2007年04月04日

愛と禁断症状

狂おしいほどに、福助のサッカー姿が見たいと思う。
四月も半ばにならないと、練習は始まらなくて。
気がつくと、部屋中、絵になる福助のサッカーの勇姿、写真が貼ってある。
ああ、大ファンなんだなあ、私。
自分の息子にこれほど入れ込むとは思わなかったんだが、サッカーしている福助は本当にめちゃくちゃかっこいいのだ。ポストやバーに当てる精度が増して、曲芸に近くなりつつあるシュート練習も見ていて気持ちいいのだが、練習試合でピッチに立ったときの彼の動きに、その活躍に、とにかくどきどきわくわくするものだから、練習がないと私自身が禁断症状だ。

サッカーがなくても、私は果たして、小僧を愛せるのか。
回転寿司の職人になりたいという夢を、Jリーガーへの夢と等価値で支持していけるか。
私が情熱的にサッカー小僧を愛していることで、福助を追い込みはしないかと心配になる。

漫画家の相方が転職したら、私は相方を愛せるのだろうか。
私は彼の作品のファンだ。
今でこそ、それ以前にまず私の愛する娘と息子の父親という係累だから、どんなことがあっても彼と一緒にいると明言できるけれども、それでも正直、彼の作品の持つ力が私の忍耐の器量を大きくしているのは否めない。才能に惚れたという言い方は相手の重荷になるということもわかっていて、どこかで追い込んでしまっているのかもしれないとしりつつ、素の彼に付随する彼の才能が好きだ。
鶴の恩返しでは、つうが羽をむしりながら機を織り、華麗な反物を作り出した。同じ工程で相方は作品を作る。美しいからもっと織れ、我が家の都合がかかっているという、よひょうのような言い分が、我ながらいやらしいなあと思う。相方の羽ははげはげのぼろぼろなのかもしれないのに。それでも一こま一こまから広がる世界をきっちり描きながら、相方は今日も睡眠を削ってペンを握る。

せめて、おいしいものでも。
気持ちだけはあるのだが、私にとって美味しいものは寿司だったりする上に、美味しいものを作るテクニックがないものだから、想いだけが空回りする。

いまさらながら、いい女になりたいと思う。ひとまず、相方のために。
そして、P子にとってはよりよい手本に、福助にとって無二の、いいおかんになりたいと思う。
自分の欲望と、相手を活かすことと。
押し付けがましくない愛は、どうやったら身につくのだろう。


2007年04月04日 01:00
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