福助、六歳の挫折。
しかし自分探しの旅に出かけるわけにも行かない、幼稚園児の身上。
引退宣言をして以来、園でもいまひとつ元気がないらしく、先生からお声をかけていただいて少しお話をした。
突然のカタストロフ。ビーフストガノフなら美味いが、ここにきてカタストロフはとんだ食わせモノだった。若鶏のエヒフ。チョコレートはモロゾフ。自己崩壊は思った以上に大きいみたいだ。ほーかい?
……先生方は大変に真剣なのに、親がふざけていてはいけないな。
「毎日園庭でもボールを蹴っていました。サッカーの話を楽しそうに語っていました。あれだけ夢中になっていれば、同じテンションでい続けるのは無理でしょう。緩めることのできない子だから、切れてしまうのも仕方がないかもしれない」
そうか、ヘタレ扱いしてはいけなかったのね。
それにしても、よく見ている。病児としてではなく、それがすばらしい無二の個性のように扱われる。U-6孤高の挫折を放置せず、ものすごく親身になって対策を講じて下さるのだ。
こういう場合、基本は時間が解決するが、挫折経験を残したまま放置するのは芳しくないのだそうだ。では、ここはひとつ、味の素スタジアムでの大会で気持ちを盛り上げようかな。わっしょいわっしょい。
……先生、笛吹いても踊ってくれませーん。
そういう場合は…と、長年の経験に裏打ちされた的確なご指導を受けながら、ひょっとして私が彼を追い込んでいる部分が大きかったのではないかと大いに反省させられ、懺悔する。ワールドカップのポスター、わーい金の玉だ!とか喜んで飾ってちゃいけないよな。
すると、
「いや、それを親心というんですよ。うまい子に期待するのは当然ですし、だからこそ子どもががんばれる。それをするなというのもまた、残酷ですから」
と、私のケアまでしてくださる。
ほんのわずかな時間、私を母親として肯定してもらっただけで、硬直していた心が癒された。
自信満々に母親をやっていたって、迷うことはあり、そんなときに「それでいいのだ」と言われるだけで、どれほど楽になるか。
客観的に子どもの様子を聞かされて、どう対応すればよいかヒントを与えてもらえれば、しばらくは迷わずに進んでいけるだろう。
まずは休みたいだけ休ませて、できるだけ成功体験を積もう。ミスは指摘せず、「気持ちよく」プレイする楽しさを思い出させよう。
こんなに親身になって福助を心配してくれる先生がいることが、そんな先生方の下で幼稚園時代を送れたことが、たとえ引退という結末が覆らなかったとしても、すでに福助の何よりの財産になっているのだなあと思った。
誰よりも早くドリブルする足。的確なパスと、キーパーも嫌がるシュート。
ここ二年間の彼の構成要素は、九割九分、サッカーだった。
まだサッカーを知らない年少の頃、よく、園長先生にオムツをかえていただいた。しかも、うんこ大爆発バージョンなんてこともしばしばだった。
教室の隅っこで寝転がっているうちに爆睡していた。
そうかと思うと、連日、教室を脱走してひたすら園庭を走り回った。
先生からの日々の報告は切なく痛く、覚悟はしていても、笑い飛ばせない日もあった。
お友達の名前すら、ろくにいえなかった。指示が聞けなかった。歌が歌えなかった。ダンスはステージに立つことすらできなかった。
あの年少の時、何度も何度も絶望的な気分になって、それでも私が降りるわけには行かなかったのは、先生方が厳しい現実の報告のあと、必ず笑顔で「大丈夫。任せてください」とおっしゃったからだ。
集団生活は、家庭内では躾け切れない。
そこをお任せする以上、私は家庭内でできることを増やす努力をしなければ、申し訳ない。
普通の子が3回なら30回、それでもだめなら時間をかけて300回。療育に疲れそうになったときには、先生だけでなく、ママ友にも支えてもらった。
みんなといっしょに走れるようになった、座って歌えるようになった、明るい色を使って絵がかけるようになった。ああ、下手だけど、踊っている!そんな「あたりまえ」の課題がクリアできるたびに、私は先生の前で泣いた。うれしくて、泣いた。ママ友の前で喜んだ。喜びでまた、泣いた。そこに、ちいさなちいさな前進を、一緒に喜んでくれるクラスメイトがいた。
あの頃に比べたら、悩みの質が違う。わけがわからずパニックを起こすのではなく、明確な原因があって、落ち込んでいる。それも、アスリートのような高度な苦悩だ。
まずこの成長を寿げ、おかん。
そして、どんな悩みにもどんな進歩にも、先生方は変わることなく、目を配ってくださる。
こうやって、育てていただいたんだなあ。
信じられないほどの変貌ぶりには、かかわる教師の質が問われる。
先生と友達と一緒にいると楽しいからこそ、小僧はみんなに交わろうとした。誰かの真似をして遅れてでもみんなについていくことを覚え、そのうち認められると気持ちいいことを知り、自分の特技を磨きに磨いて、やっと友達と対等になった。
自分ができないことは、やってもらう。
誰かのできないことは、やってあげる。
社会の中で、もっとも大切な仕組み。当たり前だけど、できない大人もいっぱいいる、仕組み。
それを福助は、ちゃんと幼児期に身につけられた。十分すぎるほど、十分な成果だ。
もう一度、チームのために、誰かのために、自分のためにゴールを決めたくなったら、きっと立ち上がれるだろう。あるいはゴール以外の何かであってもかまわない。
大丈夫だ。あと二ヶ月、福助はこの幼稚園で過ごすのだ。
私は、福助が培った力を信じたい。
もちろん「そういう目」でいじわるく見れば、小僧には病気の傾向が透けて見える。
サッカーに夢中なのも、休むことができないのも、勝ちにこだわるのも、同じ練習を繰り返し、とんでもない集中力でこなせるのも、病気の特徴だといえばいえる。
そしてこんなに簡単に心が折れてしまうのも、病気の特徴のひとつだ。
どんなに環境がよくても、脳に問題がある以上、克服できないものもあるのかなあと、六歳児の憂鬱を見ていて不安を覚えないでもない。
けれど、マイケルの白人ぶりよりずっと自然に、小僧はみんなに溶け込んでいる。子どもの脳の可能性は、子どもに脳死判定ができないことでも明らかだ、何が起こるか予測不能なのだ。小僧はサッカーが好きで、それ以上にお友達が大好きで、その愛する力に賭けるよりほか、ない。
治らない病気なら、折り合っていくのだ。
うつる病気でも、死んでしまう病でもない。
その病気を「天才の別名だよ。多分、ボクも同じ仲間だよ。診断は、この先一生、楽しく生きていけるってお墨付きをもらったってことだよ、最強の人生だよ」と笑い飛ばした、ある天才アーティストの言葉を思い出していた。
福助のまわりには有名無名を問わず、すごい大人がたくさんいる。
きっと大丈夫だ。
むしろ、どんな風に立ち直るのか、どんな道を見つけるのか、おかんは復活を楽しみに待っているよ。慣れないリフティングでも練習しながらね。
追記
いろいろなことに興味を持ち始めたという見方はどうなの?とママ友に言われる。
アメフト、相撲、ゴルフ、野球、テニス……。本当だ、描く絵が完全に変わってる。
って、スポーツばっかじゃん! まあ、いいのか。それはそれでな。
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