2006年12月30日

あいててて。

頼む、腰。もう少しだけ、もってくれ。

前駆症状怪しく、大掃除一時中断。
お正月準備も帰省もまだこれからだというのに。

とりあえず、湿布を貼って、鳳蘭。

表紙が鳳蘭のフリーペーパーを添え木代わりに腰にあて、サポーターで固めてみた。
なんか効果がありそうで、鳳蘭。

さて越年、痛いの痛いのとんでいけ。

あとはダイニングとキッチンを掃除してしまいたいのだが。
今年の汚れ、今年のうちに。
ああ、どこもかしこも汚れすぎ。
来年はきれいに暮らすと決意する! 
毎年、毎年、同じ時期に同じ決意をするゆう子であった。だが、その決意が守られることはついになかった。果たして、本当にその決意が守られる年はやってくるのか。それは来年なのか。 
ゆう子の腰の運命やいかに。(つづく)

2006年12月29日

到来物

「どこでもいっしょ」のカレンダーを頂く。
これは毎年の我が家の定番、ダイニングのメインカレンダーになっていて、これをふたつ並べて二か月分の予定を書き込んでいく。使用後はポストカードにもなるスグレもの。来年版はクイズ満載だった。
楽しいことがいっぱいいっぱいあるようにと願いながら、壁にかける。
「どこでもいっしょ」のキャラは古びないのがいいなあ。

「北海道にいって、タラバガニを食べるために」
という目標で、福助、貯金を始めた。なぜ、たらば?
30万円たまりますと書かれた貯金箱に五百円玉を投入後、何度も振って音を確かめている。
どうしたのと聞いてみると、
「増えているかなあ」……って、不思議なポケットじゃないですから、それ。
お年玉は五百円玉であげるよと約束。
そういえば、幼稚園時代には、確か娘も同じようにイセエビだとか特別な牛肉をサンタさんにリクエストしていた。おいしいものを食べたい盛りなんだろうか。息子のほうが他力本願ではない分、男気がある。
その気持ちが通じたかのように、見蘭牛肉ほかグルメ詰め合わせセットが届いた。びっくり。

昨日、牛タンも頂き、早速今日は焼肉の予定だったものだから、お話ができすぎ。
それはそれはおいしくおいしく頂いた。福助なんか久しぶりのお肉、喉に詰まらせて涙を流すほど、大喜びだった。

送られてきた缶ジュースの詰め合わせセットも、子どものいる家には重宝で、特別な日の特別な缶ジュースとして仰々しく頂いている。

相方は会社員ではない。スーツも喪服と結婚したときに買った春物一着だけしかもっていない。
ボーナスもないし、お中元もお歳暮も関係ない暮らしをしている。
だが、お仕事関係の方がくださるものはレア物だし、ファンの方が下さるものはとびぬけておいしく、なんだか幸せな境遇だなあとうっとりする。
福助の大きな試合もクリスマスパーティーも、イベントは容赦なく締め切りに消されていく。部屋にこもりきりで仕事をしなければならない父親に対して、自営業者の子どもたちは不満をもらすことを赦されない。
でも、その分こんなおいしい想いができるのだ。と、父親を誇ってくれそうで助かる。

ありがとうございます。みんなまとめてですみません。ありがとうございました。

2006年12月28日

2006年の忘年会

すごーく昔からの友達と、昔ながらの友達と、最近の友達と、初めて会う人と。
パーティっていいなあ。
大好きな人があちこちにいて、どこにでもいて、挨拶して立ち話して話し込んで、ちょっとあわただしいけど、どこにでも笑顔があふれていて、私、大好きだよこういう雰囲気。

今日は100人近い人の集う忘年会でした。

相手が私をどう思っているか。
最近そんな人の目をずっと気にしてきたけれど、原点に返った気分。
私が「あなた」を好きなんだ、文句があるか!どう思われようと大好きだったら大好きだ。
迷惑だったら、ちょっとひきぎみにポジションをとるよ。でも、なんかとっても好きなので、これは仕方ないと思った。嫌われてるかどうかなんて、考える隙もないぐらいに、好きならそれで押すしかなんじゃないかと思った。
だって、本当に楽しかったんだ。あの時間が思い出させてくれた、「大好き」という気持ち。
こんな感じで、いこう。
私の暑苦しさは、冷え性な人や常夏フリークにはきっと役にも立つだろう。
でも、何の役にも立たなくても。
私が大好きな友達がそこここにいて、それだけで幸せになった、その「それだけ」を寿ごう。

快く幹事をやってくれた友だち、その周りのスタッフ、アトラクション、いやんもう、すべての人に,心からありがとうと思う。
いい一年だったなあ。終わりよければすべてよし、だ。さあまた来年も。
おたのしみはきっとたくさんあるに違いない!

2006年12月27日

鈴木さんちのクリスマス

相方、本日仕事おさめ。

小僧のリクエストでクリスマスディナーは回転寿司。
10皿食べた後、
「プリン!」
六歳で11皿相当。娘のラストコール、12皿目もプリンだった。
食うなあ…。育ち盛りだなあ…。なんかこう、気持ちいいなあ。おいしそうにもりもり食べているところを見るのは、実にいいねぇ。
さてご馳走様かなと思ったら、福助、
「ぶり、さび抜きで」
デザートに、ぶり。というあたりが、福助らしい。
家族全員で45皿。ビール3本にお味噌汁。

帰りにちとから商店街を福助と歩く。ジュエリーショップでショーウィンドウを覗き込んでいたら、
「大きくなったら、買ってあげるよ」
と、握っていた手をぎゅっとつかまれた。
息子産んでヨカッタ。
私にネックレスを買ってくれた男は42年間、ただのひとりもいない。
「どんなのがいいの?」
と真剣に聞かれたので、
「この30万の」
と真剣に答えたら、
「たっかいよー。こっちの8000円のにして」
とやはり真剣に言われたのだった。
8000円だってお前には大金だろう、買えないという点では30万でも同じだと思うが。
まあいいや。
かわいい8000円のネックレスが似合うお嬢さんに持っていかれるその日まで、夢を見させてね。
……あ、そんな安いプレゼントじゃダメだ。ということは、いつ教えたらいいのかしら。

「そうだ。お年玉をもらったらね、ビールを買ってあげるよ、おかあさん。ビールなら、買えるから」
ああ、ルビーじゃなくてね。ビールね。
琥珀色だし、キラキラしてるし。大好物だよ。うれしいな。
「さんまも買えるな」
え?
なぜ秋刀魚!?
キラキラしてるし、大好物だけどな。真剣に検討してるね、君。
おかんだから笑ってすませられるけど、そんな光物をプレゼントしてはダメだ。ということも、いつかはわかるのかしらね。


2006年12月26日

大掃除

「すいか」
と書かれた大きなダンボールを五箱、べりべりっとガムテープをはがすと、そこには魅惑の漫画がぎっしり詰まっていた。
相方の本である。もう10年以上も手にとっていなかったものだから、
「そのまま古本屋さんにひきとってもらってもいいぜ」
と豪語していたのに、見れば単行本化されずに終わった連載の掲載誌や、やんちゃ時代の写真などもあって、とうてい捨てられないお宝なのよ。
本に溺れつつ、空いたダンボールに不要本を詰めはじめたら、今度は
「ああ、その先生の作品は捨てちゃダメ。こらこら、この先生に関しては専用棚を作って」
と、やはり思い入れの強い漫画は手放せないようで。
「あー思い切ってこれは処分」
と指示された全巻も、私自身未読の面白そうなものだったりすると、とうてい捨てられなくなる。
小さな地下書庫はすでにぎっしり本が詰まっていて、床にも本があふれてまったく使えないので、ここは思い切って、私の蔵書も処分することにした。
コンプリートで読んできた何人もの作家さんを卒業する儀式ってとこね。
娘に読ませたい漫画と書籍はダンボール二箱分、娘の部屋に。
これは死ぬまでに読み返すことはないなというのを基準にして、意を決して、処分本をダンボールに詰めまくった。小学生時代の文芸書、中学時代はSFとミステリーの文庫、高校時代の戯曲集、修行時代に食事代と迷って買った古本屋の単行本、資料になりそうだと買っておいたものの資料として使うことはなかったムックや企画本、仕事でそろえた科学系の本、バブル時代に買いあさった小説と写真集と語学の教材、結婚してから急に増えた実用書。
自分の過ごしてきた長い歳月って、本に如実に現れている。
古本屋さんに引き取ってもらうこの箱は、そのまま私の構成要素だ。
相方と結婚したときに同じ本がたくさんかぶっていて、それだけで小さなダンボール三箱ぐらいを処分したのだったが、それ以外は基本的に本は捨てずに持ってきた。
本、大事だったんだなあ。そういえば、いつでも、どの部屋にも、読みかけの本が複数置いてある。
多分、一番長い時間を一緒に過ごしてきたのが、本だ。読み終わったら書庫のダンボールに放り投げて、ここ十年、ずっと書棚は未整理のままだったので、大きなことは言えないんだけどね。

「友よ!」
と大書された、大学を中退するときにお友達が寄せ書きしてくれた色紙まで出てくる。
言いたいことを言って、それがトラブルになって、やめた大学。なんだかちっとも成長していないんじゃないかと嫌になる。
ここのところ恥じ入る事がめっきり多い私だが、寄せ書きの言葉を読んで、いったいどんなでかい野心を吹聴したのかと顔から火が出た。
すみません、あのときの皆さん。私はひっそりと生きています。骨折ったり、反省したり、反省したり、反省しながら。
とりあえず、25年前より自分の大きさはわかっているつもりだけれども、いつか、もっと、ちゃんとした大人になりたいなあ。

で、捨てる捨てる、いっぱい捨てる。
それでも結局書棚はまるっきり足りないという事実に愕然として、今日の作業終了。
といって、本棚買ってどこに置くかといえばもうそんなスペースはなく、いっそ全部捨ててしまうかと思わないでもない、年の瀬。今から一冊ずつ読み始めたって、どうせ死ぬまでに全部読み返せない本の量って、どうなのよ。
何が必要で、何が不要なのか……。
今年の大掃除はいつになく大掛かりです。

いじわるな気持ち

体調悪いんだから断ればいいのに、電話で相談に乗ったりするからこういうことになる。
年末なんだから、おうちのことだけやってなさい、ということなのか。
またやっちゃった、余計なこと。
ちょっと教えてあげなきゃ、という善意のおせっかいがどんなに不快か、それはリボンをつけた暴力なのだと先日私は糾弾したはずなのに、気を抜くと私も同じことをやってしまう。教育ママにありがちなミス。まったくもって、みっともないざます。

彼女は昔の仕事関係のお友達で久しく会っていなかったが、同じ異星人系の子持ちという希少価値がお互いにわかってから、メールで時々やり取りしたり、ご飯を一緒に食べたりする仲だった。
スタート地点ではそんなにかけ離れていなかった個性が、半年も会わないとそれぞれ違っていくようで、久しぶりの電話で私は息子の自慢話、かたや子どもの愚痴こぼしという、なんとも気まずい空気が流れる。
彼女の子どもにはもう彼女の声もあまり届かなくなってしまったようで、つまりは強引に一般人にあわせて生きていくルールを学ぶことを拒否してしまった、自閉症特有の「閉じこもった感じ」に変化しつつあるという。
知能指数は問題ない。でも、他者とのコミュニケーションが難しい。今までは母親の顔色を見て、保育園にも義務感で通っていたようだが、何があったのか、一人でいることが多くなり、お友達の声も先生の声も、そして母親の声も素通りしてしまうようになった。
団体行動を無視し、はっきりした意思表示は、「いや」と泣き叫ぶときだけ。先生も手に余り、そう告げられた母親としては、どんなにか切ないだろう。
まだ就学までには幸い時間があるから、こんな方法を試してみたら?
こんなやり方でうちはうまくいったよ。問題点はどこ? 原因を探ろうよ。
できてしまった溝ならば橋をかけようと、私はちょっとムキになったかもしれない。私の知る限り、人懐っこい可愛い子だったのだ。向こう岸に一人で放置してしまうのは、その子の本意でもないだろう。母親が疲れ果てている場合ではない。
ただその子は迷っているだけのように思えた。見通しがたたないから苛立ち、理解できないから理解することをやめ、理由なく叱られていると誤解して自己評価が低くなり、傷ついて、もういいや。と思っちゃったんじゃないかと思えてならなかった。
障害児にありがちな、典型的なパターン。
福助だって、いつ、そうならないとも限らない。
幸い、今は周りの人たちに恵まれて、みんなと一緒に遊びたいから嬉々としてがんばれる。私が常に周りの方たちのおかげだと思うのは、本当にそのモチベーションに負うところが大きいと思うからだ。障害抱えている子が生き生きと生きていられる環境は、周りの愛が満ち溢れている場所なのだ。そういうところで子育てできるのはきっと健常児にとっても豊かな時間を過ごせるに違いなく、私がいうのもおこがましいが、情けは人のためならずなのかもしれない。
ただ普通に生きているだけでも、障害を抱えていれば、強いストレスがつきまとう。常に騒音にさらされている、常にどこかが痛い、常に緊張を強いられる、常に何かが不便。そんな状況を想像してもらえたら、彼らの世界が見えてくる。
集中して聞かなければ理解しにくい言葉は、慣れない外国暮らしを余儀なくされているような状況だから、いいもん、なじまなくても、日本人村で暮らすもんと心を閉じたとしても、それを責めるわけには行かない。だから私は基本的に、無理して人付き合いする必要はないと思っている。学校も行きたくなければいかなくてもいいと思うし、もちろん、上手に逃げ道も 用意してやる必要があるだろう。
大事なのは福助にとって人生が楽しい時間であることだ。私の残りの人生は、福助とP子の笑顔のためにある。
障害だからとすべて赦されるものではないが、理解されていれば生きやすい。
もちろん障害者側としても、相手に理解を強いるばかりではアンフェアだ。
お互い、ちょっとだけ待ったり譲ったりがんばったりすれば、文化交流や文化の融合は簡単なのだ。どちらかの理屈だけを押し通そうとしたら、対立しか生まれない。
自分の意見の主張しかしない困ったちゃんもいないではないが、平和に物事を解決するコツは譲歩である。
いつまでも日本語を覚えようとしない外国人と親友になるのが難しいように、気持ちを閉ざしてしまった自閉症と友達になるのは難しいから、私は福助にこっちの世界でやっていくための言葉とルールを丁寧に教えこんだ。それでうまくいっているものだから、できれば彼女にも、彼女の子どもにももうひとふんばりしてほしいと思ってしまった。
自閉症という異文化をできるだけ受け入れてもらう工夫と、自分たちにも健常という名の異文化を受け入れる努力を…。

いつも私が言ってること、思ってること。

何言ってんだ。得意げに、とうとうと。
努力って、他人が強いるものじゃない。
やっちゃいけないことを、してしまったと気づいたのは、彼女の絶望的に暗い声だった。
「私にはできないから、ゆう子さんのような療育はできないから」
と、かつて私よりずっと仕事ができた、優秀かつ自信満々だった彼女は、そういって突然、電話を切った。

その瞬間、え。何? 感じ悪い!と思った。
電話をかけてきて、私の時間を使って答えた結果が、これ?と。
でもその直後に、「あ。また、やっちまった」と反省したんだ。
だって、私の中に絶対にあったんだ。教えてあげなきゃ、という驕った気持ち。
教えてあげているという気持ちよさ。
そして、みっともないけどさ、それを掘り下げていくと、疲れて余裕なく、子どもを疎ましく思う今の彼女を弾劾する、いじわるな気持ちがあったと思うんだ。
そんな気持ち、母親ならだれだって抱くのに。
私だってしょっちゅう思う、ああ子どもって面倒くさい。
それなのに優等生の発言をする。
暴力だよ、これは、正義感でも同情でも励ましでもなんでもない。これは言葉の暴力だった。
私は性根が腐っているのかもしれない。
ごめんなさい。
うまくできない人に、うまくやれ、うまくやるべきだ、という。これはいじめの構造に似ている。
大きな弱点を持っている福助を与えられたのに、何も学んでいないことになるよ。
うまくできない人を見てイライラする。なんて勝手な、偏狭な自分だろう。
自分だってうまくできないところだらけなのに。鶴も折れないのに。
彼女が疲労感から子どもをうまく愛せなくなっているなら、そこを指摘したって意味がない。
解決策を並べていくことが彼女の負荷になるかもということも、私、きっとどこかでぼんやりわかっていて、でも自分に酔って話がとまらなくなった。
子どもがかわいそうだという大義名分は、相手を追い詰めるための凶器になる。
無意識に、私自身が言われて嫌だった言葉の暴力を、ぜんぜん違うところで返してスッキリしようとしたのかもしれない。
最低だ。
ただ愚痴だけをこぼしたい気分って、ある。私にだってないわけじゃない福助の将来の不安も、きいてもらったことがあったではないか。それを理解しあえる数少ない友達だったはずなのに、私は何をいい気になっていたのか。
恥ずかしいよ。心の底から恥じ入る。

友達なら、ただ肩を抱くみたいに、対等でいればよかった。私が今幼稚園ママ友だちからもらっているような寛容な友情を、発信できればよかったんだ。求めているのは、対策なのか慰めなのか、そんなこともわからない。
どんな距離で、どうつきあっていくのか。もう一度、足元を見つめておかないといけないと思った。


2006年12月25日

浮上できず

ついてない時はついてない。
うまくいかないときは何をやってもダメ。
思い込みに支配されて、思いやりに欠けて、自分のバカさ加減ばっかり目に付いて。
普段根拠なく自信満々な分、たまにはこのぐらいおとなしくて平均的な気もするが、こう感情が乱高下すると自分自身で戸惑いを隠せない。
今日はいったいどうしたんだ?
持病の偏頭痛までのこのこやってきて、スイッチを切れ、寝れ!とささやきだした。
こんなときは悪あがきせずに、ゆっくり寝ちゃったりするといいんだろうなあと思うんだが、秋からお店広げるだけ広げて、骨折ったり何だり(口実だからえらいあやふや)で遅々として進まない家庭内引越しもあり、寝たら負けだとにかく前に進めと、Sな心の悪魔が鞭を打つ。
病院でまた三時間待ち三分診療。頭痛の鎮痛剤効果に乗っかって口あけていぎたなくお昼寝をしていたら、なんだかいろいろお土産をもらってきちゃった気がする。弱っているときには免疫力も低下するのよね。寒いのは心? それとも悪寒なの? 寒さよけひとつできなくて、こんなに厚い脂肪はいったい何のためについてやがるんだ!流氷の中泳ぐわけでもあるまいに。
あーあ。またぐだけで妊娠しちゃうぐらいのキトキトな生気が戻ってこないだろうか。もちろん、もう妊娠はしなくていいが。

こういうときは暗い事件とか相方の自分勝手などに憤怒すると元気が出るかも、と思う。
ところが、事件はさらに気持ちが沈みこむ一方、罪深い私がいったい誰を糾弾できるのかとドツボにぴったりはまりこんで動けなくなる。
もう一生発言するな、お前にそんな資格はないわと心の奥のほうで良識派の私が叫んでいる。何の権利があってそんなことをいうのかゴーマンな奴め、法廷で会おうぞ!と喧嘩上等な私が叫べば、明るい憤怒こそ私の真骨頂、それができないのは死に等しいと冷静な私が叫び、前のめりになれない減退ぶりを心配性の私が叫ぶ。心の中はどうしてどうしてとリフレインが叫んでいるのだった。
クリスマスシーズンにユーミンを聴いていないのがいけないのかな?
頼みの相方は、こういうときに限って明るい。仕事が忙しい時の相方はずいぶんと大変な人だったはずなのに、ジョギングがすっかり人格を変えてしまった。深夜、シンガポール土産の赤いブリーフ、真ん中に福と金文字で書かれたそれをはいて、メリークリスマス!などとダンシングサンタよろしく怪しく腰を振っていわれたら、笑わずにはいられない。
教会は故郷に帰ったような懐かしさだったし、道中、子どもたちの会話は天然炸裂で笑い転げたし、帰宅後、録画していたM-1でも笑った。肋骨もだいぶ痛くなくなっている。
友達の日記をネットで読んだら、それぞれに温かいクリスマスで、なんかこっちまでハートウォーミングであったのに。
今日だって昨日の続きで、安定していていいはずなんだけどなあ。
お楽しみといえば、のだめの最終回もあることだし、娘の通知表は文句なし、福助はくもんの進級試験で百点を取っただの、サンタからロナウジーニョモデルのスパイクをもらったので、一日ニコニコしている。
穏やかないい一日、何が不満で気分が高揚しないのだろう。風邪か。このまま心も風邪をひいて鬱になっちゃったりしたらどうしよう。
…っていうか、普段はこんなもんでいいのかもなあ。可もなく不可もなく、日が暮れる。
人は毎日、そんなに愉快に、面白おかしく生きているわけじゃないのかもしれないなあ。

どうなんでしょうか。42にして迷いっぱなし。人生の深遠はまだまだわからない、ひよっこです。トウ、たちまくってるけど。


2006年12月24日

Merry Christmas!

メリークリスマス!

今年一年、どんな年でしたか。
今日が何か特別な一日の方、がんばってください。
ばっちぐー(死語?)に運ぶよう、祈っています。
そして何でもない日の方、平和な一日がすぎゆくように、祈っています。
つらかったり悲しかったり、痛んでいたり。
つい先日久しぶりにどっぷり落ち込んだ私としては、派手にお祝いして払拭してこようと思っています。
シリアスな苦悶の中にある方には、どうか一人で苦しまないように、と、祈ります。

祈る、なんて簡単な事ですべて済ませられることでもないんですけれども、この日記を読んでくださったすべての方を思って、とりあえず祈ってきます。クリスマスらしく、教会に行くので、ついでに。

ついでに、ってのも失礼か。

昨日、このために調整してきたといっていい、大きな大会で、小僧のチームは三勝一敗一分。惜しくも決勝まで進めず。
終了後、福助に
「応援してくれて、ありがとう。勝てなくてごめんね、おかあさん」
とちいさくうつむいたまま、いわれました。
胸が詰まって何もいえなくなった私に、のどを枯らして応援していた娘が、
「何いってんの。福ちゃん、120点の出来だよ。最高以上だよ」
と、声をかけていました。
残り時間二分、一点ビハインドで福助、自陣のゴール前から何人も抜き、左サイドのコーナーで相手DFに囲まれながらも見事なセンタリング。そのキックがゴールをそれたあと笛が鳴り、崩れ落ちた福助。……十分にドラマチックな試合展開だったけれど、ドラマならここで勝つはずなのにと天を仰ぎました。
狙ってものにしたミドルシュートより、かっこよく決めたいつものドリブルシュートより、私にはあのシーンが忘れられません。
現実はドラマみたいにうまくいくもんじゃないけれど、時としてドラマ以上の感動をもたらします。
うちのちいさなロナウジーニョは、いや正確にはロナウジーニョニョ(「ちいさなロナウド」が「ロナウジーニョ」なのでさらにちいさく)は、一足早く、素敵な一日をプレゼントしてくれました。
サンタさん、ありがとう。
……プレイスタイルはいいんですが、本当に口元がロナウジーニョに似ていることだけが、不安の種です。いやまあ、欲張ってもアレですけれども。

あなたにも、素敵なプレゼントが届きますように。

2006年12月22日

普通に愛して

本日のサッカー、一点入れたら、マックでポテト。
という提案だったのでOKしたら、本日の夕食はマクドナルドになってしまいました。
こういうのはアレだね、やっぱり自分の足で稼いだ、と言っていいんだろうかね?

サッカー部では、必要なかったので福助の診断名はカミングアウトしていない。
すると絶賛されるわけよ、福助君。
始まる前も終わったあともシュート自主トレして、微動だにせずコーチの言うことを聞き、課題は決してごまかさず。そして試合の最中一秒たりとも集中が途切れず、たいてい毎回得点にからむ。
ものすごーく正直に言う。
とっても、楽。
まわりのお母さん方に、「普通」に接してもらえるって、ホント、すごい楽かも、と思う。
誰かのネタに、干支を意識するのは年賀状を書くときだけで、夏休みにああ今年はいのしし年だねなんて誰もいわないって言ってたけど、入学当初だけうわさされても、あとはもうすっかり診断名なんて忘れてもらう前提でつきあってくれるといいんだけどなあ。

かわいそうがられたり、こわがられたり、やけにいたわられたりするのが苦手だ。
治るもんでもないんだけど、ちっともかわいそうじゃないし、噛み付かないし、健康で毛づやもいいし。
「この前、道であったときに普通にご挨拶できたのよ、うれしくなっちゃったわ。すごいわねぇぇぇぇ」
なんて大げさに誉められると、なんというかこう、リアクションに困ったりする。
いや、ありがたいのよ。ありがたいんだけどさ。
普通の年長さんならできて当たり前のことだからねぇ。P子のときにはこの程度でそこまで絶賛された記憶がないので、空気が重くなるっていうか、重力が変わっちゃう感じがして、バツが悪い。

その誉め言葉が必要だったのは二年前だったんだと思う。
幼稚園のママたちが率先してやってくれた話は以前も書いた。その教育効果は著しかったんだけど、今はどうかなあというと、うーむ。微妙。
療育の行程で必要になる支援がちがうのは、月齢で使うオムツの大きさと機能がずんずん変わっていくのに似ている。
もちろん寝る前パンツ型がなければ、新生児用横止めオムツだってないよりはずーっとマシなわけで、こんにちわと福助が言ったのに無視する大人よりは何千倍も心強い支援なのだが。

このあたりが微妙な親心だな。
オムツ離れしてから、オムツをお祝いで頂くような困惑っていうか。
福助は普通学級に行くわけで、まるっきり普通に接してもらっていい。
「あのお母さんは療育に自信があるって言うけど、教育委員会の決定を蹴ってるのよ、学級崩壊したりしたらどう責任を取るのかしら」
みたいな気遣いは今のところ(期間限定ですみませんね、将来のことはわかんないんで) 無用だ。
そんな風に心配する声はどんな小声でもちゃんと届くのがちょっと厄介だけど、そう懸念する優秀なお子と見比べても、多分そんなに遜色はない、お奨めの逸品ですよ。
今の弱点は、一度聞いただけで理解するのが難しいところ。
なので、毎晩特訓中。サッカーネタなら想像力も完璧ということがわかったので、退屈な内容でも聞き取れるよう、ちょっと工夫中た゜。あと三ヶ月、成果を楽しみにしよう。

関連して、普通の男の子がするようなことも、なまじ診断名知っていると、全部その傾向と重ねられちゃうことがあって、
「やっぱりそれは……病気だからですか」
と遠慮がちに聞かれたりすると、どう考えても腹が減ってるからだろうよ、というときなんかは、、
「んー、多分お宅のお子さんと感じ方も態度もかわらないと思いますよ」
と、はかなく抵抗してみたりすることもある。

幼稚園ママのゆうちゃん(仮名)は
「うちの子となんら変わらない。男の子だから、うちの子にも同じ傾向を見ることができる。むしろ、才能という点で特出していると思う」
と、真顔で言ってくれたことがある。
自閉症は究極の男子脳。男子ならみんな持っている傾向がちょっと濃縮されている状態と思っていただけると、わかりやすい。勝つことへのこだわり=階級闘争、完璧主義、コレクター魂、空間認識の高さ、孤独の悦楽、想像力より記憶力。そして言葉で女にかなう男は少ないように、言語感覚の弱さがある。
そこからと゜れぐらいいい男になるかは、欲求の強さと自分の努力だ。福助は少しばかり欲求の方向が狭く、少しばかり人より努力しないといけない。
ただそれだけのことで、野蛮なままの人よりは一緒にいて快適な、いい男だと思う。
ある特別な能力で仕事を続けているママ友りんかちん(仮名)は、
「テレビで見てたら、あたしにも当てはまったよ。あれでいくと、全員傾向の人なんじゃん?」
と言った。自閉症ってひとくくりにしても、それぞれみんな違う個性があるからなあ。
半世紀前には花粉症という病気はお嫁にもいけないほど忌み嫌われていたと読んだことがあるが、そのうち自閉症も花粉症レベルになってくれることを祈るよ。
診断名はあくまで目安みたいなもので、個別にいろいろ事情も好みも違うんだという事実が、全国に広がってくれたらいいんだけどなあ。
そして、できれば腫れ物じゃなく、「普通に」接してくれたら助かるなあ。

それでも、がんばってもがんばっても、どうしてもクリアできない部分があるのが障害だと思うんだよ。
普通にできない。
そのときに助けてもらえたら、本当に助かる。
誰にでも折れる鶴が、私には折れない。どんなにがんばっても美しくならない。
哀れまれたり、過剰な世辞より、代わりに折ってと思う。
でも、私にはなんでもなかった50m7秒が、どうがんばっても8秒台、9秒台になる人もいる。
そのできないことを、ことさらかわいそうがられたら、ちょっとイヤなんじゃないかなあ。
もちろん、年老いていけば能力が低下していくので、釈迦に説法、そんなこといわれなくてもわかるかもしれない。今は12秒ぐらいかかります。
障害って、自分の持つそんな苦手意識を拡大してイメージしてくれればわかりやすくなる。
10秒なら陸上選手になれないというだけで、サバンナに住むチーターだったら憂うべきかも知れないけど、幸い人の社会は複雑。別に可能性はほかにもあるんだな程度に思っている。

足で稼げるようになってくれたら御の字だけど、それを親が言うと期待が重くなりそうだから言わないでおくつもりだ。
無限大の可能性を持って生まれて、少しずつ可能性を絞り込んでいくのが大人になるということなら、最初から選択肢が狭かっただけのことで、悲しむべきことでも何でもないです。
大事な大事な友達からもらった言葉で、
”「障害児」というラッピングはちょっと乱暴だけど、包装にごまかされずに中にある宝物の子ども、そのギフト本体をいつくしむ気持"
という表現があって、ああなんてわかってるんだ!と思ったのよ。

どんな子であれ、どんな人であれ、その差は俯瞰で見れば見るほど、「ちいさなこと」。
72センチのおっぱいも、85センチのおっぱいも、99センチのおっぱいも、産めば乳が出ます。そして、乳汁が出るおっぱいはいいおっぱいです。その一センチのためにがんばる若さも、素敵だけどね。
大きな大人の視野で、ひとつ、普通にお付き合いいただければ幸いだと、たらちねの母は思う次第であります。もう、しぼしぼ。

2006年12月21日

「やさしさ」について

たぬきだった?
いや、夢だったのかも。
しかし、朝、空きペットボトルが転がっていたので、あれは夢でも狸でもなく、私の大切な友だちだったのだと確信した。狸にしちゃ、いい匂いだった。

深夜、電話が鳴り、道路にパジャマにコートを羽織った彼女が立っていた。
私が落ち込んでいるのを知って、車で遠くから駆けつけてくれたのだ。
ペットボトルのミルクティーをポンと渡され、その温かさはそのまま、彼女の温かさだった。
車の中で愚痴をこぼしたら楽になって、飲み干したミルクティーで体も心も、温かくなった。
あんなにおいしいお茶を、今まで私は知らなかった。
誇りたい。私の友達は最高だ。
そんな友達がいるんだもの、そんな私も、きっといい人なんだという気がしてきた。

立ち直り、早っ。
はい、それが私の取り柄でした〜。
ふふん、私の体の鎧は厚い。脂肪、百万馬力。

私も、私がただそばにいるだけで友達が幸せになってくれるような、彼女みたいな人を目指そう。
体重が彼女の倍なので、まずは彼女の半分ぐらいのフットワークを目標に。

卑怯だとわかっていても、見えないところで言わないではいられないような、強い希求が、私にはない。
私は嫌いな人には近づかないんだもん。
何かのためにこうした方がいいと思うなら、人に注意を促す前に直接働きかけちゃうんだもん。
だから、ものすごーく理解に苦しんだけれども、どんな悪業三昧をしてしまったかと反省するうち、いい子ぶっていた子ども時代にまで遡ってしまい、本当にひどいことをいったりやったりしている自分に落ち込み、自己嫌悪にも苦しんだけれども、わかったよ。
私は面白がって人を揶揄する人を哀れむ。世の中、もっと面白いことがたくさんあるんだぜ。
このサイトを見に来てくれる人は、こんな駄文にすら面白さをちゃんと感じられる感受性を持っている人だ。楽しい時間を過ごさなければ、せっかく生きている意味がないと思う。

寝る前に、やさしさについて、考えた。
トラブルメーカーである私に対して寛容な友達と、厳しい人の差はなんだろう。厳しい人だって、愛する人がいて、その人には優しいはずだ。

本当のやさしさって、おこるだろうトラブルを懸念して行動を制限することじゃないんじゃないかと、あっちでゴツンこっちでガツン、ぶつかりまくる自分を省みて思う。
それを見守り、傷んだときに痛みを分かち合う姿勢こそが、やさしさなんだ。
そのためには強さがいる。賢さがいる。手間がいる。そういえば、私の友達には強い女性が多い。

たとえば、やさしいお母さんとは何か。
転ぶから行くなというのは母親の陥りがちなミスだけれど、そんなのやさしさでもなんでもない、実に職務怠慢なのである。転んだら痛みとともに起こしてやるのが母親の仕事だ。起きるのを待ってこその親じゃないか。
同じ匂いを、私はクレーマーに感じたのだった。
やさしい善意のつもりの匿名のクレームも、実はリボンをかけた暴力なのかもしれない。
責任をとらない提案や思い込みは、相手に強いる犠牲や負荷を計算していない。ここが暴力に等しい点だ。
私の母ヨシコは一丁目のマザーテレサと謳われるほど善意の人でありやさしい人と自他共に認める女だが、しばしばリボンをかけた暴力を持ち込むことがあり、私はそことずっと戦ってきたんだった。
恐怖に近いほどの落ち込みは、幼少期の自分の抱いていた絶望感がフィードバックしたからだ。
勘違いした「やさしさ」で子どもを育てると、その娘は大人になっても苦悶する。子ども時代って、大切ね。

でも、戦うより、今は平和を愛する。母・ヨシコの未熟さも天然さも赦して、仲良しでいたい。
親として、上手な立ち直り、上手な仲直りを子どもに手本として見せるのも、また大事な仕事だから。

あなたのことを思って言うのよ。
あなたが傷つかない方法はこれよ。
あなたが人に迷惑をかけないためにしてはいけないことよ。
本当のやさしさには、こんな言葉いらない。だってこれ、全部大人の都合なんだもの。
私はP子に「自分で考えて、経験して、学びな」と言おう。
私ならこうしたけど、あなたはと゜うする?
それが私には不都合な結論でも、娘には娘の人生だ。失敗したときにはできるだけそばにいて、リカバリーに尽力するよ。
迷惑をかけたら、かけた分、何かで返すから許してね。というスタンスを、なぜか福助だけに適応させてきたけれど、P子にも私自身にもちゃんと適応させていけばよかったんだ。迷惑かけるのは、障害児も健常児も、たいした差はないことをよーく知っていたのに、ダメだな。私は。

私のブログがご迷惑をかけたらごめんなさい。不快だったらごめんなさい。
その分、笑えるネタをちょこっと増量できるよう、おもしろおかしく生きていくわ。

またひとつ経験値が増えた。
人とかかわるのはめんどくさいけれど、それが大きな糧になる。
私のような者には、こんな試練も必要なのだろうと思う。


2006年12月20日

ブログのルール(コラムと同じ)

ちょっと元気がないので、あとで手直しします。(12/20)

主婦がブログを発信するには、いろいろなルールが必要な気がします。
私は私なりのルールを持っていまして、
参考までに公開したいと思います。

1.基本的にノンフィクションノベルである。という前提で、書く。
 私にとっての真実が大事、客観的事実は優先しない。これは記録のためのものではなく、記憶のためのものだからと心得る。

2.私の住んでいる場所、娘と小僧の学校は特定できないようにする。
 関係者にかけてしまうご迷惑を最小限に抑える工夫として場所を推定されないよう、
a.特別なイベントには触れない
b.どうしても書きたい場合は架空名称にする
c.普遍的なイベントは時差をもって書く
d.登場人物はすべて仮名とする
e.誰かをモデルにしてその行動を描くときには、架空の人物にしたてることもある

3.苦労話やお涙頂戴は避ける。これは好みの問題ね。

4.想定する第一読者は、将来の私の子どもたちである。これはわが子に宛てて書いている趣味の、母の子育て備忘録であるという目的を忘れない。

5.著名な方の発言は社会的に守られるべきなので内容には言及しない。

6.発言の内容が主題になるときには、著名な方でも仮名に書き換える。

7.書いているものには責任を持つ。
a.私の目に真実として映らなかったものは曲解せず、憤怒は憤怒として、内省は内省として、素直に書く。
b.常に読者の目で推敲する。もし誤りがあれば正す。不用意に傷つけないように細心の注意を払うが、
万一不適格であると思えば、謝罪の上、訂正する。

8.引用は出典を必ず明らかにする。記憶で書くときにはできる限り調べるが、裏が取れなかったときには必ずその旨を明記する。

9.リンクは歓迎。決して断わらないので、一言いただけたなら、ちゃんとお礼状を出す。   
 
 ここから先のルールを一緒に作ってくださいませんか。
 あなたのルールを教えてください。yuko@misokichi.comまで、メール待っています。

プログはプライベートなことを公の場所に書き込む、最小のメディアだと思っています。だから書き散らかさない。いつかまとめるときのためにも、子どもたちに恥じないためにも。
どのぐらい理想に近づけているかはわからないけれども、近づくために理想はある。
そして、来訪してくださる方に感謝します。
どんな形であれ、関わってくださることが、鈴木家にはプラスに働くと信じているからです。

だから、読んでくださってありがとう。
その気持ちを忘れないのも、マイルールのひとつかもしれない。


匿名のクレームの方へ

匿名のクレームを下さった方へ

落ち込んでいます。
匿名のクレームにさすがの私も、ブログ書くのやめようかと悩みました。
だって内容、すごいんだもん。
仲介に入った方は善意で転送くださったんだと信じているんですが、直接言われるわけではない悪意を懇切丁寧に伝えられるのは、なかなか衝撃的でありました。
何がつらいといって、直接こないことだよなあ。うむむむむ。その正体がわからないので、私には巨大なお化けのように思えてしまいます。

クレームを抱いた方、うかつな私ですからミスも舌禍も多いです。
どうか即レッドカードではなく、チャンスをください。
アップしたあと自分が読者になって、不適当だと思う表現は推敲しています。下書きや素材を間違ってアップしてしまったことも一度や二度ではありません。偶然、わずか数分の手直し前を目にしてしまったのかもしれませんが、どうか反省するチャンスをください。

ネットで一度発言したら永遠の命を持ってしまう。
それは発言者にはかなり厳しいことです。それを覚悟して書くべきだとは思いますが、私は日々成長していますし、考え方も変わります。どうか、チャンスをください。

腹が立ったのなら、問題があるわと思うなら、傷ついたというのなら、どうかその声を直接聞かせてください。コメント欄は開いています。
私はその声を歓迎します。
聞こえないところから聞こえよがしにいうのではなく、見えないところから闇討ちするのではなく。
悪意でこの日記を読まれているのかと思うと、ものすごく切なくなります。
わかりあうのは難しいことかもしれませんが、でも、あきらめたくはないです。
わかっていただけなくても仕方がない。
わかっていただけるまで読めというのも不遜ですし、きっと、うざいわね。だからほんの数日分を読んだだけで嫌悪されるのもアリですよ。
でも、私はあなたのクレームの本意を、わかりたいと思います。
そのご指摘が、私の成長の糧になります。問題箇所があれば、もちろん加筆修正します。人間は学ぶ動物ですから、 教えていただきたいと思います。どうかいつの日にか整う、目指すべき完成形を待っていただきたいと思います。
その変化を、見ていただきたいと思います。

ブログを発信するということの難しさを痛感しました。
私なりのブログルールを、あとでコラムにアップしてみます。
そのルールの不備があれば、どうかご協力ください。よろしくお願いします。
このままブログが書けなくなることが、私には一番痛いです。

気にするな、というメールも頂きました。
気にしないですむなら、どんなにいいでしょう。
ただの悪意ならスルーもしますが、それは善意でもあるはずです。
いやなら見なきゃいいのになあ、と思うところもちょっとばかりありますが、縁あってこのサイトに来てくださった方を大事に思います。
福助やP子の成長を見守ってくださる大人の一人だからです。
たとえあなたが私を嫌いでも、私はあなたを大事に思いたい。

何があなたを不愉快にさせたのか、どうか弁明なり謝罪なりを伝えるチャンスをください。
では、引き続きコラムにとりかかります。


2006年12月18日

別離の予感

TOYOTA−CUP、燃えた。
テレビ前で、燃えに燃えた。
安あがりな一家である。あ、娘は漢字練習をしていて、見ていなかったな。

いぬのえいが、録画していたの見て、泣いた。
テレビ前で、泣きに泣いた。

破線のマリス、録画していたの見て、面白かった。

今日一日、洗濯して掃除してご飯作って片付けて。
あとはずっと、テレビ見ていた。
息子が体調不良で寝込んでいると、娘もいつまでもパジャマでぐだぐだしている。
どこにも出かけない休日。何もしないで、だらだら。
するべきことが、ただ家事だけでいいって、とても楽なのね。
突然の来客があったのであわてて眉毛かいたけど、相方は仕事部屋に通してしまったから、お茶入れておしまいだったし。
こういう一日って貴重。
子供が小さな頃には、あがいてあがいて、きりきりしながら自分の時間を確保してきたのになあ。託児所は高い、預けられる友達はいない。泣きながら主婦にも休日がほしいと相方に訴えて、月に一度だけ一人だけの時間、駆け足で図書館に行ったりお芝居を見たり買い物したりしたこともあった。
一日中テレビが見られる暮らしが、体がどこも悪くないのにアリだなんて、夢のよう……。
と思ったんだが、なんのことはない、息子が大きくなったら当然、べったりお付き合いすることもなく、私の時間はこんな感じでもりもり増えて行くんだわ。輝かしい未来のような気もするし、なんだか寂しいような気もする。

洗濯物は区分けしてかごにいれたものを、おのおのが畳む。動線を考えて、家事を分担させるシステムを作ったら、平成新山(洗濯物で作られた鈴木家の名物)が、一気に片付いた。それだけ子どもたちが大きくなったということだ。小僧のパンツと相方のパンツ、私の靴下と娘の靴下は、すでに区別がつきにくい。
相方はもうちょっとでっかいパンツを愛用すればいいと思うし、小僧は黒いボクサーパンツ以外も愛用すればいいのにと思うが、好みなので文句は言わず、そのかわり間違えていたらどこにどうしまえばいいかを教える。
屋根裏から転落して以来、怖くなってしまったので、夫婦の寝室に無理やり机を置いて、私の仕事部屋はベッドの横だ。もう服を散らかしておくわけにはいかないのだ。
私の体が動かなくなっていく分、知恵を使えばいいのだと今回の家庭内大移動でシステムを大幅に再構築したのだが、使うのは知恵ではなく子どもたちの手なのだった。もうすでに猫の手よりずっとマシで、気づいたら、ご飯のときの手伝いやちょっとした買い物、トイレ掃除や玄関掃除など、毎日の分担には十分な戦力。私は楽になる一方だ。

こんな日が、来るんだなあ。

それぞれの部屋を作って、それぞれの部屋で過ごす時間が増えていき、お友達もきっと個別に呼んで、それぞれの部屋で遊ぶようになっていく。
それでも、我が家にはテレビがひとつしかない。ステレオもCDもPS2も全部リビングに行かなければ扱えない。
携帯ゲームは子供たちには与えず、リビングで私のを貸し出している。お手伝いのお駄賃がわりに。だからうちの子たちはそれぞれマイソフトを持っているが、マイハードはない。サンタにねだったけれど、私が却下した。
時間外の食事は認めない。食事は基本的に、毎食、全員で食べる。そうしないと、おかあさんつまんないもんという理由で。
これからもできる限り、その鈴木家のルールは続けよう。
今まできっちりしたラインを作ってきたのは、こういう来るべき日に備えてのためだったのかと思うぐらいだ。
子供の自立を寂しがることはない、大丈夫だ。と、思う。
各自の部屋ができても、ダイニングでは、今日あった楽しいことも嫌なことも、ご飯食べたりお茶飲んだりしながらみんなでおしゃべりして、リビングではテレビ見たりゲームしたり居眠りしたりくっついていたりして、きっと今までどおり、そこが基地になっていく。永遠に開放されないような気がしていた幼児時代があっさり終わってしまうのだから、この先もおそらく早く時間はすぎるだろう。
サッカー見て燃えたり、映画見て泣いたり、一緒にいられる限りある時間を、できるだけ慈しんでおきたい。

2006年12月16日

懺悔

その日、幼稚園でサッカーをして、福助は泣いた。
私は腹を立てていた。その立腹をあとで恥じることになるのだが、そのときにはものすごく怒ってしまった。

幼稚園の年長さんにもなれば、先生が説明することで、ルールはわかる。
もともとサッカーはタマを蹴って自分のゴールに蹴りこめば勝ちという、至極わかりやすいスポーツである。
昨今の流行でサッカーを習っている子もいるので、主軸を経験者にし、均等にチームが分けられた。
本当にお遊び程度なのだが、サッカーになるとどうしたって本気モードになってしまう福助、福助以外ほぼ女子というチーム構成だが、一人で守り一人で攻め上がり、私は園庭の外から明子ねえちゃんのように見ていて「こんなに走れるんだ」と親ばか全開でうっとりしていた。
福助が打つシュートを味方に阻まれるのは仕方ない。野郎なら遠慮しないのだが、強く放って味方の女子には当てたくないようで、どんなシュートチャンスでもコース上に女子がいればあえてドリブルでぎりぎりまでもって行くため、福助は中々ゴールを決められずにいた。複数男子の猛攻。無得点のまま拮抗した試合、いよいよロスタイム。
相手チームに攻められ、もう走れないほど走り続けている福助、最後の相手のチャンスに死力を尽くして全力で守備に駆け戻った。右サイドから大きくクリアして、敵のスローイン。それはどうしたって左サイドにいる女子に渡る。へい!と声を出してパスをもらいに近づいた福助に、信じられない光景が。ゴール前に固まっていた女子のひとりが、自陣に勢いよく蹴りこみ、両手を挙げたのだ。そして、やったーと喜んでいる。
……たぶん、ルールがわからなかったのだ。あるいはやっている最中に、どっちかわからなくなってしまったのかもしれない。そこで無常の笛、オウンゴールに喜ぶ相手チーム。福助、その場にへたりこみ、泣き出した。
そのとき、鬼コーチでもある私は猛烈に腹が立っていた。なぜそんな簡単なことがわからないのか! オウンゴールを蹴りいれて喜んでいるとは何事か!
私が福助なら、きっと彼女に当り散らしたに違いない。だが、福助はただ泣きながら列に並んで礼をした。
その女の子はきょとんとしたまま、不思議そうに福助を見ていた。

帰路、ゆるゆる自転車をこぎながら私は思う。
これがいわゆる健常のおかあさんたちの、障害児に対する感情だ。ノーマライゼーションについて自分の主軸がぶれることなどないと思っていたが、初めて襲われた感情を冷静に考えれば、とても苦しくなった。
「あの子がいるせいで、足がひっぱられる。ルールがわからないなら、はじめから混ざらなければいいのに。一生懸命やっているうちの子がかわいそうだわ。はっきりいって迷惑なのよ。先生だってもうちょっとしっかり指導してくださればいいのに」
これは、健常のお子達に混ざったときに、障害児がぶつけられる言葉のモデルパターンじゃないか。
私は自分を恥じる。
誰がかわいそうなのか。泣いているうちの子か? 本当にかわいそうなのは、わからずにそこにいた彼女じゃないか。大変なのは、その彼女の親や先生じゃないか。どんな迷惑がかかったのだ、たかが試合の一点で。盲目的な子どもへの愛情は美談だが、その近視眼的なエリート意識は醜い。いつだってもちつもたれつだと思っていたのではなかったか。そして当のわが子は、彼女を責めることもせずに、逆に何か大きなものを学んでいるというのに。
彼女は三月生まれのせいもあって、理解力が高いわけではない。
気をつけて保育の別の場面を見ていると、みんなが上手に彼女をフォローしている。あの福助ですら、彼女にわかりやすく説明をしなおしてあげているときがあった。そうやって、福助の力が伸びる。助けることで、人は助けられる。自然に弱い子を助けて、助け合ってクラスが成り立っている。ここには、仲間のミスを責める子はひとりもいないのだ。
六歳の子どもにできて、なぜ大人の自分にできないのだろうと、私は心から恥じた。

わかっているつもりの私ですら、一瞬にして抱いてしまう感情だったことを、覚えておこうと思う。このいやらしく醜いエリート意識を、あえて覚えておけと心に刻む。天に唾したのだ。私は。
障害とか、遅れとか、不得意とか、何も意識しないまま子どもが大きくなっている親たちはゴマンといる。小学校にはお勉強が上手なお子たちと、その親たちが来るのだ。
今後、その母親たちから同じ感情を浴びせられたとしても、その言葉を責めるなと思う。
感情というのは、本能だから仕方ない。子どもの一生懸命を妨害されたら、どんな親でもいらいらするだろう。
しかしその苛立ちは実は子どものためにはならない。子どものために怒っているのではない。
恥ずかしく醜い感情は無知とエゴから来ていて、その無知とエコ゜こそ偏見につながっていく。
一見子どもを守っているかのような姿勢は、子どもに大切なものを与えているつもりで実は偏見を植えつけているという危険をはらんでいるということを、わかってもらうためにこそ、この苦い気持ちを活用するんだ。
偏見は、必ずや自分の首をしめる。
弱者の立場への理解がないと、自分がそこに立ったとき、生きる価値を見失う。
感情は仕方ないにしても、言うべきではないことは押しとどめる理性を。その感情をきちんと分析する力を、持っていたいと思う。私は、大人なのだから。

この事件は、私が今後、考えていくヒントにするのだ。
醜い自分をきちんと懺悔しておきたい。
オウンゴールの彼女には、ごめんなさいと、ありがとうをいいたい。大切なことを、教えてもらった。

2006年12月14日

おとなパンダーさん展

おとなパンダーさん展。↓

http://eg.m78.com/otona-ten.html

おとなパンダーさんという謎の獣を愛してしまったので、私は17日から23日までの間、下北沢のガディス(月曜定休)に「おとなパンダーさん展」に行く予定だ。
主婦代表として、ラブレターも書いてみようと思う。
ソンスンホンという鼻からいっぱい空気が抜けそうな名前の韓流スターが来日して成田は六千人のファンだったというが、ソンよりパンである。パンイムニダ=パンだー。……いやんもう「秋の童話」泣きながら見てたけど。かっこいいよねー、ソン氏。

いかん、とんだ脱線。

おとなパンダーさんは、作者が思い切り私の好みの、パクヨンハ顔なので、もうぜんぜん違う角度から遊びに行ってもらってもいいんじゃないかと思う。

ウォルト・ディズニーが今では世界一有名なねずみの絵を持って映画会社をまわったとき、複数の会社から「こんなの、売れない」と断られたという逸話がある。
私は将来、ひ孫たちにおとなパンダーさんに対する先見の明をひけらかすのを楽しみにしている。

入場無料なので、共に将来子々孫々に語り継ぐ「原画を見たことあるんだよ」自慢に参加してみませんか。

あー、今日は沖縄ソーキそばというものを生まれて初めて食べて、これがまた美味で、ミミガーも食べてビール飲んで、愉快愉快。
それが三十路の美人ちゃんのお宅で、類は友を呼んだ二十台ピカピカの初対面美人ちゃんとお話もして、面白い殿方も一緒で、なんかとっても幸せだったの。
新しい出会いというのは、いいねぇ。元気になるねぇ。

ついでのようでナニだけど、おとなパンダーさんが、また何か新しい出会いを運んでくれますように。


2006年12月12日

とんかつ

おねえさんも、五枚?
と、若いカッコイイお兄さんに聞かれて反射的にうなづいてしまった。
「五枚」」にではなく、「おねえさん」に、体が反応したのである。おねえさんと呼んでくれる人のためなら、五枚でも十枚でも買うのである。
貢ぎ体質は基本的に不滅なのかもしれない。

かくして、肉団子とコロッケを買うおばちゃんの予定は変更された。五枚千円に割引された揚げたてとんかつを無計画に購入してしまったわけで、おねえさんは大慌てで帰宅した。でも大丈夫、おねえさんだから、走れるの。

ところが帰宅してみると相方は取材で夕飯はいらないのだった。
P子もノロにやられてピーピーでおじやしか受け付けないのだった。
朝、しっかり復活してサッカー部の練習まできっちりこなした福助、揚げ物大好きなのに半分で挫折。結局、私だけがもりもり食べたが、それでも三枚残った。

そのうち一枚を今、カツ丼にして食べ終えたところ。
私は肋骨関係で病院に行っていたので、相方は当然昼ごはんには期待せず、朝いちの打ち合わせのついでにブランチした様子。
「なんでこんなに帰宅が早いの?」と聞かれ、一時間待って呼ばれて、今日は担当の先生がいないので受診できないと告げられて帰ってきたのだという腹立たしい事実を話していたら、無性に腹が減った。
ストレスが大きいと私は腹が減る。
この大きな体は、実は見えないストレスの屍骸の山なのであろう。気軽に痩せたらいいのに、などといわないでほしい。それがまたストレスになり、さらに肥える。肥え続ける。
かつ丼はおいしかったけれど、ずーっと整形外科の待合室で老人に囲まれて座っていたせいか、今日はおねえさんモードからおばあちゃんモードじゃ。なんだかちょっと胃にもたれるのぅ。

とりあえず二枚は冷凍にした。冷凍にしたら、永遠の命。
口のおごった相方と娘は食べないだろうから、私がこそこそ頂くわ。

でも、ぱつぱつに太っているから肌なんか血色よくて、年齢がわからなかったのかも。薄暮だし、シミはぼさぼさの髪で隠れている。幸い、白髪は一本もない。
これが痩せちゃったら、きっとしわしわよ。とんかつなんか、間違っても食べそうにないご老人に見えるわよ。
おにいちゃんに「おねえさん」と声をかけられることもない。
そんなの、つまらない人生である。
太っていると、年齢不詳でいい。冬場は特に、「きぶくれ」という便利な言葉がある。

というわけで、やせるのは、春になったら考えればいいんじゃないかな。
大人になるって、自分にうんとやさしくできることでもあるのだ。
相方はぐんぐん痩せていて、ダイエットしている人のいやらしい優越感でデブが愚鈍に見えてならないようだが、彼のきつい言葉の相乗効果で私はさらに肥えて行くみたいだし。
いいのいいの、肉は着てても心は錦である。
まあ、とんかつ五枚かって、結局一人で四枚半食べるようじゃ、当分減らないよな。

2006年12月11日

日曜日の鈴木家

某サッカーフェスティバルの当日、七時に起きると、私の横に相方はいなかった。
前日、終電までには帰るといい残して、相方は出かけていった。
なのに、始発時間をとっくにすぎても相方はまだ戻っていないのだった。
まず仕事場になった地下室を探す。いない。
駐車場の車の中を探す。いない。
ああん、お弁当作らなきゃいけないのに、何やってんだ、私。
つか、何やってんだ相方。
携帯電話をかける。でない。
今日の試合会場も知らない相方に、とりあえず最寄り駅をメールし、そこまで自力でたどり着け。あとは電話でナビする。と携帯メールして、準備に取り掛かる。
すごいロスタイム。でも、電車は待ってくれないの。

走る走る走る。おかんというのは、しゃかりきに自転車をこぐものと見つけたり。

会場に入って、ようやく相方と連絡がつく。
千歳烏山めざして新宿から電車に乗ったが、気がつくと京王八王子だったり橋本だったりよみうりランドだったりなぜか新宿だったりしたらしい。
きつねのしわざかもしれない。……あんまりにもアホすぎて怒る気力もなし。

でもまあ、こりゃあ狩られたのかなとも思っていたので、無事でよかったよ。
ほかのパパとは比べない。荷物もってくれたり、車運転してくれたり、買い物いってくれたり、かいがいしく写真撮っている、そういうパパたちとは比べない。と、言い聞かす。それが家庭円満の秘訣。

第一試合、福助のドリブルをファールでとめられ、フリーキック。先制、一点。
さらに再三ポストに嫌われつつ、福助のシュートで2点目。子どもたちが団子で重なり合って得点を喜んでいるシーンって、いいなあ。じーん。

試合中、相方から電話が入っていたらしく、次の試合までのあいまにやっと話をしたが、ぐるぐる迷ってたどり着けないらしい。
あとで理由を聞いたらわかりやすいランドマークで街の人に質問しまくったけれど、全員まるで違うことを教えたらしく、ぐるぐると……。前回青山で私もそんな目にあったな。田舎者は知らないなら知らないと言え。と、思ったものだった。
しかしやっとたどり着いた相方は、清潔感あふれるパパさんたちの中でただ一人、ドブにはまったような匂いを醸しだしており、きっと道を聞かれたほうもご迷惑だったであろうなとは思った。何を食べると、あんな強烈な匂いになるんだろうか。

第二試合は押しているのに点が入らない焦れた試合展開。
全員が全員、いつもの気心が知れたメンバーではない編成に、思わぬところで味方に球をとられたり、センタリングが生きなかったりして、なかなか福助、思う様なプレイにつながらない。ドリブルで抜けるにも、狭いコートに人が多い。
っていうかもう親たちの落胆の声が「いいかげんシュート入れろよ」と迫っているせいなのか、本当にポストに嫌われ続けて、最後にはポストにはじかれた球に、ヘッドまで試みていた。練習したことないのにな、ヘッド。無得点だったが、いい経験になっただろう。

第三試合、得失点差を考えるなら、4点の点差で勝ちたい。
相手は年少さんチーム、ダブルスコアでいけるかもと思いつつ、福助1アシスト1得点の2点で、後半戦はゴールキーパーになった。後半無得点だったのでドキドキだったが、第一、第二試合のチームがつぶしあってくれてリーグ一位抜け、決勝進出が確定した。

決勝は強豪の、渋谷のチームだった。
全員揃いのユニフォーム、背番号には名前入り。そして、チーム名の入ったグッズ。このグッズが、なんかこう、強そうげなのである。やってるぜ、金もかかってるぜ、親の期待もしょってるぜ、という威圧感が漂う。
正直、福助よりうまい子がいて、福助と同じようなレベルがもうひとりいて、大量得点でリーグ戦を勝ち上がってきた。
オウンゴールで一点先行され、福助が取り返したが、同じ様な目の覚めるシュートを決められ一点ビハインドでハーフタイム。
後半、相手の怒涛の攻めに合い、福助が前に出られない。再三、相手のコーナーキック。それにあわせたボレーシュートを、福助軍、ゴール前で顔面で阻止した子がいた。怪我退場した彼に、大きな拍手が起こる。あれを逃げずに立ち向かっていけるヒロシ(仮名)は、本当に大物だと思った。
自分の子以外にも、随所に感動がまぶされているので、子どものサッカーって本当にお得である。
ロスタイムに入り、福助の運動量がさらに増した。
あたりの弱さはあるけれども、この豊富な運動量だけはピカイチだわと親ばかな私。ぎりぎりで、またしてもポスト、さらにサイドネットを揺らすも、無常の笛……。天を仰ぐ福助。

でも、泣かなかった。
強くなった。
すごい進歩。

優勝チームは慣れたもので、会釈も握手も完璧な表彰。一方の福助、初めての表彰状のもらい方はひどくて、失笑をかっていたけれども。まあ、いいさ。トロフィーにキスしたのも、ワールドカップが大好きな感じがよく見える。

相方とP子が帰宅組、私と福助は卒業アルバムの写真撮影用に、バルサのレプリカユニフォームを買いに行く。ところが福助、どたんばでやはり日本代表のユニフォームがいいという。
ワールドカップが終わっても別に値引きしているわけじゃなし、このデザインは目が慣れてしまってアルバムにはヨーロッパのクラブチームの方が目立つし、正規料金だととっても高いので迷っていたら、
「いつか本物を着るから。代表になったら、自分で買うから。今はおかあさん、これ買って」
……うまいなあ。こいつは言葉がうまく使えないが、女心に忍び込む術はよーく知っていると思う。

代表になったら、きっとただで支給されると思うんだけど、代表になれなくても立派なサポーターとして自分で働いたお金でレプリカが買えるようになればいいね。
サッカーは応援するだけでもものすごく面白いからさ。
そんなことに親子そろって気づいた幼稚園生活なら、このジャパンブルーのTシャツをおいてほかに衣装はないようにも思え、迷いなくレジに持っていった。

帰宅したら、P子が嘔吐下痢で真っ青になっていた。シーツを取り替えるたびに吐く。布団にも吐いて、敷きかえる。こんな体調で一日吹きさらしの中、福助を応援していたとは。君も戦っていたのだなあ。
ついでのように福助も寝る前、リビングの床に突然にどぼどぼ吐き戻し、そこから鈴木家は野戦病院と化した。深夜まで看護。月曜日は肋骨で病院に行くはずだったのだが、それどころではないな。

おそらくはにんにくを大量食いしていた相方は睡眠不足で早寝して、今朝、大変に元気に目覚めた様子。朝からとても爽やかな笑顔と、困った匂いを、振りまいている。

2006年12月09日

下田の方言

ノート型パソコンをノーパソと略していたのに、ノーパンと読むのは、潜在意識に何か問題があるのだろうか。それとも老眼だろうか。
こんにちわ。いろいろなところに問題だらけの鈴木です。

やっと拡散していた室内が集約し始めたが、昨日、福助のお友達が遊びにきて一気にまたサンジラサンボウった。サンジラサンボウというのはインド人ダイバダットの友達のような名前だが、ここのところ頻繁に出てきている下田(大沢地方)の方言である。

同じ下田でも、西のほうと山のほうでは微妙に使う言葉が違うらしい。
私の親愛なる下田コネクション、おとやさんによれば、明日葉=ちんたち草であるが、大沢ではちんだち草と濁る。
なんでそんな名前をつけられたかといえば明日葉の持つ滋養強壮力でそれはそれは立派にちんがたつからだそうだが、恐れ多くも畏くも、昭和天皇陛下に下田弁の方にて、命名の由来つきでご献上したというエピソードが残っている。
そのときは濁ったのか、濁らなかったのか。
かの方の一人称は朕であらせられたが、どうリアクションされたのか。
歴史には残らないそんなどうでもいい事が、気になって仕方ない。笑っちゃうこんな逸話が、後生大事に語り継がれている、そんな下田が大好きだ。
……でも、もうしばらく行っていないのである。
12月は毎週末に試合。それも大きなものばかり。明日も試合だが、この雨ではどうなるのかなあ。ぜひ応援に来てよ、と気軽にいえる距離でもなく、次に会うのはお正月になりそうだ。
お正月までに、ぜひともこのサンジラサンボウを片付けたい。

方言を持たない私には、方言がある相方の故郷が豊かに思える。
「ショウがイイ」という言い方があって、それはどういう意味かとたずねたら、「がんばって長生きしている状態を指す」というので、義理の父が元気に植物状態なのを指して、「とうさんも本当にショウガイイよね」と言ったところ、大爆笑された。
往生際が悪い、とか、くたばり損ない的な意味を含んでいるのだと相方から説明されて、私は一瞬青ざめたよ。先にそう言って。
それを笑い飛ばしてくれる親族だからこそ、私は下田を愛しているが、お国が違うって大変なことかもしれない。

相方の土地では、モノを色で指し示す。
たとえばそこに私の黒い革のジャンバーがあったとすれば、「そこの私のジャンパーをとって」「革のやつ、とって」というものだと信じて育ってきたのだが、この場合、下田の山あいでは「そこの黒いものをとって」という。
それを方言でいうと、「そこのクレーガーとって」となり、私はピンクパンサーの世界に入り込んでしまうわけである。なんかそんな名前の警部だった気がする、違っていたらごめんね。
赤いものはアケーガー。
白いものはシレーガー。
緑のものは、みどりんがーかと思いきや、アエーガなのである。もちろん青も、ちなみに紫もアエーガーである。ゆるゆるの境界線なのである。
それならば茶色はクレーガーに含まれるのかと思いきや、チャイレガと、なぜか厳密である。
黄色いものはキイレイガー。
では、きれいなもののきれいが、と区別はつくのかと聞くと、キレイガなんて言葉は使わないという。美醜はまったく問わないのである。(あえて言うなら、キレイナガで、発音がまったく異なる。頻度としては汚いもののキタネェガで説明するほうが圧倒的に多いが、そのいずれも、色で指定する比ではない)。
形容詞はめったに使わないのである。使ったとして、せいぜい主に大きいもの=イッケエガ、小さいもの=チンケェガ、程度である。
金色の、銀色のは、キンイロガーなのかキンガーなのか、銀色とどう区別するのかわくわくして問えば、「ヒカッテンガ」で片付けられてしまった。
所有も識別名詞も素材もすっ飛ばして、オールマイティーな、何色の。
しかし異国人には、実にとてつもなく難しい発音だし、色で指し示すことに慣れないので、
「アエーガトッテ」「コレダラ」「いや、イッケエクレーガノヨコノ、アエーガダッテ」「コノアエーガカ」
なんて会話で意思疎通しているのを見ると驚愕する。
外国語みたいで楽しくなって、真似して使ってみるんだけどね、的確に使えないばかりか、何度言っても笑われてしまうのであった。

ああ、そんなこと考えてたら、行きたくて行きたくて、ああんもう、行きたいなあ、下田。
ついでに毎度、伊豆の温泉めぐりをしているのだが、これもすっかり絶えて久しい。
嫁いだ以上、相方の家が自分の家……とかなんとか、殊勝な嫁みたいなことを言えばいえるが、正直、この散らかった惨状と忙殺されている日常から逃避したいだけだ。
いや、コツコツやっていくしかないんだけどな。
明日は大きなサッカーの試合なので、福助もくもんの宿題をコツコツやっている。私もお片づけをがんばろう。


2006年12月07日

木曜日忙殺の課題

毎週木曜日は大変に忙しい。
福助のくもんを待ち、P子の帰宅を待つ。
夕方遅くから、福助のサッカー練習とP子の英語レッスンに、サッカーママは車を出して送迎するのだ。
二駅先の場所で福助を落として、別の沿線の駅までP子を連れて行き、さらに福助の場所に戻って練習試合を観戦し、終了後の自主トレに付き合った後、P子の学校のそばで待ち合わせる。
食事のおかずを買って帰り、帰宅後はごはんとお風呂、すぐに就寝だ。

今は嵐が去った後。

今日は福助の水を忘れてしまい、大急ぎで走って買いにいったよ。
私の肋骨は永久に元通りにならないと思うな。

本日のサッカー、五六年生がいなかったせいか、福助2点をあげる大活躍。
ポジションを闘莉王と同じ場所にとり、最終ラインを守りつつ果敢に攻めあがっていった。私の目の前で三人に囲まれたのをトリッキーな動きで抜きさり、一気に左サイドにかけあがる。コーナーすれすれの場所でもう一人抜き、きき足ではない左足で見事なセンタリングを、真ん中で待つ四年生にピタリとあわせた時には、ベンチで見ていて鳥肌がたった。決して寒かったからだけではない。
小さなコートに、私は巨大なフィールド(芝)を見たね。

しかし、敵のゴールキックを胸トラップで落として、一気に前に走りこみ、どフリーではずしたシュートが痛かったらしく、快勝した後も自主トレ百本シュート。
おかあさん、右足の打撲痕がまだ痛いんだけどなあ。

風邪もひかない。ご飯は大盛り。好きなことがあって、それを実に楽しそうに練習し続ける。努力とか根性とか関係なく、にこやかにシュートをただ淡々とコース多彩に蹴り続けて、それでうれしそうなんだ。
小僧に、これ以上何を望もう。私が彼の、大ファンなのだ。こんなに身近でお世話できるなんて、ファン冥利に尽きるのだ。

しかし同じく健康で大メシ喰らい、好きなこともちゃんとあるのに、P子には、私は多くを望みすぎる。なぜだ。投資額がでかかった割りに回収ができないからか。
いや、多分、それが期待値の差なのだろう。
たかだか私の子程度、とんびが鷹を生むとは思っていないのに、それでもこんなに期待して厳しくしつけてしまうわけだから、ご両親が優秀な場合はもう、大変なんだろうな。

女の子だから、というのも、実のところ大きく関与しているような気がする。
女の子は、賢くなければならない。けれどそれを自慢してはならない。
女の子は、婚家でうまくやっていくために知っておかなければならない掟がある。
女の子は、女の子は。
全部私が呪い、戦ってきた部分じゃないか。それをまた、私はP子に? 
それは悪い連鎖なのか、因習なのか。あるいは良かれと思う伝統で、これもまた愛の形なのか。

ただ、好きでいる。
それだけなのに難しい。
ただ、愛している。
その表現はどんな形であれ、尊いとは思うのだけれど、そういいきれない苦味が残る。

いずれにしても、木曜日は忙しすぎる。すでに眠くて、時折船を漕ぐ。時間のあるときにちゃんと考える課題として、日記に残しておいた。うわあん、まとまらないよお。着地失敗。支離滅裂ですおやすみなさい。


2006年12月06日

一石二鳥

なんかとってもうれしかったこと。
大好きな人たちに、ありがとうって言ってもらえた。
P子のお下がり(年長から小学一年生版)を幼稚園に持っていき、お友達にもらってもらったのだ。
福助のお友達が着てくれるなんてそれだけでうれしいのに、そのうえありがとうといわれちゃって、ああ家庭内お引越ししてよかったよん。
福助のお下がりもチビ軍団に大放出。身内みたいなのがそれを着てくれたらそれだけで結構うれしいものなのかと、そんな喜びに打ち震える私。
今までみたいにアフリカに送ったり、知らない人に送るのも、悪くはないんだけどさ、やっぱりもう一回、別の形で活用されているのを直接見られたらうれしいからなあ。
こういうのを一石二鳥というのだね。お部屋はすっきり、しかも心はポカポカ。朝からとってもいい気分。

昨日は風邪の初期症状で一日寝込んでしまったが、一日寝ればケロリと治る。動いていると面倒なこともあるけどその分喜びは大きい。
さあ、テンションあげていこう!


2006年12月05日

おかたづけ

少しずつ前進しているに違いない。と信じているのだが、相変わらず家はごみ屋敷状態だ。
怖いのは、目がそれに慣れていくことだ。
このままごみ屋敷でもいいんじゃないかと一瞬思ってしまうことだ。
こうやって、身を持ち崩していく瞬間を重ねて、人は落っこちていくんだろうなあ。

部屋が散らかったままだと、子どもたちがもうまったく片づけをしなくなる。
この機に乗じて、むしろ散らかし祭りを繰り広げてしまう。木を隠すなら森の中、ごみを隠すならごみ屋敷である。
脱ぎ散らかし、書き散らかし、切り散らかし、食べ散らかして、そのまんま。
そして案外平気な顔をしているのだから、子どもの適応力というのはすごい。

さすがに私がイライラする。
これからたたむ洗濯物の横にP子が容赦なく自分のパジャマを脱ぎ捨て、ごみを目の前のゴミ箱に入れずに床に普通に落としたとき、理不尽にも切れてしまった。
汚染された海におしっこをたれて何が悪い。そもそもこんなに散らかしてあるお前が悪いだろう。
と、私がP子ならきっと言うなと思いながら、私はきぃぃぃぃぃと奇声を上げながら、娘の机の上のごみと床のごみを一気にゴミ袋に押しこんだ。なまはげ誕生の瞬間である。
君の独立した子ども部屋を作ろうとしているのにその態度はなんだ、こんなごみ女に一人部屋なんて不要なんだっ!と怒っていた。きぃぃぃ。私の仕事部屋はウォークインクローゼットの中だぞ、もっとも、ほとんど仕事してないからいいけどなっ! きぃぃぃぃ。
ああ、この声はどこかで聞いたことがある。
片付けるのが昔から苦手だった私、いやまて、そもそも片付けるという概念がない私を育てたのは、いまやご隠居して部屋中、古物を並べて悦に入っている母・ヨシコ、その人だ。

母・ヨシコは私が子どものころ、子どもの私物はごっちゃりおいてあればなんでも全部、おそらく自らの生理の周期にあわせてきぃぃと叫びつつ、いっせいに捨ててしまう野性な人だった。
当然、私はどんどんモノに執着がなくなり、物欲はあるくせにその始末はできない人になった。たとえるなら、やりたい盛りのお兄ちゃんのやり逃げ食い散らかしに近い。
だからこそ、自分の娘はものを大事にする子に育てたかったのだが、私に片付けることができないのだから、娘が几帳面になどなるわけがない。
なのに親の意識は呪いのごとく効果を発するのが幼児期の怖いところで、切り抜いたごみまで取っておくモノへの執着の強さをもちながら、整理してしまうことはできないというとんでもない二面性を併せもって、少女はP子になった。深情けの情婦のくせに、多情多淫である、みたいなケースである。
喩えがわかりにくいか。

相方と暮らし始めて、サンジラサンボウ(訳・散らかり放題/下田弁)に慣れたとはいえ、何もないホテルの部屋とスーツケースひとつというのがずっと理想の部屋だった私である。この現状は、モノがありすぎて、うるさいのである。
もう安静にしなくても大丈夫だろうと、ちょっと前から少しずつ片付け始めたのだが、賽の河原で石を積んでいるような気持ちになって、片付かないことでまたイライラするのだ。それでも今度の大引越しで、本当に不要なものは全部捨てるのだと意気込んでいるため、外部の手が借りられない。私の片付けというのは場当たり的で、とにかく見えないところに押し込んだら終了だった。場所がぱんぱんになったら容赦なく捨てればいい。
でもね、それじゃあいくらあっても足りないの。
全部捨てて、また買う、そして整理しないで押し込んでしまうから行方不明になり、仕方ないからまた買って、いっぱいになったら全部捨てて…。アホである。

引越しを決意するまでに、何冊も本を 読んだ。
料理に材料の選び方と調味料の使い分けと手順があるように、整理整頓にも、ちゃんとやり方があると私はこの年で初めて知った。今までの私の整理整頓は、童貞の勘違いセックスみたいなものだったのだ。……相変わらず喩えがわかりにくいが、あんなところをこんなふうにしたって、ちっとも意味がなかったのね、と知ったのである。ここにあれを入れたって(もういい)。

ばりばり走り回るほどには回復していないが、それでも少しずつ回復している。この家と連動するかのように。
今日は私が不在のときに、相方のご担当編集者が来たという。
「うわー、そうだったんだ。こんなちらかってて驚いたでしょう」
もうちょっときれいになってから来てほしかったよ……、と相方に言うと、
「いや、別に。いつもとそんなにかわんないじゃん」
と言われて愕然とした。
だってリビングと玄関とトイレはいつも片付いてるよ? 今は家中至る所がダンボールとゴミ袋だらけだし、本なんかも乱雑、服が飛び散っていて、それでいつもとかわらないはないんじゃないの。
そのうち、イライラが昂じて、ぷんすか怒る。イライラするほど散らかっているよねー、ねー。という点で合意してほしいのだ。
「お前、自己認識甘すぎ」
と相方に言われ、きぃぃぃと唸りながら、寝室に行った。すると、すでに目が慣れているいつもの平成新山(洗濯の山)が、今度は多少マシになり始めている。犠牲になる部屋に押し込んで片付けたことにする掃除はもうおしまい、システムからして大改革なのだ。
それで、わかっちゃった!

相方は日々、散らかっている側(寝室、屋根裏、地下室、台所、廊下、風呂場)を 見ていた。だからどこが散らかっていても、「まあ、こんなもんだろう」になる。
一方で私は、日々必死で片付けている側(居間、子ども部屋、玄関、トイレ)を見ていたのだ。だからケの部屋は散らかっていてもいいのだが、ハレの場が整っていないことに、いらだつ。いつもきれいにしている「つもり」を相方に認めてもらえないのも、腹立たしいのだ。
すごい大発見である。二人の視点がまるで違っていた。……何の役にも立たない大発見、というところがまた、奥ゆかしい。

それにしても、物事の都合のいい面しか見ないというのは、私の特徴なんだろうか。こればかりは母・ヨシコの育て方とはまったく関係ない気がする。
楽天家にもほどがあるだろうと多少自嘲しつつ、どんなに引越しをがんばったところで、大好きなホテルライフには程遠そうだし、子どもたちは多分整理上手にはなれないし、家中丸ごと全部片付くなんて夢のまた夢。
しょうがないんじゃないかなあと、ゴミより先に、変な期待を捨ててみた。

2006年12月03日

小学校は役員選出の季節です

役員選出の話し合いに出る。
私はオトコらしく、さっさと手を上げてしまったのだが、誰も私の後に続かない。
俺と一緒に苦労してくれと笑いはとれても、誰も私と目を合わせてくれない。
人徳がないんだなと少しへこむ。
仲のいい友達を誘ってもいいんだろうけど、それぞれの事情もよく知っているだけに、声はかけにくい。押しの強い私に誘われたら、断るだけでいやな思いをするんじゃないかと、私はそんなとこばっかり気が弱い。

立候補がでない、という待つ時間が苦手だよ。だからさっさと手を上げた。
私がいただいているご恩をお返しできるなら、なんだってやると決めたからだ。
でも、そのあとに各人、できない理由をとうとうと述べられると、なんかこう、ゆう子さんは物好きで暇な人だと言われているような気がして、割といたたまれなくなる。
しかも荷が重いから今回は降りるなんていわれると、何も知らないで飛び込もうとしている自分の間抜けさ加減に、不安もつのってくる。
今年はかくかくしかじかで無理だけど、来年にはやりますよんときっぱり宣言してくれた人もいたので、事情を述べるのも大事だということには気づいたが。
やがて、来ない人の批判も出てくる。
でもさー、萎えちゃうからあんまり聞きたくないんだ。
気持ちはわからないでもないが、話し合いに来ない人はよほどの事情か、気持ちのない人なんだし、立候補できない点においてはきてもこなくても結果は同じなんだから、まあ放っておけばとも思う。
私は人を批判できるほど、多分PTA役員として上等な仕事はこなせないんでね、なるべくそこは黙っていようと思うんだ。能力が低いというのは、悪いことばかりでもない。これがプロの方の仕事となれば、当然できない人に対して厳しいことも言うからさ。

そもそもPTAってなんだろうな。
みんながいやがる「どぶさらい」みたいなものだったら、全員持ち回りって言うのもわかるけど。ボランティアって、必ず自分にかえってくるものなのに。
意義あることだぜ、子どもを守るんだから。チャンスなんだぜ。小さなころにあこがれた戦隊ヒーローになれるんじゃー。面白い経験だって待っているに違いない。物理的に活動する時間もやりくりは大変だろうけど、時間は作ればなんとでも。

……いや、嘘だよね。
どこかでちゃんと、大変なのわかってるもの。率先して立候補したけど、やりたくてやりたくて、というわけではない。
みんな大変なのはわかってるから、役員選出委員っていう、役員やりませんかって声をかける係りの人が痛いほど気を使うんだ。
幼稚園で会長やったのとはわけが違う。規模も姿勢も規律も、何よりおかあさんたちの考え方が。
仕事のキャリアも収入も停止させて、ボランティアのために時間を作らなければならない。フルタイムで働くことが免除の理由になっているなら、その間お金もキャリアも将来の年金まで全部自分のために貢献しているAさんのほうが、どう考えたって、ただボランティアに精出して社会に貢献するゆう子さんより、税金分支払ったってお得に見えてしまうあたりも、卑しい。
家事だって滞れば、また相方に迷惑もかかってくる。うちは在宅だから相方に昼ごはんを作るのが私の仕事だということも、まわりに理解されるとは思えない。時折ではあるが、深夜に寝ないでやる私の稼ぎ仕事の形態も、多分わかってもらうのは難しい。

そうか。損していることを、わかってもらえないことに、いらだっていたのか。
誰にわかってほしかったんだ? 要領よく逃げている人にか? PTAを愚弄する世間にか?
でもそれは「役員ざます。こーんなにたいへんなんざます」と恩を着せて、感謝を強要しているのと同じだから、ひどくはしたないよな。
その仕事が、有償であれ無償であれ、そこにどんな価値と輝きをみつけていくかは私の手腕なんじゃないか。
結局、重圧感は自分の中で解決するしかないんだと気づいて、ほら、一歩前進だ。
また寝たきりの舅に会いに行く回数が減るけど、義父も義母も怒らないと思う。
こんな風に、PTAの仕事は役員一人だけの問題じゃなく、その家族もいやおうなく協力させられるのだ。家族のあり方も試される。家族の中で自分のポジショニングがどんなものかも試されるだろう。お金払ってカルチャーセンターで家庭のあり方チェックしたり、そういう講座を学ぶより、ずっといいぞ。
仕事の合理化を学ぼう。時間の使い方も特訓しよう。特に慣れない仕事には何が大事なのか、前任者からしっかり学ぼう。誰よりも仕事ができる人であるためには、無償の仕事だって、「経験」に損などないはずだ。

やらなくてすむなら、できればやりたくはない。
でも、きっとそう思ったら私は動けなくなるんだから、その中から楽しいことをできる限りみつけていくんだ。
要領よく逃げる人を疎ましく思う気持ちもあるよ、正直に言えば。ただそういう負の感情が大きくなっていく時間が惜しい。大きくなって手がつけられなくなったら、今大好きなママ友のことだって嫌になっちゃうかもしれず、そうなったら困るから、もう、そっちは見ないようにするんだ。

できないことなら、できるようにすればいい。工夫は私の得意技じゃないか。でも、そういうことは、誰かに無理強いすることじゃない。私自身の課題だった。
同じ労働なら、せっかくだから楽しくやりたいなあ! 執行部である役員合計12名、もうすでに会長は決定しているし、今日は欠席するけど私も来年やるから、頭数に入れておいて!!といううれしい声も聞いた。頼りになる人は必ずそばにいる。事情があって役員はできなくても、できる限り協力は惜しまないといってくれたママ友もいて、世の中捨てたもんじゃないのよ、本当に。
執行部、いいメンバーに恵まれますように。

2006年12月02日

油断

今朝は福祉センターに行く日でそのつもりで用意していたのだったが、朝、福助が突然
「やっぱり今日は幼稚園に行きたい」
と言い出した。偶然、就学する小学校見学の日でもあり、直前、どうしてもそっちにいきたくなっちゃったらしい。
予定を自ら変更したい臨機応変さは評価できるが、小学校は別に珍しい場所でもないし、先月は骨折でお休みしているのでセンターにしようよと説得する。
「ごみなら僕が出すから。サッカーでも点いれるから」
こうなると、もうまるでりんご欲しさに芸をする、戦時中のかわいそうな象である。おかんがそういうのにめっぽう弱いことを知っての狼藉か。……よし、じゃあ幼稚園だ。
問題は時間。
登園するなら九時十五分までに。という通達があったのだが、センターに電話して予定変更して、園に伝言してもらうはずのママ友に電話して訂正して、車に乗っけた荷物撤収して、しかしすでに……。どんなにがんばったって遅刻だがここはせめて園長先生に誠意をお見せせねば。と、自転車にまたがる。
ああもう東京の道はどうしてこうでこぼこなんだろう。肋骨にひびくってんだよと文句をいいつつ、サイズだけは競輪選手のような太ももを生かして走る走る。ワープしたかのようにほとんど遅刻しないで到着したのは奇跡だな。
痛み止め余分に飲んでおけば大丈夫だろう。

捻挫より骨折より、最後まで痛いのは打撲なのねと知って、自宅ではなるべく安静に、パソコンをいじり倒す。蜜月、蜜月。
ようやく家の片付けも少しずつ前進させられそうだ。なにしろごみ屋敷だからなあ。年内はお客様、呼べないわ。
子ども部屋を見ると、福助が自分で作ったゲームが。
升目がきってあり、そこにカードを置いていくものらしいのだが、切り取ってあるカードには漢字で「豆」と書かれている。全部、豆。豆、五十枚。謎の豆ゲーム。そんなにも、豆が好きか。なぜだ。見ただけではルールもさっぱりわからないが、天才の考えることは凡人にはわからなくてもいいのだ。豆カードを捨てないように、そっとまとめておく。

ちょっと前、福助は幼稚園でクラスメイトの女の子にキスされた。と、その女の子から聞いた。
ふいうちのキス。
「だって、福ちゃんが大好きなんだもん」
と言われて、私が彼女を抱きしめてキスしたいと思ったよ。こんなかわいいお嬢さんに初めてのキスを受けるなんて、何たる幸運。当の本人はテレまくるばっかりだが、そんなテレ顔を見たことがなかったので、こっちまでニタニタしてしまった。
所詮、豆ゲームづくりにうつつを抜かす六歳児ですが、末永くよろしくお願いします。な、気分さ。
そういえば、P子が福助宛のラブレターをもって帰ってきたこともあった。同級生の妹から頼まれたらしい。
福助、わが世の春だな。早すぎる春。これがあと十年後に来れば……。
サッカーをしているところだけ見ると、福助は確かにものすごーく頭がい子どもに見える。
考えて動き、指示してリーダーシップも発揮し、足も速く、誰よりもルールを理解し、何より得点をあげる率が高い。チームメイトに応じてポジションも戦略も変え、努力家だし、またサッカーを愛しているのが全身で見て取れる。
利き足ではない左でのシュートを丁寧に練習していたので、そのわけを聞けば、左サイドから上がったときのチャンスをものにしたいから、という。わが子ながら、そんな六歳児に敬服する。(恒例・親ばか)
だが、グラウンド以外で見ると、正直、かなりトホホな人でもある。
ニコニコ笑いながら「くそばばあ」と言って私に叱られ、その理由がわからない、ノッポくん(仮名)はおかあさんをそう呼んでいるっていうから…と涙ぐんでいたりする。意味わからないでカンでしゃべっているから天然の加減が半端ではない。
もちろん、道路のとまれの白線では必ず一時停止しないと渡れないとか、防火ベルを誰かがふざけて押そうとするだけで洒落がわからずに大騒ぎしたりとか、みんながおやつを食べ始めても納得の行くところまでは練習をし続けるとか……んー、奇行は当然たくさんある。
だがサッカーが彼を助けるのだ。くるくる回りたくなったときには、ボールを一個。これでただのアブナイ動きがとんでもないドリブルを繰り出す動きに変わるわけで、ボールが彼をささやかなスーパーマンにしてくれる。
女の子から、カッコイイと熱い視線を送られるなんて、誰もが経験できるものじゃない。福助は、ちょっと脳内に不細工なところがある。だから豆カードゲームなんかを作り出している。でもそのせいでサッカーへの執着が高い技術につながっているのなら、そのおかげであんなかわいい女の子にキスされちゃったのなら、人生ちゃんとトントンってことなんじゃないかなあと思う。
なんとなくだが、スポーツ選手にはそういう競技に一途な反面、私生活破天荒みたいな人が多いような気がするんだが。
まるで他意はないのだが、大リーグに行く井川選手に、異常にシンパシーを覚える昨今である。がんばれ、井川。心から応援しています。

さて、私自身、今日は自転車にも乗れたし、もう回復だな。気分がいいので、ビールで痛み止めの薬を飲んでみた。

……そして今、全身全霊、後悔している。寝ます。

2006年12月01日

おっぱいの

「おかあさん赤ちゃん産んでよ」
と、福助が言う。
「いや、無理。犬じゃダメ?」
と聞いてみたら、
「犬、産むの?」
と驚く福助。うーむ、いくら私でも、さすがに犬は産めないだろう。
「そうだよねぇ。ああびっくりした。だって犬だったら、おっぱいのつぶが、がうがうーって噛まれて、痛いよね」
えええ。そういう発想?

乳首、を、おっぱいのつぶ、というのはなんともかわいいけどな。

ところで、今日から私は再びウィンドウズを使い始めます。
午前中、相方と一緒にパソコン屋にでかけ、マックとウィンドウズを見比べてきました。
ウィンドウズは無理だと思っていたけれども、仕事のオファーが入れば四の五の言ってられないのです。マックは不都合が出た場合、最近はウィンドウズに特化した相方の無料修理屋さんを望めない以上、選択肢はないのでした。私にいじれたエレクトロニクスはせいぜいヒューズ直すところまででね。
ワープロ衰退後、パソコンしか道具がないのだから、どんな不可能だって可能にするのだ。と意気込んだわりにはあっさりと、一目ぼれで愛用機を決定しました。
なかなかかわいいノート型です。かっこいい女性の名前を命名してみたりして、あらら、パソコンって楽しいかもしれない。

で、いじり倒してみてもまだ慣れないし、機能の大半は眠ったままですが、初めてインストールというものをやってみたり、意味もなくカメラで写真を撮ってみたり、ネットゲームにたどり着いたりして、いろいろと新鮮です。初めての喜び、ってやつ。
何年もキーボードはたたいてきたけれど、所詮ワープロ使用だったのでね。
今回は、せっかく仕事部屋も地下のパニックルーム(でも改装したらものすごくカッコイイ部屋になって、ちょっと悔しい)から、二階の天井裏を含むウォークインクローゼット内に移すことだし、(それ、普通仕事部屋って呼ばないけど)それを機に、できるだけいろいろな可能性を探ってみようかと。

ああフリーズしないっていうのは快適だなあ。
この単純な喜びを忘れないでいたいなあ。
充電器があるから、居間でも打てるのはいいなあ。寝室にも持ち込める。うわーい。
……って、仕事に使うために買ってもらったんじゃなかったのか? 

この愛用機は、うーんと癖っぽいハンサムガイだった年上の恋人と別れたあとできた、高性能な若い愛人ってとこか。
しばらくは蜜月したいと思います。
ついでにテレビもデジタル化して多チャンネルになったし、当然、引越しはまだまだぜんぜん片付いていないし、しばらくは、赤子も犬も飼えそうにないな。
これはもうあらゆる意味でおっぱいのつぶの出番なし……って、その前に、乳の横の打撲をはじめ、全身の打撲痕をなんとかしなきゃあ!