2006年11月27日

なおらない。

かわいこちゃん一家がうちに遊びに来た。
もちろん、一家の主婦が引っ越しの最中に骨折しているので、家中ゴミ屋敷と化しているが、お菓子もって遊びに来てくれたのだから、当然中に入ってもらう。否応なくお茶につきあってもらうのは当然なのである、だって暇なんだもん。
貧民屈のようにぶら下がる洗濯物。あちこちに段ボールと、ゴミ袋。いやあ、ゴミ屋敷で飲むお茶というのもまた、乙なのである。

そのかわいこちゃんが、実にかわいいのである。安野モヨコさんの描く女みたいなかわいこちゃんなのである。彼女のダンナは彼女にぞっこんベタ惚れなのだが、それには美貌以外、もうひとつ理由がある。

家を買う、という話をしているときに、貯蓄の金額の話になり、
「うちは8、ってとこですね」
と、かわいこちゃんは鼻をふくらませて胸を張る。800万、まあ相場なのかも知れないが、若いのによく頑張っているとまわりは思う。
そのダンナは、「なんだ、うちには80万もあったのか、隠し資産だな」と思ったという。しかし、よくよく聞いてみると、貯金残高8000円だった。お前それじゃあ今日びの高校生より少ない残高じゃないか? っていうか、生活は大丈夫か? と、笑う。……肋骨が、痛む。

「年少さんだから、どうしても風邪とか病気とかもらい放題で」
と、かわいこちゃんはママ友なので、全国共通の悩みを嘆く。
「そうだねぇ、まあでも年少のうちは病気もらって、年中でとんとんで、年長だとものすごーく強くなるから。たいてい皆勤賞がでるのは、年長さんだからね」
「え。そうなんですか。うへー。それ、どんな病気ですか」
「ん?」
「カイキンショウ、って……。あ、あー。ああああ、ああ、やだー、ああ!」
一瞬、疥菌症、みたいなあて字を思っていたのか、かわいこちゃん。笑う……痛いのね、肋骨が。

といった具合で、かわいこちゃんがお見舞いに来てくれるとものすごーく華やかで楽しくて笑い転げてしまうので、私は彼女の大ファンなのだが、肋骨折ってない時にもっと頻繁に遊びに来て欲しいと思う。

P子が風邪気味だ。
「福助はどこも痛くない。元気だよ! 」
と、今日もサッカー部で二点をあげた福助が、胸を張る。
「そうかい、立派だよ健康が一番だ」
と私が頭をなでると、
「長生きしそうだよ」
と言うので、吹き出してしまい、そのあと襲い来る鈍痛に唸るのであった。
基本的にどこが間違いといえないのだが、ちょっと言葉の使い方が変だったよと言うと、
「そうか、自慢だったか……」
と反省していた。それもまた違うので、笑った後唸った。でももう己の保身のため、説明はしなかった。

福助もまた、かわいこちゃんのように、突拍子もないところから斬り込んでくるので、油断がならない。
相方は一緒にゴハンを食べながら顔を合わせるたびに小ネタで笑わせるし、私の肋骨はあと残り二週間で本当に治るのだろうかと不安である。
そして、この家は、本当にキレイに片づく日がくるのだろうかと、心の底から不安になる。

パソコンは今日もだましだまし。
相方のメインマシンもなぜか壊れてしまった。
早く修理にださなくちゃ。そして、代替機も買いに行かなくちゃ。
せめてP子の風邪が悪化しませんように。

2006年11月26日

「楽しい」瞬間

まだ生きている。
すばらしい生命力だ、i-book OS10.0。
時々固まるので怖いけど、だましだまし使う。

だってウィンドウズ、直らないんですもん。(完全他力本願)。

ブログが書けて、メールとテキストが書けて、ネットが見られれば、それで事足りる私のPC事情なのに、特にテキストの部分でヘビーユーザーであるため、なかなか最適な愛用機がみつからない。……理想はワープロ、ってことなんだろうなあ。
実際ワープロで十分だと思っていたのが、このスタイリッシュなi-bookに惚れて移行し、一台壊して、一台もらって、何年使ったか。一度惚れると一途なタイプなんで、こういうとき困るんですよ。何度振られても、そういうのだけは学習して要領よく、なんか、できるもんじゃないからねぇ。

銀河系一強いと自負していたU-6の小僧のチーム、それを上回るチームが遠征にやってきて、小僧、ホームゲームで一敗二分け、初のノーゴール。ベストメンバーを二チームに分けての試合とはいえ、「この辺りの地域一強い」というエリア限定も幻と化した。
相方の話を聞いていて、上には上がいるんだなあと思う。U-6のうまさなんて実は早熟なだけで、本当に強い子は小学生の後半で頭角を現すのだとも雑誌に書いてあり、道は長いんだなと思う。
試合内容がものすごーく充実していたらしく、敗退した日の日課、悔しさ紛わす百本シュートは不要だった。せいぜい相方につきあわせて公園で二時間みっちり調整するぐらいで済んだので、いい試合は子どもを成長させるのだと実感。こうやって、大きくなっていくのを待つんだろうな。
三時間試合と練習やって、それでもまだサッカーしたいんだ。二時間でも三時間でも、球を蹴り続けたい。
そういう想いを、忘れないでいてくれたらいいな。自分の好きなことがずっとそばにあったら、それで喰う喰わないは別として、幸せはとても簡単だ。
私はこんな風にだらだら書いていることが幸せで、今は書くことに生産性はないけど、それでもやっぱり楽しくてやめられないわけで、小僧のサッカーもきっとこんな風に空気みたいに当たり前な、「お楽しみ」のひとつになってくれたらいい。

好きなことで喰うことが実はどれぐらい「好き」な部分を浸食するか、一般には「夢を叶えた職業」の末席にいる相方を見ていると、時々つらくなるよ。

昨日、小僧が闘っているとき、私もP子も大きなホールの舞台、緋もうせんの上でオコトと格闘していた。おとこではなく、お琴ね。発表会だったのである。
「さくら舞曲」一曲だけとはいえ、始めて三ヶ月かそこら、しかも家には琴がなく、さらに前日に突然「弾きながら歌を歌うことになりました、二番までの歌詞を覚えて」とハードルが上がり、まともに正座ができないので立奏となり、予定の着物がダメになったが買いにも行けず基本は喪服の衣装という、なんというか切ないぐらいバッドコンディション。
好調に飛ばしていた前半、決めのところで間違えた途端に、顔が赤くなっていくのがわかった。ああ久しぶりだなあ、こんな緊張感。あとはもう、ひたすら歌って誤魔化しました。ははは、何の発表会だ。
P子は完璧な演奏だったが、余裕ありすぎて客席に私を捜しており(だから何の発表会か)、大変に見苦しかったです。親子揃って落ち着きがなさすぎる。師匠、すみませなんだ。
地域の名士の方や、校長先生や、町会長さんもいらしていて、でーっかいお花も届いているし、基本的にみなさん着物でしゃなしゃな歩いていて美しく、いやあ実にいいライブでした。ステージは見るのもいいけど、やっぱりあがっている側の方が楽しいね。素人でもね。
大きな失敗は誤魔化せたんだし、歌は完璧だったし、いいのよそれで。

そんなわけで、気合いが入っていた週末のイベントが終わり、本日とてつもなく痛いです。
でもだましだまし使う。体、イヤでもコレいっこしかないですし。
……いや、今日は安静でいこう。いてて。マジ、痛いや。

2006年11月24日

薄氷を踏む想い

パソコンが完全におかしい。
けらえいこさんからもらったこの可愛いスタイリッシュなi-bookとももうすぐお別れです。
ううう。上田さん、けらさんありがとう。使い倒したよ。
次の私の愛用機が定まらないまま、地下室で放置されていたウィンドウズがダイニングに運ばれてきた。でも、全く作動しないの。何すねてんだか、この無骨なでかい箱は!! 器量が悪いんだから、働き者ですってとこをアピールしなきゃ、かわいがってもらえないのに、そういう機微がわかんないんだ、こいつは。と思いつつ、相方がしっかり整備してくれそうなので、それまで麗しいi-bookちゃんの心臓が持ってくれればいいなと思う。

一方で、私の背中もおかしい。
くしゃみをすると死ぬほど痛いので、くしゃみを強引に堪えてみたところ、背筋をちがえてぎっくり背中。これがまた、ものすごく痛い。
病院で三時間待てたのも、痛み止めの注射を打ってもらえれば少しは楽になるからだ。耐えに耐えたのだが、順番がやってきて(狂喜!!)、結局「僕は痛み止めは打たない。座薬を出しますから」と二枚目先生はきっぱりとおっしゃり、またいつもくたびれた先生でなく若い二枚目なもんだから私も「はい」なんてしおらしく従っちゃったりして、三分間で診療は終わり。背中、激痛のまま。うんこもらしたような歩き方(足の打撲とねんざのせいだ)で帰宅した。
全行程四時間、薬二週間分。絶対に悪化したと思うよ、病院に行くことで。

どうやら、美形に弱いんだ、私は。
私が信ずるところの美形、という限定付きで、その審美眼はどうも世間一般の評価から多少ずれているところにあるんだけれども。


うわ。今、パソコン止まってたよ。怖い、いつまで動くかわからないのよ、本当に。
書きたいことがたくさんあるのだが、あとは覚え書き。業務用が作動したときに無骨な「窓」の方で書こう。
金色の折り紙 明日お琴の発表会は我が家だけ無観客状態 練習試合 壁紙 整理整頓が吉という占い 相方の井伊直弼化 安静ならあと二週間で完治安静なら

絶不調

パソコンの不調が深刻だ。
私の不調は時間が解決するが、パソコンはそうはいかない。
だましだまし、いつまで使えるのかなあ。
これはアップ出来るのかなあ。
恐怖しつつ、寝ます。おやすみなさい。

2006年11月22日

何に試されているのか

今度は皿が降ってきた。

左肋骨と同時に、左腕にも打撲があったようで、肩があがらない。
当然右手一本しか使えないのだが、それでも夕飯は作る。
といっても、寸胴に大量の野菜スープ、あとは下田から送られた救援物資の魚を焼くだけである。一汁一菜にしては豪華な金目鯛。
で、お皿が眠っている戸棚を開けたら、今度は上から皿が降ってきたのであった。
ひらり、というよりは、どすん、と身をかわしたら、右足の打撲&ねんざが、がっきーん。

ううう。痛い。ちょっと泣く。

さすがにコレールのお皿は割れない。だから好きよ、アメリカ製って。頑丈で。
しかし、日米決戦に負けたお気に入りの和食器がひとつ、お亡くなりになった。
奥に入っていた、プラスティックの蒸し器(多分100円ショップ製)の位置が何かの拍子でずれたのがこの戦禍の原因だ。
それはもうここ何年も使っていないのに、頂き物だから捨てられないという、義理の塊であった。それによって、私はとってもとっても気に入っていた陶器(3000円相当)を失い、さらにケガを悪化させたのである。
……なんだか、いろいろなことがバカバカしくなった。

ずーっと散らかった部屋に座ったり寝たりしていると、もう全部なくてもいいよな、ふっふっふっ、捨てちゃえよ、と、どこかサディスティックな気持ちになる自分がいる。
それにしっかり呼応して、いやん、捨てちゃうの、捨てられないのに、ああ、でもこんなに捨てたらどうなってしまうのかしら、もうどうにでもして。みたいな、Mな私を発見する。

治そう。一日も早く治そう。
妄想に取り憑かれて、おかしなコトになる前に。
そして、元気な体でもりもり動いて、この家中の義理の塊と欲の塊を、一気に全部処分し、私は快適に暮らすのだ。
そうだよ、タイに引っ越すつもりになればいい。どのみち老後はそっちにいくんだから、貯めるべきは腹の脂肪でも、着られない洋服でも、不要な書類や雑貨でもなく、現金であろうがっ、この○○○めっ!! ピシッ。ひゃあああ、おゆるしを! 捨てますから、何もかも捨てますからぁぁぁ。

ただいま、不適切な表現がございましたことを謹んでお詫び申し上げます。

パソコンがカリカリ、不穏な音を立てている。
まだまだ災難が続きそうなのが怖い。
敵は戸棚の中にもパソコンの中にも潜んでいるのだ。
おっと、冷蔵庫の中にも潜んでいる、あの甘い伏兵にも、気をつけなければならない。

私は一体、何に試されているのか?

2006年11月21日

「心の歌」

http://wahahahompo.co.jp/hp/stage/psj/kokoro_index.html

親愛なるのん様ことポカスカジャンの大久保ノブオさんと、さらに親愛なるタマさんことタマ伸也(のびなり、じゃないよ、しんや、だよ)さんが、広島でライブ。

心の歌。

日時:11月22日(水)
場所:オーティス
広島市中区加古町1-20
開場:18時30分
開演:19時30分
料金:3000円 (ワンドリンク付き)
お問い合わせ
オーティス (082)-249-3855

ところが、なんの手違いか、運命のイタズラか、ネタ的には大変おいしい、チケットが未だ六枚しか売れていない状況だそうで。
というわけで、広島とその周辺の方で明日、お時間ある方は、ぜひ話の種に覗いてみてください。
「スズキ・グロリア・ユウコさんの知りあいです」などと言って頂ければ、きっと、タマさんから熱い抱擁が……。え。いらない? 

と書いて、どのぐらい宣伝効果があるものなのかなあ。

ま、タマさんの抱擁は保証の限りではありませんが、彼らのライブはとっても楽しいことだけは保証します。笑うと痛い私の分も、ぜひ楽しんできてくださいませ。


いい天気だね

いい天気です。
ずーっと寝てると、窓から見える青空が恨めしい気がします。
自分に与えられたチャンスを行使できないからだな。こんないい天気、ちょっと外に出るだけでも気持ちいいお散歩が待っているだろうに、という「楽しい」前提にあると、それが出来ないだけでこう、もやもやするもんです。
いっそ雨なら。
と、てるてる坊主を密かに逆さづりの刑にするのを空想したりしてね。
でも、雨だったら、きっと気分だって陰々滅々ですよ。大切な誰かが雨に濡れて不愉快な思いをするかもしれないんだし、縁もゆかりもないカエルだけが喜んだりしてさ。肋骨も痛むだろうし、そりゃあ、晴れてた方がいいに決まっているんです。
子ども達だって、こんな風に晴れている方が、気分いいだろうしね。どうも体調不良で、といってた友達だって、気分一新しているかもわからない。
なんかこう、そうやって大事な人がいい感じ、ってのを考えてると、ちょっともやもやが収まってきますね。
大事な人が増えていく、っていうのが、年を重ねた一番のメリットかもしれないなあなんて、青空を見ながら思いました。たくさんの出会いがあって、わらわら増殖していく感じがいいね。
体がきかなくなっても、想像力は無限だから。ベッドの中でだって、やっぱり晴れてりゃいい気分です。この晴れ、というのが、いい感じの舞台効果だ。
ちゃーんと肥大する想像力に、リアルが宿るのもまた、年の功ってやつなんじゃないかと思いました。へへへ、面白いよ。この人は今頃こんなコトして笑ってるんだろうな、とか、こいつは走ってて幸せなんだろうなとか、教室でへこんでも休み時間だなそろそろ、とか……。彼女は自転車に乗ってるかな、昼ご飯は公園で食べたりしてな、埠頭の海風は冷たいのかな、気分良くて商店街でついうっかりボジョレー買ってたり。原稿が出来ない!と思ってちょっと青空に八つ当たりしているのもいる。
出逢った友達のキャラが、勝手に動いて、楽しませてくれます。その人っぽい台詞が出てくると実に楽しい。

今日は、みーんな、気分がいい一日になりますように!!

2006年11月20日

一難去ってまた

深夜、相方が叫んだ。
「なんだこりゃー。水浸し、水浸し」
右足を引きずりながら声のする廊下に出てみると、室内なのに一面池になっていた。
え。なんじゃこりゃー。床上浸水?!
現場は玄関横のトイレだった。
子ども達のどちらかが手を洗った後水を出しっぱなしにしており、飾っておいた貝殻が排水口にフタをして、どぼどぼ流れ出ていたのだった。
最後に娘が寝てから二時間はたっている。
トイレの床は一面水をたたえ、そこからさらに決壊した鉄砲水が、一気に玄関に向かい、玄関では靴が浮いていた。廊下には川が流れている。
貝殻のオブジェはやめろと相方には言われていたのだった。
これは私の責任でもある。
というわけで、スクイーパーで水をかき出し、スポンジモップで水を吸っては絞り、最後はからぶきまで、相方とふたりで深夜の大掃除になった。フローリングの廊下がひとたび水を吸ってしまったら、床がほにょほにょになってしまう。作業は時間との闘い、人足は多い方がいい。

結局、廊下はなんとかぶくぶくの土左衛門にならずにすみ、トイレの床はピカピカになり、玄関もなにやらきれいになったが、私の右足と左胸は悲鳴を上げていたのだった。
なんでこんな時に……。ううう。

学芸会の代休で、娘が本日、いちにちおかあさんをやる。と言い出した。
ところが日頃の仕込みが悪いので、何をどうしたらいいか手順がわからないという。指示を出し、観察していたが、その家事能力の低さに驚く。
それはそうだ、普段母親の仕事ぶりなど観察しているはずもない。
福助は料理も手伝うし、掃除の仕方も徹底して教えた。買い物はもちろん、洗濯機の使い方も、母・ヨシコに指導したのは福助だった。それがいつか身を助けるかもと思ったからだ。
だが、考えてみるとP子には、多分就職も結婚も難なく進む前提で、簡単な掃除と洗濯物をたたむぐらいしか、具体的な家事指導をほとんどしていないのだった。
不熱心だった。いかんいかん。いびつになってしまう。
仕方なくマンツーマン指導をして、午前中を終えた。
福助のお弁当作り実演、ダイニングとリビングの掃除と片づけ、台所の片づけだけなのに、こんなに疲れるとは。ふう。
ひとりでやった方がずーっと楽、という現実は、私の左胸に突き刺さる。ああ、サボったなあ、仕込むべき時に仕込まなかった私が悪い。このまま大人になったら、私のような家事ダメ人間になってしまう。あわわわ、大変。
それにしても、である。
幼児がやるぎこちない作業は、忍耐強く待ち絶賛もできるのに、半分大人みたいな女の子がものすごくひどい家事をやるとハラワタが煮える。……自分だってできないくせに、である。
「どうすればいいのよッ!」と言われるたびに、なぜ指示ばかり待っていて自分で考えたり工夫しようとしないのか、何が必要か考え、それを探すか作り出すんですっ!と、鬼教官のようになってしまう。
ただ指示を出されるのを待っていたのでは、仕事など出来る人間にはなりませんよ、仕事は自分で創り出すものなのですっ!……気がつくと、新人社員教育の様相をたたえるのである。どれだけ仕事好きなんだ、私は。
そしてきわめて簡単な指示が実行出来ないのだ、うちの娘は。コマンドが3つでフリーズするのだ。
ああまったくもー、「なぜそうするか」の理由までたたき込んでいるのになぜ指示が思い出せないのか、なぜ簡単に出来ないのかと、やけに腹が立ちまくる。
その上、きかない体で結局やってみせることになるので、半端なくつらい。

いつもの担当である洗濯物たたみをやってもらっている今は、かなり楽だ。
と思ったら、いつの間にか、積んである洗濯物の山の間で、本を読んでいたりする。
娘よ、そんなところばっかりおかあさんに酷似しているのではいけないのだ。君にはもっと家事能力の高い素敵なお母さんになってほしいのだ。……遺伝と環境、そのどちらからみても、とてつもなく不利な状況を、どうやって克服するかが問題である。
そして、私の肋骨は果てしなく痛むのだ。

2006年11月19日

こういう家族

「なおちゃんはね」
なおちゃんとは、母・ヨシコにとっての義理の娘、私の弟の嫁である。
「なおちゃんは、こっち来たとき、魚が死んでるってびっくりしたんだって」
と、いきなり来るのである。
なんだろう、大量殺戮?! そんな事件、あったかしら。
「あの子、生きた魚しか、食べたことなかったんだって」
なおちゃんはアザラシではない、あくまでも義理の娘である。
「ほら、海辺の育ちだからね、あの子は。お店に死んだ魚しか置いてないって、そりゃあもう胸を痛めたらしくてね」
想像の中で、なおちゃんが生き餌を狙って泳ぐ海獣になり、私の胸が痛むのである。

母・ヨシコの痛烈なところは、その直後にまた話題が変わることで、想像が出来ないから弱ってしまう。
そういうわけで、大半の会話は自分の中で完結してしまうため、当然のことながら、話の前後から何かを推測することはできない。
「ヨシコさん、大変申し訳ないんだけど」
「申し訳ないのはわかってるから、いちいちいわなくていいから」
「明日、粗大ゴミの収集日なんだ。で、世田谷は粗大ゴミ処理券が必要なので、これから言う金額をスーパーに買いに行って欲しいんだけど」
「え、何? 何買うの?」
「だから、粗大ゴミ処理券」
「手裏剣? 手裏剣なんか、何に使うの、あんた、そんなもん、どこに売ってんの!?」
忍者か! ……笑かされているのは、親不孝な娘に対する何かの復讐なんだろうか。

福助は「おかーさん、痛い? 深呼吸だよ。はい、しってー、はいてー、しってー」
そこで止めるなって。それに、吸ってー、だから。
「いやーだー、もう。おかあさんったら」
ミスに照れて、頭突きをひとつ。たまたまかがんで物事さとしていたものだから、左肋骨直撃。い゛ーでぇぇぇぇぇぇっっっっ。
ジダンか!

そして相方は隙あらば、ばりばり笑かしにくる。
福助天然語録は枚挙にいとまがなく、P子だけは同情のまなざしで私を見つめるばかり。
母・ヨシコは足を骨折したときの苦労話を都合20回ぐらい繰り返し、そのたびに「いやー、ゆうちゃん、足じゃなくて本当に良かったわよ」といったが、足だったらどんなに笑っても響かなかっただろうと思うと、素直に頷けない、親不孝な娘なのであった。

それでも、猫の手も借りたかったので、大変助かりました。ありがとう、母・ヨシコ。
ついでに、緊急事態に、下田の実家からも援助物資の米と魚が届きました。ありがとう、義母・マサヨ。
送られてきた魚、相方は海辺の育ちでも、しっかり死んでて、おいしい干物でした。

2006年11月18日

武勇伝と学芸会と人生ゲーム

「飲み過ぎていて、階段踏み外したって?」
「飲んで帰ってきて、更に深酒して、転んで骨折したのにわかんなかったんだって?」
と、今日、ママ友達から言われる。
いったい、どれだけ飲んだんだ、私。
昨日、相方が公園で会ったママ友達に、たいそう愛想良く、
「(俺が)飲んで帰ってきて、(俺が)飲み過ぎてて気づかなくて、(俺の)知らない間に骨折しててー」と話した、その主語が取り違えられて伝わっている模様。

まったく、どんな酒豪伝説だよと思う。確かにママ友飲み会はハメはずしまくりですけどね、骨折したの気づかないってことはないと思うのよ、恐竜じゃないんだから。

しかも、コツコツ仕事していて、そんな勘違いって。ううう、人徳なさすぎ。

というわけで、ロボットのようにカチカチに固めて、カチカチ歩いて行ってきました、娘の学芸会。
70人の大所帯、娘は激戦を勝ち抜いての悪役です。たった一言二言のために、悪役らしい高笑いを泣きながら特訓していたため、何が何でも見たかったのよ。
そして、体育館に響き渡る悪役特有の高笑い、絶品!! もう、何が何でも徹底的に悪役。
なんか相手役の正義の味方がわたわたしちゃうほどの、威圧感だった。
終演後、歩けないので全員がはけるまで出口で止まっていたら、いろいろなお母さんから
「Pちゃん、女優ねぇ」
「P子ちゃん、格が違っていたわ」
などと縁起や舞台度胸を褒められ、照れくさいやらうれしいやら。いやー、親なんて単純なもんですよ。

そのあとは安静につぐ安静。
母ヨシコが来て、昼ご飯は店屋物、夜ご飯はカレーライス。……私が料理上手じゃなくても仕方ないと思ってくれ、相方。
片づけ部隊として参上! だったのですが、そこは私に輪をかけた人だし、その辺りは期待せず、それでも子どもあしらいは絶妙、さらに天然ボケ最高で爆笑に継ぐ爆笑を呼ぶ女なので、人の価値というのはどこに焦点を当てるかだな、と思いました。
……って、笑うと痛いんだよ、母ヨシコよ!! わかってくれよ!!

人生ゲームをして、私、快勝。
アルバイターに身をやつしたくせにでかい家を買うわ、無駄な買い物ばかりするわ、水害は出すわ、火事で燃やすわしてしまった息子のために転職を繰り返し、ギャンブラーな生き方をして負けを狙ったら、医者になって大もうけ、無欲の大勝利をしてしまった。
福助、ボロ負けしたけれども、「俺、ビリだ〜」とおどけてみせたので、今日最もかっこよかったのは福助だわ、ビリを認められた、泣かなかった、すごい強い、とヨシコと私とP子で福助大絶賛。
本当はP子をこそ大絶賛したかった今日だったはずが……まあ、いいか。
絶賛するようなことをちゃんとご家庭に持ってこられる家族がいるって、いいもんです。
人生ゲームでも、一人30000ドルと換金出来るし。←こらこら。

禁酒二日目の世は更けて。まだ禁断症状は大丈夫。……っていうか、痛すぎるのよ、まだ。
ああ、明日はまた少し前進していますように。骨も部屋も。


2006年11月17日

屋根裏部屋の出来事

落とし穴に落ちて、二メートルほど落下。
屋根裏部屋を仕事部屋仕様にと、小公女セーラの気持ちでそりゃあ頑張っていましたよ。まあどんなに頑張ったところで超ウォークインクローゼットですが、心意気だけは小公女のように。ミカン箱1個あればパソコンが打てる。ちゃぶ台だって、いいんです。
で、地下の納戸にあった「すてられないちゃんたち」もかっこよく並べて悦に入り、資料の入った段ボールはそのままに、楽譜とキーボードを明かり取りの窓の前に置いて、気持ちよく2曲ばかり歌も歌いましたよ。
さてもう一がんばり、と、深夜1時、四角い穴にはしご段がついた出入り口を、えいやっとまたいだ瞬間、その左足着地場所に床がなくーー。

左肋骨骨折と右内くるぶし打撲とねんざです。三週間は痛みが取れないそうで、絶対安静の禁酒禁入浴を申し渡されました。ははは。間抜けすぎて笑うね。笑うと痛いね。痛いったら、マジ、本当に痛いもんだねぇ。

というわけで、引っ越しの真っ最中、ゴミ屋敷の形相のまま、作業中断です。つらい。
入院しなくて済んだだけヨカッタとしましょう。ここんとこまたバタバタしてたから、「絶対安静」と言われたお医者さんの声を神の声と思って、安静に努めます。

ただ落ちた時間の長かったこと、そして着地した瞬間、幽体離脱みたいなふわーっとした快感を経験して、その後軽く気絶。気づいたときには「あっ、しまった、私死んじゃったんだ」と一瞬思いました。
マゾの気持ちがちょっとわかったなあ。本当に痛いときに出てくる脳内麻薬って、半端ない快楽でした。
今、じっとしてても痛いんだけど、アレを知ったのでまあ、相殺かもしれない。

では、また寝ます。家族、すまない!


2006年11月16日

幼稚園の親睦会

就学相談・後編には、たくさんのコメントありがとうございました。
お一人お一人のコメント、心にしみました。勝手に友情を感じています。何かできることがあれば、お知らせ下さい。できる限り、頑張ります。

本日、幼稚園の懇談会があり、クラスのみんなにも経緯を報告すると共に、ちょっとうるうるしながら、ありがとうございました、といいました。
こんなにも豊かな時間を与えてくださったクラスメートのみんなに感謝だ。この御礼は体でいいですか、みたいな下品なギャグも入れつつ、お伝えしました。
そしたらね、みんな泣くんだよね。びっくりしました。いきなりハンカチ出してね、なんか泣いてくれるの。
それ見てたらもう……。
仲の良いママ友はもちろんのこと、普段はあまり接点のないおかあさんまで、目、真っ赤にしてね。
よかったね、本当によかったね、って。
それがどんなに、私に力をくれるか!!

私は果たして、他人のために泣けるだろうか、と、帰ってから思いました。
どれほどの愛をもらっているのかと思うとき、どれほどの愛を返せるのか、真摯に考えます。与えられているものの大きさに畏怖して、私ごときに返せるものはないなと思います。
みんなのお役に立てること、それはなんだろう。
みんなからもらった力を、どうやってお返ししよう。

とりあえず、まずは公約通り、小学校の役員に立候補してみました。私の大好きな、クラスメイトの子ども達がこれから通う地域の小学校。何だってやるよ、今の私は無敵です。
心にしみる友情は、人を強くします。あんな風にさりげなく、私も誰かの力になりたい。そういう大人になりたい。

ありがとうございます。今は、その言葉しか思い浮かばないんだ。


2006年11月14日

筋を通す。

引っ越しは続く。
地下室は完了、次は自分の仕事部屋だ。

今日、リサイクルショップの方が査定に来て、家具は一切不可、雑貨などを無料引き取りのみしかできないと言われた。つまり私たちは、お金を払って持って行ってもらわなければならないような粗大ゴミと、ずーっと暮らしていたのだ。
キモに命じよう。
捨てられないお宝も、他人にとってはゴミ以下、他人にとってはゴミ以下、他人にとってはゴミ以下。
ただ、無料引き取りでいいですかと言われたのではいと答えたものの、ものすごーく選り好みして、LDやら着物を持って行かれて、なんだか解せない気分になった。
大半ゴミでも、その中から仕入れをしたわけだから、一枚5円でも10円でも値をつけるべきなんじゃないかなあ。
もちろん、その場でそう思っていたら、言っていた。
でも、頭回っていなくて、あとで思ったこと。
お役に立てたなら何よりだが、お金が欲しいんじゃなく、なんかこう、筋としてさあ。
全部持って行ってくれるなら、まあ、売れなかったときのコスト考えても、あるいはゴミの処分もあるわけで、無料引き取りでもいいんだけどさ。
なんか、言ってること、セコイ?

それにしても、つまりは全部ゴミだったのかという事実に愕然として、いつもの元気も出ないよね。がっかりだよ。
電話にて、区役所に粗大ゴミを申請。ゴミ捨てるのにこんなにお金がかかると、へこむ。この痛みをちゃんと覚えておけ!! もう買い物をするな!! と、胸に刻みこむ。

のど元過ぎても忘れませんように。

小僧、幼稚園からちょっと離れた小学校のFCを、幼稚園の友達と一緒に見学・体験入部。
小一対幼稚園児の試合は見応えがあり、薄暮の中、つい声を上げてしまった。
練習試合は1対0で負けはしたが、シュートの数が幼稚園児、小学生の十倍以上。ゴールの大きさがいつもと違うので精度に欠いたが、巧みなパス回しはびっくりするほどで、キープ率の高さにも驚いた。チームプレイを得意とする福助のクラスメイトだ。審判に文句ばかり言う馴れ合いの小学生より、見よう見まねも含めて、ずっと試合態度が立派だった。このクラスメイトと一緒にサッカーが出来たらいいなあと夢見たのだが……。
練習後、
「君が一番うまかったな!」
と監督に福助、みんなの前で言われて、私自身がひきまくる。
がっかりだよ。サッカーは全員で勝つもので、俺が俺がではいいチームにはならないと思うし、私は福助に勝つより大事な、仲間とか協力とか、そういうことを学ばせたいのに。
「ぜひ入ってください、歓迎します! 」
誰かのお役に立てるのは嬉しいのだが、なんかこう、筋が違うと思えてならないんだよなあ。
うまい子をひとりたくさん褒めるなら、ひとりひとりを一言でなぜ褒めない?

そんなことも、のど元過ぎても覚えていられますように。

福助は負け試合だったので、帰宅後100本シュート。
センタリングを出す相手としてつきあって、私だけが既にぐったりである。
こいつは筋を通す男で、サボったためしなし。

私もコツコツやるしかないんだな。
まずはこのゴミ屋敷をなんとかしよう。
ドリブルでゴール前まで球を運び、決してズルをしないで100本丁寧に補習している福助を見ていて、教えられた。
問題は、教えられたこの金科玉条を、のど元過ぎて、ちゃんと記憶していられるかどうかなんだが……。


2006年11月13日

家庭内別居

家庭内別居になる気もするが、相方が事務所を地下に移すことにした。
私が仕事部屋にしていた納戸の地下を、つまりは納戸部分をとっぱらい、広く使う形で、リフォームで大工さんなんかもいれちゃって、大々的に男のDONだか、DENだか、なんだっけか、隠れ家的なナニにするらしい。ベッドも持ち込んで、そのまま事務所泊まり込み体制。昔の編プロ時代の大部屋が懐かしくなったのか? 鮭は生まれた川に帰るというし。

というわけで地下納戸にしまわれていた大量のモノを、リサイクルショップと粗大ゴミ屋さんに取りに来てもらうことにした。さらに、どうしても必要なモノだけ、天井裏に運んで、しまい込む作業中。
作業中に、サボってコレ書いてます。
壁紙かえたりなんだりするというのに、地下の荷物がまだ全部上に持ってこられない。納戸だからねぇ。それにしても、いったいどれぐらいのモノと暮らしていたんだ、私は。

で、結婚する前は、いつもシンプルだったよなあと思い起こして、その来し方を考えてみた。……私はただバカだったのかもと、思う。
「あー、モノで飽和状態だ」と頭をかきむしったら、次の瞬間、引っ越ししてる。
あるいは「あー、ダメだ、モノがありすぎる」と思った瞬間、家具を捨てる。そして家の中を全取っ替えしてるのだ。ああ、スッキリ!
……って、エコロジストから殺すリストのトップにあげられそうな懺悔をしてしまったな。それは厳密に言えば、整理整頓ではなくカタストロフだ。定期的カタストロフ症候群。
欲のない話といえば徳の高い僧侶のようではあるが、多分に頭の弱いおねえちゃんだったんだと思う。次々安物のインテリアを買って、どうぶつの森並に取りかえっこしていた。

そのお金で何が出来たかは、考えないことにしたい。

あと二年ぐらいでタイに引っ越すつもりだったのが、諸般の事情で延び延びになり、この際だから家を愛しむ方向で、ということになった。
お正月には、ゆったりバカンス気分で、この家で過ごしたいものだが、果たして間に合うのか? 相方はいつから地下室で仕事をするのだろう。

もう間に合わせの家具を買うのはやめよう、と、相方と話す。
そんな初歩的な話が出るぐらい、つまり私が買う家具、いや何もかもが、すべて間に合わせだったのだ。
リビングにある家具も、安物の極地だ。そして、どうにもこう、雰囲気と言いキャパと言い、今の暮らしぶりにはまるで合わなくなってきた気がする。普通に相方に「よーし、ゴミ捨て魔神が降りてきた。家具も捨てよう! 」と猛々しく提言した。
で、叱られる。きゅー。
家具というものはそういうものではないらしい。……そうだったのか。

さて、相方の現在の仕事部屋、我が家の一等地がP子の部屋になる。P子には、この家の思い出もたっぷり作ってほしいから、ちょうどいい時期だろう。今使っているノート型PCは個別につかうことを 禁止し、鍵もかけられないように細工する。
小僧には、リビングの横の、現在子ども部屋になっている和室を。ひとりでも使えるように。
そして私の部屋は、平成新山のうず高く積まれた、衣装部屋、もとい、夫婦の寝室を改造する形になった。合理的である。しかし、今まで出来なかった平成新山崩しが、果たしてこんな短時間で身に付くのか? 

できなかったら、衣類の海に溺れながら書けばイイコトだわ。って、何、初手から言い分けしているのか。とりいそぎ、いるモノ要らないモノに分別。分別。
はぁ、どうしてこんなに無駄なモノを買ってきていたのか!!
さあ、やるぜやるぜ。捨てるぜ捨てるぜ、過去を。大切なのは現在の自分だけさベイベー。そして将来的に一家離散みたいに別々の部屋でくつろいでいるにしたって、それはそれだぜ、べイベー。だからって、家族愛は変わらないのだ。

あ、睡魔が。
どうするの、この乱雑なままの部屋は!?
うう、きゅー。……また明日。


2006年11月12日

キツツキだったらしい。

なぜ止む?
奇妙な音が一晩続いて、昼間見に行くと、水道管に巻き付いている断熱材が、キツツキにつつかれたように3センチ×2センチ大で剥かれていた。水道管、その部分だけ丸出し。断熱材はどこにも落ちていないので、つつかれて喰われたんだろうか。みっちり、エサになる虫でも繁殖していたんだろうか。あ、考えて鳥肌がぞわわ。
しかしここをつつき続けるのは可能なのか?
深夜だ。
やつら、鳥目じゃないか。
一応、剥き出しすっぽんぽんもナニなので、スポンジを巻き付けて、テープでぐるぐる巻きにしておいた。なぜこういう作業を俺がやるのだ!と文句を言いながら、おかんは何でもやるのである。相方、ジョギングに目覚めちゃって、最近近所を徘徊するのに忙しいからさ。
……で、その晩、止んだのね。音が。
キツツキか。夜型鳥目の新種の、キツツキ団なのか。

原因は不明なままだが、何にしても音のしない夜は心地いい。

ところで娘の学芸会が近づいている。先日、練習を公開してくれるというので学校にちらっと遊びに行ってみたが、見ていて胸がつぶれそうになった。
演劇は、楽しいんだよ、みんな!!
ものすごく楽しいことなのに、なんでこんなに怒鳴られまくってんだ? また派手にふざける男子、エネルギー、メルトダウン寸前。
まず、生徒を走らせ、声を出させて、発散させればいいのに、先生だけがあちこち走って、声枯らしまくり。そして、ついには核爆発ですよ。
「もう、どんなになっても先生は知らないですっ!!」
……あーあ。まあ、わからないでもない魂の叫びだわ。私もテンパっていれば、自宅で落とすからね、いかづち。
しかし、70人が出る芝居、一言だけのために子どもを何分も集中させておくのは難しいのだから、客の役をあてがい、盛り上げるところで一緒に笑う練習なんかしておけばいい。やることが見えないから暗がりで走るんだ、小僧たちは。
「やることが見えないオトコは暴走する」の法則だ。そんな萌芽がこんなところにも!! などと岡目八目だと教育はよくわかるもので。
ああ、私に一時間指導させてくれ、この芝居を3倍よくしてみせる。と、歯ぎしりする。がるるるるー、つつきたい。ああ、このお芝居のいろんなところをつつきまくりたい。水道管が剥き出しになるほど、つつきたい!!

……それは、大迷惑。怖さのあまり、夜、眠れなくなっちゃうといけないし。

さて、静かな夜に相方と明け方まで話し込み、引っ越しを決意。
夜型鳥目キツツキ団に愛されたこの家、ヤモリも暮らす居心地のいい我が家ではあるが、変なつくりのため、多分買い手がつかない。
それならばいっそ、とことん愛し尽くそうではないかと気分一新、ちょうど福助も一年生で学習机が欲しい頃だし、P子は思春期の入り口だし、独立した子ども部屋の確保も考えて、家庭内リフォーム&引っ越しを敢行することに。
子ども部屋不要論者だったが、目が届く部屋を前提に、宗旨替えしてみる。

そんなわけなので、奇妙な音が鳴った日記を読むやいなや電話をくれた、我が家のホームドクター、陽一君、ご相談したいことがあるのでお電話下さい。って、個人掲示板か?

2006年11月09日

リズミカルな音

おそらく外壁を伝って、ずーっと、早いテンポのリズミカルなズントントンカ、ズントントンカという四拍子が聞こえてくる。
昨日も聞こえたが、すぐに遠のいた。だが今日はもう二時間以上も続いている。
原因がどこにあるかわからないが、排水溝からも音が共鳴して聞こえるし、外壁にくっついているのはガス給湯器だったりする。
……怖い。夜中に壁を叩く?音は、かなり怖い。
なのに相方はぐーすかぴー。一時間前にあまりに怖くて様子を見てきてほしいと頼んだが、お前が行けと言って寝てしまった。相方の実家は水が出なくなればホースをたどってわき水の沢までいく「北の国から」みたいな暮らしだ。厳しい自然なのだ。なのに、相方ときたらまったくヤワで困っちゃう。不自然な音には興味がないのかもしれない。

なんだろう。不自然、怖いよ。
とりあえず気にしないように努めて眠り、明日朝、お外をチェックだわ。
問題は、私は音、気にし始めると冷蔵庫の音ですら眠れなくなっちゃうことだ。意外に神経質なのだ。ああ、困ったなあ。
こういう時、中古の戸建てって、どこにも相談出来ないし、つらいなあ。

なので、身近な方にご相談だ。
何だと思います?
正解者には、何か特別なモノをプレゼント!! できれば想像される原因と、その対策もお願いします。yuko@misokichi.comまでお願いします。

2006年11月08日

就学時健康診断・後編

初めての人と会う。
その日、個別面談をお願いしていた校長先生は、現場経験の長い、実直なタイプの方である。前任校には知的障害学級があり、おそらくは個性的すぎる子ども達についてもよくご存知なはずだ。しかしそれだけに、教育委員会の判定に背こうとしている私たちに対して厳しい見方をするかもしれない。見たとおりの生真面目な方だったら、四角四面に物事を受け止める方だったら、どうしよう。
初めての場所、それも校長室のようなところでは、普通の大人だって緊張する。
時間は夕方。もう、外は真っ暗だ。
公園でボールを蹴りまくって、疲労と空腹で機嫌も悪くなってくる、福助でなくても子どもなら誰しも、一番きつい時間だ。
「これが終わったら、みんなでゴハンを食べに行こう」
とだけ言って、私はそそくさとバッグを抱え、玄関でぐずる福助を追い立てたのだった。相方すら、いつもと違う緊張感。普段はバッグをどれにしようか迷うP子も、大急ぎだったために手ぶらで私たちに続いた。
そして、ばたばたと学校に駆け込んだ。

校長室。
福助は物珍しそうに校長室の回転椅子にちょこんと座る。P子が横に。そして、私と相方が並んで座り、相対して副校長と校長先生が厳かに腰掛けた。
「静かにしていられる?」
と私が福助にささやく。福助はコクンとうなずき、私と相方は校長先生と話し出した。

この時、私は気づいていなかったのだ。バッグの中に肝心なものがひとつも入っていない事に。
福助が喜びそうな暇つぶしグッズ、例えば画用紙とクレヨン、例えば折り紙、本、立体パズル、ミニカー、リーサルウェポンとしてのチョコレート。……いくらでもあったはずなのに。
それがどれほど子どもの「間」をもたすのに重要か、幼児を持っている人ならきっと即座に理解してくれるだろう。大人ですら、手持ちぶさたで人を待つのはつらい。何分、何もない状態でただ黙って座っていられるか、ちょっと想像すればすぐわかる。それが空腹、そして疲労、さらに幼児。
一触即発の状態である。
まして、彼は予測が出来ないことは苦手、慣れるまで時間がかかる、忍耐力がなく、空気が読めない、集中力が高い分、気持が切り替わりにくい弱点を特徴とする病児だからこそ、通級せよと判定されているのだ。

5分ほどして、福助の落ち着きがなくなってきた。何も知らない私は余裕でバッグを開けたが、その瞬間に青ざめる。
何もない。システム手帳と、財布が入っているだけ……。せめていつものメモノートは? ……ないっ!!
どうしよう……。今は、私が福助のゴキゲンをとるわけにはいかないのだ。

福助は障害児と言われているが、療育がうまくいっていて、幼稚園では今のところ、何も問題がない。いくつかの支援があれば、クラスで集団行動が取れるはずだ、診断名ではなく、どうかありのままの福助を見ていただきたい、その上で通級が必要と感じたら再検討するので言って頂きたい、と、私たちはお願いしに来ているのである。
何やってんだ!
当然、観察されるべき福助は、ベストコンディションで臨むべきだったのに、この準備の甘さは何だ。バカだ、私は。そんな相談に来ていながら、私はその彼の作業道具すら忘れたのだ。とんだ過失だとバッグをかき回すが、ないものは、いくら探したってない……。

実際に現場の方の意見を聞くのが、福助にとって活路になるとは思ったが、不機嫌全開の福助ありのままをご覧頂くのは、どうなんだろうか。我慢も、順番もルールもきっちり特訓したつもりだが、空腹の状態では大人の私ですら冷静ではいられない。最悪の状態をお見せすることになったとしたら……それはそれで仕方ない。
私は目を閉じて深呼吸をした。

システム手帳、手帳部分を切るのはどうだ。ペンを渡し、一枚だけ手帳を破って福助に無言で渡した。福助、ペンは使わずに紙を折る。無地でなければ描かないというこだわりが、私の暇つぶし計画を簡単につぶした。
こういうささやかな頑固が、自閉症を育てにくい子だと思わせる。
でも「そういうもの」だとわかってしまえば、あとは準備と許容の問題で、日常生活に支障はない。準備、準備さえあれば。ああ!!
少しだけ稼いだ時間、福助は紙を折り始めた。最近折り紙に凝っていてよかった……だが、長方形の予定表、何かが折れる形ではない。

校長先生にコピーして提出した資料全部が、すぐ目前の机上にある。
私はなぜ、せめてその原本を持っていなかったかと後悔した。裏に絵でも描けばおとなしくできるのに。
「なぜ僕だけ、校長先生に会うの?」
と聞いた福助。この資料を渡したかったからだよ。という言葉は飲み込んで、わざとわかりにくい説明をしたが、きちんと座っていられたら、この学校に入れるんだよとでもいっておけばよかったか。交換条件も報酬も、何も約束しなかった。まったく、なんという準備のなさだ。福助にとっては最も苦手な、見通しも立たない状況じゃないか、この後ゴハンを食べる他は。
今更不安だからと言ってパニックを起こす彼でもないが、機嫌が悪くなればそれが病気特有のものだと判断されかねない。健常の子にも起こりうる、どこにでもあることが、診断名のために特別なものにされてしまう。そんな経験は今までもたくさんあった。
あとは、福助の気持ち次第だな。不機嫌で騒いでしまったとしたら、そのときはそのときだ。
私は役に立たないシステム手帳に手をかけた。

そのとき、手帳にお守りがわりにはさんでおいた、幼稚園のクラス写真を思い出した。
去年のクリスマス会の時に、母親も子どもも全員団子になって撮った、ちょっとファンキーな写真だ。「私の宝物」と裏書きして、いつも手帳にはさんでいた。
みんな、頼む、力を貸して!!
私は福助にそのクラス写真を渡して、「P子ちゃんに誰が誰か説明してあげて」とだけ言った。校長先生は時折福助を見つめながら、毅然とした態度で私たちに質問をされる。
写真を見て、イライラが始まっていた福助の、表情が一変するのがわかった。
「P子さん、これ誰かわかる? ○○ちゃんだよ。この子のおかあさんは、この人。赤ちゃんがいるんだよ」
こうなると乗せ上手なP子、「あとは任せて」という目配せで、「その子は何が上手なの?」なんて誘導してくれる。全く、P子はいつもピンチに必ず頼りになる女だ。おかげで、私と相方は校長先生とのお話に集中できる。

30分もしただろうか。気がつくとまだ小僧は上機嫌で写真を眺めて、こそこそP子と話をしていた。
すべて了解しました、とおっしゃった校長先生は、福助をしばらくみつめて、
「先ほどから見ていましたが、ご子息はずっと静かに座っていられました。経験上、この子に通級が必要だとはどうしても思えません」
と静かに述べられた。
望んで望んで、望んでいた言葉が、そこにあった。
認めて欲しかった人に、きちんと認めて頂けた。
「診断が消える、と言うことはないのですか」
とも聞かれ、それはないと思うが、苦にしなくなるというか、克服した状態はありうると思うと言うと、
「そうですか。では、ここまで社会性を身につけたのも、どれほど愛情深く育てたのか……そうですか。ご両親の力ですね」
私は、福助をじっと見る。視線に気づいて福助が私を見る。
「終わった?」
と小声で聞くので、あとちょっとだよと言うとまた写真に見入っていた。
ご両親の力……いいえと私は即座に首を振る。
謙譲に見えただろうが、そうではない。
福助を変えた力、それはーー。
その一番の原動力は、その写真におどけて笑っているクラスメイトたちなんだ。
彼らが与えてくれた力こそが、福助を変えた。
だって、一枚の全員写真だけで、こんなに長い時間語れてしまう、語り尽くしても尽くせないほどの、それほどの楽しさをたっぷり与えてくれている、大好きなクラスメイトなのだ。
ひとりひとりの、ちいさいけれど大きな支援。こんなところで巨大な力になって、奇跡を起こした。
福助がどんなに変な行動をとってもクラスの仲間として決して見捨てず、拒否することなく、ずっとやさしく受け入れてくれた、この笑顔の、なんて尊いこと。
写真の中で変な格好で微笑んでいるファンキーな母親達ひとりひとりも、全員で福助を育ててくれたんだ。
ただのひとりも、ただのひとりも私達に、敵意や差別や困惑を向けた人はいない。
このとんでもなくラッキーな巡り合わせが、福助の療育を成功させたんだと思う。
視線の合わない福助に根気強く声をかけ、ちょっとずつ慣れていく過程を共に楽しんでくれた。奇妙な態度の福助に関して、「いいのよ、あの子は今はそれでいいの。そのうちちゃんと出来るようになるからね。教えてあげてね」と自分の子どもに笑顔で伝えてくれたから、子ども達は誰一人偏見を持たなかった。「こんな記事があったわ」と切り抜きをくれる人、理解したいからと本を借りにきてくれた人。自分の抱える苦労を語ってくれることで、共に荷物を分かち合ってくれる人。できなかったことがひとつ出来た福助を見ていて、報告してくれる人、一緒に涙を流してくれる人。
そんな友達、ありえる?
そんな奇跡みたいな友達ばっかり、32人も福助の周りにがっちりいれば、そりゃあ福助だって変わっていくだろう。さらに32人の母親達。その兄弟姉妹達。
福助の言語を理解する先生方がいて、福助はちゃんと感じたのだ。
「ここはいいところだ、この人達はいい人みたいだ、仲良くなりたいものだ」
そう思って初めて、福助は福助なりの工夫で前進する。
どんなに強制したって、そこのところがなければ動くはずがないのだ、だって彼は人一倍頑固なのだから。
ありがとう、みんな。ありがとう。
みんなのおかげで、ありのままの福助、やっと認めてもらえたよ。ありのままの福助を認めてくれた、みんなの力が、そのまま作用したみたいだ。
ありがとう、みんな。
どんなに感謝しても、足りないよ!

「幼稚園の写真を楽しそうに見ている姿で、幼稚園での過ごし方がよくわかります。小学校は、幼稚園の延長線上にあります。違う部分ばかりことさらに気にしなくていい。幼稚園でしっかりと生活出来ている子は、小学校でも大丈夫です。福助君は、大丈夫です。私たちがちゃんとお預かりします」
と、校長先生は言われ、この集中力といい、将来が楽しみですね、とも付け加えてくださった。
将来が楽しみだと教育機関で言われたのも、初めてだった。
今まで私の知る限り、教育機関は苦手な事に着眼して、そこを押し上げることで平均値を上げようとする考えばかりだった。好きなことや得意なことは、公立ではあまり受け入れてもらえないのだと思っていた。いいところに目を向ければ、病気は武器でもある。確かに、集中力は半端ではないのだ。それが何かに活かせるといい。自分のために、そのうちに、誰かのために。

帰り際、福助は校長先生からさしのべられた手に、がっちり握手をした。
「がんばるんだよ。よろしくね」
とにこやかに微笑む校長先生に、
「はい」
と、照れくさそうに、それでもしっかり返事をした福助。
これで、福助の普通学級のみ・通級無しの就学が決定した。
いい校長先生に巡り会えたと思う。またしても福助は強運だ。
強大なパワーを与えてくれた、奇跡の写真。クラスメイトとその母達がぎっしり、にこやかに、変なポーズで笑っている、そのお守り写真を、私はまたそっとシステム手帳にしまった。

2006年11月07日

就学時健康診断・前篇

福助に勧められた情緒学級を見に行った。
そこがどんなところかはよく理解している。
コミュニケーションに問題があれば、オーダーメイドの贅沢な課題づくりがなされ、1対1で最高の指導を受けられる。
知的に問題はないが、人づき合いでつまづいた人にとっては、「悲しけりゃここでお泣きよ」という失恋レストランのような憩いの場所だと思う。
福助に、特別な何かに対する苦手意識、自己評価の低さ、特に運動機能が劣るという特徴が顕著に出てしまっていたなら、私は一も二もなく、通級を希望したと思う。

しかし、今の福助はどうだ。
失恋していないのに失恋レストランが必要なのか。
サッカーで自信に溢れて不遜なぐらいだ。特別な苦手意識を抱く部分もなく、しかし弱点は弱点として克服に努めている。
「僕はにらめっこが弱いんだよ」
とか、
「マラソンはどうしても三位なんだよなあ」
とか、笑いながら言える。サッカーで負けたときだけはまだ泣いてしまうが、その後の鬼気迫る100本シュート(補習)で溜飲を下す方法も知っている。
客観的にどう考えても、今の段階では必要ないように思える通級。
でも、どんなに親がそう叫んでも、診断名はいつまでもついてまわるのだ。
見知らぬ人はその診断名で、福助を想像するのだろう。例えば、うまく言葉では伝えられぬはずだ、本当はたいした運動能力ではないのだろう、たくさんの違和感を抱えている風変わりな子なのでは。
そんな目で福助を見ている人がいる。
お願いだ、先入観を捨ててくれ!! その先入観こそが、福助の敵なんだ。
どんな個性も尊いと教育現場はお題目をとなえながら、病気の持つ個性だけは特別扱いなのがつらい。
新一年生のための就学相談。フタを開ければ相談などではなく、単なる検査と、理由のわからない通級判定の結果だけが重くのしかかり、私は相談しにいったことを正直、後悔している。
「障害は治らないが克服は出来る」という前提に立っていない福祉の姿勢が、障壁になる。障害者の障害になる。

特別支援の対象となる部分、例えば特訓中の「聞いて理解する」ことが劣る点は配慮をお願いしたい。具体的に弱点も逆によい部分も客観的に先生に知っておいて頂きたい、そのための資料を揃えて学校に提出するために、就学相談に来たということを、私は教育委員会に再三言った。
けれど希望に反しての判定が出て、それならば納得のいく理由が欲しいと思った。納得がいけば、迷うことなく通級させることができるからだ。

まず、私に偏見があったことをこそ、指摘して欲しかった。
失恋レストランを、失恋経験者たちの修道院のように勘違いしていた無知ぶりを叱られるなら猛省もしようが、失恋は癒えて腹も減っていないのに「失恋レストランにやれ行けそれ行け、行かないのは親のエゴ」と叱られても困る。
情緒学級が何をする場所か、涙ふく専門のハンカチがあり、愛が壊した君の心を優しく包む個別のイスもあるということを、教育委員会はしっかりと説明すべきなのだ。
偏見は無知の産物だ。
身障も通級も、それがどんなところでどんなメリットがあるのか、そういうことを相談の時にしっかり解説しないで何が相談だ。
結局情熱をもってあたって、自力で現場の先生たちに会い、保護者達にあい、結果的に素晴らしい出会いと私の見識を広めてはくれたが、本当にずたずたに健常児の中でハートブレイクしている最も必要な子どもに、そんなことで支援の手が届くのか。

判定に従わないのは親のエゴだといわれるのを承知で、私たちはその信念と直感だけで、福助をオアシスから遠ざける決心をした。
これは、エゴか? 本当に福助にとって素晴らしい場所はどこか?
通級の先生方が「課題」とされる数々のこと。これが出来ればこの学級は卒業ですとおっしゃる課題を、既にクリアしている福助に、なぜここが必要だといわれたんだろう。
なぜ、専門委員会は誰も認めてくれなかったのか。
一人歩きする診断名。自閉症の福助ではなく、六歳の、ただの福助を見てくれ! そこに障壁を作らないでくれ。
あるいはひょっとして、やはり私たちには見えない何かがあるのか。私たちに見栄はない。福助にとって一番いいこと、決心はしてもずっと揺れていた。

直に接している幼稚園の先生方は、問題ないとおっしゃる。
だが、幼稚園と小学校は違うから、と福祉センターも教育委員会も言う。

就学児健康診断は、公立の小学校に通う子なら誰でも受ける健康診断だ。
体重身長測定、内科外科、耳鼻科眼科歯科で検診を受け、聴覚と視力をはかり、最後に個人面談と親子面接をする。
友達と一緒にこれを受けた福助、校長先生の面談だけ別の日にお願いした。
校長先生にはすべてを正直にお話しし、学校としては教育委員会の判定に従えというのかどうか聞いてみたかった。

「どうして僕だけ別の日にもう一回、先生に会うの?」
「福ちゃんはサッカーが上手だからだよ。サッカーではまだ幼稚園生なのに小学生の部でいつも得点する。そんなことは誰にでも出来る事じゃない。そういう特別ないいところがある分、ちょっと駄目なところもある。例えば、お話がちょっと下手だ。寝る前クイズもいつも100点じゃない。それでも小学校にはいれますかって聞いておけば、安心だからね」
と言うと、ふうーんという。どこまでわかっているのかはわからない。が、サッカーが彼を支えてくれていることは絶対的な事実だ。
大人でさえ緊張する初対面、そして校長室という場所。
その直前まで公園サッカーで泥まみれになっていた福助は、シャワーを浴びるのがやっとで、私は私で慣れないお化粧をするので手一杯で、1分遅れで校長室についたときには、私はまだその過失に気づいていなかった。

つづく

2006年11月05日

アマデウス

モーツアルトの特番を見た。
天才を育てるには、環境が大事。親の教育が大事。
天才の脳と私たちの脳、たいした違いはないのだという脳科学者の力説を頼もしく聞きながら、それでも番組が最後まで触れなかったことを残念に思った。
現代のモーツアルトとして取材されている子は、自閉症なのだ。
別番組では、告知を受けたときの親のショックと、そのあと発揮した天才性について細かく追っていたのでよく覚えている。
顔が違うように、脳もそれぞれひとりひとり、ぜーんぶ違う。そもそも、自閉症も「…と思われる」という診断しかでないのだ。私の中にもあなたの中にも自閉症的傾向はあって、それが濃いか薄いかの違いだ。
例えば、好みの範疇なのか、病的なこだわりか。というともう、ギャランドゥーなへそ毛はどこから陰毛か、というぐらい難しい話なのかも知れない。
つまりは、陰毛じゃないと言い張ればそれはへそ毛である。病気じゃないと言い張れば、それは個性、天才性なのである。特に言い換える気もないし、診断出ているから、福助は病気の子だけど、ソレは同時に天才かも知れない可能性を頂いたわけよねと思うと、なんかお得な気持ちになる。

相方は映画「アマデウス」が大好きだ。
多分それは私がお寿司が大好きなのと同じぐらい、大好きだと思う。
相方の好きなモノはできれば好きになりたいので、一緒にディレクターズカットを見てみた。……途中、居眠りして起こされつつ。

私がレビューを書かないのは、レビューが書けないからだ。
映画を好んで見ないのも、きっと私には人の心の機微がよくわからないからなんだと、相方と感想を話していて気づいてしまった。
サリエリって、地位があるのに神経質で不幸だなあ。
モーツアルトって、才能あるのに下品で不幸だなあ。
二人とも、今ある幸せに気づけばいいのに。
と、すべての物事を単純明快に処理してしまう。
それでは文学は語れない。生きては行きやすいが、薄っぺらい。その心の薄さを隠すために、私はこんなに厚い脂肪を身につけていたんだろうか。
せいぜい、「でも「趣味としての不幸」というのもあるんだろうなあ。モーツアルトは病気で壊れてるんだし、そこに憧れてもなあ。その結果、サリエリが壊れてしまった辺りがやりきれないなあ」という展開がやっとで、42年間、私の目は思い切り節穴だったのだなあと痛感した。
我ながら、つまんない女だと思う。

シンプルな強さ、みたいなものしか持ち合わせていない。例えるなら、自分の心の、どんな部屋にどの友達を住まわせ、どんな自分がその友達と語り合うか。
インテリア雑誌を飾るお部屋を心に持っている人、旧華族みたいにお部屋がたくさん心にある人、モダンできっちりしたルーム、のだめのようなゴミ屋敷の部屋が心にある人に比べると、私の場合は江戸時代の長屋の、箪笥一棹ちゃぶ台ひとつ。みたいなスパッとした愛想のない心向きだ。
多分、こんな風にカラッポの風通しのいい部屋の部分で人と会い、お茶も出さずにぱぱぱっと用件だけで帰ってもらい、もう一つ心に持っている、天才を育む「こだわり」のお部屋で密かに一人ほくそ笑む。てぇあたりが、きっと自閉症の子のある種の特徴な気がする。
わはは、私もたっぷり持ってるぞ、自閉症的特徴。人の機微がわからないし、他人に対してさっぱりしすぎてるし。天才のお部屋がないけどな!
どんなお部屋を心に持とうが、心は見えないから構わないと思うが、こんなに心に何もストックがない単純なつくりでも、なんとか社会適応して生きてこられたんだなあということをなんだか寿ぎたくなった。社会が多様化すると、変わり者には生きて行きやすい。
化学物質のせいか生活習慣のせいだか何だか、原因は不明だけれど、子ども達の発達には明らかに問題が起こり始めていて、発達でひっかかる子どもが急増しているとよく耳にする。
でもさ、大丈夫なんだよ、きっと。ちゃんと生きていける、それなりに楽しく。

私の場合はものすごくたくさんのごてごてした家具や肖像画や義理のもらい物を、ある日いきなり捨ててしまって、こざっぱりした暮らしにしてしまった気がする。もともと壊れていたというより、自分で壊したのかもしれない。
私は私なりに、文学や芸術を味わう大脳新皮質で生きる素養を捨てて、現実に楽に生きていく小脳的生き方を選んだのだと思う。無意識に。
だって、思春期には人間関係などでいっぱしに悩んだ記憶もかすかに残ってはいるんだよ。中学校一年間行かなかったから、暇だったしね。
で、結論は「しょうがないじゃん」だった。
だって、どんなに考えたって人の心なんか、わかんないんだもーん。
私を嫌うなら嫌えばいい、嫌われることに脅えていたってしょうがないじゃん。
別にそいつは、私の命まで取ろうとはしないだろうし。
私が好きな人が私を好きにならないなら、他にも好きな人を作ればいい。
一人に執着したって、その彼や彼女はオールマイティーってワケでもないんだし。
私が嫌いな人が私を好きなら、その人に好ましい場所がないか探せばいい。
ただ見えていないだけかもしれないし、見えてどうしてもイヤならゴメンネ、親しくはつきあえないやと言えばいい。
そして私が大好きな人が私を大好きなら、とってもとってもうれしい。

結局、複雑な機微はわからなくてもこんなにたくさんお友達がいて、壊れた部分は仕事に活かしてもこられた。
芸術から複雑な知的喜びを感じたり、それを創り出してしまう人の方が、正直、ちょっとカッコイイ気もするが、そこが理解出来ない単純な自分でも、わりとぬくぬく生活していて、楽しい。いや、いっそ潔いところがカッコイイかもしれない。

環境と親の教育があれば、誰もがモーツアルトになるようなあの番組の見せ方は間違いだ。
そこに病気という特別な何かがなければ難しい。
では病気の子どもがみんな天才かと言うと、それも間違いだ。
けれど、環境と親の教育が整えば、病気の子どもでもそうでない健常な子どもでも、自分なりの生き方をみつけていけるといういい方なら、きっと正しい。
そして自分なりの生き方がみつかれば、それは病気でも健常でも、案外、楽ちんでハッピーでカッコイイ生き方になる。
人格は多少破綻していても才能一発で生きていくのもカッコイイし、ないものに憧れて努力しつづけて何かをモノにするのもカッコイイ。私のように努力せずにハードルを下げまくり、日常を愛するのもまたカッコイイ。
自分なりの。
それが一番大切だと思うよ。


<おまけ>

福助、昨日、小学生の部でサッカーの練習試合に出る。彼が考えた戦略はゴール前で張り、速攻のシュートだったらしく、最後まで集中して、六年生までいる混合チームでとりあえず何回かシュートし、やっと一点をあげた。
その前日、幼稚園生の4対4のゲームではディフェンスラインでボールを奪い、縦横無尽にドリブルで走り、軽くハットトリックを決めていたものだから、このゲームで走らないこと、ボールを取りにいかないことにイライラしつつ見ていたが、考えてみれば11人にしては狭いグラウンド、そこで自分の1.5倍の大きさに絡んで無駄なディフェンスにいくより、得意のノートラップシュートに賭けるのは、ある意味で正しい。
彼には彼なりの。
それが一番だったね。

そこに気づかず、「走れ走れ」叫んでいたことを反省する。まあ、周りの大人はたいてい無理解なものだった。それでもそこから彼らが学んだ事もあったのかもしれないなと、今ならわかるわ。

2006年11月01日

不器用ですから

全身くまなく筋肉痛だけど、首は動くし歩けます。
今日はお出かけの予定。秋晴れです。うれしいな。

昨日、福助のお友達が3人遊びにきました。
一人は福助がモデルケースにして口調までそっくり真似ている、こうくん(仮名)。
もう一人はサッカー部仲間の翔くん(仮名)。
そして、うちに来るなり立体パズルを三種類さくさくっと神業のような早さで組み立ててニヒルに笑った、理数系に強そうな正くん(仮名)。
この三人が、動物カードを使って、絵合わせ型の神経衰弱をやり始めました。
一番始めにひくのは正くん、二番が翔、そして福助、こうくんの順番です。
正くん、ニヒルに笑いながらじっくり記憶するスタイル。地味だがいい仕事をするディフェンダーの翔は、ひたすら寡黙ににらみつけるいつものスタイル。動物の名前もよく知っていておどけるこうくん。福助はこうくんに煽られて真似しますが、こうくんが記憶術として使っているのに対し、ただ楽しくて自分でギャグめいたことをいって笑い転げる状態。

正くんはどうしてもジャングルの開拓者を余儀なくされ、こぼれタマは翔も追いかけるのですがうまくいかず、獲物をとりに行く気まんまんだが空まわりする福助、彼らのこねし天下餅を座りしままに食うはこうくんなのでした。そんな状態が続いて、正くんも翔もぼちぼち取り始めると、圧倒的に負けている福助が中盤で泣きそうになります。
おなじみのたぬき、なぜお前は同じ所ばかりひくのだと思いながら見ていますと、あああ、それは出た! たぬきはここ。と、こうくんが指をさしました。
正君は、いやそこじゃないな。と、ニヒルに言い放ちます。
迷う福助、そのとき翔が
「福ちゃん、ここだよ、ここ!」
と、怒ったような口調で、こうくんの隣のカードを指さしました。
滅多に口をきかない翔が。
福助は、こうくんと翔の顔をじーっと見て、翔のカードを選びました。同じチームメイトとして、福助はバックスの翔にいつも絶対的な信頼をおいています。……やっとたぬきゲット。
小躍りして喜ぶ福助、これを機にピッチが上がっていきます。翔は一度だけニコっとして、再び淡々とゲームに戻りました。

結果、一位はこうくん、二位は正君、三位が福助で、一組差で翔が四位になりました。
やったー、俺三位〜。と、翔への大恩を忘れてはしゃぐ福助の横で、恩をきせるでもなく言い訳もせず、相変わらずのポーカーフェイスの翔を、私はただじっと見ていました。
なんだか私は一気に、翔のファンになってしまったよ。
不器用で、優しくて。
高倉健タイプの幼稚園児って、六歳女子にはその渋さがなかなかわからないと思うけどね。42歳女子には、よーくわかる。
負けることを腹の中におさめられる器量、みたいなものを、翔は持っているのです。
例えば福助が独走で得点したとき、その起点になる球を最初に相手から奪った翔は、U-6では目立ちません。ゴールパフォーマンスをして、みんなからもみくちゃにされる福助、でもそれは、翔がいてくれてこそなんだと、私は思うのです。多分、いつもそうやって助けてくれているから、翔はここぞという時、サッカーでなくても福助を救ってくれたんだと思います。
目には見えないその器量は、圧倒的に六才児の平均値を凌駕していると思いました。
文武両道、リーダータイプのこうくんも、サッカー部得点王の福助も、負けることが苦手です。これからどんどん負けを知り、少しずつケツの穴のちいささを広げる訓練をしていくのでしょう。……ゲイの話ではないですよ。

みんなみんな、いい男になりそうでうれしいよ。

さて、これから、生きていたらいい男になっていただろうなあと思う、福助そっくりの双子のお墓詣りです。
帰りに福助とP子と三人で、羽二重団子を食べてきまーす。