫文師匠のお店なのでございますよ。
で、意を決しましてメールで予約を入れ、私はこの日を楽しみに艱難辛苦を乗り越えてきたのですが、あいにくの保菌者という変わり果てた身に相成り、伺えませんとのメールに快く「結構ですよ」と。メールの不調があったため、わざわざのお電話で。
メール、よくぞ不調で!いや、なんてことを。タミフルが言わせるんです、こういう暴言をね。
師匠、お優しい。師匠、最高。師匠の三味線聴きたい。……電話で何を望むか私。

何をお話したかまったく覚えていない空白の一分間でしたが、師匠と直でお話できただけでなんかもうね、おなかいっぱい。変なとこ、乙女ですから。
紫文師匠は、相方をぐっと男前かつ江戸前にした感じです。すっと立った着物姿が、なんていうかすごく美しいのです。
もー、目が離せないのね。寄席にも出演されていまして、密かに香盤チェックしては見に行ったりしていました。どうも、私は楽器上手の歌上手に弱いみたいです。

ああ、なんといういい朝。生きててよかった。インフルに負けなくてよかった。いや、もともと負けるようなやわな体力じゃないんですけどね、心だけがヘタレで乙女なだけで。
さあ、元気出していきましょう。
えーっと、小僧だけがタミフル効かなくて、まだ高熱で動けません。水を与えて、寝かせ続けたいと思います。
そういう私も、37度5分を切れていないんですが、なーに、気力で今日中に振り切り、来週にはもう保菌者ではない私に生まれ変わってみせますよ。
そして、行くのだ。寄席へ!そこに行けばどんな夢もかなうという、寄席へ。

2008年02月28日

インフルエンザにかかりました。

いつも体調がどーの、こーの、ヘタレな不定愁訴をちりばめていたことを心から反省している私です。
流行おくれもはなはだしく、終息宣言された直後にインフルエンザにかかりました。
つらいったら、つらい。
そして、つらい。というのは、こういうときに使う言葉なのだとしみじみ思ったのね。
まずは小僧が、そして一日遅れて、私に。
まあ、小僧と同じ部屋に寝ているわけで、当然といえば当然。相方も週末、インフルエンザにかかっていたらしいんですが、そこからうつらないというのがいかにも日本の普通の家庭を示唆しています。
しかし相方の症状とは多分に違っており、ひょっとすると別の菌もまだ潜伏中かもしれません。うう、四面楚歌。ちょっと使い方、違いますか?
すぐにタミフルもらって、丸一日眠って、37度台になった今はかなり楽になりましたが、まだ悪寒と全身筋肉痛と頭痛がします。それでも楽。ってとこがすごい。強い。タミフル万歳。
かなりハイになっております。痛いのに。つらいのに。すごい。強い。タミフル万歳。
今、タミフルは11〜19才には出してもらえないそうなので、娘ちゃんがインフルエンザにかからないといいなあ。ずっと低空飛行の風邪っぴきだけど、案外一病息災なのかも。
小僧はさっさと解熱して、今日はもう学校に行けそうな雰囲気だったのですが、朝一番にお水飲んで、いきなり吐きまして、沈没。吐しゃ物を始末している私に、「ごめんねおかあさん」などといい、もういとおしいったら、いとおしいったら。
彼は鍛え方が違うせいか、痛いとかつらいとか苦しいとか、そういう言葉を一切吐きません。そういう語彙がないのかなとも思いましたが、‥‥そうでもないわけで、日頃どれぐらいつらいトレーニングを自分に課しているんだ、息子よ。と思い至り、そんな風に思ったらこれまた切なくいとおしく、お互いの熱々の体をくっつけあって、一緒に眠るのでした。
それはそれで、幸せな蜜月。こんなことでもないと、もうくっついて一緒に眠ることもない小1です。
30年後に、ふっと二人で苦しかったインフルメモリー(下手なネーミングだ)を、懐かしく思い出すのかもしれません。
♪美しい人生よ〜限りない喜びよ〜この胸のときめきをあなたに〜。
あ、これ、次のカラオケで歌おう。では、胸のときめきではなく、ちょっと動悸と咳き込みが激しくなってきましたので、今日のところはこの辺で。


2008年02月26日

鈴木家風邪だより

発熱小僧は学校お休み。
夜、いやに早く寝たなあと思ったら、今朝がたからヒートアップ。
火の玉小僧のような状態で、計るまでもなく欠席確定を申し渡したのですが、本人は案外けろっとして
「午後からサッカーなんだよなあ! じゃあ、サッカーだけでも行こうかなあ」
などと言っています。
計ったら39度もあってびっくり。これは大変だ、熱さまシートを貼ったらじゅって音がするかも〜と私が大慌てしていましたら、しゅるしゅるしゅる〜としぼんで、虫の息になりました。ちゃんと病人らしく、よく眠る。
多少のことじゃ全然平気だよ!お母さんが何でもないといっているんだから、なんでもないのだ。
と、日々暗示をかけ続けていると、大変タフな子どもが出来上がり、親としては好都合ですが、それもまたよしあしだなあと考えさせられています。

小僧の子ども部屋にノートパソコンを持ち込んですぐ隣で書いています。
今日は役員会だったんだよなあ、行けなくてつまんないなあ。あとちょっとで終わりだから、イヤってほど会おうね!この後もサークル立ち上げようね!などと、今、卒業を前にした生徒のような気持ちを味わっています。大人になってこの妙味、これは役員経験者でなければ味わえない報酬だね。
しかし、私の咳も小僧と同じ種類みたい。これは狭いPTA室では逆にご迷惑な保菌者です。
まいったなあ。いよいよ花粉シーズンも到来なのかな、鼻水も出始め、肌が砂漠化しそう。
小僧と一緒に午後から病院に行って、ついでにみてもらってくることに。
子どもがいなければまず病院になんかいかない私ですから、子どもがいてくれるおかげで健康維持ができているというものです。よかった、よかった。

週末にはおとうさんとむすめさんが総崩れで真っ赤な顔して寝込んでいて、今日は息子が。
私が倒れるのも時間の問題な気がするんですが、今週末には古今亭菊之丞師匠の独演会に行く予定もあり、ちょっとやそっとで倒れるわけには行かないのです。何度か寄席で拝聴して、一度じっくり聴いてみたかったんだ〜。お若いのに江戸前で、なんとも艶っぽいんですよ、師匠の噺は。
あわよくばちょいと一目惚れしてしまった柳家紫文師匠にもお目にかかれたら幸せ! などと考えており、落語への熱、とりあえず上がりっぱなしです。
さあ、私は無事週末まで乗り切れるのか! 

読んでくださった方も、どうぞお元気で。えーっと、楽しいうるう年をお迎えくださいね。


2008年02月23日

いいもん

いやあ、いいもん、見ちゃった〜!
吹越満ソロアクトライブ。下北沢演劇祭で検索してみてね。
またはコピペで↓
http://www.honda-geki.com/honda.html
これはさー、いい! すごーく、いい!もう一回、見たい。
どういいかは、明日に続く。

明日は明日で、またいいもん見ちゃう予定。

ああんもう、ほんとライブは、いいなあ!!

2008年02月22日

新刊のご案内

エンターブレイン社刊、銭六巻と、流出者ナガレモノ。
ビームで連載中の「銭」六巻はいよいよエロの値段の結末と、葬儀の値段。主人公にも新展開が。
……っていうか、あの、このブログを当初から読んでくれている人はよーくご存知の、植物状態の義父との経験が、ちゃーんとストーリーに生きています。「万華鏡」過去ログを、サブストーリーみたいに楽しめるという特典つき。
安い特典だ。
転んでもタダじゃ起きないのが作家だなあと思うんだけど、転んで起きられなくなった義父への気持ちをちゃんと真正面から作品に昇華させている。もちろん、義父はまだつやつや元気で、彼のおかげで私たちは実にたくさんのことを学んでいます。おじい、あっぱれ!
そして「流出者」は、まさにいろいろなところに流れ流れた作品の寄せ集め、もとい集大成63編。現在、連載中Get Navi(学研)「おひろめ」をはじめ、取材エッセイモノがメインになっています。比較的、お子様にも安心な健全商品でございます。

買うと、きっと、いいことが。
って、これは詐欺まがいになってもいけないんで、ええーっと、買っていただくといいことがあります。鈴木家に。

ついでに、十五年前の私の恥ずかしい写真入り、「アジアを喰う」(双葉社刊)も、未だに好評発売中です。
これは新婚旅行の細腕アジア放浪記。今では10キロ肥えてたくましくなってる私の、まだ若かりし頃の結婚写真までさらしているページがございます。そこだけ回収したい(悲願)。
同じ10キロでも、毎日の走行距離で、当時よりさらに絞り込んですっかり健康オタクになった相方は、今、鳥ササミ缶ばかり食べています。近づくと餌を食った後の猫のような匂いがする、立派なオヤジになりました。

先日、相方とちょっと吉祥寺に出かけて、一緒にタイレストランでランチを食べました。
吉祥寺は漫画家としてファミ通に連載中、でもまだ単行本も出ていなかった若き相方に出会った街。私にとっては、力いっぱい仕事して力いっぱい遊んで、わが世の春を過ごした街でした。当時はまだバブル真っ盛りでしたけど、街の様子は今もそんなに変わりません。
そして、結婚した後、アジアひとまわりして、老後はタイに暮らすと決めて、再び舞い戻ってきたのが吉祥寺でした。だから、吉祥寺を一回りすると、すっかり新婚気分に戻るという……。私だけ新婚気分で、相方はきっと象つかいになったような気分なんだと思いますが。
タイでよく見た光景です。バナナを象つかいから買って、象に与えるんだよ。
買うと、きっと、いいことが。

思えばずいぶん遠くに来た気がします。増減の幅こそアレ、体重も変わり果てました。シワもシミも、毛並みもいろいろ、若い頃とはまた別物になってます。
でも、これからが円熟の時代。かもしれない。
鈴木みそ、よろしくお願いいたします。
http://www.misokichi.com
ブログからアマゾンに飛べます。
←あ、ここのリンクから鈴木みそのHPに飛んで、二日前の日記に詳細が。

2008年02月21日

サッカー中国戦

全日本の青いユニフォームを着るということは、どんなときにも冷静に闘うということなんだなあと、昨日の東アジア杯中国戦とその後のスポーツニュースを見てて思った。
私が監督だったら、インタビューであんなに冷静でいられないし、私が得点者だったら「どんなもんじゃーい、しゃーこら!」とか中指立てて言ってしまいそうだと思い、実に紳士で大人な日本代表を、心の底からかっこいいと思った。
かっこいい日本代表、子どもが見ている前で最高のマナーをありがとう。

今でこそサッカーママの顔をしているが、実はルールだって怪しい。
小僧がサッカーをはじめた三年前からのにわか勉強だ。むしろトレーナーとかコーチングとかニュートリションとか、、自分の好きな方面ばかり読み込んでいて、正直、未だにサッカーそのもののことはよくわかっていない。
だから、あんな民族紛争みたいなサッカーを見たのは初めてで、サッカーを見ながら嫌悪感を覚えたのも初めてだった。
娘が大興奮して、初めて最後まで画面から目を切らなかった。
小僧はいつものように黙り込んで凝視していたが、途中で「もう見るのやめようよ」と言った。争いごとが苦手な彼に、格闘技みたいなサッカーはしんどいのかもしれないと思う。

毎年100人がJリーガーになり、その分、100人が消えていく。引退の平均年齢が26歳、平均年収が700万と、ある記事で読んだ。
全国の模擬試験で100番以内に入ることがどれほど大変かを想像すれば、プロになるだけでもほんとにとてつもなく大変なのねと想像がつく。サッカーで食べるということは、コーチも含めて、とんでもなく激戦区だということだ。
いろいろなスクールを見て回り、小僧が楽しくサッカーできる環境を整えようとしているけれど、放っておいてもボールを蹴っている彼の場合、実は環境なんか全然関係ないのかもしれないなと思えてきた。プロの選手になりたいといってるのは、私が小1のときに「大きくなったらおよめさんになりたい」と書いたぐらいあやふやな話なのかもしれない。ウェディングドレスが着たかっただけの話で、あの頃のアホな私に比べると、私の子どもたちは早くから好きなこと見つけて、ずいぶんとしっかりしているなあ。
いみじくも私の夢はかなったが(わはは)、小僧の夢がかなおうとかなうまいと、ずーっとボールと仲良しでいられればそれでいいんじゃないかなあと、思えてきた。
サッカーママ、中国戦見ていきなりトーンダウン。
バルサの10番はうちの子が。といってた同じ口で、アメリカの株価のように乱高下する感情。いや、現実が少しずつ見えてきたってことね。
んー、とりあえず、くもんだけは続けてもらおう。読み書き計算ができれば、何とかなるだろう。
なんにしても、福助の人生だ。彼が勝手に切り開く。
私は伴走するだけなんだよなあ。彼にとって不要になるまで、伴走する。ただもう、その体力を、残すことだけを考えよう。疲れてる場合ではなかったわ。

2008年02月17日

邪悪な力

ちょっと病んでいるかもしれない。だって、瓶の蓋が、次々と開くのである。
アシスタントの戸沢さんの怪力は我が家では伝説と化しており、ゴム製の瓶の口をあける器具を「戸沢の手」と呼びその功績を毎度讃えていたのだが、その「戸沢の手」がいらなくなったのである。私も伝説に近づいたのである。
しかし、実は戸沢さんの純粋な怪力とはちょっと違う、邪悪な力なのだ。ダークマターなのだ。
大変に腹の立つ人のことを思い浮かべる。あの一言が!というような状況を、思い起こす。
すると、「んがっ!」と、何でもあくではないか。ひとたびその邪悪な開け方を覚えたら、なんでもぽんぽんいくのである。
これは、「邪気の平和利用」と、最初は喜んでいたのだ。
でも、やがて、結局その人のことやその人の言葉やその人の行為を、私は胸に刻み続けてエネルギーに変えるわけで、この汚染物質の行き所がなくなることに気づいてしまった。
忘却は、精神のエコロジーだったのね。

そんな人やそんな状況があることがまず、問題だったのだ。
そういう卑しい自分を、どうしたらいいのだ。
なんとかしたいが、何も出来ない。こんなネガティブな自分をどうしようもできないのは、きっと病んでいるに違いないが、どうやってこの膿を切り出せばいいのか。

2008年02月16日

壊れた

夕飯を食べた後、お茶を飲みながら家族でナニカのテレビを見ていたらそのままうたた寝。
ちょっとだけ横になろうと子ども部屋のベッドに入って目覚めたら朝八時だった。
「ちりとてちん」を見て、ぼーっとしていたらこんな時間になっている。

壊れたのは私だけではなく、食器洗浄機もである。
アジア放浪から帰ってきて、突然のしかかってくる家事に分担を申し出たところ、相方が即刻購入を決定して以来、食器洗浄機は私の右腕だった。
食器洗浄機が普及する前だったので15万は高かった気もするが、メイドさんを雇うよりはずっと安い。フル稼働でこき使ったところ、ここ数年は一年に一度必ず動かなくなるストライキを覚えて、そのつど一万八千円の出費が続いていた。
また一万八千円出して修理するか……、そろそろ新しいスリムな美人ちゃんにするのか……考えどころだ。土日は修理も動かないだろうし、ご相談しなきゃならないのに相方は地下仕事部屋で即身仏状態なので、とりあえずしばらくは手洗いの日々。
といって、文字書きマシーンだった二十代の私は自分で食事を作ったことがなく、結婚して以来ずっと食器洗浄機は一緒だったので、そもそも私が手で食器を洗ったことはほぼ皆無だということに、今更気づいた。相方の実家に行ったときぐらい。ストライキで週末をはさんだことはない。
必要以上に不器用な私は人前で調理をすると心配されてしまうか笑われるかするので、できるだけ調理をしないようにしているのだが、洗い物も実は経験不足だったとは。
皆が普通にやれていることが、できない。というのは、なかなかつらいものだなあ。
みんなの出来ない着付け(へたくそですよ)だのお習字(そこそこですよ)だのが難なくできるので、ものすごく器用だと勘違いされることがあるんだが、まともに包丁が握れず、あらいものに辟易として、なんの器用な主婦だ。要は慣れの問題で、私にとって着物とお習字が当たり前の環境にあったからたまたま慣れていただけで、慣れるべき台所仕事には慣れていなかっただけなのである。
つまり、やったことないのにに突然着付けをしてください。と言われているようなもので、洗い物、すごーく困難なのよ!

そんな簡単なことができない。
というのも、こう、見方を変えると、ああそうか。と思ってもらえたらいいなあと、同じく不器用な小僧を見ていてふと思う。シュートとかドリブルとか上手なんだけど、女心がわからない、みたいな分野を、特に。
うーむ、それは赦されないかな、やはり。
小僧、生まれて初めて手作りチョコを頂き、ふわふわ帰宅して、ものすごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉく、うれしそうだった。その気持ちを大事に、女心を理解する特訓に励んで欲しい。

でも、なんかここんとこ疲れ果てているおかんは、13時間以上寝ているのにまったくフリーズで頭働かず。特訓まで手が回らず。
昨日も運営委員会というPTA活動で、とてつもなくしゃべるのが下手になっていて、ダラダラ長話になってるわ、気の利いたシャレもいえないわ、終了後一人ダメ出しをしてみたりして。
生徒会活動を思い出すなあ。役員に立候補して役員に当選して、最初に先生に言われたことは、滅私奉公の理念だった。自分の功績を誇るな、支持されて当選した以上、それは当然のことなのだ。ダラダラしゃべるな、大事なことは3点にまとめてポイントを示せ。理解されなければ人は動かない。
小学生の自分にしみこんで、中学での活発な生徒会活動、高校での部活動設立と文化祭実行委員会、社会に出てからは法改正のための活動も……ブランクがあって、父母会とPTAにたどり着いた。こんなところで生徒会活動が生きてくるとは思いませんでしたよ、藤原先生。私は結構使える尖兵だったと思う。でも、多分、今が1番ヘタ。
最近、消耗が激しくて、いったいどうしたことかと思う。

……使い込んで動かなくなってる食器洗浄機、なんとなく他人と思えなくてなあ。
さ、手洗い、手洗い。

2008年02月14日

なんでもない日

長蛇の列。
ゴディバに群がる女たちを見ていたら、なんかこう、まあいいか。並んでまで買わなくても。という気がしてきて、さっさと駐車場に向かってしまった。
こうやってイベントから遠ざかっていくのかなあ。
っていうか、年賀状すらまだ手をつけていないのに、もうバレンタインデーだって。
気がつくと、もうクリスマスなんてすぐなんだよ、きっと。
すみません、今年は何もありません。ハレもケも。
サンタもうちには来ないでいい。

地下仕事部屋ごもりしている相方は、食事とトイレだけ、のっそりと顔をだす。
床下収納庫の扉にしか見えない床の扉がパタンと開いて、すごく短いはしごを使って上に上がってくる。
そして、用を済ませると、ほんの少しだけ小僧と遊ぶ。
また、地下に帰っていく。
遊ぶ内容は決まってボール遊びだ。ボールを投げたり蹴ったりして、それを小僧が飛びついたりドリブルシュートしたりしている。
今日はヘディングだったので、なんだかフリスビー犬と遊んでいるようだった。
尻尾が見えた気がするね。また、小僧がずーっと飽きずにヘディングし続けるのね。
相方にとっても癒しの時間。毎日、なんだかんだで都合小一時間ほど小僧と遊んでいるわけで、食事はほぼ毎日一緒に食べてもいて、我が家はイベントがなくても、結構よく遊んでいるのである。

このなんでもないような日を、慈しもう。

っていうか、ホント、ただ行列が嫌いだという言い訳から、ここまで展開しなくても‥‥。


2008年02月12日

自立の時

そういえば、お嬢さんの反抗期が終わっている。
憑き物でも落ちましたか?という感じだったので、一緒に長風呂して、話を聞く。
穏やかに微笑みながら、娘ちゃん、
「学校でちょっといろいろあって、私、ストレスが高かったんだと思う。なんか、お母さんに八つ当たりしていたと思う。ごめんなさいね」
といわれ、びっくりする。
そうかそうか、そんなにストレスが高かったのに、おかん、あんたを叱りつけてばかりいたよ。ああ、恥ずかしい。
抱きしめて頭をなでてあげなければいけなかったのに、ごめんよー、ごめんよー!!

五年生ともなると、ちょっといろいろどころか、いろいろてんこ盛りだ。くじらにみっしりついたふじつぼよりもたちが悪い。彦麿呂なら、「問題の宝石箱や〜」というだろう。言わないか。
もっとも大きなイライラは、針路にもある。
四月からの習い事、英語劇団のオーディションはもうすぐだが申込むのかどうか、受検を考えるなら塾に行くかどうか、やっと面白くなってきた少女サッカーをどうするのか。
時間の使い方は暗中模索だし、激戦の公立中高一貫校の受検だって「いきたい」気持ちは揺らがなくても、羅針盤はないのだ。
ひとつひとつ優先順位をつけて、ひとつひとつ出来ることを探して、もしダメだったときのリスクマネージメントの仕方を教えてみた。
決定は自分で、というのは、寛大に見えて実は冷たい。けれど、私に出来るのは選択肢のメリットとデメリットの提示までだと思って、娘ちゃんを大海原に突き落とすのである。救命具もって、そばにいるんだけどさ。
P子の未来は、全部、P子のためにある。だからこそ、難しくても、自分で決めていかないとね。
自分で目的地を決めて、泳ぎきらないとね。
自分で決めた目的なら、泳ぎきれなくてももう一度挑戦する気持ちになれる。
自分で決めた目的地にたどり着いたら、喜びは全部自分のものだ。
自分で決めた目的地が迷い迷ってたとえ間違っていても、責任転嫁出来ないから泳ぎきるしかなく、たどり着いたときには、それが必ず自分の力になる。
頑張れ、P子。
親としては経済的にはコレ、親のお楽しみ的にはコレ、親が見るあなたの適性ではコレと、いくつかリコメンド出来るゴールはあるんだけど、そんな親にとって都合の「いい子」は、私にとって都合がよくない。
あらら、なんだ結局、私の都合か、わはは。

問題は長風呂で私の風邪を悪化させたことだ。……マジ、つらい。


2008年02月11日

浪費

ユニフォーム型のストラップを作ろうと思って希望者を募り、チームメイトの名前を書いた紙を再確認して、現金もばっちり用意し、お店に持っていった。
でも。
かんじんのユニフォームを忘れて、また明日。

交通費かけてここまで来て、このまま帰るのもなあ……。と思っていたら、小僧がどうしても欲しい!と言い続けていたスパイクが特価に。なんとなく、購入。試合、がんばれよ。

学年誌買うから本屋さんに寄ってといわれた。お嬢が受検用の資料と過去問題を発見、どうしても欲しい!と言うので、なんとなく、購入。勉強、がんばれよ。

ずるずる本屋さんにいて気づいたらもう六時を回っていた。いかん、食事の支度が間に合わない。と、デパ地下でおいしいものを購入。なんとなくサラダなんかも、購入。炊事、がんばれよ。

でも、この三つの「がんばれよ」には仲間はずれが一つあります。どれでしょう。

こんなふうに、フラフラとお金を使っちゃうからいけない。
明日もう一度、あのお店に行くし、繁華街も通るけれど、明日こそは、がんばる。


2008年02月10日

ぶんたん

加藤諦三氏の新刊を買ってしまうぐらいなんだから、きっと、たいそう疲れているのだ。
……というような駄洒落を言うぐらいにはまだ余裕があるわけで。
同じ加藤なら、加藤鷹の新しいのを……というぐらい、勢いが欲しいなあ。

肥えた。枯れた。それでも案外、笑ってんだよなあ。

相方が、ホストの取材に行って以来、日々おかしな表情になっていく。
なぜだろう……とよーく観察してみたら、眉毛がどんどん薄く細くなっていたのだ。
しかし整え方を知らないので、微妙に間違った福笑い状態なのだ。
かくいう私は、と見ると、無駄毛も産毛も生え放題。そんなところこそ、枯れて欲しいのに。

多分このぐらいの元気さで、普通の人のテンションだ。
食欲も消えない。でも、なんかこう、具体的にいろいろあってくじけがち。寒いしさ、暗いしさ、冬場はみんなこんなもんだろう。冬眠してる熊だって、静かなもんだ。

そんな折、「ぶんたん」が届いたよ。
私の大好きな、とても大切に思ってる人から。
「ぶんたん」は、四国の、みかんのでっかいの。「でっかん」とか名づけなかったところが、グッジョブ!
部屋中がぱあーっといいにおいになって、鮮やかな黄色が「てめ、いつまでもしけた面してると張っ倒すぜ」と目に飛び込んできて、強制的に軽い憂鬱をリセットされた。
ははは、彼女の分身みたいな果実だなあ。
果実に、こんなにも癒しの効果。
私はいつも彼女から与えられるばっかりで、彼女に対して何かしたいといつも思っているのに、気がつくといつもいつも、やっぱり与えられている。
与えられるより与えることを選ぶ彼女の強さと愛に触れて、チクショー!かなわねぇなあ。と思う。

枯れてる場合じゃないや。
こんなかっこいいメッセージを送ってくれる友達がいるのに、受け取った私はゴム引きの1000円ジャージと毛玉のついた安物フリースで、休日雪見酒だ〜なんちて、ちょっとお酒に逃げてた。
熊のように猛々しい体躯を持ちながら、一寸の虫より弱虫ちゃんなのだった。
しゃきっとしよう!
背筋伸ばして、生きよう。明日はまた、新しい一日。

ありがとう、ぶんたん。


2008年02月07日

役員Aさん

またPTAがらみで、ごめんなさいね。

「うちの子、受験で第一志望、まだなのに。滑り止め受かったら、もう全然勉強しなくて」
「あら、合格したんだー。おめでとー」
「うちは来年なのに、まったく勉強してないよ、のんびりしすぎてるの見てると、こっちがイライラしちゃうんだよね」
なんて話は主婦ならお天気の話題よりも日常茶飯。私にも大変ファミリアなものになっている今日この頃です。
「いいじゃないの、元気で学校に行ってるんだからさ〜」
と、笑いながら話すAさん。その人の子は登校拒否で、それなのにAさんは、いやそれだからこそAさんは、役員活動を一生懸命やって、母親が襟を正そうとしている立派な人だそうで。
みんな一瞬、ひるんだらしいのですが、そこはそれ、Aさんの人柄をよく知っているだけに、場がひえこむことなく、でも冷静になって、逆に子ども自慢大会に突入……そりゃ、卑下大会よりは自慢大会のほうがね、楽しいし盛り上がるし。もちろんAさんも、かわいいご子息のお話をたっぷり。
……ってなことを、見てきたように書いてますが、お友達から聞いた話です。
ちょっといい話でしょ?
今は登校拒否をしているAさんのご子息ですが、繭を蹴破って、一気に羽化するんじゃないかなあとその話を聞きながら思いましたよ。
Aさん、たくましいじゃないですか。登校拒否をする子はダメダメとか思っていないところが、まずすばらしい。でもって、加熱する「勉強する子=いい子であれかし!」という陥りがちな単一価値観を、やんわり打ち破ってるところも魅力的だわ。
いい学校にいくことも素敵。だけど、学校に行かないことも素敵。
何するのも素敵、だって一回しかない、アナタの人生なんだもの!
額に汗して、悶絶して、疲れたら休んで、死んだように眠ったりもして、また走って、そんな風に自分のために誰かのために笑ったり泣いたり動いてるほうが素敵。
私は会ったこともないAさんという役員さんにふれられて、なんかちょっとうれしかったんだ。
ただ、私が「役員さん」をやっただけで、そんなエピソードを教えてくれた人がいることにも、感謝!

もうちょっと拘束時間が短かったら、きっとみんな手軽にPTA仕事が出来るんだよなあ。
実際に子どもを見てれば、ああPTAって必要だよなあ。と、実感できるし。
これ、面白いからホント体験して欲しいんだけど、なんだか拘束時間だけはめちゃくちゃ長いからなあ。
そこがネック。


2008年02月05日

友情、というもの。

あさのあつこ氏作 バッテリー に、夢中。昨日の夜一気に読んでしまい、娘に頼んでおいた二巻が今日手に入り、むさぼり読んだ。
小説に夢中になったのは何年ぶりだろう。
ジュブナイルを読むのなんか、何十年ぶりだ。
……いいものは、いい。娘には三巻、四巻と順番に借りてもらおうと思う。

同じ本を娘と一緒に読んで、一緒に感動を分かち合える喜びは大きい。
彼女は今小5、そうか、私が1番楽しく小学校時代を送っていた「あの時期」だ。
あの頃、コレだけは覚えておこうと思ったたくさんの出来事が確かにあったはずなのに、案外、きれいさっぱり忘れている。まだ生まれたてのヒナのような震えるほどの自信のなさと、未来はすべて自分のものだと信じていたおめでたい万能感を、少しずつ少しずつ思い出す。

小学校、中学校、高校。ついでにちょっとだけ大学。社会に出てから。そしてママ友。
いつも傍らには私にはちょっともったいないような、いい友達がいっぱいいたなあ。
子どもの頃から、彼らに誇ってもらえるような友達になることが、私にとっては大事な目標だった。
だが、果たして、私は等価の友達として存在しているだろうか。
多分私にとって、もっとも誇れる財産、友達。
貯金もない私には、もう唯一の財産だ。
応えられる、自分になりたい。

今日もまた、いい友達に救われた。……ありがとう。

2008年02月04日

鬼は外、福は内

豆まきの翌日は、家で鳩かいたいなあ。と毎年思うよね。
掃除機がバリボリ吸ってたけど、ホントは鳩につまませたい。

二階も掃除しなきゃなあ。昨日、相方は福助作の鬼お面かぶってノリノリだったので、その分マメが。
今日はPTA役員会。午前二時間の家事集中からはじまる。
洗濯干し終わって、掃除機もって階段に差し掛かったところでくらっときた。
あ、ダメだ。気合、ここまでかー。
気合入れて闘ったら、起きたときから抱えていた違和感に勝てる気がしたんだけどな。
負け。
と、思った瞬間、まってましたとばかりに頭痛と悪寒がやってきて、風邪の諸症状に包まれた。

軽い風邪は寝て食べて、日向ぼっこすれば治る。
学校休んで、とりあえず寝た。
会社休むのが休みにくいっていうの、役員やって初めて理解した。なんか、一人だけ風邪です、すみません!みたいなのって、ホント誰も責めないし、みんなお大事にっていってくれるんだけど、意外に休みにくいものだったのね。
一人で仕事していると、そういうことを知らないままだったので、よい勉強です。
みんな今頃、楽しくわいわい仕事してるんだろうなあ。PTA室にお弁当だけ食べに行きたい気分になったりして、これはどっちかというと、部活休むのがつらかった高校時代に近いのかな。

それにしても体調不良が多い気がして、こんなんだともう仕事に戻れないんじゃないか、あるいは数年後にまた役員を引き受けることが出来ないんじゃないか、なんて不安になってしまう。
壊れ地気味の体(ラインじゃなく、中身ね)なら、それに見合った仕事の仕方がきっとあるんだろうけど、それはチームプレイの楽しさとは対極なんだよなあ。

自分のしたいことをしてきたんだけど、そろそろ自分にできることを中心に考え方を変えていかないといけないのかも。

マメだよなあ。問題はマメだ。
壮大な哲学よりもまず、マメをなんとかしないといかん。
と、思いつつ、またベッドに入ってとにかく寝よう。
鬼は外、福は内。きっと風邪も外に出ていってくれるはず。

2008年02月03日

昨日は晴れ、今日は雪

ワンデーサッカークリニックがあると、多少遠くても遠征していく。
孟母三遷、福助母いつでも参戦。
で、昨日はあの翼君のドリブルも止めたという、ブンデスリーガにも籍を置いていた奥寺さんのクリニックに顔を出してきた。
奥寺さん、大きい。
器量も、放つシュートの破壊力も、背丈も、ついでに横幅も。
で、福助は奥寺さんのご指名で、みんなの前でリフティングをやって見せ、本番に強いためいつもよりずっとうまくこなして、奥寺さんに「福助君、すごいな。上手だな」と、褒められていたらしい。
そうやって勢いに乗ると大気圏突破も辞さないほど上り調子になっていく(落ち込むとマリアナ海溝の底まで沈んでいく)福助なので、練習試合でも楽しくアシストしたり、シュートを決めたり、それはそれは自在に動き回って、上機嫌。
子どもは褒めると勝手に伸びるみたいだ。
私が褒めてももうどうということはないらしく、むしろ試合中に声をかけるのは集中できなくなるからやめてくれとさえ言われているのだが、明らかに自分よりサッカーのうまい大人に褒められると、それはそれは効果絶大のようで。
単純。
というのは、強みだなあ。
みんな子どもの頃には持っていて、だんだんなくしてしまう才能だ。
私も大概単純なのだが、単純というのは実にいい性格のひとつだと思う。才能と呼ぶには無理があり、あまり自慢にもならず、立派な仕事も成し遂げられない気がするが、生きていくには幸せだ。

午後からは福助の所属する週一、お楽しみチームの練習。私は送迎の必要な福助に随行する。
P子は、一人で少女サッカー部に出かけていった。
もちろん福助は「今日はものすごーく楽しいよ!」と公言するほど絶好調。同じチームの、特に鉄壁女子ディフェンダーたちの活躍があって、三勝一分だった。
女子DFたちがいい場所にいて、胸トラップ、うまいマンマークなどで球を止め、あるいはワンタッチで前線の福助にパスを送り続けたのだ。楽しそうにプレイし、福助が得点するたびに駆け寄ってはハイタッチする。彼女たちも幼稚園の時代から知っているが、実に大きく成長したなあと思う。
いや、チームのみんながそうだ。選手の一人ひとりが、本当にうまくなっている。強くなっている。しっかり走れるようになっている、仲間と協力している、去年の今頃よりもずっと、サッカーを通じて大人になっているのだ。サッカーは「単なるスポーツ」じゃないんだなあとしみじみ思う。
ずっと一緒にサッカーが出来たらいいのになあという気持ちも真実。でも、福助の決めたことでもあり、規定に従って、私は退団届を提出した。
これで、三月にはチームを少年団一本に絞り、スクールにも行くことになる。小二になれば、福助が望むとおり、サッカー三昧の毎日が待っている。

ところで、娘Pちゃんは、私や福助よりもうちょっとメンタリティーが複雑なので、六年生で少女サッカーを続けるべきか否か、また迷っているようだ。
英語劇団のオーディションも間近、あの喝采は麻薬のように彼女を刺激しているだろうし、サッカーは始めて一年、やっと何とか格好がついてきて、最高学年としての意地もあろう。
そこに受験勉強もある。自分が絶対に行きたいと思う学校がある。
日が重なるのだ。だから三つのうち、どれか二つを選ぶ必要がある。
1番好きなこと、1番得意なことが、1番幸せなことだと、単純な私や福助は思う。
それだけをやり続けていられるなら、それが1番いい。
でもPちゃんはどうもそんな単純ではないのである。
正直言って、Pちゃん、鉄壁DFの小1女子より、動けない。それでも、サッカー部に残りたくて迷っているわけで、試合を見に行っても、いるだけお邪魔になるのでは?と思う母には、彼女の迷いがいまひとつ理解できない。
ただ、サッカーというスポーツは、うまい子はうまいなりに、下手な子も下手なりに、とてつもなく魅力的なスポーツなのだろう。
小学生時代、私には無尽蔵に時間があった。一時間が過ぎていくのが遅かった。
やりたいことがありすぎて時間がたりないと嘆く忙しい小学生というのは、放課後のドッヂボールだのお楽しみ会だの、学校がらみの行事に血道をあげていた私の過去と照らし合わせても正直わからないのだが、迷うほどたくさんやりたいことがあるというなら、それはそれで豊かな毎日をP子が送っている証拠なのだろう。

サッカーに関してたくさん褒めてもらい決して迷わない福助と、誰が褒めてくれるわけでもないのに捨てられないと迷い続けているP子。
でもきっと、どっちも、サッカーの関わり方として正しいんだ。
そして、二人とも、サッカーのおかげで、きっと幸せなんだ。
幸せにはいろいろな形があるんだということが、彼らを見ているとよくわかる。
そんな彼らのサッカーを見ていると、うまかろうが下手だろうが、やっぱりサポーターとして、私も幸せになってしまうんだから、同じ穴のムジナだな。
「子どもが一生懸命な姿」には、どうしたって弱い。めろめろ。いいもんだなあ。

しっか〜し!
二人で雪合戦してびっしょりずくずく、これはどんな一生懸命でも、感動しませんでしたがね。
あんたたち、手が真っ赤じゃないのよ!
なんでズボンがこんなにぬれているのにいつまでも外にいるのよ!
びしょぬれのコートを玄関に放置するんじゃありません!
きぃぃぃぃぃ!
今日は雪でサッカー練習がなくて最悪!寒くて外に行きたくない!とか言ってた同じ人が、雪の中ではしゃぎまくり。
姉と弟、雪合戦に燃えた日曜日でした。