2007年03月02日

大好きだ。

謝恩会、全国キャラバンでもやりそうな雰囲気の出来具合。
母親たちの情熱をムラムラ感じます。

これがすべてボランティアってとこが贅沢だよなあ。
今回の謝恩会は例年にはなかった新しい挑戦がいっぱいで、卒業対策委員としてはドキドキはらはら、同時にワクワク。構成台本は、現場がどんどん新しいアイディアで上書きしてくれて、いよいよ全員の合作という感じです。
インフルエンザが流行っているため、着ぐるみ隊員が出動できなかったり、多少稽古不足な分野もあるんですが、恋はいつでも初舞台。恋を経て、結婚してあんなことやこんなことをした挙句、出産までした私たちです、出たとこ勝負でも多分大丈夫。
三年間で培ってきた信頼の厚さが違うから。
奇跡みたいにいい友達が揃ったおかげで、私と福助の三年間は楽園でした。でもそれは私たちだけに与えられた恩恵ではなく、そういうクラスのメンバーであることを多分一人一人がちゃんと誇りにしている気がします。
ああ私たちはいいクラスでよかったね、と、よく自画自賛しています。その言葉はきっといいエネルギーになって、自分たちを何度となく、気持ちよくしてくれました。
巷でよく聞く、母親同士の悪口というものがないんですね。いや、私が鈍感なだけで実はどろどろしたものがあったのかもしれないけど、ふふふ、いいんです、気がつかないということは存在しないってことで。
自分が言わない、だから他人からも言われないという奇妙な安心感がある。
そしてそんなことを言葉にして確認しあっているので、誉め言葉が俄然会話の主流になります。
みんな大人なので、ネガティブな感情はひっそりと処理しているんだと思います。その辺、性欲に似ているのかも。露骨に大声で口にするものではないと心得ているんだと思います。
いいところを認め合って、割と億面なく誉めあう。最初は多少照れくさくても,誉めるってそのうち慣れるんですよ。子どものいいところが目に付けば誉める、それはそれうちママ友同士にも波及して、だから誰と組んでも、とっても気持ちがいい。
多分、誰もがひとつひとつの個性を尊く思っていました。子どもも母親も、ありのままでOK、その個性が素敵という前提がとても楽だったんだと思います。
それが発達障害と診断されていた福助にどれほどありがたかったか。
特別支援だのなんだの、知識の普及や専門家の養成など、もちろん出来ることは何でもやっていただきたいですけど、障害をもつ子にどんな風に接するかなんて、構える必要はまったくないんじゃないかと最近思います。
実は自分の生き方の反映だから。
偏見があったら偏見が、差別意識があれば差別意識が,隠したって出てきます。
無知は責められません。
でも、多分知識があれば、よほどのことがない限り、偏見も差別意識も案外簡単に消えていきます。そういう生き方はきっと、楽。
もしこの先、私とお友達になってくれる人がいたら、ぜひ自閉症に関しての知識をこんな風にもっていただきたい。
誰にでも起こりえたちょっとした脳の病気で、どうも感じ方や考え方が微妙に違うらしいよ。だから多少育てにくいし、多少社会適合性がないかもしれないけど、多分そのマイナスを補うプラスも大いにある。異星人みたいだけど、やっぱり同じ人間だからね。程度で十分です。
うちのクラスのママ友のように、福助だけが特別なのではなく、縁あっていっしょになったクラスのどの子も特別なすばらしい子で、どの子も、まるで自分の子の延長みたいに、誉めて叱って、つまりはとっても愛してくれたら、多分テクニカルなことは何も必要ないんだと、私は三年間を通して感じました。
元幼稚園の先生が数人、なぜか看護婦さんも複数人いて、職業的にもしっかり訓練された、寛容な人が揃ったおかげなのか……外国で暮らした経験がある人がものすごく多くて、マイノリティーや多様化ということについて理解が深かったせいなのか……ちょうど身重で不自由な体だったり、自らが痛みを抱えているためにやさしさに満ち溢れていた人が多かったからなのか……、偶然というにはあまりに幸せな出会いでした。

謝恩会は先生に対して行うものです。
先生方に対して本当にありがたいと思える、そんなすばらしい園だったこともママ友の気持ちを一つにしている理由の一つです。でも、私は先生だけでなく、ママ友一人一人に対して、きっと一生このご恩を忘れないなと思ってます。臆面もなく、大きな声で言いたいもん。クラスメイトが、大好きだ。
卒業式、私が泣くなあ。福助の成長の感動と,私自身の別離の寂しさで、きっと号泣です。
着物は新調できないけれど、せめて記念バスタオルを用意しましょう。

2007年03月02日 21:19
コメント
コメントする











名前、アドレスを登録しますか?