あああ、なんか気が重い。
新学年になると、小僧にも交通費がかかってくるんだなあ。
新学期だよ。
いよいよ小学校の役員の仕事も始まる。幸い、愉快なメンバーが揃ってて、内情を知れば知るほど興味深くて……これはね、ウキウキしている部分。でも、守秘義務、いや義務じゃないんだろうけど、学校絡むから不要な軋轢を起こしてもアレなんで、システムはもちろん、いろいろな感想も公開できなくてね。何でも言いたい私としては、そこがまず大きなストレス。
役員仕事が終わって、子どもたちも卒業して、南の島に移住でもした暁には、思い起こして書き残そーっと。何年後だ?
同時期に役員だの委員だのを引き受けた、あるいはくじ引きで決まっちゃった全国各地の人のいいお母さんたち!共にがんばりましょうね!どんなことも、あとできっと輝かしいネタになるから。…って、そんなのを報酬にするのは真のボランティア精神に反するざます。ま、つらかったり笑っちゃったりする話があったら、いつでもyuko@misokichi.comまで。守秘義務、守ります。あなたは決して孤独じゃないんだ。今年一年、私たちはお仲間よ。ふふふ。
同じ仕事をするなら文句言いながらやるより、楽しくやったほうがいいと思うんだよ。
と、いくらでも屁理屈こねて、学校の仕事ならちゃーんと楽しそうに思えるのに、なぜ、家事はそう思えないんだろうか。
洗濯物による平成新山が形成されつつあるのはなぜなの?
家に帰ったら台所がピカピカになっていて、相方に感謝しつつもついでに夕飯も作ってくれないかなあなんて都合のいいことを考えるのはなぜなの?
今週号の週刊プレイボーイを読んでいたら、リリー・フランキーさんの悩み相談の欄で、「セックスに苦手意識を持たないで。女の子のセックスは、お料理と同じように相手を喜ばすつもりで臨めばいい」というありがたいお言葉が載っていた。えええ、そうだったの?と思う。
料理って、あのときのように、手間隙かけて丁寧に、相手を喜ばせようと思って作るものだったんだ。と、目からうろこ。……家事がダメだ。どうにも、つらい。比較的好きだったt家事、模様替えも掃除も、最近ではもうぜんぜん触手が動かない。春のダメ人間一掃セールなんて不穏な言葉が浮かんでは消える。はぁ。ため息ついちゃうよ。
木の芽どきは、ちょっとだけ憂鬱になるのだ。
そういうときは、飲んで寝るに限る。のだが、今断酒中なので、運動して寝ることにした。たっぷり寝て、ちゃんと食べていたら、まあ、そうそう悪いことにはならないだろう。
よく眠るために今日はよく歩いてみた。花粉をたっぷり吸って、バカヤローと思うぐらいくしゃみが出るけれど、へとへとなのでよく眠れそうだ。
子どものおかげで何かと忙しい。春休みだから、犬と同じで、ちゃんと散歩にも行かないとならない。
でも、たぶんそのせいで、私の憂鬱は小康を保っているんだろうな。だって、くよくよ考える暇がないんだもん。二十四時間自分のためだけに時間が使えるゴージャスな暮らしには憧れるけれど、きっと今の私にはその贅沢はまだ不釣合いだ。そう思えば、奴隷ちゃん階級に等しい専業主婦の暮らし、その忙しさも悪くない。
……そういう発想の転換で、家事嫌いにも意味を見出せればいいんだけど。
何もかもが刷新されてしまう、春。
新しい学校の、未知の仕事には、不安もあるのだ。
朝のNHK連ドラ「芋たこなんきん」も終わっちゃって、寂しいったらないのよね。……あ、それかも。憂鬱の最大のポイント。
春期特別講習会、テニスのプライベートレッスンにお友達のお子と一緒に参加する。
持ち物を用意しながら福助、ごそごそとサッカーボールをバッグの中に……。
楽しいレッスンで夢中になっていたはずなのに、終了後すぐに持ち込んだボールを蹴っていた。
春期講習会、次回は水泳。プールの時には、非サッカーボール三原則を適用しよう。
謝恩会の時のDVDが出来たので試写会をしようと誘っていただく。
最近の若いお母さんは、オリジナルDVD作りをやすやすとこなしてしまう。まるでプロのプロモーションビデオのような仕上がりに驚いた。こういうの、作れたらいいよなあ。
さすがに照れくさいので二度と再生しないような気がしていたのだが、いや、これは凄いわ。何度も見たいわ。子どもたちが釘付けになって見ていたが、その誰の顔もすばらしくて、自画自賛したい謝恩会がそこにぎゅっと詰まっていた。
今年は、動画版卒業アルバムも製作してくれた保護者がいて、その出来たるや最高で、見ながらいっぱい泣いたのだが、謝恩会版は見ながらいっぱい笑った。…で、最後にちょっと泣いた。
娘は地震も知らずに元気いっぱい帰ってきたのだが、帰宅後から元気がなくなり、翌日はさらに元気がなくなった。ただ、ひたすら眠っている。
力尽きるタイプではなかったのに、ぐったり疲れるほど楽しい毎日だったらしい。来年も再来年もずっと行きたいといっていた。そしてやがて大きくなったらスタッフになって、スキーとスキー以外の楽しさを小学生たちに教えるのだ。
学校以外に、自己実現の場があるのはすばらしいことだと思う。昔は地域の青年団や消防団が担っていた縦の関係、今は場所がちょっとちがうんだな。それでも学校と家庭が世界のすべてではないことを早くから知っている子どもは、絶望したときに強い。最後のとりではそのまま財産だ。そういう居場所をたくさんもっていたらいい。
幼稚園のクラスでの、最後の集まりになるお花見があった。こうやって、だんだん離れていくほうが、この日を境に二度と会えなくなるみたいなさよならよりずっといい。
いつものように「またね」といって帰る。卒業アルバムを取りに行く日に、全員一致の意向でもう一度、ママたちの同窓会的茶話会を開く予定になっている。だから、本当に「またね」。
私は、父親も母親も、卒業生と一緒に全員写りこんだ写真を、写真たてに飾るつもりだ。子どもにとって最高の幼稚園は、私にとってもすばらしく誇らしい友達のたくさん得られた、最高の場所だった。
小僧、二年間お世話になったサッカークラブの、小学生クラスをやめる日。
最後の練習試合で前半、上級生を相手にドリブルで抜いて、惜しいシュート一本。後半は前線で張って、高学年のシュートがこぼれた瞬間を速攻で叩き込み、一点。チームメイト全員とハイタッチして、勝利で有終の美を飾った。
最後の小学生大会にエントリーさせてもらったけれど、練習はこれでおしまい。
練習試合で負けて泣き出すと、一年生のお兄ちゃんたちが慰めてくれたし、練習後の自主トレではコーナーキックからのシュートを合わせるなど、高度な技術も教えてもらった。自分よりはるかにでかい六年生に対してため口をきいても、いじめられるでもなく。みんな子犬のようにかわいがってくれたなあ。ここでも、たくさんのことを教わった。ありがたいと思う。
昔の友達とちょっと飲んだ。
ほんのちょっとのつもりが、帰りは泥酔してしまっていた。
私の今まで知らなかった、とんでもない苦労話に、酔いが早くなった。誰よりもきれいな顔で微笑んでいたグラス越しの彼女は、美人のくせに冷酷なところがなく情に厚いわ、キャパが広すぎるわと思っていたら、そんな秘密があったのね。
その秘密はいつかまた形を変えて、ご紹介できればいいんだけど…、難しい。
艱難辛苦は彼女を輝く玉にした。苦しさから逃げてしまうほうが簡単なのに、そうしない。すぐそばにいる人の苦しみまで一緒に背負った彼女は、女としては貧乏くじを引いた気もしないでもないが、人としてこんなに立派な人も珍しいと心から信頼を寄せた、ちょっと泣けた夜だった。
娘が春から入る劇団に入金。娘の口座が空っぽになり、毎月こつこつ積み上げてきたお金ってたまるのには時間がかかるのに、使うときは一瞬で消えるんだよなと思う。
大金をはたくからには、立派な子役として橋田ファミリーを狙うか……と下心が一瞬ちらつかないでもないが、娘は自己を表現する場ほしさにその場所を志す。芸能界とは関係なく、劇作りの魅力にとりつかれている。私も相方も芸能界は嫌いなので、進路はできれば別ルートをお願いしたいという希望はP子に伝わっているし、P子のこけし顔ではかなり無理ということも自覚しているはずだ。エンターテイメントで食っていくのは厳しいということも、相方を見ているのでわかっているだろう。それでも将来の夢は別のところにおいて、今、どうしてもやりたいと言った。冷静なP子が芝居に何を見出すのだろう。母親としては決して教えようがない「ごんぎつねで泣く」ような感性を、こんなところで身に着けてくれたらそれだけでいいなと思う。
さあ、明日は福助、少年団の初日。入学する子たちよりひとあしさきに学校に行って、グラウンドを走り回ることになる。
まだまだ当分お楽しみは続くんだな。サッカーでも演劇でも、子どもたちの未来には、大人の楽しみがいっぱいつまっている。
ふふふ。
相方のブログ読んで笑う。
平和だってぇことだよね、おまいさん&Oh,my son.
今日は我が家の顔、表札作りをお願いしたアーティストさんが来てくださる日。
何日ぶりかで掃除機をばりばりかける。いいなあ、時々友達を呼ぶと家がきれいになっていい。
親しすぎる友達だと、散らかっていようがホコリっぽかろうがそのままいいからあがってよと通してしまうので、定期的にこれから親しくなる友達を呼ぶべきだと思った。
私は彼の作品が大好きだ。
今は、作品のひとつにもなる、おうち作りの真っ最中。
http://nhome.exblog.jp/
顔は怖いけど(失礼!)、彼の作品はやさしくて見ているとなんだかほっとする表情なのよ。
長いこと、気に入った表札がないまま何度となく私と相方の間でアイディアだけは浮かんで消えて。
でも、妥協できなかったの、だって表札なんだもん。で、五年待った表札を、いよいよ作ってもらうのだ。
表札のことなら何でもきいてというぐらい、見積もり取りまくって詳しくなって、でも普通に鈴木って書いて貼っただけの玄関で……今はよかったと思う。あのとき妥協して作っていなくて。こういうめぐり合わせを待っていたんだ。
相方も彼の作品を気に入って、満場一致(二人だけどな)で決定したんだもんね!
お友達価格のびっくりするほど気軽な値段でお願いしてしまうおばちゃんぶりを多少恥ずかしく思いながらも、大変快く引き受けてくださった彼に感謝だ。もう全部彼の意向で好きなように作ってくれればいいと思う。一応、鈴木という最低条件さえ変えなければ、何がどうでもきっとかっこよくなるのだ。
そして、それは歳月と共に、さらに重厚になっていくはずなのだ。
ピンポーン、あ、こんにちわ。いらっしゃーい!
最初に家の前でボールを蹴っていた小僧が出迎えた。
もう家を買うことはないけれど、一生に一度の大きなお買い物をしたあとは、こういう小物で遊ぶお楽しみがあったんだな。
一生つきあっていくって、こういうことだ。
うちは一目ぼれしたこの中古の家に、ちょっとずつちょっとずつ手を入れて自分たちの色、自分たちの匂いにしてきた。一から作るとなると、アイディアばっかり駄々漏れして、きっと製図が書けるぐらい精通しても妥協できずに、結局満足いく家作りは出来なかったと思う。気に入った「これだ!」という人やモノに出会って即座に満場一致(二人だけどね)で決めて、時間をかけてちょっとずつ自分のものにしていく感じが、多分私たちのスタンスだったんだろうな。
気に入った家があって、おいしい手料理の夕飯(相方謹製)があって、そこにちゃんと収まる、気の合う家族がいて。
子どもの頃に欲しくて欲しくて、泣くほどほしかったもの、ちゃんと手に入れてるんだ、私。家族の象徴としての家と、その顔になる表札。全部がちゃんとお気に入りなんて、素敵なことだ。いいのができあがるといいな。
大変だ、新潟、震度6!
と相方に起こされる。飛び起きたよ、P子今、中越だもの。
新潟はそんなに大きな被害ではなかったようだったが、最初は生きた心地がしなかった。
最初はそんなに大きな被害という報道ではなかったのが、だんだん映像や病院での状況がつたえられるにつれ、大変なことだったのねと思う。なくなられた方を心から悼み、被害にあわれた方の一日も早い回復を祈る。
自分の肉親がいるだけで、災害は、突然身近になる。関係者から電話が来て、ほっとした。
こんなんだもの、親族が全国に散らばっていたり、友達が各地の名産並みにたくさんいる人は大変だろうなあと思う。教え子とかだとすごい数になるだろうし。
同時に、そのたびに心配こそすれ、生きていることを実感して喜び合えるとすれば、それはなんだか素敵な時間な気もする。大勢を心の中に住まわせるのはしんどそうだけれど、きっと、ものすごくうれしいこともいっぱいあるんだろうなあ。
いろいろなことを、いろいろな人を、忘れてしまいませんように。
ついでに、今日、福助と一緒にボールを蹴って、シュートの精度をあげるのだと、細い鉄柱にボールを当てる特訓をしていた福助のあの一生懸命さを、いつでも記憶からさっと引き出せますように。
ぐったり、というか、だらりーん、というか。
真夏の金玉のようになっている、気合の抜けた状態です。水分と脂肪分で見た目はパツパツですけどもね。
浦和レッズ対シドニーFCの録画見ていたら、一昨日の福助の卒業記念大会・決勝戦と同じユニフォームカラーだったために、半狂乱で応援した震える決勝戦を思い出し、胸が熱くなりました。
あんまりにもしつこく自分と比較され、そしてなぜかテレビの選手よりも自分ばかりが絶賛されるので不安になった福助、「ねえねえ、浦和レッズってU-6じゃないよね?」と相方に確認していました。……日本のトップチームつかまえて、親子ともども、大変失礼いたしました。
小僧、昨日お友達の家に遊びに行ったら、四時間サッカーし続けたそうで、本日左の股関節に痛み。馬鹿にもほどがあるだろうと思うのですが、サッカー馬鹿には程がなかったんですね。
でも前回とは痛み方が違うというし、ほかに痛む場所をチェックするとどれもちょっと筋肉痛っぽいので、アイシングと湿布で様子見です。ちゃんと右足酷使を避けて左足で蹴り続けたあたり、考えてはいるらしい。
今日、近所の少年団に見学に行く予定だったので、見るだけ見に行く?と聞いたら、「無理」だという。痛み深刻なのかと心配したら、「見たら我慢できなくなるから。絶対やっちゃうから」と思春期の青年のような言葉でした。
P子はNPO主催のスキー合宿に。
いるとうるさいが、いないとさみしいという、大変に存在感の大きな人です。
幼稚園生からスポーツクラブの合宿に単独参加してるし、去年の夏にはアメリカ合宿(合宿か?)も行ってるし、今回は同じクラスのお友達と誘い合ってのことだから心配することは何もないのだが、ただひとつ、ボーイフレンドのショーン(仮名)も一緒だということが、ほんの少し気がかり……。
白銀の世界、スポーツ万能の彼のこと、やっぱりかっこよく見えちゃうのかしら。
私が小4の頃には、一休さんが大好きで、フィンガーファイブのレコードをそれしかないからヘビーローテで聴いて、あとは本の虫でした。学校では、放課後はドッジボール、授業中は下敷きってなんでサツマイモのにおいがするんだろうとかそういうのは欽ドン賞のネタにはならないかとか、どうでもいいことばっかり考えていた豚児でした。レク係でお楽しみ会の企画命の毎日。ああ、小松さんと倉岡さんと、月刊誌も発行していたわ。クラスの男子も女子も同じように大好きだったから、クラス替え反対ってクラス全員で校庭をデモ行進したけど(さすが70年安保の影響が!)、好きな人を誰か一人に決めろといわれたって困っちゃうわ、ってな頃でした。……ううーん、それと比べると、P子さんって大人だわ。
無事、それはもういろんな意味で、無事に帰ってきますように。
思春期とかそういう恥多き時期を経て、こういうおばちゃんになったのねぇ。と、懐かしく10歳を思い出したけど、実のところ、10歳の頃の私と今って、あんまり変ってない気もする……。
さて、ふたたび、だらりーんモードに。
今日はサッカー、ペルー戦だから、それまで昼寝しようっと。
すごーくいいのは、だらりーんモードになっても誰からも怒られないことだ。ああ大人ってすばらしい。
U−6最後のサッカー大会。
小僧、キネシオテープはりまくりでキーパーとして参加。
のはずが、いつの間にか前線に。
試合終了のたびにアイシングしまくる……って、どんな六歳児だよ。っていうか、どんな親だよ。
すみません。
予選リーグを華麗に勝ち抜き、準決勝でハットトリックを決めた後半戦では初の控えでアイシングしつつ待ち、決勝戦は前半二点先取されていたものを、後半で小僧気迫のドリブルシュート。さらに残り時間何秒のところで盟友リン(仮名)のシュートも決まり、同点。拮抗する延長戦のあと、決勝PKに。三人選抜戦で、OXと続いた最後のキック、小僧のシュートはキーパーのパンチングしたボールがバーに当たってはずれ、優勝トロフィーは逃した。
すばらしく強い、いいチームと互角に戦えた。
今回は特にドラマティックな展開だった。ドイツW杯予選リーグで玉田が先制したブラジル戦の、前半終了直前までの夢見心地以上に、興奮した。
相手チームにいたロナウジーニョクラスの子の名前を記憶してきた。きっとこういう子が出てくるんだなあと思うと、ちびっ子サッカーの青田買いならぬ苗代見物は、かなりたまらない魅力だ。
こんなに熱くなる試合がまだこの先続くのかなあ。
カチカチの筋肉で固めてしまった体を柔軟にすることから始めなければならないから、サッカーはしばらくお休みしようと話したばかりだ。
まんまと乗ってきた福助、これで卒業したら週四回のサッカーを週一に減らして、水泳とテニスを始めるのだといっていた。ので、今後の展開を聞いてみる。
「ぼくのサッカー人生は、まだ終わらないよ。金メダルを取っていないからね」
負けから学ぶことは大きい。
今まで学校の勉強以外何もしてこなかったP子はそれでも抜群の通知表だったのだが、さすがに私立受験組は塾で猛勉強している、その中では評定が下がって当然だ。
そろそろ考えるべきときにきているのかなあ。こちらも負けて初めて学ぶのかもしれない。
まあ、学校の成績は、勝ち負けじゃないけどさ。
直接の知り合いではないのですが、鴨志田穣氏逝去の訃報を知り、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
西原理恵子さんという作家は、ものすごい天命を負っている方だったのだなあ。いちファンとして体を壊さないか心配しつつ、とにかくがんばってくださいとしか……ああ、言葉がない。
心から、ご冥福を祈りたい。
不謹慎かもしれないが、西原さん、お子達に、この大きな悲しみを乗り越えたあたりで、必ず、大きな幸せがありますように。とにかく、それも一生懸命祈る。祈ることしか出来ないって、無力だ。
さて、今日は福祉センター最後の日。
福助が
「ぼく先生にそつぎょうしょうしょうをじゅよしたいんだけど」
と卒業式で習った難しい言葉を全部ひらがなでしゃべったので、筆を持たせてみた。
ぼてぼてだったり、かすれていたりするけど、それもまた味わい。
遠慮なく何でも話せる、いい先生にめぐりあえてよかったなあ。
では、いってきます。
ゆう子は走っていた。
ひたすら旧甲州街道を走っていた。
色無地にきりりと袋帯をしめて、ゆう子は自宅への道をひた走っていたのだ。
卒業式は号泣した。
卒業証書を授与されてゴー。初手の子から泣き続けたので、結局32人全員分泣いた。この子は福助をこんな風にいたわってくれたなあ、この子は私にいつも話しかけてくれたなあ、この子は……と全員と過ごした思い出で胸が熱くなり、止まらなかった。
そのあと、PTA会長の祝辞にゴー。
子どもが一生懸命の送辞と答辞にゴー。
離任される先生を見てゴー。
卒業生が退席する演奏にゴー。
やっと涙をぬぐっておちついて園庭に出てきたら、去年一緒に役員をやった後輩ママさんたちに花束とカードを頂いてゴー。彼女たちとももう会えなくなるんだと思うと、ゴー。
いかん、もうあえなくなるんだモードはいかん。
なるべく、同じ組のママ友とは話をしないようにする。
下級生のママさんたちが花道を作って送って下さるのだが、ここにまたうるる。そして子どもたちの歌声を聞いて、ゴー。先生のご挨拶と涙にゴー。
帰り際、園長先生のお顔を見たらゴー、担任の先生のお顔を見たらゴー、年少さんのときの担任の先生のお顔を見たらゴー。
P子が「ここが世界で一番好きな場所」といって卒業したのが今から四年前。今では、私にとっても「世界で一番好きな場所」になっていた。
門を出てうずくまって号泣しながら、この三年間の濃密な時間は、福助の障害が私に与えてくれた大きな喜びなんだと思った。
最初はかけるご迷惑をお返ししたいという発想だった。同一歩調の取れる子を前提にした入園条件は熟知していたし、かなり無理なお願いと承知の上だったから、障害児が入ったことでご迷惑をかけるなら、その分はその母親が出来ることを引き受けさせていただいてバーターに。と思ったのだ。
けれど、そのうち、私のやったことを誰かが喜んでくれるのがうれしくなってきて、先生方のために、ママ友のために、どんどん出来ることはやろう、全部やろうという気持ちになっていった。
バーターどころか、自分で課題を作って、それをクリアしていく喜びに打ち震えるようになっていったのだ。私の仕事はおかんである。幼稚園ママである。と思ったとき、次から次へやりたいことがわいてきて、その自己実現のうれしさたるや、まったくもってすばらしいものだった。
うまく出来ることが少ない福助に目盛りをあわせると、ほかの子の優れたところがものすごくたくさん見えてくる。どの子もいい子で、私はクラスの子全部が大好きになっていった。
私の愛のキャパを飛躍的に増やしてくれたのは福助だ。こういう濃密トレーニングはそうできるものじゃない。子どもを持つことに不安を抱えていた私には、最初の出産で双子の死と出会いやっと子育てスイッチが入って、次に育てやすく理想的な子どもP子によってその痛みから救われ、仕上げに、障害を負っていた福助が私のもてる愛を深めてくれた。
私が子どもを育てているのではなく、私の人生にとって、子どもが必要不可欠だったのだと思う。あまりに上出来な筋立てだ。そんなことをこの卒業で思う。
人に荷物を預けて、紅白饅頭だけを大事そうに抱えてシャドウドリブルしながら家路に急ぐ福助だったが、その後姿も何もかもがいとおしいなあと思う。
で、お祝いだからと福助リクエストの寿司を食べに行きビールを飲み、お会計の段になって、はて。
財布を忘れて愉快なサザエさん♪ って、サザエさんは愉快でいいが、私は青ざめた。さすがちとから商店街、お店の人はあとでいいよといってくれたが、そうはいかない。相方も今日に限って残高が小学生並み。頼みの綱の小学生P子がもっていたキャッシュカードを強奪したが、暗証番号を忘れたうっかりP子、誕生日でためしてアウト。まったく役に立たないぜと言ったものの、役に立たないのはお前だろうと突っ込むもう一人の私がいた。
そして私は走ったのだ。自宅まで財布を取りに。
いいこんころもちだったのはさっと消え去り、私は自宅まで走る。
門出に土をつけちゃいけない。
別にこのまま私が戻らなくても人質三人が三枚におろされることもないが、私の帰りと現金を待っているのだ。私はぞうりで走り続けた。
走りながら、なんだか愉快な気持ちになっていった。
正装で走る、たったひとりだけそんなふうに一生懸命になっている自分が滑稽で、私は笑いながら走った。泣いて笑って青ざめて走って、理想とかけ離れた卒業式。トラブルといえばトラブルだが、トラブルは命さえとられなきゃたいてい面白いんだ。
うまくいかないからこそ、工夫してクリアして、必死になって動いて。
きっとまたこの先も、同じように走り続けるのだ、おかんとして。
卒業を前に、私は軽く憤っている。
幼稚園教育の現場には男性が不可欠だ。
チビ猿たちには、ボス猿がいて、初めて秩序が保たれる。遠慮容赦ない肉体派の遊びは、男性の教諭がやはり最適だ。そうして触れ合う中に、この人には絶対にかなわないという想いと、近づきたい、追い越したいという憧れが生まれる。そんな幼稚園時代は、男子には特に貴重だと思う。
けれども、現実は厳しい。
幼稚園教諭の薄給では、妻子を養うのは難しく、結局、結婚退職するのは、男性の先生だったりする。経験を重ねて、すばらしい指導力を発揮する頃、やめていかれるのだ。
小僧が通う幼稚園の先生方は、ふくらはぎが違う。
広い園庭と体育が盛んなため、女性教諭であっても、スポーツ選手並みの体力が要求される。もちろん、絶対音感をもっている方もいれば、折り紙工作の達人、手品の名人など、それぞれの持ちネタもすごいのだが、共通しているのは、どなたも20分の高座もといお話程度ならやすやすとソラで聞かせてしまうこと、そして人のお話をじっくり聞く姿勢を持ち合わせていることだ。それが園の方針なので先生方が鍛えられるのは当然なのかもしれないが、さらに鍛えたふくらはぎを使って、トンボ並みの広い視野でとらえた揉め事や怪我に対応すべく、先生方は常に走っている。
喧嘩なら、じっくりと両者の意見を聞き、お互いの立場を説明して和解させる。
この鍛え抜かれた「動と静」が、この園の真骨頂だ。
友達を大事にしない言動は厳しく律せられるが、仮にそうだとしても、「なぜそうしてしまったか」の気持ちを話させるところから叱責が始まる。それは、親にはとても出来ない、プロの技である。
そのやり方に慣れていたP子が小学校に入って、ランドセルの色が違うとからかわれ、毅然としていたら蹴られたという事件を訴えたのに、喧嘩両成敗と逆に叱られたことで「アンフェアなジャッジだ、信じられない!」と号泣したのを覚えている。
よくもわるくも、「世の中」というものを学ぶ場所が小学校なんだなあ、と覚悟が決まったものだが、人間関係の初手、基礎を培うなら、幼稚園生活において自分の言葉に懸命に耳を傾けてくれる大人と出会えたわが子は幸福だ。
そんな価値あるプロフェッショナルは、もっとその価値を認められていいのではないかと、私は憤るのだ。
力ある先生方には評価とそれに伴う報奨があっていい。役員などをやってうちの園の内情を知ってしまうと、先生方は奉仕の精神に近いものがあり、あまりに高貴な姿勢に頭が下がるばかりだ。
民間企業なのだから、企業努力を……と言うのは簡単だが、子どもは減る、公立との授業料の格差が大きすぎる、補助金申請の条件は厳しい、幼児をとりまく状況は悪くなるばかりだ。
やめていかれるのをとめられない、仕方ないと思う。けれど、すばらしい人材を失い続けるのは、地域の、いや教育の根底と考えれば、国家レベルの、大きな損失だ。
少子化の原因の根幹は、環境だ、不況だ、いろいろといわれるが、もっとも大きいのが、子どもを産んで育てることにとてつもない喜びがあることを、信じられないからだと思う。
こんな素敵な幼稚園ライフを送った身としては、「産めよ増やせよ」を自信をもって推奨したい。おかんほど素敵な商売はないといいたい。それが病気の子だとしても、そんなことはまったく問題にならないぐらい、母親業はおもしろい。
ラクしようとしたら、楽しさからは遠ざかる。
「補助も出すよ、ラクさせるから少子化対策で、産んで」という姿勢はどこかが違うように思えてならない。
それより、よりよい幼児教育者の確保だ。
たとえば、こんなすばらしい幼稚園に出会える喜びで、子どもがぐんぐん成長していく喜びで、もう一人二人、産んじゃおうか。と思う人はいっぱいいると思う。ほらね、国家的損失なんだよ、すばらしい先生を、特に立派な男性教諭を失うというのは。
福助以外にも、ボーダーにいる子、境界を越えてしまっている子がいるが、先生方には経験に裏打ちされた余裕があるから、どんな子も赦されている。そのゆとりが、うちの園の子達の、どんなお友達もまるごと受け入れるでかい器量につながっている。
そういうやさしさは、勉強して身につくものではない。誰かを支えることで、自分が成長する。そういうやさしさは、日常生活の中でゆっくり静かに注がれ、じっくり浸透していく。
そういうご指導をしてくださったのは、園の先生方だった。
周りに否定されない、受け入れられいてる安心感。そんなお友達に近づきたいという気持ちが、福助の大いに変貌した三年間になったのだと思う。
それは、子どもが最初にはぐくむべき、人間関係の土台の感情だ。
私の宝くじが当たったら、喬太郎師匠に着て頂く羽織代をひいて、ぜひ園に寄付したいものだが、あいにく私は宝くじを買わないから、解決策はみえないままだ。軽く世情に憤ったまま、卒業していかなければならない。
明日の卒業式には別の色無地を着ようと思う。母ヨシコが私の小6の卒業式で着たものだ。彼女は35歳だった。……43歳の私にはかなり派手目ではあるが、いいものは歳月を越えていい。
幼稚園もそうだ。いいものは歳月を越えるのだ。
最新設備はなくても、心がある、本当に素敵な園だった。
大切なことを全部教えてもらった、すばらしい幼稚園を明日、卒業する。
憤っているのは、実は、切なさの代替行為なのかもしれない。
大成功。
みんな大好きだ。
本当にみんな大好きだ。
っていうか、それ以外に言葉がみつからない。
大好きだ。
一糸乱れぬ統制がすごかった。出し物の完成度の高さも。
子どもたちの喜ぶ顔、先生方の笑顔、笑い声、そしてちょっぴりの涙。
お母さんたちの泣き顔も、全部私の大事な宝物だ。
たくさんの協力があって、幸せな時間を過ごせて、わたしたちは幸せものだ。
武道館のコンサートを作り上げたわけではないけれど、こんなに身近に、大きなお楽しみ。
では、打ち上げに行ってきます。
さあ、これから謝恩会。
たかが謝恩会でこんなにわくわくどきどきできるって、お得だなあ。
すでに失敗は、先生の作って差し上げた玉子焼きの味付け。どうしても甘すぎるんだが、見た目が一番きれいなのが、激甘版だったのよ。
まー、なんとかなるでしょう。いってきまーす。
明日やれることは今日やるな。
と、思った。
卒業式にスーツを新調できないのなら、十五年前のブランドスーツ(びちびち)より、スーパーの安売り特大サイズより、お嫁入りのときに持ってきた着物がいい。というわけで、江戸鮫小紋のひとつ紋。持っている着物の中でご五本指に入る高級品の、たたみじわをとるためにぶら下げておいた。
裾を引きずらないようにと、クローゼットの手前に暫定的にひっかけておいたところ、相方が無造作にクローゼットをあけて、ぶわさっと落とした。
なんでなんでなんで!
普段この時間にクローゼットなんてあけないのに。
普段この時間に私の仕事部屋というかクローゼットルームには入ってこないのに。
普段そんな親の敵みたいにクローゼットを乱暴に開けたりもしないのに。
着物の袖が落ちた先は、すずりの上。
さらにどう飛んだのか、裾と胴回りに墨、墨、墨。
きゃーっ。
洗面所で泣きながら洗剤原液をつけてごしごし。もう普段着にだって着られるかどうか。
卒業式には何を着たらいいの。思い切り華美な訪問着でも? 涙がとまらないわ。
お嫁に持たせるなら、娘は年をとるものだということを前提にしたラインナップがほしかったよ、母ヨシコ。
それにしても。
普段この場所では筆耕なんてしないのに。
普段筆ペンつかってて、毛筆書きなんてめったにしないのに。
普段すずりはすぐ始末するのに、本当にほんのちょっとだけ作業中断して、明日のためのメール書くために一時しのぎで置いただけなのに。
どうして、今日!
っていうか、普段、着るものそろえるのなんか、前日だよ。明日は謝恩会だよ。着物の準備している場合じゃないのに、突然着物にしようとひらめいたんだよね。
間が悪いときというのは、こんなもんです。
P子の組曲のワンピースにも墨がとんだ。
福助のと相方のには墨が飛ばなかったのは不幸中の幸い。もっとも相方の礼服ならいくら墨が飛んでも目立たないわ。
明日の謝恩会の厄払いだと思えば……痛い、厄払いだなあ。
成功させたいなあ。もう、やるべきことは全部やった。人事を尽くして天命をまとう。
福助、本日はお友達の家でゲーム三昧。
ゲームって、コミュニケーションをとるのが下手な人でも一緒にいられる便利な男の子ツールなんだなと改めて実感。
肩並べたり、やり方だけちょっと教わったり、画面見て軽口たたいて笑いあったり。
ゲームをやらない私にはわからない男の世界があり、それはそれで見ていて面白かった。
でも、デートの時にゲームはまずいと思うので、これは男同士の物として、今日は限定時間大幅に無視してやらせたあと、ホワイトデーのお返しを一緒に買いに行く。これは、よりよい男の子になるためのトレーニングとして不可避だからね。
どんなキャラが好きか、あらかじめ聞いておくことの重要性。
予算との兼ね合い。
そして、あげる女の子の喜ぶ顔を考えながらの、物選び。
福助、初のサンリオショップに戸惑いつつ、面倒くさがらずにじっくり選んでいました。グッジョブ! 明日、照れずに渡せたらいい男の階段をひとつ上ったことになる。
ついでに、卒業式に着るスーツ、ワイシャツを見に行き、烏山商店街では見つけ出すことができずに焦った。スーツは烏山では幻なのか、この近隣の子は卒業式に何を着るのだ。
吉祥寺まで行くか、新宿か。しかし明日は謝恩会リハーサル、そしてあさっては謝恩会本番で、いつ買いに行けと?
そういえば、美容院にもいってないし、私が着る服も決まっていないではないか。
相方は毎度おなじみの礼服でいいとして、私はどうしよう。と思ったところに、P子も臨席することを指摘され、ますます困惑。
明日のリハーサルの準備もまだ全部すんではいない。結局、準備終わったのはホワイトデーだけ?
ああ、時間がない!
そんなときに、「私用入っちゃって、明日のリハーサル、休んでも大丈夫ですか?」とのメールをマイペースなママ友からもらい、フリーズした。
……フリーズとけて、ちょっと笑う。
うん、いってみれば所詮素人の謝恩会だから、無理強いはしないよ。
大丈夫かどうかは、私の判断するところではないんで、自分で考えてね。
と、お返事する。
動きがやけに細かいので、表舞台はまあいいとして、リハにこないと裏方としての動きが混乱しちゃいそう。明日は特に子どもたちの出し物チェックがメインの日だし……でも、なんとなく忙しそうにしていればごまかせちゃう話だからね。
一ヶ月前から調整頼んで、みんなノリノリって手ごたえだったのだけれど、どこにだって温度差はある。
これが十代で学園祭とかだったりすると、熱血は「何でそんなこというんだ!」みたいに叫んで、殴り合いして、浜辺を走るんだけど、さすがに四十路だとそうはいかないのね。
そもそも二回のリハが必要な会っていうのが、いったいと゜れだけ謝恩の心なのか。と、根源的なことを見直すいいチャンスとして活用させてもらおう。
とてつもなくはじけて燃えている母親たちの学芸会欲、いまさら誰も消せないが、それだけに何か失敗したらどうしようと全体統括としては少し気負ってもいたのだ。でもね、一糸乱れぬ統制なんて無理なんだから、最初からそれは望んじゃいけないわと気楽モードに。
まあ、なんとかなるってことよね。謝恩の気持ちだけ、ちゃんとしていれば。
奇跡のような三年間を共に過ごした仲間だけれど、もちろん、こんな風にいろんな人がいていろんな考え方があって、それは全部否定されないって前提で。
明日のホワイトデー&リハーサル、きっとうまくいく。
心を込めればいいのよ。それで、いいのよ。
今日でサッカー部、今年度の活動は終了です。
というわけで、本日は練習試合の大会と表彰式でした。
年間得点王、ゲットしました。
101点。
おめでとう。
ここ数年100点越えは出ていなかったとのこと、誇らしく思います。
雨の日も風の日も、一年間このクラブチームでよくがんばったね。
ちょっと感慨深い。
そして新年度の活動はまた来週から。……なーんだ。
でも、得点王表彰システムは初年度だけの特典なので、とれてよかったなあと思います。
今日は股関節に湿布、右ひざにサポーターを巻いて表彰台に立っていました。福助らしいや。
練習試合形式の最後の大会では、フィールドでは動けませんから、キック禁止のGK限定でいれてもらって、二失点。試合後、いつものように負けて悔しくて、泣いてました。
泣くんだよね。
なんでもない練習試合でも、多分君が流した涙が一番多い。
君がよかったのは、その涙の分、いつも負けた原因を突き詰めて、苦手なところを練習していったところです。その結果、右でも左でも、浮かしても地を這うようにも、コースを狙ってフェイントをかけて、ロングもミドルも、自在にシュートを決められるようになりました。ゴール前の精度は、今のところ、知る限りどんなU-6の選手よりもうまいと確信しています。
パサーとしての精度も。
視野の広さも。
ドリブラーとしてのスピードも。
すばらしい選手です。あたりの弱さとかメンタルでヘタレな部分とかリフティングは嫌いとか、まあ難癖つけたら問題だらけですが、そこは見ない!見ないぞ、おかんは。
股関節だけでなく、故障を抱えがちなガラスの脚だから、君がプロになる確率は低いのでしょうが、それでもこの記録は、唯一無二、君だけの栄光。Jリーガーを何人も輩出している名門クラブでとれた賞なのだから、誇っていいと思います。
よくがんばったね、福助。
大好きなサッカーだから「努力」というカテゴリーではないけれど、それでも、暗くなるまでドリブルの練習したり、100本シュートを入れ続けたり、とにかく走りこむんだと五キロマラソンをしてみたり、おかんは泣きべその君の顔と、それがだんだん鋭い目つきになっていく過程と、最後は笑顔になる瞬間を何度も見てきました。
サッカーだけは誰にも負けない自負が、君自身を支えてくれたこと。
だからこそがんばれる、苦手なこと。
アシストに目覚めてからは、友達からもひっぱりだこになったことも、おかんには喜ばしいことでした。
いつか挫折するその日まで、がんばってがんばってがんばってください。
そしたらね、挫折してもたぶん大丈夫。そのがんばりは、きっと何か違う形になって福助を支えてくれるはずです。
だからね、先のこと考えすぎずに、好きなことやろうね。そのために生まれたんだ。
それがダメになっても、やったことは消えない。
きっとまた何かがんばれる好きなことが、必ずみつけられる気がします。
だって、この子には、何にもないかもしれないんだなあ。っていう時があったんだもん。
先のことなんか、憂うのはばかばかしい。
しばらくはリハビリの日々です。
でも今日、幼稚園ではリレーだけ走らせちゃったんだけどさ。
以下、懺悔。
介助としてついていっている私に、体育の時間、チームメイトの子達が群がってきた。
「お願い、福ちゃんのママ、福ちゃん、リレーだけ走らせて。アンカーは福ちゃんじゃないと負けちゃうんだよ」
と大勢に言われたら、ダメとはいえなくなる。動くの禁止にしていたら、下関のふぐよりふくれていた福助、この機に乗じて涙目で懇願しやがって、おかんの負け。
アンカーはダメだよ、無理しちゃうから。
中盤で一周だけなら、と言ったのだが、福助の辞書に加減という文字はなかった。
遅れをとってもらったバトン、瞬間目の色が変わって、先頭を捕らえてぶち抜き、大差をつけてバトンパス、すぐにチームメイトから喝采を受けていた。
しばらくはリハビリの日々。
私は私自身にそう言い聞かせながらも、卒業間近の体育の時間、友達と共有できた喜びは大きいから、まあいいんじゃないかとも思う。
がんばれ、福助。
と、もうおかんが言わなくても、がんばりすぎなぐらいがんばる君がいる。
そういう君を大好きでいてくれる仲間がいる。……よかったね、福助。
P子はお笑いならアンジャッシュがお気に入りで、特にカッコいいほうの、……あ、あれ。名前なんていったっけ。
「P子ぉ、アンジャッシュの、P子が好きなのってさ」
「児嶋、じゃない方」
「そう、だから、児嶋じゃないほうの名前、何だっけ」
「……ええーっと、児嶋じゃなくて……」
お前、ほんとに児嶋じゃない方が好きなの?
我が家では、アンジャッシュは「児嶋さん」と、「児嶋さんじゃない方」の二人組。ということに。
私は昨日の夜、六本木で寒空はだかさんのカラフルショータイムに。
満席、当日の立ち見まで出る大盛況ぶり、寒空はだかさんのネタにじわじわ笑わされた挙句、いくつかツボにはまって、柳家喬太郎師匠にはいつもの調子で笑わされて最後にぐっと泣かされて、ポカスカジャンは安定したいつものネタだけでなく、飛び道具タマちゃんに笑いすぎて涙して、たっぷり満喫した三時間強、すごーくよかったわあ。独演会もいいけれど、こういう笑いのライブは相乗効果でさらにいとおしさが増す。
笑いまくって免疫力が上がったのか、帰りは花粉症マスクもせずに意気揚々と。
そして今朝の目覚めの、気持ちよかったこと!
笑うって人類の特権だと聞いたことがある。人間に生まれて、この時代にこの人たちの噺や歌や音楽に触れられて、ホントよかった。
で、気がつくと歌っているのよ、はだかさんの「東京タワー」の歌。♪タワータワー、東京タワーにのぼっタワー。タワータワー、お空が近くに見えタワー。
そんな鼻歌を歌いながら、今日こそはためにためぬいた、家事をしよう。
いつかP子とも一緒にいきたいなあ、お笑いライブ。
家族そろっての大冒険。
知恵をあわせて、いろんなもの拾ったり、なんか助けたり、宝を探してみたり、三人して、敵と戦っているわ。……私だけが、ゼルダに乗りきれない。(所詮、馬だし)。
こんなにいい天気なのに、やつら、ずーっとテレビゲームだよ。よく疲れないな。
でも、小僧は休暇中だし、長い人生、いやってほどテレビゲーム漬けになってみるのも悪くないのかも。
なんにでもちゃんと取り組むのは大事なことだ。冒険から何を感じるのかな。
私は大掃除をするつもりだったのに、なんか眠くて。だめだねぇ、家事が目の前にあると現実逃避してしまうのよ。でもゲームは好きじゃないから、本を読もうかな。お昼寝より素敵なことってないと思う。うとうとしてきたら、夢の中で大冒険。
階下の三人は、おかあさん一生懸命掃除中と信じている気もするんだけど。zzz
もう週末だって。
今週って、三日ぐらいしかなかった気がするんだけど、気のせいかなあ。
整体にいったら、小僧、腰をやられてるらしく、ぱこんと押されると、べきばきぼりごりっ。と音がしていた。
そんなのを何回か繰り返し、とりあえず股間の痛み退散。もっともその前からトイレは一人で歩いて行ったりしていたんだけどさ。
福助のいくじなし。とののしらなくても、福助が立った!
「魔法!」
と喜んで小走りしていたけど、車椅子、どうしようね。←ちょっとうれしい。
高性能のアクセルだけをもってて、ブレーキがないんだよなあ。
子供にはありがちな話だが、この先、ブレーキを身につけることができるのかどうなのか。
でも、私もブレーキ壊れ気味だしなあ。子供のころ、富士急ハイランドでスケートしてて、スピードだし過ぎてとまれなくなり、柵に激突して脳震盪を起こしたことを思い出す。ブレーキのかけ方を覚えてから走り出せばいいのに。そういうちいさなものから大きなものまで、動き出したらとまれないタイプで。
せめて恋に出会いませんように。激突しなければとまれないような恋は、まずいわ。
明日、寒空はだかさんのライブで大好きなキョンキョンと、愛しているPSJに会う。こういう恋なら、安心だわ。そんなわけで家内安全みたいだし、週末はゆっくり笑ってこよーっと。
P子、本日英語学校最後の日。
だというのに、遅刻。
そして終了後も特に感慨もなく。
とりたてて効果もなく、
……いくらつぎ込んだかは考えないことにしよう。
福助、月末の大会に出たくて仕方ないらしく、「もう痛くないから」といい続ける。
それでも嬉々として車椅子に乗っているんだが。
試合には五秒だけキーパーとして出してもらえばいいじゃん、あとは応援で参加しようよといったら、キーパーからゴールを狙うのは難しいんだよ、相手は○○だからキーパーもうまいし。でもハンドキックから右足で狙えば、フィールド狭いしリンが右サイドからあがればチャンスはあるよな、オフサイドはないわけだし……と脳内サッカーが始まってしまったので、そんな股間で蹴るつもりなのか!と驚きつつ、キック厳禁を言い渡す。
股関節炎につける薬はあっても、サッカーバカにつける薬はない。
相方が作ってくれたハンバーグは、洋食屋さんみたいな味でむちゃむちゃおいしかった。
一皿1200円はとれると思うよ、といったら、材料費3000円を請求された。
ええーっと、ええーっと、四人家族なので、結果的には安い!気がする。久しぶりにビールもとい発泡酒を飲んだら、なんかとってもいいこんころもち〜。安い!気がする。
なにかが微妙に違っていないか?
そういえば、娘の習い事を待っている間、駅ビルで値札が1000円に訂正されているパンツを買った。二千円買うと一時間タダ、その駐車券ほしさに必要なものを探したら、そういえばボトムスがないなあと思ったのだ。
元値は4980円だそうだが、あまりな胴回りの大きさに、さらに個性的な色合いに、多くの人から敬遠されて見向きもされない、おそらく今後も誰も手に取らないであろう、かわいそうなパンツと出会ってしまった。試着したら多少大きいのだが、大は小を兼ねる。こんなサイズを買うんですか!というレジの人の好奇の目さえやり過ごすことができるなら、着心地はむしろ無理してワンサイズちいさいよりずっといい。
意を決して、二本、レジに持っていったら、標準9号を着こなしそうなレジのお姉さんが、「さらに半額値引きします」と言った。半額になって1000円だと思っていたからびっくり。哀れんでいるのか、いや布代でいったらむしろ倍だぞと構えたが、確かにそういうセール品なのであった。
「安くてお得」は主婦の大好物だが、いくらなんでも新品のパンツを、500円で売っちゃいけないんじゃないの?と思う。いい歳して、500円のパンツを二本も買っちゃうのもどうなのよと思う。
しかも、肝心の駐車券に届かない。
ちょっとずつ噛み合わない感じは、きっと私が疲れているせいだろう。
こういう日は早く寝るに限る。
クルマエスにのって、たのしかった。
と、日記に書いた福助。痛くて立てない脚だからこそ乗った車椅子、なのに、前向きでいい。
長い待ち時間に、すっかり操縦がうまくなっていた。
ここしばらく、あまり調子がよくないのは知っていた。
激しいシュート練習のあとには脚の甲に痛みが残るらしく、毎日神経質なぐらいシップして寝た。
試合のあとには毎度のことながら、弱点である脛のアイシングも欠かさなかった。
筋肉が硬いので、マッサージもほとんど日課のようにしていた。もっとも、マッサージはベビーの頃から続けているのだが。
ガラスのような脚なのだ、オーバーユースには耐えられないのだ。子どもなんだから、普通に遊んでいて使い減りしていく方が変な気もするが、福助は思い込んだら試練の道を〜な、男なので、細心の注意を払っていた、つもりだった。
それで、今回は股関節にスポーツ障害。股は盲点だったよ。次々よくもまあ。
立ち上がることもできない激痛で病院に駆け込む。……って、早すぎない? そういうのって、こう、セレクションとかトレセンとかそういう選手の悩みなんじゃないの? まだ箸にも棒にもひっかからない小僧ですよ。
しかも、こんな早くにこれでは、ダメじゃんの烙印だよと思う。
さらに、故障の度合いを説明され、それが重篤である可能性も否めず、そこにもってきてドクターに早期教育の弊害を脅かされて、思い切りへこむ。
私がやれって言ったんじゃないもん。やるなっていったって聞かないんだもん。と、本当はありがたいご神託に泣きそうになるが、大人なので我慢する。
帰りに、
「サッカーしすぎだって。サッカー選手になるなら、練習しすぎちゃダメなんだよ。こうやって痛い痛いになったら、サッカーできなくなっちゃうよ」
とといてみる。
「もうちょっとで無回転シュートができるんじゃないかなーと思ってさー」
……聞いちゃいない。馬の耳に念仏、福助に説教。
使えるサイズの松葉杖がないため、しばらくは車椅子だ。早速ユースドを手に入れ、せっかくだからこの車椅子の名前を何にしようか。と、福助に聞く。しばらくは君の足になってくれる相棒なんだぞ。
そうなの? ゼルダの馬みたいなもの?
ゼルダのなんとかゲームで、ゼルダになりきっている相方には、持っている馬があるという。おお、そんなもんだ。その子の名前は?と聞くと「ゆうこ」だって。
……わたしゃ、相方の馬かよ。
「おかあさん、なくてはならない存在なのよ、馬。働き者だし、馬。お父さんにとって、お母さんは、馬っていうよりか、そういう存在ってことだと思うよ、いや馬なんだけど、馬じゃないっていうか」
なんとなくしんなりしてしまった私に、P子、魂の力説。力説されればされるほどむなしくなるので、スルー。まさに馬の耳に念仏。
明日から福助の外出は、クルマエスでGOだ。姓は車、名はエス号ってとこだろうか。
最後の日々、同伴登園できるのだから、馬車馬のように介助しよう。
卒業式までには福助、立ち上がれますように。私も立ち直れますように。
人生って、まだまだ先が長いんだよなあ。
そういえばここのところ爆笑していない。
それか。
免疫が下がって、なんか体調が優れなかったのは、そのせいだったのか。
P子は物思う春である。
自分のやりたいこと、進むべき道が見つからないといっては突然はらはら涙したり、そうかと思うと本当に箸が転がっただけで、まさしくその箸を指差して大爆笑していたりする。
軽く錯乱状態の人は少し面白みもあるのだが、思春期には私もそうだったので、気持ちはとてもわかってしまい、笑う気にはなれない。
福助はここのところ、めっきり普通のことしか言わなくなって、我が家の爆笑王としてはなりをひそめている。とてつもなく新鮮な天然ぶりこそ彼の真骨頂だったのだが、受け答えも、一見何の変哲もない、普通の子になってしまった。強制的に書かせている日記も、最近では至極まともだ。
そうでなくては困るんだが、ほんのちょっと、つまらない。
そして相方は、趣味のお料理に余念がない。
基本、凝り性なので仕方ないが、一通り作り終えたらまた締め切りが来て、地下室にこもって仕事の人と化す。まあ啓蟄だからなあ、今の時期、地下にもぐってもいられないんだろうなあ。
で、相方の得意な「太った者を揶揄するネタ」はわたしには一ミリグラムもおもしろくないので、結局爆笑からはどんどん遠ざかる。
そうやって考えると、我が家はなんて毎日腹を抱えて笑うことの多かったことよ。
意外性の塊が四人、うち、P子は比較的まともだとしても、残り三人が日々ちょっとずつおかしなことをしゃべり続ける食卓は、実に笑いの宝庫なのであった。
爆笑は決して一人では生まれない。
私が爆笑していないということは、相方もまた爆笑していないのだ。
いかん、私の存在価値は「おもしろい」の一言に尽きるというのに。っていうか、そういう存在価値の嫁っていうのもどうよ、とは思うが。
春先はダメだなあ。
でもどんな体調でも、笑いを繰り出せる力がほしい。考えオチではない、爆笑の壺がほしい。そうだ、ほしいのは爆笑なんだ。爆笑さえあれば、すべてがうまくいくのに。
というわけで、体力のないときにサプリを飲むように、心が乾いたときにはお笑いライブに行きます。
重症な気がする。
爆笑を忘れたこの体に、果たして笑いは湧き上がってくるのか。私に爆笑を。しからずんば、塩。……土俵入り?
潤いある日々よ、カムバーック!
謝恩会一色。
長い人生で、こんなに夢中になってママ友だちと力をあわせるのも多分最後だと思うので、思う存分楽しもうと思う。
なんだって楽しんでやったほうが勝ちだ。
どんな経験も絶対に、無駄にはならない。
謝恩の気持ちがあるから、つたなくても一生懸命伝えよう。親のそんな真摯な気持ちは、きっと子どもたちにとっても心の栄養になるはずだ。
どんな謝恩会にしたいかのアンケートで、ママ友が思い付きを書いてくれた、それがほぼ全部ぎっしり入っている具だくさんな宴会。こんな風に感謝を表現したいという案なのだから全部取り入れよう。言葉や態度にしなくちゃ、気持ちは伝わらないわ。
アイディアがない人も、「こんなことなら出来る」と無理やり丸をつけてもらったので、「こんなこと」がちゃんと担当になっている。仕事や事情があって練習できない人は、当日たっぷり働くポジショニングだ。
つまり誰もが一応やりたいこととして丸つけちゃった、そんな感謝を表現する場としての謝恩会だから、「しまった、はかられた!」と思っても、もう、あとにはひけない。とにかくがんばるしかない状況。
そして、そんな状況に追い込まれると女は強いね。必ず期待以上の力を発揮していて、たとえば招待状は、メニューは、お弁当の手配は、エピソード集は、出し物は、記念品は……みんなプロ顔まけの仕上がり具合だ。
こんなことに真剣になって……って、笑う人もいるんだろうな。
でも、じゃあどんなことに真剣になるなら尊くて、どんなことならくだらない?
一生を終えて振り返るときに、「あーこんなこともした、あんなこともした、楽しかったなあ」といえるほうがいい。スマートじゃないけどさ、泥臭い謝恩会だけどさ、みんなでひとつずつ作り上げて、いやなことはいやだといい、素敵なことは素敵だと褒めあって、それがなんかうちのクラスっぽくて、とってもいいんだよ。←自画自賛。
成功しますように。今週末、リハーサル。
体調が優れないときに相方が作ってくれる一番だしをつかった煮物だのスープだのは日ごろのマイナスを一気に払拭するね。うまいものを作れる人というのは、それだけで愛されポイントが高いと思う。
そんなわけで、寝たいだけ寝て、今日のお休み分は明日取り戻そうと思う。
ひな祭りの日から娘が体調を崩して,朝から不調を訴えていた息子…それでも日中はサッカーをやっていたような気が……が夜にはぐったりし、私にも倦怠感と食欲不振と微熱が。何も食べないで寝てしまおうかというとき,やおら相方の趣味が復活したのだ。たとえ気まぐれでも,なべを持つ手がスーパーヒーローに見えたね。……安いな、私。
んまい。食欲不振を忘れてご飯がおいしいと食べられるうちはきっと大丈夫だ。
でも、眠くて眠くてとてもおきていられないので、これからまた寝ます。
ああ健康が一番だなあ。って、健康なときには忘れているんだけどね。
謝恩会、全国キャラバンでもやりそうな雰囲気の出来具合。
母親たちの情熱をムラムラ感じます。
これがすべてボランティアってとこが贅沢だよなあ。
今回の謝恩会は例年にはなかった新しい挑戦がいっぱいで、卒業対策委員としてはドキドキはらはら、同時にワクワク。構成台本は、現場がどんどん新しいアイディアで上書きしてくれて、いよいよ全員の合作という感じです。
インフルエンザが流行っているため、着ぐるみ隊員が出動できなかったり、多少稽古不足な分野もあるんですが、恋はいつでも初舞台。恋を経て、結婚してあんなことやこんなことをした挙句、出産までした私たちです、出たとこ勝負でも多分大丈夫。
三年間で培ってきた信頼の厚さが違うから。
奇跡みたいにいい友達が揃ったおかげで、私と福助の三年間は楽園でした。でもそれは私たちだけに与えられた恩恵ではなく、そういうクラスのメンバーであることを多分一人一人がちゃんと誇りにしている気がします。
ああ私たちはいいクラスでよかったね、と、よく自画自賛しています。その言葉はきっといいエネルギーになって、自分たちを何度となく、気持ちよくしてくれました。
巷でよく聞く、母親同士の悪口というものがないんですね。いや、私が鈍感なだけで実はどろどろしたものがあったのかもしれないけど、ふふふ、いいんです、気がつかないということは存在しないってことで。
自分が言わない、だから他人からも言われないという奇妙な安心感がある。
そしてそんなことを言葉にして確認しあっているので、誉め言葉が俄然会話の主流になります。
みんな大人なので、ネガティブな感情はひっそりと処理しているんだと思います。その辺、性欲に似ているのかも。露骨に大声で口にするものではないと心得ているんだと思います。
いいところを認め合って、割と億面なく誉めあう。最初は多少照れくさくても,誉めるってそのうち慣れるんですよ。子どものいいところが目に付けば誉める、それはそれうちママ友同士にも波及して、だから誰と組んでも、とっても気持ちがいい。
多分、誰もがひとつひとつの個性を尊く思っていました。子どもも母親も、ありのままでOK、その個性が素敵という前提がとても楽だったんだと思います。
それが発達障害と診断されていた福助にどれほどありがたかったか。
特別支援だのなんだの、知識の普及や専門家の養成など、もちろん出来ることは何でもやっていただきたいですけど、障害をもつ子にどんな風に接するかなんて、構える必要はまったくないんじゃないかと最近思います。
実は自分の生き方の反映だから。
偏見があったら偏見が、差別意識があれば差別意識が,隠したって出てきます。
無知は責められません。
でも、多分知識があれば、よほどのことがない限り、偏見も差別意識も案外簡単に消えていきます。そういう生き方はきっと、楽。
もしこの先、私とお友達になってくれる人がいたら、ぜひ自閉症に関しての知識をこんな風にもっていただきたい。
誰にでも起こりえたちょっとした脳の病気で、どうも感じ方や考え方が微妙に違うらしいよ。だから多少育てにくいし、多少社会適合性がないかもしれないけど、多分そのマイナスを補うプラスも大いにある。異星人みたいだけど、やっぱり同じ人間だからね。程度で十分です。
うちのクラスのママ友のように、福助だけが特別なのではなく、縁あっていっしょになったクラスのどの子も特別なすばらしい子で、どの子も、まるで自分の子の延長みたいに、誉めて叱って、つまりはとっても愛してくれたら、多分テクニカルなことは何も必要ないんだと、私は三年間を通して感じました。
元幼稚園の先生が数人、なぜか看護婦さんも複数人いて、職業的にもしっかり訓練された、寛容な人が揃ったおかげなのか……外国で暮らした経験がある人がものすごく多くて、マイノリティーや多様化ということについて理解が深かったせいなのか……ちょうど身重で不自由な体だったり、自らが痛みを抱えているためにやさしさに満ち溢れていた人が多かったからなのか……、偶然というにはあまりに幸せな出会いでした。
謝恩会は先生に対して行うものです。
先生方に対して本当にありがたいと思える、そんなすばらしい園だったこともママ友の気持ちを一つにしている理由の一つです。でも、私は先生だけでなく、ママ友一人一人に対して、きっと一生このご恩を忘れないなと思ってます。臆面もなく、大きな声で言いたいもん。クラスメイトが、大好きだ。
卒業式、私が泣くなあ。福助の成長の感動と,私自身の別離の寂しさで、きっと号泣です。
着物は新調できないけれど、せめて記念バスタオルを用意しましょう。
忙しい。
そして、眠い。そんな毎日を支えるもの、それは……。
準優勝の祝賀会でパパさんたちを交えて飲んだ。
そのとき、
「おかあさんたちに『ありがとう』を歌いたいですよ」
とヒロシ(仮名)パパにいわれて、泣きそうになった。
「父親全員で大合唱だよな」
と振り付け入りで力説したあっちゃんパパ(仮名)に追いうちをかけられて、ちょっと笑った。
よそのパパさんは優しい。
特に若いパパさんたちは、対等の位置づけ、または大切にしなければならないものとして女性を扱ってくれるので、すばらしい。
多分うちの相方も、よそのママさんには優しいのだろう。みんなおおむね60kg未満だし。
合コン感覚の家族ぐるみ飲み会はいいなあ。とりあえずお化粧もしなくちゃとか思えるし。
何しろ専業主婦は、男の人たちと会う機会がない。
お散歩中のご老人とか、スーパーの店長さんとか、公園の未就学児童とか、そんなもんである。かなりポイント高いラインで、生協とか宅配便のお兄ちゃん程度で。これではね、潤いをなくすよ。
再び、かっこいいパパさんたちに会える日を心の糧に、日々の忙しさを乗り切ろう。
タッキーファンの、ヒロシのママは
「え。うちのなんか、どこがかっこいいの!? タッキーぐらいきれいじゃないと、萌えない」
といっていた。かっこいいのにぃ。きびきび仕切って、仕事できるし。話題豊富だし。灯台下暗し。
福山も妻夫木もキムタクにも、私はときめかない。
間近で見たらどきどきするかもしれないけど、どきどきしすぎて持ち味が出ない。無口な私なら、同じような形をした動物園のカバの方が百倍面白い。
画面を通しては色気なんか伝わらない。何より、相手がまったく私を知らない。カバに送る視線ほどの熱意もきっと持ってはもらえないのが、哀しい。
だが、今そこにいる生の男は、一番脂の乗っているカッコいい時期で、パパ友だからこそ一瞬で距離が近くなり、礼儀正しく、そして「仲良くしよう」ビームに笑顔で応えてくれるのである。この生な関係は、おいしい。
ママ友、パパ友、親友と書いて、おや友。またひとつ、面白いコトをみつけてしまったわ。
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だらりーん 負けて学ぶ 福祉センター最後の日 明日、卒業式 おめでとう、福助。 笑ったあとで。 幸せな週末 何かが違う。 謝恩会一色。 生な関係 |
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