腐るものと腐らないものを分別するという問題を子どもたちに出していた。
親「椅子は?」
子「くさらないー」
親「牛乳は?」
子「くさるー」
親「お茶わんは?」
子「くさらないー」
親「みかんは?」
子「くさるー」
日常生活の中で、科学の芽を根付かせようという親心である。といえばカッコもつくが、何のことはない言葉遊びから発展した他愛ない話。鈴木の夕食後はたいていこんなバカ話で過ぎていく。相方のお仕事待ってくださっている編集の方、申し訳ございません。
親「魚は?」
P子「くさる」 福助「くさらない」
えー。みんなで福助を見ると、堂々と、
子「生きた魚は泳ぐでしょ。だから腐らない」
ほう。
腐敗という概念に、より近づいてきたねと拍手して、さて。
相方が福助にたずねてみる。
相方「じゃあ、死んだ魚は?」
得意げな顔になる福助。
福助「食べたほうがいいね!」
……そうね。
「おいしいからね!」
出来れば、腐る前にね。ははは。
福助の好物は青みの魚と赤みの魚である。
普通学級養成ギプスは、こういう日々の積み重ねが大事だが、我が家にちゃぶ台をひっくり返す者はなく、福助の飛び道具みたいな視点から繰り出される言葉に爆笑するばかりだ。
客観的に言えば、まあ、笑われているのだが、笑わせているのだと勘違いした福助は、発言の失敗を恐れない。
こんなふうに教室でも話せたらいい。その発言は否定されないといい。それは、どんな子の、どんな言葉も、だ。
違うタイプのキャラがいてこそ面白い、という前提が根付くといいな。
仮に教室がダメでも、我が家の楽しい団欒に、福助は不可欠だから、いいんだけど。
あとは少年サッカーのフィールドと、それから、それから。
不可欠な場所は、心地いい場所になるだろう。そんな基地が、小学校でも、たくさんできればいいな。
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