春期講習のプールには、クラスで一番仲良しだったこうくん(仮名)といっしょに。
なんだかとっても楽しそうで、初めてのスイミングスクールにしては上出来。
福助は、耳から入ってくる指令が今ひとつ理解しにくい特徴をもっている。
だから、誰かモデルになってくれる優秀な人を探し、それを真似するというワザを徹底させた。目で見ればたいていのことは真似できる。わからないときには自分で考えるのではなく、もう一度説明を求めるのでもなく、「わからないから、やってみせて」とお願いするように訓練した。
園でのモデルはこうくんだった。だから、こうくんが間違えると福助も間違える。なぜか二人だけが帽子を被っていたり、二人だけが靴下を脱いでいたり、笑ってしまう間違えもなくはなかったのだが、こうくんは賢い子だったので彼の真似していればたいていうまくいった。賢い上に、やさしい子でもあったので、福助が出来ないことはきちんとフォローもしてくれた。
そんなわけで今日も安心して任せてはいたのだが、見ていると、こうくんの真似ではなく、いっしょに楽しく浮き身やら背浮きやら素潜りだので遊べているじゃないか。
少しずつ、また、福助は進化している。
入学式こそチョコレートをえさに座らせつづけて普通のフリが出来たが、そのあとの奇行たるや、はははは、思い出しても笑っちゃうほど、いや、そのあと情けなくて泣けてくるほど、幼稚園では伝説をいっぱい作った。
福助ががんばって勝ち取った平和だけど、先生やお友達や家族親族、周りにいた人たちの忍耐も、忘れてはいけないと思うわ。
福助は水を怖がったら一生怖がる。去年の夏に私自身歯を食いしばってにこやかに指導しつづけ、水と友達になれたからこそ今日の笑顔があるのかもと、多少自画自賛してもいいことにしよう。
そう、福助は、多くの自閉症児がそうであるように、耳から入る言葉での指令が理解しにくい。
目で見たことは難なく真似できる。ただし、一度上下左右逆転して入力すると、データが削除されず、修正がほとんどできないため、最初が肝心なのだ。感情も、一度恐怖で入れば恐怖はついてまわり、その記憶はなかなか消せない。逆に楽しいと思えば、とことん愛する。
だから最初にママ友にお願いしたのは、その一点だった。
「視線合わせなくて挨拶も出来なくて感じ悪くても、どうか楽しげに挨拶をしつづけてやってください。脳の一部に問題があるため、普通の子のようにすぐには反応しないのですが、そのうちに挨拶をすることが正しいのだとわかります。うまくすれば、真似し始めるはずです。根気強く私も促します。やがて、なんだかこの集団は居心地がいいぞ、楽しそうだと思えば、必ず興味を持ちます。興味を持てば努力が苦痛ではなくなるはずなんです。普通の人のように過ごすことを学ぶためには時間がかかりますが、私はあきらめません。そのために、何より、皆さんの助けが必要なんです。よろしくお願いします。かかるご迷惑は私がこの体で(以下自粛)」
そしてママ友は誰一人嫌がることなく、福助に明るく挨拶しつづけてくれて、半年後、奇跡のような福助の快進撃が始まったのだった。
どんなに努力しても、世界水泳には出られない人がいるように、(私なんてクロールするとおぼれているようにしか見えないし)、人にはそれぞれ限界がある。その子なりにがんばっても人とコミュニケーションを取れないタイプの自閉症もいるので、福助に対するやり方が必ずしも功を奏するとは限らない。
私は素人なので、自閉症について語るときには常に「福助限定」である。
そして、福助の持ついくつかの特徴は、自閉症のお子さんにはありがちな傾向だが、自閉症は十人十色、福助の特性が即、全自閉症に当てはまるわけではないのだ。
世界的に見て、日本人の特徴といわれる出っ歯にめがねに寿司好きに優柔不断に拝金主義だって、何も全員が全部当てはまるものではないのと同じである。
典型的な日本人に見えなくても、日本人である前提があるのなら、多分誰しも、その日本人的なる部分を認め、愛すると思う。それがアイデンティティというものだ。
できれば、ただなんとなく日本人らしいよ、というより、一度違う環境に身を置いて、まずはじっくり日本と日本人そのものについて学び、果たして自分の中同じ要素はどこで、逆にどこが違うのか、整理整頓すればよりしっかり日本人としての自分が見えてくる。確固たるアイデンティティを築くと、迷うことがなくなる。……どうも日本人的ではないアプローチという点で矛盾するたとえになっちゃったなあ。
何が言いたいのかというと、
つまりは観察する目をもって。
ということなんだ。
自分の子の発達が人と微妙にズレるなら、どうずれているのかをまず知ろう。個性という考え方はある。だが、平均なくして個性はありえないのだから、私の場合は、個性という言葉に逃げるのではなく、平均を知った上で、どう個性的なのかをより理解したかった。
そうすれば、どうすりあわせればいいのかも見えてくる。
泣いているひまがあったら、泣きながらも観察だ。祈祷にすがる余裕があるなら、祈りながら書物を買って読もう。
私は福助を、とにかく観察した。どういうところが自閉症的で、どういうところが健常っぽいかを知るために、まず自閉症について学習し、そこに福助を重ね合わせた。すっぽり隠れる部分も該当しない部分もあって、福助探しの旅は実に興味深かった。そのときはただただ夢中だったけれど、今となっては豊かな時間だったと思う。
福助の場合は、修正がききにくいというのを観察によって知っていたから、私はとにかくよりよいモデルパターンをと考えた。
たとえば、三歳のときに療育の一環として、集団活動が難しい子どもたちによるグループ学習を薦められたことがあったけれども、私たちは一貫して、お断りした。福助にはファーストインプレッションが大事なのだから、多動傾向のあるお子さんと一緒になれば多動が、泣き叫ぶお子さんと一緒になればパニックが、通常のこととして身についてしまうことを懸念してのことだった。
専門家に言われれば気持ちが揺れることもあったが、なんと言われようと、信念が変わらなかったのは、福助をたくさん観察し、福助の特性を誰よりも理解していると自負していたからだ。わかっていれば誰に対しても説明が出来る。福助の異端な行動に責任もとれる。
これは、ハンディキャップの有無にかかわらず、親として私が学べてよかった点だ。
正しいモデルケースとしては、P子の存在も大きかった。
P子には福助の病気を理解させ、がっちり生活指導して規範になってもらい、福助用療育マニュアルを覚えてもらうところから始めた。P子なしでは今の福助はありえなかっただろうと思う。
だから、P子が福助の病気を語るのを、私はとめようとは思わない。
偏見の目にさらされることになっても、それを難なく乗り越えていく知識と強さがP子にはある。それは、偏見を持つ人が恥じ入るほどに強い、まっすぐな視線だ。
P子は、いつでも福助の重荷を喜んでいっしょに背負ってくれた。その試練は、彼女の足腰の強さになっただろう。彼女に背負わせたその荷物を、子どもには重過ぎると私に言った人がいるけれど、なんの、情けは人のためならずだ。 P子は多分その発言をした彼女にはわからない、大事なことをすでに知っている。
人は孤独ではないことを、つらいときには家族と友達が必ずつらさをシェアして助けてくれることを、そして、支えるということが実は形を変えて支えられているのだということを。
与えているつもりが、こんなにも多くのことを与えられていた。これは福助のような子どもが生まれてきてくれたおかげで知った、最大の収穫だった。
新学期になれば、きっと、また新しい生活が始まるたくさんの人がいると思う。
診断されたばかりの人、周りへの告知をどうするか迷う人。
全部一人で背負い込まないでね、と言いたくて、こんな長文になってしまった。そして、渦中にあると負にしかみえなかったことも、ちょっと余裕ができればかなりいい感じになるからね、必ずなるからね、とちょっと先輩ぶってもみたくなっちゃったのだった。
ありがとうございます。ホントに元気でました!
今日は担任、保健師さんと幼稚園生活に向けて息子の細かな特性について話し合いをしてきたばかりデス。一週間後は入園式。
最初が肝心はうちも一緒かもしれません。幼稚園=楽しいところ というイメージ作りに毎日幼稚園の写真を二人で眺めています。
福助君も新しいステージでの活躍、楽しみにしています!!
めぐみん、共にがんばりましょう!
Posted by: ゆう子 : 2007年04月04日 01:07| HOME |
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