ペーソスという平成歌謡のデュオというかトリオというか、を見た。
パンチのきいた歌詞にノックアウトされた、私と魂の姉妹・うみのやよい。
だって、ホッピー飲んで憂さ晴らし〜♪ですよ。絶妙に微妙なハモいれて。
ライブ、行こう。この人たちの歌をもっと知りたい!
どこかで見た顔だなあと思いつつ腹を抱えていると、メンバー紹介のときに、「島本慶」……ややや、やはりなめだるま親方!ではございませんか。なんとなめだるま親方が!
瞬時になめだるまを連呼する、私と姉妹。どんな半生を送ってきたんだ、ゆう子とやよい。
なめだるま親方は、一方的によく存じ上げていた。
まだアルバイトの身の上のとき、私は恩義ある方から「鈴木、お願いがあるんだけど。ちょっとモデルやって」と頼まれた。9号サイズの若い女は、普段ジャージ着て牛丼食べて事務所に寝泊りしていても、ちょっとした雑誌のモデルの内職ができたのである。
頼まれた仕事と出されたご飯は断らない。「脱ぎませんよ」「いらない。ちょっと顔だけ貸して。一万円」「やらせていただきますよ」即答である。当時のギャラが月額10万、家賃が三万五千円。1人暮らしの18歳の一万円は、ただの一万円とは一万円が違うのであるる
そして私はなんか化粧品みたいなものを持ってスタジオでにっこり笑った。「鈴木、お願いがあるんだけど」「脱ぎませんよ」「いらない。公正取引委員会うるさいから、ちょっと名前だけかして。一万円」「使ってくださいませよ」即答である。
そして撮影終了後、「鈴木、お願いがあるんだけど」「脱ぎませんよ」「いらない。ちょっとこのモデルの、体験談捏造していい?一万円」「何書かれても文句言いませんよ」私はこの日、三万円という大金を手にしたのであった。
後日、私はなめだるま親方とともに、スコラという当時大変売れている雑誌に載っていた。
早漏スプレーを手に持ち、にこやかに微笑んで。
そして、鈴木ゆう子さんは語るのだ、「肉体派の男性も大好きだけど、頭脳派の男性も大好き。この早漏スプレーを使ったら、とにかく大好き!」(超訳)
三万円というお金は、当時、本当に大金だった。
お目にかかったことのない「なめだるま親方」とそのスコラ誌で微笑む「鈴木ゆう子」さんは、記事の上ではおそらく、深い仲なはずなのであった。
当時の広告なんてそんなの当然だったのだが、今の広告はどうなんですか。JAROさん?
ほどなくして、高校の同窓会があった。
私はありとあらゆる男子に「お前、東京で何やってんだ」と悲しまれたり笑われたり心配されたり叱られたりした。めんどくさいけど、将来のために、私は必死で訂正してまわった。
当時スコラはそれほどまでに影響力があり、なめだるま親方は彼らの「兄貴」なのであった。
二十代も半ばの頃、月刊プレイボーイのグラビアのノベル部分を書くことになったときに、同窓会があった。今やっている仕事をきちんと報告したが、風の便りでは私はプレイメイトということになっていた。……めんどくさいしそれなりに光栄だから、もう訂正しなかった。偉大なり、なめだるま親方。
そして、二十二年を経て、ついでに十二キロ増やして、私は初めて、深い仲であったらしいところの、あるいは故郷での私の噂に彩を添えてくれたところの、なめだるま親方を生で見たのだ。
なめだるま親方は、客席から熱いまなざしを送る私に気づいてくれただろうか。
いやはや、名文でしたよ。なめだるま親方のそのネーミングは秀逸ですね。
Posted by: わだ : 2007年02月19日 21:47| HOME |
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