2007年01月02日

頭真っ白

書くことが無い。
すべきことがないと、書くことが無いということに気づく。
一日中パソコンに向かっていられたらどんなに幸せだろうと思いながら、ご飯作って洗濯して片付けて(時々掃除して)幼稚園や学校のことこなして、その合間にブログをかいたりmixiに向かったり検索したりする。机に座れるのは多くても総合で一日二時間程度。ああ書きたい読みたい調べたいと願って願って願ってきて、その願いがひょいっとお正月にかなったというのに。
頭の中、真っ白。牛乳寒天のように。
昔、後藤のおじいちゃんがお正月に作る定番の牛乳寒天は食紅でおめでたく飾り付けたものなのに、おめでたい脳みそはかざりっけも無いままひたすら真っ白だ。
なんということだ。相方の実家で何時間もパソコンの前に座っている嫁というのもどうよ、とは思うけれども、望めば問題なく赦される境遇にあって、強く望まないんだからびっくりだわ。
教育がらみの本をものすごい勢いで読み漁って、理解して、自分なりの療育を考え出して、躾に時間のかかる子どもに、気が遠くなるほど同じことを指導しながら、この時間小説を読めたら、友達とおでかけできたら、どんなにか楽しかっただろう!と思い焦れていた昔を思い出す。
いらいらしながらも、削って削って作り出した時間は、きっと福助だけじゃなく私にも、必要で大切な時間だったんだな。
ふんだんにある時間やお金は、案外つまんないのかもしれないわ。と、貧乏性な私は自己弁護のような言い訳を思いついて悦に入る。
冬の朝など、ああこのまま寝たきりになりたい、トイレにいくのも億劫だと思うことがあるのだが、尿瓶やオムツの人生がきたらきたでやるべきことも無く、切ないのかもしれないし、ああ宝くじに当たったらこんなバッグだってこんなお寿司だって買い放題に食べ放題と思うが、バッグなんて財布と手ぬぐいが入ればいいんだし、寿司は毎日食べたらさすがに飽きてしまうだろう。
望んで望んで、たまにぽんっと来るから幸せってのがある。十億もっていたら、年末ジャンボ買うわくわくもないではないかっ。……いやあの、残高十万を切る個人口座の通帳しか持っていない私は、年末ジャンボに賭ける三千円が惜しくて捻出できなかったけどさ。
これからだって面倒なことはたくさんあって、きっとたくさんイライラするはずだ。
でもそれは、頭まっしろほげほげ〜な感じではなく、フル回転で切り抜けるおもしろがりのチャンスの種だ。書くことがないのはきっと究極の幸せなんだろうけれど、書きたいチクショー書くことで憂さ晴らしだコノヤローっていう幸せのほうが、今の私には身の丈にあっている気がする。
さあ面倒もイライラも、バッチこーい。
……もうあと何日か、真っ白ほげほげな時間を過ごしたら、満を持して、オラ東京さ行くだ。

2007年01月02日 11:49
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