2007年10月31日

ボランティアの報酬

不覚にも、泣いてしまった。
隣のクラスの、ある子どもが書いた詩だ。
そのままお届けしたいが、お母さんと面識がない。一部抜粋したのでは、伝えきれない。

その子は、
「つよくて、やさしくなりたい」
のだそうだ。夏休みの地域教室で、たまたま、私は彼に書道を教えた。以来、学校で顔を見ると、そっと近づいてきて、手を握ってくれる。他の子たちのようにくるくる変わるまぶしい表情はないし、われ先に自己主張するわけではないが、その手の握り方で、その子が饒舌に会話しているのがわかる。
そんな言葉がその子の心の中にあることで、ご家族のやさしく強い生き方がわかる。
学校が、その子にとっても、うちの子達にとっても、誰にとっても、居心地のいい場所であるように。役員という形で学校に関われることを、誇りに思う。
夏休みの地域教室も、私自身が楽しいだけでなく、こんなに素敵な詩人のお弟子さんに巡り会えたことを幸せに思う。

学校には、地域の方たちと学校運営について話す学校協議委員会というのがある。
役員には、校長先生を始め、民生委員の方、青少年育成委員会の方、町会長、警察、消防、その他いろいろな方たちとお話する機会になる。
いろいろな方たちが学校に関わって、地域で子ども達を見守り、いいことはちゃんと褒め、時にこうるさく叱り、育てて下さっているんだなあ。そういえば、この辺は大人たちがとても元気だ。大人が元気だと町は活性化するんだなあと思う。子ども達は元気なまま大人になれるし、大人になっても楽しそうに生きていく指針が見える。
朝、元気な挨拶がこだまする。子ども達は元気だが、見守りパトロールの大人が子どもに対して大きな声で挨拶を投げかけてくださるので、挨拶は普通のこととして染み込んでいく。元気のない子どもには、どうしたの?と声をかけてもくれる。
学校がどのように子どもを守り、どのように子どもと接し、現状、どのような子どもがいるのかをきくのも、とても興味深かった。

しかし、見えているようで見えていなかったなあとも同時に思うのだ。
娘は小5で、五年間、近所の方たちは声をかけつづけてくださっていたのに、私がそういうことに気づいたのは役員として朝から学校にいくことになってからだ。
地域の方たちがこんなにつながっているのを知ったのも、それに対して有難いと思うのも。
それまでも、委員やお手伝い、学校にはずいぶん関わってきたのに、見えていなかったんだなあ。

私も、なりたい。
つよくてやさしい人になりたい。
せっかく子どもに恵まれて、子どもとの日々の中に学校があって、学校の友だちがいて、地域があって、地域でもたくさんの人と触れ合う機会をもらっている。そこには原石のままだからスルーしてしまいがちな「感動」が転がっている。とてつもない報酬だと思う。
すごく正直に言うと、時々「ああ面倒だなあ」と思わなくもなかった。後手に回っている数々のお楽しみに手が届かずイライラすることもあった。弱い自分だ。でも、もっともっと強くてやさしい人になって、頂いたご恩をちゃんとお返ししたい。

2007年10月30日

連日の学校

朝、後片付けをしていたら筆箱がダイニングテーブルの上に。
小僧、なぜこんなでかい物を忘れていくか。
と思ったら、私が昨日鉛筆を削ってそのままだったことに気づく。
すまん!

というわけで、今から学校へ。
今週は学校公開週といって、自由参観できるのだ。
しかし、昨日「体育、見にきて」というリクエストですでに顔を出しているし、連日というのもどうよ……とは思う。筆箱届けて、すぐに帰ればいいか。いや、せっかくだから見ていくか。PTAの仕事のない日にも学校に足しげく通っているって、どれだけ学校を愛しているのか。
でも、子ども達の学校は、とてもいい空気が流れている気がする。
昨日は休み時間に、五年生が一年生の手をひいて校庭を歩いているのを見た。その一年生は支援が必要なタイプの子なのだが、支援教室などなくても、学校全体がなんとなくそういう子にやさしい。
これは、なんだろうなあ。もちろん、クラスによって問題がないわけではないんだろうけれど、少なくても私は学校にいると、そんな、「ちょっと幸せな光景」を目撃することが多い。

ぼくはトソビになりたい。
トソビはそらをとべるから。

という詩を読んだ。いいなあ、とそび。

ぼくはオウムになりたい。
だってオウムはひとのたべものをよこどりできる。

という詩も読んだ。二重に間違っている気がするけど、かわいいなあ。

ウシになりたい。
おなかいっぱい、くさがたべられるから。

という詩もあった。四時間目に書いたらしく、ワシになりたい子は大空を舞いたいのかと思いきや、魚がいっぱい食べられるからだったり、男子の変身願望の大半の理由は何らかの食べ物に関係しているのがたまらない。

うちゅうじんになりたい。
だってうちゅうじんをみたら、にんげんはすごくおどろくから。
だから、しんちょうにやらないとダメだ。

という詩は小僧が書いていた。
すでに十分宇宙人なのだが、本人に自覚はないか。
慎重にやらないと、ダメなのは一体、何なのか。

小僧のクラスには、いつも笑顔がいっぱいだ。そして、壁一面、素敵な言語感覚がてんこ盛りだ。
球根の観察記録など、匂いから手触りから、その臨場感はどんな作家もかなわない。
今しかないこのキラキラした間違いを、またちょっと堪能してこよう。ささ、いってきまーす。

……とかいって、私が筆箱を持っていき忘れそうで、怖い。

2007年10月29日

ハッスル ハッスル

お台場海浜公園のマッスルパークに行く。
フジテレビが企画しているのだと思う、「筋肉番付」の番組的なことが楽しめる屋内アミューズメントパークである。調べずに書いていてごめん。
おとといからなぜかテニスに転向すると言い始めていた小僧、マッスルパークのターゲットキック(※註 でかいゴールにかなり離れた位置からフリーキックして、シュートでプレートを抜く)で、初球から三連続でプレートを抜き、お兄さんが「恐るべき天才小学一年生の出現です」などと思いっきりよいしょしてくれたおかげで、なんとかサッカーに戻りそうな気配。
公式記録三枚、非公式でも四枚というしょぼい結果だったにも関わらず、「すばらしい! 全部のプレートにあてました、フレームさえなければ行っていた!」だの、「惜しい、またしてもぎりぎりだぁ〜」だの、盛り上げ上手なかけ声をありがとうございました。福助、どの種目より上機嫌になっていた。マッスルパークのおにいさんは、恩人だ。

テニスの試合を見ていて、ドロップショットにやられちゃったみたいだ。
ゴール際、キーパーがほえ面をかくようなフェイントを散りばめたシュートが大好きな腹黒い息子にとって、フルショットの後のドロップで相手があたふた、というのがとてつもなく魅力的に見えたらしい。
好きな理由がちょっといやらしいなあ。
今所属しているふたつのサッカーチームのうち一つをやめて、テニススクールに通いたいと言い出した。……やりたいということは、やらせてあげたいが。
でも、正直、少年サッカーが趣味で、小僧以外の子の試合まで喜んで見まくっている私には、小僧がもしテニスに転向してしまったら…と考えると、なんかとってもつらい。
将来を考えれば、もちろんその方が彼向きなんだろうが……。

娘が中高一貫校を受検すると言い出して、受験勉強などしなくていいと思っていた私の身辺がにわかに変わり始めている。ケアレスミスをなくすためになきながら小1の問題をやり直し、やっと小2をクリアした娘に、できれば全面的に協力してやりたい。やりたいが、やり方がわからない。
「記念受検でいいんじゃない」
と言うたびに、娘に嫌な顔をされている。

親の意向を優先させる気はない。完全バックアップ体制をとるつもりもある。
だが、自分の決して夢中になれない道に進もうとしている子どもを認めるのは、ものすごーく複雑な気持ちになるものなのね。
いかに子離れしていないか。子どもの人格を認めていないかだとか、何とか。もうね、理性では重々承知の助。その手の著作は読破しているしさ。
子離れ、できないのよ、情けないぐらい。
理屈で無害とわかっていても、たくあんの匂いはどうしてもだめ。というのに近いのかしら。違うか。
小僧はマッスルにいさんのおかげで、またしばらくはサッカー一色になりそうだが(基本、単純)、さて、お嬢はどうしたものか。

ところで、マッスルパークには、万全の健康状態で行くことをお勧めします。
ここのところ忙殺から体調がどうにもこうにも。そんな折だったので、私自身は3種目しか参加しませんでした。あれはね、見学するだけじゃ絶対、つまんない。
次回は、ぜひとも、アレとアレとアレをやってみたい!! アレも、コレも。あ、コレとソレも。できれば練習して、アレもコレもリベンジしたい。
私は子どもと一緒に燃えている状態が大好きで、だから一緒に燃えられることがきっと望ましいんだわ。でも、そろそろ子どもだけに燃えてもらって、私は見学者とか傍観者にならないといけない時期がやってきたということかあ……。
せめて、マッスルパークにはまだ一緒にいけるのだから、それぐらいは一緒にハッスルしよう。健康第一。


2007年10月25日

ギブミー娯楽。

こぉれは寝すぎた、しくじった♪

うさぎとかめの唄(そんなタイトルですか?)の二番は私のテーマソングですが、43歳になってからこっち、ずーっとブログの更新を怠っておりましたよ。寝すぎてて。
いや、忙しかったの、マジで。動いてないときには死んだように寝ていました。

当然勢いづいた忙しさなので全然状況は変わっていないんですが、もうちょっと自分の時間を作り出せるように工夫したいものです。自分の時間は寝てる時間と食べてる時間だけ、というのも問題だ。
「最近お母さん、全然笑っていない」
と、娘に指摘されるわけです。かちん。「てめっ、私のおでこにこの深い縦じわを刻ませたのは、誰なんだ〜い!」と、にしおかすみこのように鞭を振るってみたくなる言い分です。
しかし、答えはもちろん「わたしだよっ」……そう、子どものせいじゃなくて、私自身の問題よね。
娯楽の絶対時間がまるで足りていないと、こんな顔(相当怖い)になります。
いかんいかん、ふくよかさんのいいところは、おおらかでニコニコしているとこ。
なのに、私は体も態度もLLなくせに器量だけがXS。いや、XXS、もしあるなら、XXXS、さらにXXXXS……って、伏せ字かよ。
大人ですらこうなんだから、子どもに娯楽がなかったらホント、かわいそう……と思うんですが、娘はくもんの計算に血道を上げ、息子はひたすらサッカー三昧で、あんたたち何なの、越後獅子?とか、思うわけです、怠け者のかあちゃんは。
ああ、かあちゃんは、ひたすら、娯楽が欲しいよ。マッサージ、エステ、落語、ライブ・コンサート、映画、演劇、動物園に水族館、美術館と博物館、スポーツならテニスとか。美味しいもの食べに行くのもいいなあ。ひなびた温泉でしなびてみたい。カラオケで喉をつぶすまで歌いたい。公園でぼーっと景色を眺めていたい。
ああ、旅行だな、旅行に行きたいんだ。旅行には全ての要素が網羅されている。
ところが、旅番組すら見せてもらえない。
息子がひたすらサッカーを見るからです。最近ではプレミアリーグに夢中で、何ですか、この前は、プレミアで何を言っているのか知りたいのでくもんの英語も始めたいと言い出しやがりました。そんなに勉強していたらバカになるよとあきらめさせたばかりです。ああ、建蔽率の庭から、油田でも噴き出さないかな。鈴木みその「銭」ドラマ化決定とかな。絶対にありえない突拍子もないでも起きない限り、習い事は三つが限界よ。
それにしても、よく飽きないなあ。
あんたサッカー以外、楽しいことはないのかね。と、息子に聞くと、
「ある。NHKスペイン語講座」

ウンポコ(少し)おかしいだろうがよ、それは。もっと子どもらしくなって、ポルファボール(ください)。
きっと、望ましい形でおかしいんでしょうけれども、私としては理解不能です。
まあ、そのうち、この子達も普通の子になっていくに違いない。所詮、私の子。かえるの子はかえるであります。ケロロ。
うう、かえる、眠いケロ。こんなのに付き合って、疲れている毎日です。

2007年10月21日

子どもの頃からの夢、叶う。

抱いていた夢は、あきらめなければ、かなえることができるはずだ。

というわけで、今の私に出来る夢を、42歳の今、叶えてみたい。
それは、オロナミン・セーキですよ。
試した方、おられます?
オロナミンCにはいろいろな飲み方があり、昔CMを見るたびに、うわーやってみたいなあと思ったものの、「良識的な親」なら誰もが「やめなさい、そんな気持ち悪い飲み方」と言うので、多くの小学生は夢をあきらめざるを得なかったシロモノ。オロナミンCの牛乳・卵黄割りカクテルです。
うわー、私ったら、すごい冒険だわ。やっちゃうのね、いよいよやっちゃうのね。
そうよ、やっちゃうったら、やっちゃうのよ。だって、冷蔵庫にはオロナミンCが十本も冷えているんですもの。
持って帰ってくるだけで重いっちゅーの!! 
とあるイベントでのお土産ということでもらったわけですけども、企業協賛イベントで5750円も払い込むからには、結構な成果を期待したんですが、イベントの内容がむむむで、お土産がその「10本」と小冊子一冊というむむむさ加減で……。
ま、いいか。長年の夢をかなえようって気になったんだし。

卵黄だけ、牛乳だけ、には、若干抵抗があったので、卵黄と100mlの牛乳を入れて混ぜ、そこに注ぎ込む120mlの黄色い溶液……これで昔から変わらない100円(消費税別)。

そしてですね、お味の方は、といえば、これが大変に美味しかったのよ。あらびっくり。
やってみるもんだ。
まあ、一回で十分ですけれども。

ところで広告効果の高い福助は、まんまと乗せられてオロナミンCの味を覚えてしまい、はつらつ大興奮。
「すげぇ、うまい。これ、もっと飲みたい」
というので、
「じゃあ、ハットトリックしたらね」
と言ってみました。対価にすると、どんどん暴落している気がするぞ、小僧のシュート。
ええーっと……。
今日は試合形式の練習で11点いれたので、早速ずらりと冷えている中から、一本。
抱いている夢……たとえばヨーロピアンリーグの選手になるとか……も、抱きつづけることで、いつかかなうといいね、小僧。お母さんの、オロナミン・セーキのようにね。

明日、43歳になりまーす。
43歳でかなえたい夢は……むふふ。こっそり心に秘めておきましょう。

2007年10月19日

携帯電話とお琴の練習

誕生日プレゼントにと、相方から携帯電話をもらう。
持っていた初期型ワンセグはジプロックに入れてお風呂で活用など、大変に便利だったのだが、今回はワンセグをあきらめ、デジカメ機能を重視してみた。
そのうち、私のブログを、自分の撮った写真や動画で飾れるかも!!

そんなにも、メカ音痴。

しかし、携帯電話は、私にとってどうも夢と憧れだったらしく、96年に購入以来、機種変更の際は必ず最新型という、メカ音痴にあるまじき買い方をしている。
他の電子機器はまったく使いこなせず、娘から説明を受けていても右から左に受け流してしまうのに、携帯だけはちゃんと取り説を読もうという気になるし、頑張って使いこなそうとも思う。
この小さな最新鋭は、私の文明開化の源なのである。

早速、昨日、ICレコーダー機能を使って、お琴、先生のモデル演奏を録音。
これがすばらしい。
いやもう、感激。

子供時代、ピアノを数年やっても身につかなかったのは、楽譜が読めないという致命的欠陥があるからだ。先生の音を耳で聴いて覚えて弾く、という変わったことをやっていたためにバイエル下巻が終わった段階で、ついていけなくなった。
琴は盲人も好んで弾く楽器だったので機に乗じて始めたものの、もう耳で音をとる私の機能の方がほぼ壊れてしまっていたため、実はてんで話にならなかった。
初見でさくさく弾く娘に、何度も弾いてもらって、やっとついていく落ちこぼれだったのだ。
調律だけは上手だけど、あとは「弾いているフリ」に近かった。

ところがこのすばらしい文明の利器ったら、娘がひまな時間を選ばなくていいし、ご機嫌を取らなくても何度でも弾きなおしてくれる。タイミングが毎回変わることもない。合奏もできる。
何より、私のペースで練習ができるじゃん!!

間近に迫った発表会を前に、相方、素敵なプレゼントをありがとう。
「えー、お誕生日プレゼントなのに、当日じゃないのぉぉぉぉ」などといって悪かったよ。
一日でも多く活用、という実利主義は、この年になると大切だ。
問題は、練習する時間をつくることだな。なんかこう、わくわくするなあ。

カセットテープレコーダー、昔の取材機材で持っていたんじゃないの?
早くからそれに気づけばよかっただけなんじゃないの? 
という突込みには、応じないったら応じない。


2007年10月17日

長短

さて。
今週もぎっしり予定が詰まっていて、コレがカニの脚ならさぞ美味しいだろうと思うほどだったのだが、集の前半、ほぼキャンセル。
多分、この勢いだと後半もいつもの自分の半分も働けないだろう。
動けないものは仕方ないとあきらめてしまうと、ありがたいことに、ちゃーんとフォローされるのね。そういうときの仲間ですよ。1人で、フリーでやってんじゃないんだもん。ああ、心強い。
でも同時に、自分などいなくても……と一瞬思ったりして、ああ、映画「生きる」でも、「休むと、いなくても平気ということがばれちゃうと困る」ので主人公は無欠勤だというくだりがあったなあ、と改めて思う。
それは言い過ぎとしても、確かに、集団行動って、休みにくいものだったのね。
誰かが私の分を背負ってくれていると思うと、次は私がその分を。と思う。その精神を見れば、なんて麗しい互助の心よ。
集団のメリットの特に尊い部分だ。
でも、背負わせすぎてしまう前に、休みを切り上げないと。と、思う。寝ていても気を使うよね。これがフリーにはない概念だったなあ。新鮮な驚きだ。
そういうことって、頭ではわかっていても、実感としてピンとこなかったんだけど、ちゃんと生きていく上で、クリアすべき課題になっていたんだなあ。びっくり。
そして、理解した。
オシムは「休みから学ぶことは何もない」と言っているし、私はPTA活動からいろいろなことを学びつづけているし、早く本調子に戻して、またばりばり動きたいなあ。

息子が、新しいサッカースクールに行きたがっている。
技術を磨きたいのだそうだ。
一日中ボールさわってて、さらにスクールに行ったところでどうなるものでもないと思うが、孟母三遷、教育ママな私は、もちろんいろいろなスクールも見学してみたいので、当然行ってみるつもりだ。
ただ、経済的な事情もある。
ボランティアだけでなく、働き始めないとまずいのかも……と、ちょっと思う。
寝込んでいる場合じゃないな。

ってさ。
そうやって追い込むから、よくなるものもならない気がする。
のんびり、のんびり。
なるようにしかならない。

とりあえず、今日はボランティアの集会に顔だけ出して、あとはお昼寝も辞さない構えだ。
無理しない。それでも、ちゃーんと、今日は過ぎて、明日はやって来るんだし。

2007年10月16日

溢れ出づる、秋。

G-mailが入りまして、相方は便利になった便利になったというのだが、私にはさっぱりわからない。
しかも、ついうっかり今までのメールを消してしまったら、なんかすみません、迷惑メール扱いにしてしまったらしく、そうなるともう、どう救い出せばいいのかわからない。
というわけでですね、本当に申し訳ございません、今一度、メールください大作戦。
コメント閉じたのに、メールまでスルーしちゃあ、女がすたるってもんよ、と。
yuko@misokichi.comです。
今日からまた、丁寧に救い出してまいりますので、よろしくお願いします。

というわけで、なんかやることなすこと裏目に出てくる、弱り目に祟り目。
そんなときは寝るに限ります。
全部キャンセルして、ひたすら寝る。脳みそが熔けるまで寝る。起きたら、床づれが出来てんじゃないかと思うぐらい体中が痛くて、あら今までの疲れがぜーンブ出てきたわと思う。
とにかく、いろんなものが出る出る。
こんなに出てしまって大丈夫かというぐらい、出る。体中の水分が枯渇するぐらい、予想外のあらゆる体液まで出まくってる。
まあいいか。お誕生日前のデトックスだわ。
しかし水分は取りつづけているためか、体重にさほど変化がないのが悔しいなあ。
って、おなかこわした乙女は、例外なくソレを期待すると思うけど、下剤じゃ痩せないってことですよ、世の中のお嬢さん!
いや、「水飲んでも太る」って言葉は比喩だと思っていたのに、私にだけ現実の格言だったのかもしれないと知る、中年の秋。ちっ。天高く、我静かに肥ゆる也。

急に寒くなりました。どなたさまも、健康には気をつけてね。
では、おやすみなさい。

2007年10月13日

【愚痴警告】Am I OK?

昨日、早く寝たのに、十一時までまったく起きられなかった。
それでも疲れがとれない。
そして今日はそこから、限界に近いぐらいまわしっぱなしで、
大丈夫かなあと思う。
ジョギングだなんだと時間をとらなくても、走って、自転車こいで、ばたはだし続けている総走行距離はかなりのもんなんじゃないだろうか。今日、やっと座ったのが、今。
一日、ずっと立つか、歩くか、自転車か車を運転するか、走るかしてた。

これで怖いのは、今日は食欲がないことだ。
たいてい、あー今日は疲れた。げふぐふばりばり。とたっぷり食事をして、
今までだったらがぶがぶビールなんかも飲んで、ああいい気持ち!!なのだが、
なんか疲れすぎちゃって、もう声も出ない。
ギャグも浮かばない。
食べたくも飲みたくもない。

それでもご飯を作らなきゃと思う。それが仕事だ。
何も食べに行きたくないし、子ども達はおなかすかせているわけで。

ひたすら、眠い。
でも、まだ寝られない。
愚痴こぼす代わりにブログ書くのはよくないなあ。
遊びにきてくださった方たちに大変失礼です。ごめんなさい。

明日は小僧の試合だが、私の咳が、いったん調子付くと喘息みたいにどうにもとまらなくなっている。
何か受け入れたくない何かがあって、私は多分咳き込むのだと思う。
受け入れたくない何かが何かはわからない。

更年期なのかしら。
風邪の初期なのかしら。


2007年10月11日

ちいさなしあわせ

忙しい。忙しい。
といいながら、日記を書く時間はあるわけで。

唯一の憩いが、コレ。というのも、どうかとは思うんだけど。

毎日100円ずつ、貯金している。
これが友人との韓国旅行の代金になる。
もちろん、私のお小遣いからなので、月に3000円天引きすればいいことなんだが、
100円ちゃりんっと入れる喜びが、かなりいい。

積み重ねることって苦手なんだけど、小さな幸せなら積み重ねられるのよなあ。

毎日書いている日記は、本になるという話が浮上して、しかもほぼ同時に二社からオファーを頂いたんだけど、原稿を送ってからなぜか三ヶ月すぎてしまっている。
うーむ。
それでも、別にいいやと思えるのは、書いていることが仕事ではなく、憩いだからだ。
結果を求めないのは、ゆとりだなあ。

仕事になれば、どうしたって結果が大事だ。
私はよく仕事をやめた今は書くものもお金にならないし、緊張感がなくてつまんないなあなどといっているが、ずっと成果ばかりを追いつづけていたら、こういう視点はもてなかったかもしれない。

「おかあさん、不老不死を望んだことはある? 」
と娘に聞かれる。
今日はわけあって、娘のために九時間を費やした。
いや、不老はいいけど、不死は嫌かもなあ。不死だけだったら、今のままでもいろんなところが痛いのにさらに老いて痛くなり、そのまま生きつづけるのは嫌だもんなあ。と、筋肉痛ピークの本日、それでもハイヒールで都心を走りまわってずる剥けた足のマメを思いながら答える。
「あら。体が痛い分、心が豊かになったとか、目が見えなくなった分、違う何かが見えてきたとか、なくしたものはその分、必ずいいことがあるはずなんだけど。いいことだらけの人生なんだから、長生きしたいわけでしょう?」
と真顔で言われて、ほほう。と思う。
この人は娘でありながら、何かの使者なんじゃないかと時々いぶかしく思うことがある。

来世があるなら、私はやっぱり今の相方と結婚して、そしてこの娘を産みたいと思う。
超美人の女の子と、こけし顔のこの娘だったら、絶対にこけしを選ぶ。
マルチーズのようなくりくりのお嬢さんと、ブルテリアのようなP子なら、迷うことなくブルテリアを選ぶ。
毎日小さな幸せを積み重ねていけるのは、この娘の存在が大きい。
今日、娘と一緒に「ハワイの雪」という人情話を聞いた。
添い遂げられなかった人と老いて再会する、喬太郎師匠の噺だが、それを娘と二人で聞けてよかった。

息子は相方と亀田戦。

2007年10月10日

スイーパー

といっても、サッカーではない。
なんとかスイーパーという、簡易電動掃除機のことである。
深夜の通販で見たときには、感動の余り即買いしそうになった。
どんなゴミもスイスイとれて、ヘッドは四方向に回るのだ。特に食べこぼしに強い。
家事の中でもっとも好ましいのが掃除である。
散らかった部屋は苦手だが、汚い部屋は気にならない。人はホコリじゃ死なないと豪語していたらハウスダストアレルギーになってしまった。天誅であろう。
そんな弱点がありながらも、尚、掃除機を毎日かけるという主婦を心から尊敬する。蕁麻疹出してても、私には真似できない。
ただ、好ましい家事である以上、いろいろな洗剤やら、掃除グッズには並々ならぬ興味がある。
そしてある日、私のハートを打ち抜いた、なんとかスイーパー。
ただし、そういうものはお高い。8000円近くするのを実物も見ずに即金で買える専業主婦はいない。いや、いるのかもしれないがそんな深海魚並に珍しい大金持ちは、浅瀬を大群で泳いでいる主婦の群れには属さないから、まずお目にかかることはない。
で、このスイスイとれる、みるみるお部屋がきれいになる、なんとかスイーパーが、私はとても欲しかったのだが、ぐっと我慢の子であった。
ネットで使用者の感想なんかを未練がましく読んだりして、音がうるさいならだめだなあ、などとすっぱい葡萄に奉っていたのだった。

ところがドンキ・ホーテで期間限定1980円!
というのをみつけて、即買いしてしまった。たとえは悪いが、追っかけまでしようかと思っていたアイドルが、時を経て、近所のキャパクラにいたようなものである。そりゃ、サービスタイムには絶対に入ってみるでしょ。
で、わくわくしながら充電しましたよ。
どきどきしながら、目覚ましなる前に起きて、柄を組み立て、充電器装填。かちっ。うひゃひゃ、かっこいい!! ゴルゴ13みたい。これから仕事をするぞって感じ。
朝一番に掃除機をかける。主婦の鑑だね。大雨が降ったら私のせいです〜るんらるんら♪

……安くなるには、安くなるだけの理由があるのね。
これは微妙にパチものくさく、説明書の日本語が間違っていたりするし、きっと本物だったらもっと感激したのかもしれないが。
ゴミがなくなるのは、事実。でも、それはどうも弾き飛ばしているだけみたいで、ゴミパックの中には何もないのよ。
まあ、あれですよ、アイドルもね。会ってみたら、普通だった、みたいなね。
ああ、なんだかなあ。
この期待の裏切られ方は、悲しいなあ。チンアナゴのように、砂地の奥深くもぐりこんでしまいたい気分である。勝手に盛り上がってた私が悪いんでしょうけれども。
海の中はいいなあ、座礁した船さえ、美しいさんご礁になる。降り積もるマリンスノーは、原油の材料だ。でも、家の中で座礁したさまざまなモノは、静かに降るホコリは、私が手を下さないことにはどうしようもないのだ。
がっかりしつつ、では、PTAに行ってきます。PTA役員としては、取りこぼすことなく、ゴミを蹴散らすこともなく、立派なスイーパーでありたい。

2007年10月09日

……でも、できない。

昨日の筋肉痛が意外なところに。腹筋と背筋が痛いのだ。
短距離を走るのは大好きだということに気づいたので、公園まで歩いていって、全力疾走をするというのはどうだろうか。
ジョガーはいるが、全力疾走しているおばちゃんは見かけない。怪しすぎるだろうか。なんとかババアのように都市伝説になっても困る。
そのまえに膝にきちゃうかなあ。

前向きなのは、占いで「転機」といわれたこともあるのだが、何より昨日、親子対抗リレーで第二走者の私は、生まれて初めて人に追い抜かれるという苦い経験に起因する。
抜かれるって、こんなに嫌な気分だったのか。
抜かれた。
どこかの赤いシャツのお父さんに! 
しかもインから。
インから、っていうのはリレーでは反則じゃないかと思うんだが、第三コーナー膨れた私(体じゃないですよ、外側に、って意味ですよ)が悪い。

これが割とショックでした。
中学に入ると、男女は体育別々だし、男子が早いのはあたりまえで、飲んで相方と徒競走したときには直線100メートル、相方の勝ちだったんだから、当然の経験として男子は早い。と思え、私。
でも、小学校で走れば、感覚的には小学生になる。
あのときの男子で私より早い子はいなかったのだ。
なぜか短距離は「いとうちゃ」と呼ばれた男子をのぞき、上位を全部女子が占めていたので、そういうものなんだと偏った印象がある。
六年生で160センチ近かった私は、私より小さい男子を守ってあげるべき対象としてみていたような気がする。
男子は勉強しないし、ふざけてばかりいるいきものだった。
ジャイアンだった私に、九州男児だった父は、早くから男尊女卑思想を叩き込もうとしたが、うーん、そりゃあ感覚として無理。と思うのは仕方ないな。
横道にそれた。
どうしても抜けない、という経験はある。第三か、第四走者として出たときだ。前に走っている白組の「こばやしさわこ」ちゃんに迫り、外側から抜こうとするのだが、どうしても抜けなかったというのは今でもたまに夢に見る。
私には差し足がないのだ。生き方も同じ、先行逃げ切りタイプ。
またまた横道にそれた。
とにかく、私の前に人が走っているという経験はそれ以外にはなかった。ましてや、ぐーんと抜かれるなんて!! 赤シャツに!! 太ってる場合じゃないぞ。

負けて悔しい時には100本シュートで憂さを晴らしていた息子は、本当に私の血を色濃く受け継いでいると思う。
子ども達が頑張っているのに、寝ッ転がっているわけにはいかないだろう。
気が付けば、コツコツジョギングしている相方は、しっかりと体を作りこみ、向こうのお山のふもとまで先にたどり着いている。
よし、機は熟した。
年も年だし、抜かれるのは仕方ないとしても、来年の運動会では、もうちょっとましな走りをしたい。
誰に負けるのではなく、自分に負けっぱなしでいいのか、私。
くやしくはないのか。
さあ、始めよう。明日から。←なぜ、今日ではないのか。

弱い、自分。

2007年10月08日

体が、体が!

体育館の床を踏み抜かなかったのだから、よしとしよう。

昔の俊足ぶりはどこかに消えうせても、走る喜びは消えないんだなあと思ってびっくり。
雨だから体育館だったけど、今日はサッカー部の親子親睦会でした。
親子リレー、一番で戻ってきた小僧からもらったバトンはとりあえず一番で次走者に渡したけれど、大差が僅差に詰まっていたらしい。小僧にだめじゃん!と小言をいわれた。並んで走ったのはチームメイトの父三十代だってば。よく走ったねと誉めてくれぃ。
‥‥いや小僧にこんな悲しい顔をさせてはいけない。体を鍛えなおそうとひそかに決意する。
娘の方は、親子対抗リレー。
この母たちがみんな鍛えられている。私の半分ぐらいの体の厚み。
そして、ああこの人たち全員リレー選手だったでしょうとすぐにわかるバトンパスの正確さに、眠っていた何かが目覚めたわ。
母たち、すごい美しい走り。
一周70メートルぐらいかな、それを一周×三回走る。私だけ、どすどすどす。一回目で背中の筋を違え、二回目にすでに呼吸困難。それでも走っているときは夢中。
一位は相方もいた父チーム、二位に母チーム。勝負になると熱くなる体質もまた少年団のサポーターらしい、ははは。
三周終わって、気持ち悪くなった。本当に体を鍛えなおすにはどうするか、跳び箱に腰掛けて具体的な方法論を考えはじめる。
初めてやったフットサルは、まったくトラップができないことにいらだつ。リフティングは二回続かない。ううう、なんか私だけとっても情けない。
それでも、ボール追っかけているだけで、めっちゃ楽しいのだとも知る。リフティング、練習する時間はさすがにないなあと思うが、娘がドヘタでも楽しいという理由がよくわかった。

帰路で早くも体が悲鳴を上げていたのは、多分私ぐらい。
背中の筋と太ももの筋が、きちんと筋をとおさんかい!と怒りと疲労で震えています。ちょろっとストレッチしたぐらいじゃどうしようもないのね。歩くたびにピキピキ。
全力疾走したのは去年の運動会以来だわ。
でも、体を動かすって実に気持ちいいよなあ。長らくテニスもやっていないし、すっかり忘れていたけれど。ああんもう、お酒飲むよりずっといいじゃん!

なんだか、生活習慣を変える時期にきているのかもしれない。
といって、実践できるかどうかはまた別のお話。

2007年10月06日

河童とらっこ

晩酌に付き合う。
といっても、相方はマッコリ、私は1リットルの炭酸水だ。99ショップの。
それで十分楽しかった。うーん、今までの無用な投資はなんだったのか。
いや、過去は振り返るまい。
私の肝臓が再生していることのほうが大事なのよ。

99ショップは大変に便利で、本当は毎日でも行きたいのに、いつもかなり意を決して、ごくたまに行く場所になっている。欲しいものだけ即買いして、店を出ることになる。
私にはあの店内のCMがどうしてもダメだ。
きゅっきゅっきゅっ、きゅっきゅっきゅきゅっ!
が私の頭の中に無間地獄を作り出す。繰り返しに弱いのね。
ドンキ・ホーテもあのCMソングがなければもっと行けるのになあと思う。
昔はキザクラの♪かっぱっぱーるんぱっぱーが流れてくると、一日中いーけるけるけるけるっきゅー!に脳が侵食された。……疲れているとみんなそうなると聞くが、疲れていなくてもなりやすいクセを持っていると、結構つらいのよ。

かっぱで思い出したが、娘さんは河童というのは実在しているのだとつい最近まで信じていた。伝説上の生き物ではなく、動物園などでも気軽に見られるもので、たまたま自分にはその機会がないだけだと思っていたらしい。
ばかだなあと笑って、はたと気が付いた。
そういえば、私は幼少の頃「らっこ」の話が書かれた童話を読んで、らっこを見てみたいと思った。親に懇願したところ、親はあっさり、「そんないきものはきいたことがない」と答えたのだった。
説明すればするほどそれは伝説上の生き物のようにも思われ、いつしか私の中では「らっこ」は「かっぱ」や「てんぐ」に並ぶ、架空のものになった。
日本に初めてらっこがやってきたとき、ものすごいショックだった。鳥羽水族館でらっこを見たとき、泣きそうになったのを思い出す。それは今、娘が河童に会うぐらい、衝撃的なことだ。

そうだ、この連休に、動物園に行こう。ぜひとも99ショップで飲み物を買って。

2007年10月04日

飲まない。

コメント封鎖させてね。
しばしばこっちからコントロールできなくなる。
今まで温かい励まし、素敵な言葉、どうもありがとうございました。
このまま格納しておきます。
今後はyuko@misokichi.comへ直接お願いします。

楽しみにしていた、とある「お楽しみの会」が終了してしまって、ぽっかり空虚です。
でも意外なことに、飲んでない。
空虚なのに、飲まなくても平気。
我、打ち勝てり! って、そんな大げさなもんじゃないんですが。
誘惑ってとらわれているとものすごく大変なもののように思えるんですけど、まさに、幽霊の正体見たり枯れ尾花ってとこですよ。亡霊に取り付かれたように飲みたかったというのは、まさしく幻想で。
私の家族歴が大酒飲みばっかりだったもので、鮭のない人生など何の人生ぞ、
って、この変換じゃ、熊一族だよ、
もとい酒のない人生など何の人生ぞというところで育ったものですからね、飲むのが当然でして。
でも、禁酒したと聞いていたある先輩が、飲みたくないから飲まないだけ、禁酒というようなものでもない、というようなことを書かれていまして、そんなもんかな、飲まないでも案外つらくはないってことがあるのかも、と、思ってみたところ、炭酸水飲んでもあんまり変わらない。500mlも飲めば、かなり、満足しちゃう。もちろん、生(き)でいきますよ、ゴブゴブとね、五臓六腑に染み渡る、なんでもない炭酸水。
その程度の欲望、欲望とはまた大きく出るわけですが、 まあそんなもんだったと気づいたんですね。ビールは大好物ですが、あの苦くてしゅわしゅわするのが好きだったわけで、アルコールは二の次だったみたい。いつだって脳みそにはもやがかかっているような程度の出来なんですから、アルコール入れてわざわざお馬鹿にしなくても、十分。
いや、書いてみるもんだ。
日記は自分のとっちらかった気持ちを整理できるからいいようです。
あっちいったりこっちいったり優柔不断な自分も、馬鹿正直に一本道な自分も、全部自分。いいことも、悪いことも、強いとこも弱いとこも、ひっくるめてつきあっていくしかないんでね。
普通、そういうとこは家族にしか見せないもんなんでしょうけれども、こんな風に内情吐露している日記なんかを読まされてしまうと、もうすっかり親族みたいになっちゃうんじゃないかと。いや、申し訳ない。読んでくださっている方々は、私には家族同然だ。と、常に肝に命じております。家族ったって、特典、何もなくて、すみません。ご近所なら、ハグしていい子いい子しちゃうんですけどね。え? 迷惑だ? こりゃまた、小学校高学年の小僧のようなリアクションを設定してしまったわ。
いや、高学年の小僧でも、ちゃんと近づいてくる子は「げぇー」「やめろよー、うぜぇなあ」なんていいながら、いい子いい子すると苦笑いしながらじっとしていたりするからさ。うれしいよね。
そうよ、肉感的な私の胸に抱かれるのは悪くない経験かもしれないですよ! って、「ハグ運動」を展開するほどの勇気はないんですけども。

たいした事件もなく、鈴木家の秋。
でもほんの少し、アル中の危機から遠ざかったのかもしれません。
無事これ慶兆。


2007年10月02日

仕事が大好きだ。

昼間は、PTAの仕事と地域のボランティア活動と。
夕方から、娘の習い事、息子の習い事の送迎。
宿題を見て、ごはんを食べさせて、話を聞いて、歯磨きチェックして、小僧の脚マッサージして、本を読んで寝かせる。
そんなつまらないルーティーンも、日々観察しつづけるのが仕事である。
私の世界の9割は、子どもがらみで出来上がっている。

相方が地下室でじーっと仕事している間、私はたいてい外でばたばた動き回っている。
たまに家にいるときはぱたんと寝ていたりするが、それもまた鋭気を養う大事な戦略だ。
申し訳程度の家事。掃除・洗濯・買い物・炊事。
ささやかなお楽しみは、海外ドラマかサッカーの試合、これは家事の合間に。
相方との馬鹿話は、妻として唯一の仕事。
そう、これも自営業者には立派な仕事のひとつだと思う。私が無口だと、相方は数日誰とも話さないまま過ごすことになってしまう。
まあたいてい家族でたっぷり時間をかけて食事をとるので、私だけに課せられるものではないのだが。
そして、夜は本を読みながら、やはりぱたんと眠りに落ちる。

睡眠時間を削れば自分の時間が作れることはわかっているが、健康を害すると子ども達に影響が及ぶ。
母親の仕事は24時間、ジャックバウワー並みの体力が必要だ。
きちんと食べてよく眠る。
中年になればみんなどこかが故障する。私には椎間板ヘルニアと偏頭痛があるけれど、強引に健康管理を推進することで、なんとか使える体でいられる。

どこまでも、仕事人間だと思う。
母親の仕事を引退したとき、ちゃんと自分を保っていたいが、今、自分に投資する余裕がない。
大人になったら宿題はなくなるものだと思ってた、と歌ったのはユーミン様だった。
追われている時間を自分で管理するようになるために何が必要なのか、しっかり考えていかないとなあ。これもまた長期事業計画の一環。

2007年10月01日

筋肉痛と禁酒の日

左の指が痛い。
さっき、うにの瓶を落としましたよ、つかみきれなくて。
あぶねぇなあ、おい。
もちろん、肩も腰も筋肉痛で全部痛いんだけど、親指を除いて、全部突き指したかのように痛いコレは、果たして、筋肉痛なんだろうか。知らない間に、酔っ払って突き指とか、してないだろうか。
おそらくは、奇祭・ブロックリレー祭りで、200個のブロックを移動させた後遺症。
PTA役員はきっと今ごろ、全員痛みと闘っているわ。……いやママさんバレー選手だとか、体育会系が多いから、これぐらいじゃ何でもないかもな。
でも、たかがその程度でこんなに痛いって、私は普段、どれだけ運動不足なんだと思う。

昨日、おとといと、久しぶりに禁酒して寝たら、眠りが深くて、目覚めがよい。
筋肉痛でつらいのも、軽くMめな私には心地よい。
適度な運動してれば、ひょっとしてお酒はいらないのかもしれないなあと、アル中すれすれの生活を反省してみる。……いや、反省はするんだけれどもねぇ。
ただ、何年ぶりに飲まないでいられた二日間というのは、強い意志で禁酒できる方たちには小さな一歩かもしれないが、来世はドイツに生まれたいほどビール好きな私にとっては大きな一歩だ。
何か、改革の時がやってきたのかもしれない。
奇祭がそれに気づかせてくれたのだとすれば、「PTAでダイエット」という本が書けるかもしれない。
節酒することが可能になって、運動も定期的に行えるようになったら、きっとあと5キロなんてわけなく痩せられるはずだわ。
で、問題はこのたそがれ時ですよ。
娘のお迎えがある日以外、夕食作るときには必ず飲んでいるわけだけど、今日はどうしよう。うーん、飲みたいような、この際記録に挑戦してみたいような。
今日も飲まなかったら、禁酒3日だ。そんなに飲まないのは、多分、ボディビルダーにスカウトされるほど肉体を作りこんでいたとき以来だから……二十年ぶりだわ。
肝臓が歓喜の声をあげている気がする。
でも、飲みたいなあああああという気持ちもどこかからちゃんと湧いている。
さあ、どうしよう。