2007年02月23日

尻が

福助は卒業を控えて、なんとなく浮き足立っている。
今日は、担任の先生に卒業式にお渡しする手作りアルバムに貼る手紙を書いた。
「書けたよ、おかあさーん」
というので、どれどれ、と見てみると。
「みかみせんせい、すきです。大きくなったらしリーガーになります。ツーズンチケットをあげるのでミニきてください」
Jリーガーにはなれなくても、しりーガーにはなれそうなんじゃないか。しリーガーが何をする人かは知らないが。シーズンがツーズンになっても、君の想いはズンズン積もっていくのだろう。みかみ先生は絶対にミニを着ないとは思うが、あまりにも大きな試合ならきっと見には来てくださるだろう。
大好きな人に、好きですと伝える。
大事なことをきちんと学んでいる。
いいぞ、いいぞ。いい男に育っている。

ひところナカタのようにサッカーから心が離れてしまっていたのだが、今はまたサッカーに気持ちが戻った。
今週末、気の合うチームメイトと一緒に大きな大会に出る。ボロ負けしたらと思うと怖い賭けだが、そうなったらそうなった時に考えよう。
練習に余念がなく、イメージトレーニングも欠かさない。この辺の半端ない集中力が自閉症の強さである。先日のu-21の日米戦はアメリカを宿敵チームに見立てて、リン(仮名)には平山のポジションで仕事をしてもらい、自分は水野のような動きをしたいと力説していた。
明日は公園でちょっと練習をする。
母親たちが相手をするので、今日は入念にストレッチしておこう。

味の素スタジアムでの戦いを終えて、福助はこの三月、飛び級した小学生チームを去ることになった。昨日は二失点の一得点。六年生からアシストされた球を決めたのを見て、やっとチームメイトに信用されるようになったんだな、ボールがもらえるようになったんだなあと、ちょっと感動し、去りがたい気持ちにもなった。
最初は一人だけ雛鳥のように弱っちい体だったのだ。特に大きな子から見たら、半分ほど。ぶつかったら吹っ飛んでしまう場違いな小僧を、おみそ扱いせずに共に戦う意識にもっていくのは、なかなか難しかっただろう。
シュートを決めて、ナイスクリアをして、前線にパスを送って、PKを決めて。そのひとつひとつの実績が信用につながっていく。最初はどんなに弱い存在でも、その小ささを小回りのきく武器として生かし、認められた。
結果的に、福助は、上には上がいることを知りおごることなくサッカーとつきあってこられた。絶対に仲間を責めないことも、自分が上のクラスではうまくないことを知っているからだ。まわりからは、可愛がってもらったとも思う。本当に幸せな出会いだった。
進路は私に迷いが残るのだが、本人がいろいろ見てまわって、地元の少年団に入ると決めた。
「フィールドが大きいからフルに走り回れる」
というのが決め手なのだから、まともに走れない私になど、何も言えない。
サンタクロースがくれた20センチのスパイクはもうきつくなっている。子どもの成長は早い。たいていの子どもの問題は子ども自身が成長と共に解決していくんだなと、引退宣言以降の彼を見ていて思う。
つまらない問題を大きく捉えすぎて大騒ぎしているのは、きっと成長速度の遅くなった大人の方なんだ。私自身が、問題のまわりで停滞してしまって、きっと一人で大騒ぎしてしまうんだ。
大人にはたくさんの経験値があるが、柔軟性はない。

今一番悩んでいるのは、小学校に入ったときにどうするか、だ。
カミングアウトすることはなんでもないし、どうやって笑いに持っていくかを日々考えていたりもするのだが、私の告白によって偏見カチコチの大人は、知らなければ普通に友達でいられる子どもたちに、隔離の壁を作るのではないかと懸念する。
心に壁を持たない健常の友達がいるなら、その人が架け橋になってくれることを、私はいくつもの奇跡的な例で知っている。
構えられても困るのだ、ちょっと不自由なところを手助けしてくれるだけでいい。それは多分、持てる優しさで十分できることなんだと思う。哀れむ必要もない、障害は、苦手なことがちょっとぱかり多いからその分不便だけれども、それは不幸なこととは次元が違うからだ。
しかし、そう力説することが、逆に福助を追い込まないかと悩んでいる。
幼稚園のママ友のように、全面的に理解・協力してくれるのかどうか。一丸となって進んでいく謝恩会の準備を見る限り、うちのママ友のフットワークの軽さには驚くが、小学校で出会う新しいママ友が、尻の重いタイプだったら……。
福助はまだ30分のドラマが見られないし、耳から聞いた本の読解は情けなくなるぐらい苦手だが、それ以外はさほど無理なく地球で暮らせて、算数とサッカー、得意な分野ではちゃんと快感も得ている。
平均的に何かが出来るかといえば著しく劣る分野がある。が、そこに着眼するのではなく、特出して出来ることでとりあえず平均点をクリアすればいいと私は思っている。そして、なんとかギリギリ、多分、平均点には届くのだ。
友だちが大好きで楽しそうに遊び、親の欲目ならまったく、客観的に見てもさほど問題はないと思う時、下手にカミングアウトすることを正直、怖いと思う。
それとも柔軟性こそなくしていても、大人の英知を信じるべきか。

また大人がカチコチの頭で、問題の周りでくるくる停滞して、大きくしているだけかもしれないな。
しリーガーと書いた後、読み返しをさせてみたら、福助はちゃんと気づいて、Jと書き直しているのだ。自分で何とかしようとする彼に、親がミスリードしてもいけない。親は、尻が重くならないようにストレッチしていつでも動けるように準備しつつ、とにかく見守るスタンス、というのが小学校に入る時の心得のような気がした。

カミングアウトに関しては、まだ答えが出ないのだが。

2007年02月23日 22:40
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