2007年04月09日

結論・告知せず。

ほっとしたね、ゆう子ちゃん。娘が嫁に行ったときみたいな感じなんじゃない?
と、公園で幼稚園ママに言われた。その邪心のない満面の笑みに、危うく、涙ぐみそうになった。

入学式のあと、着替えてラーメンを食べ、福助と私はドクター診に行った。予後観察をしてくださる児童精神科医に診察をしていただくのだ。
担任の先生の名を問われて意気揚々と答えたのはよかったが、先生の年や特徴を聞かれると答えられない。一度「わからない」モードに入ってしまうと、ときどき<わからないの波>に飲み込まれて撃沈してしまうことがあるので、あらららと思っていたら、
「わかんないんだけど…でもさ、美人なんだよね」
と再び急浮上。次の質問にも快調に答える。恐るべし、美人パワー。ああ、福助好みの先生でよかった。
問診と簡単な知能検査。母親への問診では、とりあえず病気と個性のぎりぎりのところで、今は困っていることはない旨、申し上げる。
「困ったことがないか。うーん、たとえば去年の今頃だと……くるくる回転してしまうのは?」
「そこにボールを置くと、ジダンルーレットみたいになります。ただくるくる回るならボールも蹴りなさいといいましたら、誰よりもドリブルがうまくなりました」
「てのひらをひらひらさせる常動運動は?」
「指を選手に見立てて、手サッカーをやるようになりましたが、それをみた周りの方は福ちゃんホントにサッカーが大好きなのねと」
「偏食については?」
「そんなんだとJリーガーにはなれないよといえばなんでも一口は食べます」
お医者様はこのあたりで笑い出す。
「やるなあ、おかあさん!」
いえいえ、それもこれもサッカー様のおかげです。社会性も何もかも、サッカーで培いました。御神体のボールでも祀るかな。

治る病気ではない。
金髪碧眼がどんなに「私の名前はリコピンでーす。日本語特訓シタ、上手デス」といっても、外国人なように。でも、それで日本人以上に日本人とコミュニケーションが出来る外国人もいる。福助は大好きなお友達を介して、健常の世界にちゃんと片足を突っ込んだのだ。ありがたい、お友達パワー。福助のいいところは、なにしろ強運なところである。
多少風変わりな言語すらおもしろい人と位置づけてもらえたのは、ママ友とその子どもたちによる強大な愛のなせる業だった。私たち夫婦の周りにいる風変わりなお友達の存在も大きかった。そんな話を少しだけ。話すと止まらなくなるからね。
すると、お医者様はこういうのだ。
「貯金みたいなものでね。楽しいことや幸せなことをたくさん知っていれば、このあと来る生きづらさや困難も、多分、貯金を減らしながらも、乗り越えていける。また補填する方法もわかる。だからできるだけそういう貯金を増やしておいたほうがいいんだよ」
それはもう、友達だけでいったらどかーんと宝くじに当たったようなもので。私は福助が障害者だと診断されてからも、ほとんどいやな思いをしないで今まできている。母親がさほど落ち込んでいない、むしろウェルカムトラブルみたいなスタンスで張り切っているわけだから、福助もそんなにストレスを感じなかったと思う。そして奇跡の幼稚園生活があって、だよ。稀有なことだと思う。

悩んでいることといえば、私自身の問題で、と、クラスメイトへの告知の件を尋ねてみた。
うわさが流れているのは知っていた。それがあまりよくない方向だということも。まあ、実体のない声には踊らされないようにしようと思っている。おばちゃんの「みんな」は、たった一人だったりすることが多いからね。だが、誤解なら解いておきたい。人の口には戸が立てられないのだから、いつかクラスメイトも知ることになろう……。
「今は、言う必要がないと思うよ」
と、ドクターに言われて、肩すかしな気分になる。へ、そうですか?
「今の彼を見て自閉症だといったら、多分周りが混乱すると思う」
再度言う。治る病気ではない。この先も、生きにくさは抱えていくんだが、確かに今は典型的な自閉症からはかけ離れつつあるのだ。リコピン、お前ホントは日本人なんじゃないの?みたいな状態である。
というわけで、具体的に支援して欲しいことができたときにキャラバン隊として出動できるようにしよう。今は、告知せず、おとなしく75日がたつのを待つことにした。

で、その話を公園でママ友ゆきちゃん(仮名)にしたところ、冒頭の喜び発言。
福ちゃんは、もうわかんないぐらい社会性がついたってことだよね。ゆう子ちゃん、がんばったんだよ、よくやったね。ほっとしたでしょ。……私がうれしく、ありがたいと思うのは、こんなことを見方をかえて一緒に喜んでくれる友達が、こんなにも身近にいることだ。

告知をしないとなると、彼女をはじめ、同じ園から上がってきた人にご迷惑がかかる公算が大きい。直接私に尋ねる猛者は多分いなくて、普通は福助をよく知る大人に聞くだろうからね。彼女は聞かれたときにはどう答えればいいかと聞いてくれたので、ああそうか、そういう指示をさせてもえばいいんだなと知る。かかわりの中で教えられる。それは大人になっても然りだ。
告知しない旨と事情をママ友にメールする。「もし聞かれたら、自閉症は治らないけど、早期療育が功を奏して健常のフリはとっても上手になったと答えてください」と回答マニュアル。いつまでもこんなことにつき合わせて申し訳ないと思いつつ。

すると。
合点だ! まかせとけ! 悪いうわさは払拭しよう! 負けるな! いつでも力になる! 福助の底力を見せてやれ! 的確な支援方法がわかってうれしい! 私たちがついてる! と続々メールが……。
ええーっと、正直、ちょっと、泣いた。メールで返事はなくても、力になってくれそうなママ友たちの顔も次々浮かんできて、勇気百倍。なんていうかさー、幸せモノだなあ私。ほっとしていいんだよと教えられて、さらに励まされてさ。しかも、福助は楽しそうに新一年生になって。
幸いというかあいにくというか、こと福助に関しては仇役みたいな人には出会ったことがないのだが、この先もし敵キャラが出てきたとしても、なんかあんまり怖くないかもしれない。
そうはいっても障害児でしょう、と隔離したい人には、この喜びはわからないと思う。
平たく見れば、人はそうそう変わらない。育児は健常でも障害児でも、同じように大変で同じように愉快だ。そんなことを身をもって知っている大人たちの、極上の友情の味を知ることができて、本当によかったなあ。

2007年04月09日 00:22
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