姪はお年頃なので、年齢相応に父親を疎ましがる。
しかし学費を出してくれるのは父親なのだからとたしなめてみる。
私が高校時代にそんなことを叔母から言われたらぶち切れただろうなあと苦笑いだ。
それがなぜ父親に敬意を払うべきことなのかピンとこないようだったので、私たちの仕事におけるクライアントの絶対性について語ってみた。
得意げに鼻膨らませて語っていて、だんだん悲しくなってきた。
私は姪の年で愛のない故郷を捨て、1人で働いて1人で生きてきたことを誇りに思ってきたのだが、それはつまり、お金にひれ伏して得た対価だったのである。わがままなクライアントの意向に対して腹を立てたことは一度もなかった。それが仕事だと教えられたからだ。そのかわり、頂いた多額の原稿料を湯水のように使ったりダメな男に貢いだりして、精神の均衡をとっていた気がする。帰ろうと思えば一時間で帰れる故郷があって、家を出て四半世紀、数えるほどしか帰ったことがない。
不毛だ。
姪の父親の頭よりも不毛だ。彼の頭にはまだ象の赤ちゃんの産毛ほどの毛が残っているが、私の貯金通帳には吹けば飛ぶような小銭しか残っていない。
姪の将来の話になったとき、姪は先のことなどわからないと言った。野心家だった18才の私に比べれば堅実といえるかもしれないが、夢と野心は若い身を律するのに不可欠な武器だ。だからこそ、進むべき指針を持たずに都会に出てくることに、私ははらはらする。そんなあいまいな未来に莫大な資金を提供する親の立場を考えてしまう。
しかし、話し込んでいくうちに、彼女にはひとつだけ明確に持っているビジョンがあったのだ。
「お父さんが倒れたら、お父さんの面倒は、うちがみるさ」
いやだけどなあ、と笑いながら、そこだけは何をどう聞いても、決してぶれることがなかった。
すごい。
君は、おばちゃんが18で独立したときよりずっと、立派な志を持っているよ。
入試でもなければ姪とこんな濃いぃ時間を過ごすことなどなかった。おばちゃんはそんなところに感動して入試の日々を満喫しているよ。来年も来いよ、とは言っちゃいけないんだろうが。
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