いわゆる名門サッカークラブチーム付属のスクールを複数見てまわり、福助の意向で「ここだ!」というところに申し込みました。
ウェイティングがおよそ20人。……これ、小三までに、スクール生になれるんでしょうか。
小学三年生の二月は、サッカー少年にとっての第一関門です。
クラブチームに所属するためのテストがあるからです。
クラブ付属のスクールからしかエントリーできないところ、付属スクールにいたほうが有利になるところ、まったく関係ないところなど、それぞれなんですが、小さな全日本代表候補たちは、みんな日の丸を背負うのと同等の負荷を背負って、テストに挑むようで。
日本のサッカー、強くなるわけだよなあ。
福助の少年団の、福助憧れの先輩も、先日、受験のために少年団を後にしました。
練習試合で彼のドリブルを止めた日には、日本がブラジルに勝ったよりもうれしく、サンバのステップで帰ってくる福助でしたから、その彼が退団することは大きなショックでした。
背水の陣で挑む尊敬する先輩には、何がどうしても希望のチームに入ってほしいものだと思います。
そういえば、学校の入試も今、真っ盛り。
学校でも、六年生の教室をのぞくと半分以上が欠席している毎日です。
中学受験だけでなく、高校、大学も。
子どもたちは、それぞれの分野で真剣勝負、命がけで闘っている季節。
もちろん未来がたっぷりある子どもにとって、その試験は決してゴールではないけれども、それでも頑張った子は、頑張った分だけ、ちゃんとベストが尽くせるといいな。
福助のサッカーは、地元少年団で週二回。
さらに幼稚園時代から所属しているお楽しみサッカーのチームがもう一チームあり、週三回のサッカー生活です。
しかし、「もっとうまくなりたいから」といい始めたため、チームを地元少年団一本に絞り、お楽しみサッカーチームを辞めて、かわりに技術力アップのためのスクールを検討し始めました。
冒頭の名門チーム付属スクールは当分順番が回ってこないので、それとは別のところに入部申し込みする予定です。体験入部して、本人もノリノリ。
ただ、ちょっと遠いのよなあ。車での送迎が必須です。
「福助君のサッカー、ぜひ大切に、大事に、育ててください」
と、チームやコーチが変わるたびに必ず言われた言葉を胸に刻んで、しかし私のような中途半端に教育ママな、いい加減な者が、加熱しているサッカー産業に飲み込まれて大丈夫なんだろうかと、不安も覚えています。
お楽しみサッカーの方の退部届を書きながら、幼稚園生の頃、まともにボールを蹴れなかったところからご指導くださった先生方の顔を思い出し、涙が出そうになりました。へたくそなドリブルが、今も携帯の画像に残っています。今、普通に走るのと同じぐらいの速さでドリブルコントロールする福助を見ると、3年の歳月は偉大だなあとしみじみ思います。
選手にはなれなくても……。
今はまだ、プレミアリーグに行く夢を語って赦される年ですが、あと数年たてば、過当競争のサッカーという種目、現実に目を向けなければならなくなることも知っています。
ぶっちぎりで早いけれどすでに故障しがちな脚は、プロのサッカー職人のそれではないだろうことも、なんとなく見えています。
それでも、例え選手にはなれなくても、サッカーというチームプレイに特化した好ましい性格やサッカーで学んだ機微や能力の役立て方が、きっと福助の財産になるだろうとは思います。
サッカースクール加熱地帯に暮らしていると、スクールはプロの夢に直結してしまいがちですが、それは福助が二年後以降のセレクションなど岐路で決めていけばいいこと。
まずは、ここまでがみっちり楽しい思い出の詰まった三年間だったように、この先もまたサッカー三昧にはなるのだから、母としてはそれをお楽しみにするのが正解でしょう。
少なくとも、私は福助がサッカーをするところを見ているだけで幸せ。
本当に真剣に、本当に楽しそうに、友達と一緒にサッカーをする姿は、代表戦を見る以上の喜びです。
少年団のサッカーを見ながら、プレイスタイルを、それぞれ日本代表選手やバルサの選手に例えてみたりするのも、面白い遊びです。あ、うちの小僧のプレイスタイルは、G大阪の遠藤選手に似ていて、バルサだと、ロナウジーニョですかね。ええ、ええ、もちろん親ばかメガネをかけて見た、大胆な仮説ですが。
私の趣味、少年サッカー。
さあ、春からのスクールも、はりきって行こうと思います。
私の愛用の辞書よりも厚い本を、福助はもくもくと読んでいた。
深夜、がばっと起きだして、電気をつけて読み始めたときにはどうしようかと思ったが、本に夢中になれば徹夜は当然だった昔を思い出すと、今、彼はとっても幸せな時間を過ごしているのだなあと思う。
無理やり寝かしつけて、今朝、寸暇を惜しんでやはり攻略本を読んでいる福助を見ると、これはこれでなんだか感動的ですらある。
彼はおおむね、マリオギャラクシーを相方のそばで見学しているのだそうだ。
死ぬのが怖いから。闘うのが嫌いだから。負けるのが悔しいから。
自分じゃ、あまりゲームをしない。
しかし、誰よりもよい記憶力で、どこがどうなっているのかを覚えていくことに快感があるらしい。
そりゃ、攻略本は福音だわ。
オトコなら潔くやられて強くなれ!という気もするんだが、任侠道かよ、いいえ任天堂です。と自分突っ込みして、相方の旅に随行する「うっかりハチベエ」のポジショニングも悪くないと思い直す。
ゲームを愛し、しゃぶりつくすように、攻略本を読む。
魚だって骨まで食べた方が、栄養たっぷりだからね。
そういうこともあるのかと、またひとつ時代に触れた気分。
人生最初に熟読し、愛読する本は、攻略本という子どもも多いのではないか。
関係者の皆さんの言葉が、子どもたちの人格形成に大きな影響を与えます。
なにとぞ、よろしくお願いします。
お年玉の虎の子を握り締めて福助が本屋に向かう。
もう、買う気まんまん。
本は値段も確認せずに、読みたいというものは無尽蔵に与えられてきた福助。
だが、昨日、書店で初めておかんからダメだしが出たのだった。
だって、ゲームの攻略本ですよ!
自分の力で攻略しなくて何のゲームぞ。と、私は思う。
いや、ゲームはいいのだ。
ゲームの世界を旅することは、有意義な時間だとも思う。
むしろ、昨年、東京都私立幼稚園PTA大会で、ゲーム脳の森さんの講演会があったと聞いて、「いい加減な理論を、いたいけなママさんたちに吹聴しやがって!」と、立腹しているぐらい、私の立脚点はゲーム寄りである。
でも、攻略本は別だ。旅行に行くときに地図は買うけれどもガイドブックは買わない私の生き方が、何か攻略本に抵抗を覚えるのだ。
だが、小僧は頑として譲らない。
なんとしても今日、本屋に行きたいと言う。
そして一度本屋に入るや、どうしてもほしいのだ、と、売り場から動かない。
本に悪書はないという私の自論の元、また、自由に使ってもよいと与えた1000円のお年玉をそれに使いたいのだと主張している整合性がある以上、私は強く反対し続けるわけに行かなくなった。
「勝手に買うことを止めはしない、一応やめておけと忠告はするけれども」
と、小僧に言った。
普段なら、理解に苦しむ難しい言葉は何度でも聞き返すのに、きっぱりとにっこりと、小僧はレジにその本を運んだ。普段は、言葉よりも私の顔色を伺って意思を確認するところがある小僧が、「買うことは止めないんだね?」と一度確認したら、あとはまったく私の視線を気にしなかった。
ユニセフ募金に続いて、小僧、またもや大人の階段を一段。
見ると、小僧が反対を押し切って買った、生まれてはじめての本は、エンターブレイン社刊行だった。
ファミ通の文字が、帯におどっている。
それならば、まあ、いいか。←いいのか。
社の、ますますの発展を祈るばかりである。相方の「銭」六巻、もうすぐ発売。
小僧の着ているバルサのレプリカユニフォームには、ユニセフと大書してある。
しかし、彼には模様のようなもので、気にも留めていないのだった。
学校の生徒会が一丸となってユニセフ募金を始めた。
そこでそれがどういうものなのか、説明を受けたらしい。
突然お金がほしい、と言うのでどうしたのか聞いてみると、
「注射を打ちたい」
という。なんだなんだ、ヤク中になったか?
「つまり、わくちんなんだよ」
と、意味不明のことを口走り始めてから、ユニセフにたどり着くまで長い道のりだったが、何かが彼を突き動かしていることだけはよくわかった。そのときに、バルサのユニセフの文字が、誇らしくも意義深く感じたらしいことも、伝わった。
お小遣いのシステムのない小僧が寄付をするといっても、親がお金を持たせたのでは意味がない。
小僧に出来る1番得意なこと……そうだ、サッカーだ。彼のシュートは私の喜び。ゴールに関して、報奨金を出そう。
今までも、ハットトリックでアンダーシャツ一枚、優勝してニューモデルのトレーニングシューズ、だのなんだの、かなり適当なお見積もりではあるが、自らの力でサッカーグッズを購入するシステムだった。それを、ユニセフ基金にするのはどうだろう。
子どもが行う成果に対して報奨金を支払うのは間違っていると思うが、それが寄付金ならぎりぎりOKな気がした。
「そうか、それがいいよ。オレ、世界の子どもたちのために、シュートするよ!頑張るよ!」
1ゴール100円、ハットトリックボーナス200円。小僧の右足が冴えまくった。
生徒会活動の募金が終わっても、小僧の募金活動は終わらない。
週末は、ウニの空き瓶(ウニセフ?)に小銭がたまっていく。
世界の子どもたちのためにシュートをするんだという気持ちが、ゴールに対する貪欲さにつながっているのだから、それは小僧、立派な大人への第一歩だよ。
ちなみに、何度か書いているが、娘のサッカー用品はあてがいぶちである。彼女が1ゴールしたら、家族で海外旅行ということになっている。オッズが違うのである。
P子はお小遣いもあるし自由に使える貯金もあるので、そこからということにしたが、ユニセフ募金強化週間だけ、彼女は普段のお手伝いに報奨金を付けてほしいというので、喜んで条件を飲んだ。
買い物10円、肩たたき5円、洗濯物干し10円、洗濯物たたみ15円。小銭をコツコツ溜めて、それを寄贈した模様。
弟の金額に比べると、とても小さな額だ。
しかし、金額は小さくても、世界の子どものために自分ができる家事を一生懸命手伝ったあなたのお金は尊く、その価値は大きい。金額の多寡は問題ではないのだと教えるいい機会になった。
子どもたちのためにできることを、子どもたちが一生懸命考えている。
大人として、子どもたちのためにできることを、もっと真剣に考えないといけない。
酒癖が悪いのは親譲り、お酒が入るとどうも失敗が多いです。
ずっと昔、一緒に暮らしていた人といよいよ結婚、その親と顔合わせと言うときに、なんたってうちの両親はそれぞれにお膳ひっくり返して大立ち回りしていますから。わはは。
よほど腹に据えかねる何かがあったのだろうと今ならわかる親心。当時、酔った勢いで刺し殺していなくてよかった。
私の酒席での失敗は、たいてい、丸裸になっちゃうこと。
ナイスバディーだったころは本当に脱いじゃうクセが、そしてナイスミドルになった今は、心の中さらけ出しちゃうクセが。私の周りにいる人はこんな私と友達でいてくれるぐらいですから寛大な人が多く、丸裸の私を割と面白がって受け止めてくれるので助かります。酔っ払いのときの私は丸出しダメ人間ですから、こんな不肖の私とお付き合いいただけるだけで、私の友達はみんな天使みたいだと思ってます。拝んじゃうわ。
相方がこれに輪をかけて、お酒が入った後のゆるゆる伝説がものすごい人なもので、まあたいていのことはおどろきません。
そういうだらしないところも含めて両親がゆるゆるに赦し合っている感じが伝わるせいか、うちの親孝行な娘さんは、お酒飲みに対して免疫が高く、とても寛容なんですね。
「アル中と結婚しちゃうお嬢さんの父親はたいていアル中」というデータの信憑性は、私や彼女を見ているととてもよく理解できます。いや、相方はアル中じゃないですけどね。
人生最初に出会う男が父親なわけですから、そりゃあもう、父親のありかたってのは、責任重大なわけですよ。娘の理想の旦那像は相方ですし。小5になって未だ。うーん、相方の、ゆるゆるしていないバージョンならおススメかな。
今夜も飲みに行っているんですが、無事帰ってこられるといいなあと……。戦場か?無事生還を望むなんて、傭兵のようだわ。
で、問題はうちのアスリート小僧ですよ。
アスリートに適していないといわれるおやつやジュースは口にしないほど、ストイックな小1をどうしてくれましょう。
「ビールは特別な日に一口飲むぐらい」とロナウジーニョがいったから、ビールはアスリートの敵だと信じています。
小僧の心の師匠、尊敬する横山さん(O−50 日本代表候補)がまた一滴もお酒を飲まない人なので、自分もかくあるべしと思っています。
ロナウジーニョも横山さんも大人なので酔っ払ってる私たちに特に何を言うわけでもないのですが、いやむしろロナウジーニョには何か言われてみたい気もしますが、ロナウジーニョの代わりに、うちの小僧がとにかくロバのようにうるさいんです。
自分に厳しい人は他人にも厳しい。
時々ビール酵母の入った健康母乳を飲んで育った子どもとは思えない発言です。
今日は久しぶりに家で飲んでみたんですが、小僧の小言を聞きながらでは酔うに酔えず。
まあね、酔って書き込むと心神耗弱時様態でたいていろくでもないことが起こるので、この程度のほろ酔い加減がいい感じなのかもしれません。
しかし、落語には酒飲み噺が多く、一人で聞いてるとつい飲みたくなっちゃうのよね。
小僧がやけ酒をあおることなく、一生を終えたらいいな。
やけ酒やるなら、焼き鮭を食いな。どんぶり飯で、もりもり食ってくれるといいと思う、親心。
人生いろいろあるだろうけどさ、おしまいまでわかんないよ。
今渦中にあっても、案外あとで振り返ると笑えたりするもんだ。サッカー選手になれなくて絶望しても、得意の算数があるし。大好きな理科もあるし。勉強もダメで何も見つけられなくなったら、おかんと一緒に旅に出ようぜ。サッカーしてから旅に出たナカタにはなれなくても、旅して回るなら、やってることはそう変わらない。そんな風に思ったら、引きこもろうが何しようが、それはそれで楽しみに思えてきました。
今、そこにあなたがいる。
それ以上の喜びなんか、ないんだから。
存在してくれることに、もう、どうしようもなくありがとうなんだから。
いかん、ビール終わって紹興酒になって、くどさが増すな。お酒飲むと、楽観的な性格に、さらに磨きがかかるのよな。ちょっと酔いが回ってきているようです。歩くとヨタヨタだ。わはは。
明日は休肝日にしよう。と、決心して寝ます。ちょうど、これにて、お酒もおしまい。おやすみなさい。
いやあ、今日も笑ったなあ。
役員会もあとわずか。
ラストスパートなのか、全力疾走に近くなっている私たちだが、笑いが絶えることなく、今日もしっかり爆笑につぐ爆笑、元気に免疫力をあげてきた。「壮健」とか「健康」みたいな雑誌で、「病知らずに役員が効く!」なんて特集しないかな。役員やって、確実に強くなってるわ、私。
健康はもちろん、精神力も。心臓にもともと毛が生えていた気はするのだが、いまや剛毛化が始まっている。しかも毛深いぞ。落ち込んでも、立ち上がりが早くなった。しんなりしてても、即座にたつ。思いっきりたつ。一気にたつ。バイアグラゆう子と呼んでほしい。
下品で、どうもスミマセン。
思い起こせばこの一年、どうもPTAがらみのことばかりで、生活の大半をその活動が占めているので仕方ないのだが、このプログ全体が説教臭くなっていた気がするのよ。
気を抜いてうっかり失敗を書き込むと、リアル知り合いが困惑してたみたいだし。
バイアグラゆう子って!役員のくせに、どういうことですか、鈴木さん!!そそりたつって、どういうことですか!!!とか、詰め寄られ……ないか。それはないな、さすがに。いや、むしろそんな下品な言葉でちょっと詰め寄ってほしい気も。
私は私なりに歯を食いしばってまじめであろうと努力していたのだが、私のまじめさはどこから見ても不真面目なのよな。
新役員さんたちにバトン渡したら、とても生真面目に、すぐさま今までの服装に戻そう。金縁のメガネやめて、おかっぱ頭やめて、スーツも脱ぐんだーい!ついでに、この肉襦袢も脱ぐんだーい。
カウンター見ると、激減している読者様というか、お客様を取り戻すのは大変な気もするんだが、早晩「漫画家のヨメ」と「なんちゃってフリーライター」と「おかん」いう業種に戻るわけで、そしたらまた、ろくでもない愛すべき気ままな日常を、描写していきたいと思います。
早くその日が来てほしいような、来ちゃったら寂しいような……。
いやー、恥ずかしいことばっかりですよ、と一昨日のブログに突っ込む自分。
そもそも、あーんな恥ずかしいことや、こーんな恥ずかしいことをして子ども作ってんだし。
もうすっかりはるか遠い昔のことなので忘れちゃったような気がしてますけどね。
聖人君子のフリをしなければならないのが、おかんのつらいところです。
おかんは恥ずかしいことも含めてたっぷり経験がありますから、子どもに対して、つい上から目線になりがちです。
でも、案外ね、子どものほうが美しかったりすることもあって、あるいはこっちの主張からだけだと絶対正しい私の主張も、見方をかえたあっちの主張からだと実にへろへろだったりするわけで、われこそ正義!にならないよう、自戒したいものです。
弱くてスケベでいやらしい私、という部分をいまさら隠しても、どうせ、ばればれ。
恥ずかしいことだらけの生き方です、はい。
と言うような私なので、メールで人生相談されても多分何のお役にも立てない気がする。ごめん。
なんか最近、ちょっと立派な威勢のいいことばっかり書いているもので……。反省、反省。
といいつつ、似たような経験があるので、ここで。
「私のことを大嫌いな誰かが、私のことを吹聴するようで、別の人が思い切り誤解をします」
よくママ友関係ではありがちなトピックスのメールを頂き、真剣に考えてしまいましたよ。
これは悲しく切ないよね。
私の場合はどうだろうか、と考えて、実に恐縮ながら、正直、似たように状況のときに私ははっきり「なんかめんどくさいなあ」と思ったことを白状します。もうね、誤解とくのもめんどうだった。
これが青春時代と違う、不惑の四十代の強みですかね。
苦悩しているなら、アナタはまだ若いのだ!……っていわれても、あんまりうれしくはないか。
惑わないのは面倒だからという、なんかこう、孔子への冒涜みたいな解釈ですが。
私を誤解する人は、私ではなく、その誰かの方を信じたのだし、その段階で私の太く、もとい、不徳ですから。人は信じたいように信じる権利がある。
まあ、その分、その同じ言動を誤解もなく正面からきっちり評価してくれる人も、多分いるはずで。
だって本当に頑張ってるんじゃん、頑張っている人を笑ったりひがんだりするヤツは、頑張れないヤツなんだよ。いっそ、かわいそうかもしれない。
私が先輩から送られた印象的だった言葉を使いまわして贈ります、
「おぼれている犬をたたくな」。
相手が上から目線だったとしてもね、そういうのはたいてい虚勢だから。
あなたの頑張り方が「誰か」のお気に召さなくたって、その「誰か」のために働いているわけじゃない。
義のために動くことを恥じちゃいけない、自分にとってのスタンダードが、ローカルルールと合わなくても、グローバルスタンダードならば……ああ、またいうことがどんどん壮大に、偉そうになっていくわ、スケベな小心者の、一介の主婦なのに、ごめんなさい。
ハグして!といったら、ハグしてくれる友達がいると、いいです。
ハグしてくれる旦那様でもいいです。あ、旦那のほうが最初にくるべき?
私は昨日、ちょっと夜遊びしにいったんだ。夜なら時間は作れるんだよね、おかんだって。翌日が多少辛いけどさ。
ママ友ではない、仕事の利害もない、魂の姉妹。ごはん食べながら、いろんなことをただだらだらしゃべって、ハグしておわかれしたんだけど、帰り道の自転車、坂道はハードでも、ものごぉぉぉぉぉぉく幸せな気分だったのよね。終電も終わって、日曜日の夜は車も通らず、私はRCなんかくちづさみながら街を独り占めしたような王様気分になっちゃった。
姉妹はママ友ではないから、PTAや学校で起きてる問題の視点が違って、なるほどと思う。
クリエイターの姉妹の話は刺激的で面白く、自分が面白がっていくべき方向を思い出させてくれた。
自分を認めてくれている人が今目の前にいる幸せって、きっとあるんだろうなあ。
それがハグ効果だ。
もし、そういう友達がいなかったら、ちょっとライブなんかにいって、回春するのも吉かも。自分の中のスタンダードをもう一度見直すいい機会になる。鬱々していたら、お笑いもいいし。
閉塞しているときには、刺激をね。
ただじっとしていたら、どうもその一点だけにとらわれてしまって、よくほえて噛み付きそうな犬がうるさくてうるさくて、殺してしまいたい感情に襲われてもいけないし。おぼれているのに。
私はメールだけのつながりで、ハグしてあげられないし、あんまり力にはなれないけれど、同じ気持ちを抱えたことがあるものとして言える。頑張ろう、一緒に!一人じゃないからね。
恥ずかしくないか。
子どもに恥じることはないか。
自分のしていること、言葉や、想いや、行いが、子どもに恥ずることはないか。
それが私の基準だ。
そんなことをして、恥ずかしくないのか!
堂々と胸を張れるのか。
いつも自分に問いかけていきたい。
土曜参観日だったので、道徳の授業に顔を出してみた。
子どもは親の鏡だ。
子どもたちの言葉の中に、親の思想が息づいている。
親にとっても、学校という場所は、また子どもと生きる時間というのは、学ぶことが多いのだなあ。
幼稚園の時の父母会のがんばりを、今期役員の仕事ぶりを、来期の学校へのかかわり方を、それぞれほめてくださる人がいた。やるべきことをやっただけのことだが、見ていてくれた人がいることがうれしい。
ほめられて子どもは育つ。大人もまた。
ありがとう。世の中は光に満ちているなあ。また胸を張って、生きていこう。
がんばろう、おかん!
あなたのがんばりを、ちゃんと誰かが見つめている。
民営化は賛成だったんだけど、形骸化した年賀状はもういいんじゃないかなあ。
と、アイディアが出ない言い訳をしてまだ年賀状に手をつけていない。
けれど、安否が気になるあの方に、もし入院などされていたならと考えると元気ですかと電話をするわけにもいかず、さりげなくこっちの状況を伝えられて、さりげなく相手の元気な様子を見て寿ぐ、ああ年賀状っていいシステムだったのかもしれないなと温故知新。
便りのないのは無事な証拠と思いたい。
親しい友達が、頑張って頑張って、糖尿病を克服しつつある。経過をブログで読みながら、一緒に喜ぶ。うれしいニュースだ。
同時に、親しい友達が、また、病気を再発したと聞く。
頑張れ、なんてとてもいえない。どれぐらい頑張っているか、よく知ってるから。
でも頑張るなともいえない、元気になってほしいから。
ちょうど、いろいろほころびの出る時期、人生折り返し地点。
自分の大事な人のために、ちゃんとメンテナンスしよう。
自分にとって大事な人たちの笑顔を、いつまでも見ていたいから。
ええーっと、そして、私にとって大事な人たちは、しっかり健康管理してください。
あなたがいなくなると、いろんな意味でとても困ります。
どうか、よろしくお願いします。私も頑張ります。
役員の仕事で午前中から外出。
もうあと二ヶ月の任期に、やるべきことをしっかりやらないとね、と、役員一同フル稼働だ。
正直、ものすごーく寂しい。
PTA室で笑い続けた一年が、すでに愛おしくて仕方ない。
役員会、楽しかったなあ。
任期が終わっても、きっと役員仲間は友達のまま縁は切れないだと思うんだけど、それでもこんな頻度では集まらないからさ。
そういう気持ちで一年過ごせたこと、とにかくPTA仲間に感謝だ。
役員経験者は役員に優しい、というのも身を持って知った。役員経験者の先輩たちは、それはそれは優しかった。
そりゃ、文句なんか言えなくなるよなあ、半端なく忙しい「役員の一年」を経験した戦友なんだもの、戦地や赴任の時期は違ってもね。
だから私も、来期役員さんにバトンを渡すときには、私たちの一年が仮に全部否定されるような方向になろうと、先輩方がそうであったように、全面的に肯定して支援するよと言いたい。同志よ、応援する、だから頑張れって。
福助だけで、あと4回はチャンスがあるし、またPTA室が恋しくなったら仕事調整して、役員やるのも面白いかもしれない。
ま、こんなに学校や地域のことをよくよく知るチャンスもそうないと思うので、いろいろな人に経験してもらうのが1番だと確信しているから、今度は別の形で学校の手助けをしていくつもりなのだけれど。
一生懸命ボランティアしている者にとって、その人なりの成果というのが、報酬なんだと思う。
で、これはお金で買えない価値がある。
PTA的仕事の仕方というのがあり、会社勤めを知らないフリーで仕事をしてきた私には新鮮な驚きも、戸惑いも、喜びもたくさんあった。その全部の刺激が、私の糧になったと思いたい。
今年一年、一緒に走ってきた全国の役員さんたち一人一人にも、きっと、大きな成長があったに違いない。
役員をやった経験値は、人それぞれ、それがどんな糧であれ、その人個人のものだ。全力で走っていればこそ、この爽快感がある。
だからね、バトンを渡したら、私のゲームはおしまいで、このお楽しみも、次の役員さんたちのものになるんだけどね。
私たち保護者が、学校PTAというチームに所属しているのだとすれば、ここまでは頑張った、あとは、次の走者の走りを信じるしかない、このたすきを渡すまではとにかく走りきるから!あとは託す!というのが今の心境だ。駅伝か?
そうやって、脈々と続いてきたんだなあと思う。
走者がいないときには、連続で頑張ってくださった人もいたと聞く。この生活を複数年というのは、駅伝で往路のあと休まず復路を走るようなもので、さぞ大変だっただろうと頭が下がる。
確かにめっちゃ楽しかったけど、連続で走るのは無理だわ、私の実力では。
いい経験も、時にはあったいやな思いも、忙しく楽しかった日々も、三月まで。
先が見えきてかんとなく感じるこの寂しさは何に似ているかなあと探していたら、頑張って育ててきたムスコを新しくヨメにとられたシュウトメの気持ちってヤツに近い気もしてきて、なんとなく苦笑。
そんなに愛していたか、学校を! 登校拒否児童だったくせに、意外な発見。大人になるってすばらしいな、いろんなとを克服できるんだよ。
とにかく姑根性というか、そういう口の出し方だけはするまいと、肝に命じよう。ここで私が姑化してしまってはいかんのだ。うちの姑のように寛大というか見てみぬ振りというか、そういうのが嫁としては楽なのよ、それ、骨の髄まで身にしみている。
PTAって、先生と学校のパイプ役で、円滑に学校運営をするための無償のお手伝いにすぎないのかもしれない。でも、そこにあるパワーは、好奇心旺盛な私には魅力的だった。
率直に言えば、ちょっと政治的なとこは生徒会活動バリバリだった私にはかなりワクワクする部分でもあった。でも、政治家として目覚めてしまったら、うちのかとうかずこばりに政治嫌いな相方に離婚されてしまうのだし、どんなに学校を愛していても、主と呼ばれるまで居座りたい気がしても、まずは区議会から、なんて一瞬よぎったとしても、ぐっと理性で踏ん張ろうと思う。それもまた、大人の判断。
なんか、筆が走ってるなあ。とり憑かれたみたいに書いてるなあ。大丈夫かなあ。←ほら、この辺の配慮がちょっと成長のあと。
いやもう、大丈夫大丈夫、だってよく頑張ったもの、私。
こんな仕事ぶりを、よく笑って赦してくれたよね、役員仲間。
いつもお疲れ様とか、こんにちわ大変だねとか、実によく声をかけてくれたよね、ママ友達。
家事が怠慢になっていたのに、よく我慢してくれたよね、相方。
ありがたいな、恵まれた環境で仕事ができたこと。
そういういい環境を、今度は作る側になろう。頑張れ、次期役員!!
いかん、百里の道を行くものは。
よし、とにかく最後まで力走するぞ。ゴールはもうちょっと先。悔いを残さないように、ペースをあげていこう!
wii fitは白いボードに乗って、そこで動くと、画面上で私の動きと連動するドットが出てくる。
重心を測定しているらしい。
体力測定では、画面に出てきた四角い的を、重心移動で消していくゲームがある。
たくさんのステージをこなせたら、より若い。という採点だ。
最初は固定の的だが、上位ステージに行くと的そのものが動くことになる。複数個にもなる。
当然、重心を変えて、的にドットを当てるべくコントロールするのだが、私はある画期的な方法を編み出した。
ボードの上で、闇雲に暴れるのである。
的なんか見ない。
足底はつけたままという条件があるため、腰をくねらせたりしゃがんでみたり、とにかく重心をむやみやたらと動かすべく激しく暴れると、ドットがよりたくさん動き、案外勝手に命中するのだ。
これが、革命的に、飛躍的に、私の体力年齢を若返らせた。
実質体力は変わらないので、要は点数に対する自己満足だけだが、なんとなく30代前半だの、20代だのと採点されて、「アナタのカラダはお若いようですよ」といわれると、それが機械の世辞だとわかっていても背筋の伸びる想いだ。
私はこの単純な自分の性格を、とても愛している。
で、この驚異の方法を、私は「秘技・暴れ太鼓乱れ打ち方式」と命名した。
そしてまた、体力測定で的あての時間がやってきた。
「よし、おかんの暴れ太鼓を見せてやる!」
とイチローがバッターボックスに立つかのように真剣に宣戦布告し、意気揚々取り組もうとしたところ、突然ドアが開き、
「何、何、おかあさんのアブラ大根って何?」
……娘よ。期待に輝かす目は、もうちょっと違うところにもっていくがよい。
今は青首のスラリ美しい脚を持つお前も、いつかは桜島になるのだ。
人の振り見て、笑うでない。
fitのいいところは真剣にやっている変なポーズを、まわりが見ていて大変楽しい点にある。
相方がヨガの、片足バランスで手足を縮めたり伸ばしたりしているポーズ中、小僧はゆっくり「でも、そんなの関係ねぇ」」とアテレコしたりする。また、相方が気持ち、小島よしおににているので、なかなか愉快である。
人の振りをみると、やっぱりおかしい。
成人式をお迎えになった皆さん、おめでとうございます。
……って、このブログ読んでいる方の中には該当者がいなさそうだ。
1番接点のない世代でございます。
でも、母ヨシコは私を23で産んでおり、私の成人式の日にはこんな体力とこんな気力だったのかと、お着物姿の女性を見送りつつ、ちょっと思った。
成人をお迎えになったご子息ご令嬢をお持ちの方、おめでとう。二十年間の親業、お疲れ様でした。
今子育てが終わっていたら、老後が長いなあ。それはそれで、楽しそうな人生だ。
ま、私の「やるべきことがいっぱいあるこの生活」も、なかなか乙だけどさ。
成人式には出席せずに、私は東京都の果てまで、ある教育者にインタビューに出かけたのだったな。
それが1番私らしい成人式だと思っていた。
案外、大人だった、20歳の私。
ダブル成人をとっくに過ぎた昨日、高校サッカー選手権を録画予約して、ちょっとお出かけ。
久しぶりの都心なのに、やっぱり着飾ることなく、大好きな分野、発達障害のシンポジウムに急ぐ。
結局、人間、「嗜好」はあんまり変えられないものなのかもしれないなあ。
夕食を買って帰ると、小僧に「会いたかったよ、おかあさん」と玄関で抱きつかれた。
なんのことはない、サッカーの練習試合で、2-7、ぼこ負けして切なかったからだと後で判明するのだが、どんなイケメンのくどき文句より、母親には王子の一言である。なかなか幸せな一日の終わり方だった。
2得点のうち、一つのシュートがいかに芸術的だったかを懇切丁寧に解説する福助を見ていて、この子はもう障害者として保護する必要はないのかもしれないなと思った。
今日のシンポジウムで聞いた、
「「病気の特性」で困っている、それが生きるうえで支障になる人が特別支援の対象の障害者です。高機能自閉症のアインシュタインや、ADHDと思われる某女性司会者などは、その個性を生かしているので、彼らを障害者と呼ぶ人はいないでしょう」
といった講師の方がいらしたが、集中力、映像記憶、空間認識の高さ、負けん気、それら病気の特性は、今、小僧の武器になっている。
物事はいいところと悪いところがあるんだもの、要は、ちっちゃいいいところを拡大解釈してほめてほめてほめまくっていたら、ちゃんと自信がついてきた。その自信に結果が伴えば、さらに前進。器用に生まれなかった分、一歩一歩、確実にね。
大丈夫、だって私の子なんだもん。かわいいもん。という、親ばかさだけが原動力で。
足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、迷ったらまずやってみる。
私のいけいけ楽観主義と暑苦しいしつこさも、検査でもすればひょっとすると障害の域なのかもしれないが、これがちゃんと療育に役に立った。伝わらない小僧に、どうやって伝えるか。工夫して考え出すのは、ホント、楽しい作業だったもんなあ。結果オーライ、うまくできている。
(健常のお母さんがアスペルガーのお子さんを育てる場合や、中程度重度のお子さんをお持ちの方は、別の意味でもとても大変だと思うので到底同列には語れないと常に思っています。この解決策は私にはわかりません。すみません)。
先のことは、また明日考える。
二十歳のころ、今の自分なんか到底想像できなかったんだから。
お風呂に入って、炭酸水飲みながら、サッカー見て。
わくわくとドキドキがあって、だらーんとする。
こんな一日が、私は好きだなあ。
何かやりたいことがあるような気もしているのだが、それはきっといつか噴き出してきたときに。
まだまだ、先は長そうだ。
……年賀状は、でも、なるべく急いで作ったほうがいい気はしている。
気力とアイディアが噴出してこないんだけど。
去年はロケ地いのしし村で、変なものをコレクションして作れたけど、今年はねずみだし。ロケ地、TDL?
んー、この調子だと、寒中見舞いかなあ。
すごい。
おうちがピカピカ。
ワックスをかけてもらったら、床って反射するんだね。
で、子どもたちがすべる、すべる。
本当に滑って転んでる。‥‥アホなのかもしれない。
台所もピカピカ。
蛍光灯が明るくなったと思ったら、シンクの反射だった。
なんか家中が明るくなったわ〜。
清水の舞台から飛び降りるつもりで、プロに頼んで正解。プロの技はやっぱり半端なく、すごい。
かくしてやっと、大掃除、終了!
次は年賀状だな。
うちに来たお客さんにはもれなくスロットガムというくじを引いてもらうことになっている。
駄菓子屋にあるパチンコみたいなやつで、大きなガムが出てくる。
あたりが出たら、賞品がもらえるという仕組み。まず、めったにでないんだけどね。
前回あたりを引いた子に「もう一回引いていいよ」ということにしたら「仮にもう一度あたっても、またガムなんだよね?」と、かなり不評だったため、今では100円ショップで仕入れたダサい(※ここ重要。タダで引いたものにかっこいいモノつけちゃダメなの)景品も用意してある。
数千円の投資で、子どもがえらく簡単に楽しそうな顔をしてくれるので、こういうの、やめられないのだ。
でね、今朝、ゴミ捨てに行くときに何気にスロットを押して、ガムを一個。
そしたら出ましたよ、大当たりが。
誰も見てないし。幸運でも、今からゴミ、出しに行くだけだし。大当たり、でもなあ。
……うれしいような、あんまりうれしくないような、複雑な気持ち。
んー、午後からは学校に行くし。そこできっといいことが!
って、別の学校の友人のように、くじ運がずーっと悪かったのにこんなときばっかりくじ引きで大当たりを引いて役員さん決定!みたいなあたり方もあるからなあ、大人の場合は。……さらに複雑な気持ち。
真っ暗な部屋で、携帯を落とした。
拾おうとして腰を折ったら、その先に硬い椅子があり、背もたれが顔に激突。
冷やして寝る。
顔って、いつまでも痛いのね。
今朝、うっすら青あざ。
今日はお琴の御弾き初め、ちょっと来客があって遅刻する旨を伝えておいたが、
とある仕事の打ち合わせ先から電話があり、待っているんですがといわれ、大慌て。
手帳には明日と書いてあるが、明らかに私の写し間違えだ。手帳を変えるときに日曜始まり月曜始まり、迷った結果が凶と出た。
結局、来客の用事が終わった段階で、お琴を休む旨を連絡し、走る。走る。走る。
特に成果はなし。
まあ、そういうこともある。
いろいろなことがうまくいかないなあ。
と思っていたら、風邪の諸症状が。
心が弱っとるんじゃ!私の中に住む星一徹とか丹下のおっちゃんがご立腹だが、心を強く持って無視し、昼寝してみた。かなり楽になった。
相方の作るご飯が大変においしいのが救いだ。
相方、発熱中になのに、そんなときに限って台所に立っている。
新学期が始まって、なんとなく気ぜわしい。
反抗期の始まったムスメちゃんも、まだ聞く耳は持っているみたいだし、天然の小僧も今は何の問題もなくいい味を出している。
理想を低く設定していたころから見れば、もう十分幸せクリア!なはずなのに、期待値がどんどん高くなっちゃうのは悪い癖だなあ。
どんなに頑張ったって、カエルの子はカエル。所詮、真夜中に顔を激突する間抜けな親から生まれた子なのだという現実を、私はもうちょっと自覚したほうがいいかもしれない。
先のことを考えると、とびきり楽天家な私でも、そりゃ時々、憂鬱になります。
意地悪な人は世の中にたくさんいる。
でも、優しい人だってきっと、たくさんいる。
で、多分トータルすると優しい人のほうが多いような気がする。
根拠はないです、勘ね。勘。
いいのよ、たいていのことは勘で生きてんだから、おばちゃん43年間。
幸い、今はがっちり優しい人たちのそばにいられるので、まったく不利益がない。
仲のよい友達がいっぱいいるのはありがたいことです。
明日のことを思い煩っても仕方ないのよね。
しっかし、去年からどうも悪い空気が不定期だけど割と頻繁に、どどんとやってくるなあ。
でぇい、負けるもんか。
すぱーっとね、お風呂にでも入って、今日の憂さは忘れちゃう。
そして、明日のことはまた明日。
できるだけ今日、いい夢が見られるといいな。
初夢になんとキムタクを夢の中に召喚した友達がいて、なんというか、すごい!羨ましい。
もっとも私はマイ王子、福助君のサッカー観戦の夢(もれなくかっこいいシュートつき)で、案外それが1番幸せな夢なのかも。
……んー、キムタクのほうが、ちょっと勝ちだな、そこで何をしたかにもよるけどな。
相方の実家からもらった野菜の山で、日々鍋三昧。
七草粥どころじゃなく、毎日何種類もの野菜でおなかがはちきれそうなぐらい食べて食べて食べている。
義母が、気合入れまくって畑から抜きまくって詰めまくってくれた大切なお宝野菜だもの、腐らせてなるものか。と、真剣闘いモードで鍋をつくり、ものすごい勢いで食べまくっているのだ。……おばあ、次に行くときは、半分でいい。←贅沢な嫁
でも、腹いっぱいって幸せなんだなあと思う。野菜は太らないという神話にすがってみる。ポテトチップスは野菜扱いしたいけど、しないで。
山盛りのサラダを腹ペコ青虫のようにもりもり食べると、これがまた、その場できれいな変体を見せそうなぐらい、幸せなのよね。
おばあにはいつも腹いっぱいの幸せをもらっているなあ。で、その実の息子から痩せろ痩せろと言われているんだなあ。むむむーん。大きく変体は、ダメか。
東京は、時間が流れるのが早いです。
忙しすぎると心を亡くすって。今年はゆっくり生きたいと思います。大切な人を大切にしながら、ゆっくりね。
相方の実家から帰宅してwii fitに乗る。
家族で総合およそ5キロ強、肥えた。
なんて右上がりな鈴木家!
ってか、
12月の努力が。
あわわわわわわ。
白浜神社のおみくじ、大吉だったので、ついうっかり油断したのが悪かったか。
食いすぎても太らないように。と、絵馬に書くべきだったのか。
また、一からやり直しです。
新年にふさわしい、すばらしい抱負ですね。
ところで、ピザピザピザって、10回言って。
と、福助に言ってみた。
お正月を実家で過ごすと、時間にゆとりがある。
こんな古典もやってみたくなるのである。
正確に10回、ピザピザピザと繰り返す福助。
「じゃあここ、な〜んだ?」
と、ヒジを指して、聞く。
「アゴ」
‥‥今年もそんな鈴木家ですが、よろしくお願いいたします。
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