公園で福助が倒れたまま動かない。
どうした?
尋常でない汗をかいて、右足のふくらはぎを押さえている。
そばには1対1で遊んでいたタカト(仮名)が、ボールを持って立っている。
「足、引っかけられた」
「傷む?」
「動けない」
その場で抱きかかえて、家に走り、バケツに氷を張り何度もアイシングをする。
足が真っ赤になって痛みを感じなくなったら、湿布を貼る。
どうも、足に引っかかって倒れた後、勢いスパイクで踏まれてそれでちょっと痛めたらしい。
痛みが退いた後
「あれはぎりぎりファールじゃないよ、球にいってたし。そのあと踏まれたのはイエローかも知れないけど、タカトはわざとじゃないし、まあ、事故だから」
と福助が言う。同じチームのタカトの母が電話で様子を聞いてくる。
「ごめんねぇ。もうすぐ大会なのに、福助君故障させたら、私、チーム全員に土下座しなきゃいけないかと真っ暗だった。たいしたことなくてよかった! 」
「うんうん、こっちこそ大げさにしてゴメン。足、既往症があるからさ。ねぇ、電話の前で福助が、タカト、インサイドから抜くフェイントが上手いんだよーって絶賛してるんで、伝えてくれる?」
「ありがとう。でも本人はしょげてる。福助には勝てないって。今晩は落ち込みそう」
練習の絶対量と、ゲーム中の集中力が違うからなあ。と思ったが、とりあえずそれ以上は何も言わず、電話を切った。
小学生チームでは、あからさまに福助の小さな背中をどついて、コーチにこっぴどく叱られた高学年もいる。それに比べれば、福助、週三回のFCのチームメイトのミスなど簡単に許せてしまう。
その後の夕食。
「あースッキリした。ごちそうさま」
というのは、何かが間違っています。
何でしょう?
「サッパリした?」
いや、おなかがいっぱいになったわけだから、満……さあ、満、何?
「満ぱく。ぱくぱく食べました」
最近、福助の言語感覚はひときわ冴えてる。
「吸って、吐いて。……あ、全然関係なかったね」
と、食事中に言われた日にゃ、家族揃ってみそ汁を吹き出すわ。
この言語感覚がなくなるのは惜しいねぇ。
と笑いながら、P子にちょっと意地悪な質問をしてみた。
「もし、福助と学校が変わってしまったら、あなたは一緒に転校する?」
区またぎでとてつもなくいい学校がいるんだ、と話す。
普通学級在籍の判定が出なければ、私が今いる学校の校長に直談判するからねっ! と、息巻いたほどの弟想いがどう出たかというと。
「……やだ。冗談じゃない」
よかった。
P子が福助の犠牲になる必要はどこにもなく、彼女はきちんと自分の人生を生きているのだと知り、ほっとする。
「ええー、福ちゃん、別の学校にいくの? やだよぉ。Pさんと一緒の学校に行くよ」
「だよねー。手をつないで行くんだよねー」
とP子が言うと、
「Pさん、そんなにボクと手をつなぎたいか。……しょうがないなあ」
と、妙に照れる福助。このちぐはぐな会話には、妙な味わいがあって、変だけど大好きだ。
「行くとしても今の福祉センターみたいに時々行くだけ。くもんの習い事みたいなかんじで、もうひとつ学校に行こうかと思うんだけど」
「何するの?」
「ゲームとか、運動とか」
「……ゲームも、運動も、サッカーがあるからいいよ」
「うーん、でも、サッカーだけじゃダメだって、バルサTVでも言ってるよ」
「でも、小学校に行ったら勉強するから。サッカーだけじゃないよ。忙しいよ。習い事するならサッカーがいい」(超訳)
サッカーのゲーム展開と、それにまつわる話だと、セルジオ越後並に饒舌になる福助。時々変な発音になるのは、外国語を習得するように日本語を覚えているからだ。
もちろん、それ以外のことでこんなに自己主張することはないし、スラスラ言葉も出ない。
「一年生になったら、みんなと一緒に学校に行って、休み時間にサッカーをやるんだ。○○小学校に行くんだよ。他の学校じゃイヤだよ」
福祉センターの方には、子どもが通級を疑問に感じたらどうするのか聞いたことがある。
「そのときこそチャンスです。君は病気なんだよと教えてあげてください」
……っていったって、何か違和感があってこその通級なら、そこで病気といわれて納得も行くだろうが、全然元気なのに突然「盲腸を切るから入院〜」と言われたって、子どもとしたら、困るだろうとも思う。
自信をつけます。
コミュニケーション能力をつけます。
スムースに動けるように運動します。
集団参加します。
社会のルールに従います。
これが、抜き書きした情緒学級の紹介記事なのだが、とりあえず、今のところ、サッカーを介してすべてクリアしている福助は、ここで果たして、何を学ぶのだろうかと頭を抱える。
幼稚園の先生がおっしゃった、
「福助君がひっかかってくると、半分ぐらいの子がグレーゾーンになってしまう……」
というとまどいが、私の中にもある。
運動会のリハーサルを見た。
どんなに頑張っても徒競走では抜けない壁、駿足のこう君がいる。福助はどんなに頑張っても二位か三位なのだ。
「しょうがないよ、こう君には勝てない。こう君はクラスで一番早いんだよ。女子ではアミーゴとロミが早いんだ」
と、ちょっと自慢げに報告する。
「そっか。一番じゃなくてくやしくないの?」
リレーの選手では、チームが負けると選手同士で肩を抱き合って泣くと聞いている。その姿を見ていた今期役員さんが感極まってもらい泣きし、「子どもってすばらしい!! 」といきなりメールを送ってくれたぐらいだ。
「うーん、くやしいよ。でも、福助にはサッカーのシュートがあるからいいんだ」
シュート? シュート限定?
「そう、奪うドリブルならリンか強いし、早いドリブルならユウ。ディフェンスはケンがうまい、中盤でスライディングするのはヒロシが強い。一緒に上がっていってチャンスをつくるのがうまいのはサンタだ」
じゃあユウキは?
「ゴールキーパーの飛び出し」
じゃあユウヤは?
「……お砂場遊び、かなあ。お山作らせるとなかなかうまい」
サッカーは?
「ユウヤはチームに入ってるけど、サッカー好きじゃないんだよ、だからしょうがないよ」
よく見てるねぇ。じゃあウッキーは?
「全部自分で運んでシュートしたがる。だから同じチームの時には、一緒に上がっていかないで、ゴールよりかなり前でこぼれ球を待つ」
す、すげえですね。
こんなことが6歳にできるのか、ビックリ人間登場!(古っ)に出したいよ、かあさん。
「ゲームすればわかるよ。わかんないと勝てないから」
はにかんで笑う、福助の全部はサッカーで出来ている。
そして、サッカーのチームワークこそが、情緒的な問題を大きくナイスクリア!! してくれる状態である。
負けたときに混乱する子どもには、集団参加の意義と、負けたときの対応など社会のルールを簡単なゲームで教えるのはとても大事なことだ。
だが、味の素スタジアムや国立競技場でサッカーの試合でもびびらない福助にとって、ゲームとは常にとてつもなく刺激的なのに、トランプやジェンガなどのゲームが、果たして、どれほど役に立つだろうか。集団の意義も意味も、熟知してピッチに立つのに。
実際に、幼稚園の自由遊びに行うお遊びサッカーをフェンス越しに見ていると、彼はシュートを率先してた決めには行かない。ゴール前でアシストすることに喜びを見いだしている。そのゲームでは大差で負けても、落ち込みはなく、その日のヒーローの肩を叩いて賞賛する。それはヨーロッパリーグを見て学んだ、彼にとってのルールのひとつであるかのように。
しかし、ひとたび小学生のクラブチームに入れば、どん欲にゴールを狙う。ゴール前で味方の名前を呼び、パスをもらおうとする。そしてチャンスがあれば、ダイレクトでもループでも、スムースに打つ。バックへのケアも忘れず、多分いつも、誰よりも走っている。誰よりも集中して話を聞き、誰よりも集中して練習をしている。負けたら泣きながら、百本シュートを課して「次に勝つために」と未来予測を立てられるようになった。
大事なことはみんなサッカーが教えてくれた。
この子に本当に情緒学級が必要なのか。そこにいれないことは親の見栄やエゴなのか。
サッカーをとってしまえば、普通の子より劣るのだろう。だが、福助はそれを「しょうがない。それも個性だ」と受け止めている。
得意な子の得意な部分を活かすことは、すでに私以上によくわかっているのに、彼は一体に何をしに通級する?
考えるほど、迷い始めてしまった。
昔の育児サークルのママ友からメールをもらう。
「うちの子、判定、情緒通級だったの」
「あ、じゃあ同じだね。学校違うけど、これからも情報交換していこう」
メールを交換しながら、ほんの少し胸がざわつく。
彼女の息子が保育園でどんななのかはしらないが、夏に会ったときには、福助が誘っても聞こえないふりで、決して一緒に遊ぼうとはせず、ひとりで見えないチョウチョを追いかけてひらひら回っていた。
サッカーボールを蹴り続けるのと変わらない、といえば、変わらないのかもしれない。けれど、いつも福助はそこにいる人とボールを蹴りたがる。サッカーは一人では成立しないスポーツだからだ。
情緒学級では、福助の横にチョウチョ君のような子どもが座って、週に一度、福助は一緒に学ぶことになるのか。一生懸命ムシキングだのサッカーだの、話しかけてもずっと無視され続けて、泣きそうな顔で私に救いを求めた、福助のあの目が忘れられない。
1年目には様子を見て、必要だったら支援を受けたい。
と、申し出たくても、定員何名、に対して、希望者何名。
途中入級は難しいのだから入っておけ、って、なにやらSF商法のようじゃないか。
羽布団売ってるワケじゃないんだぞ。
支援を受けたいときに受けられなくて、何の特別支援か。
さらに、今、本人も周りも特に集団行動に問題を抱えない、安定した状態の子でも、学校に入ったら大変だから、目が届かないからと煽られ、今の安定は崩れる前提に立つほどの、どんな欠陥システムが区立小学校に待っているのか。
それは、普通科の教師の質を低く見積もりすぎていないか。
小学校教諭の弟は、自閉症の子どもの親と毎日連絡ノートをやりとりして、TEACCH法を学級運営に導入し、他の子ども達にも活かし、問題なく進級させたという。
教育委員会の判定に従わないことは勧めないと弟は言う。現場は確かに大変で、異端の者をあからさまに排斥する教諭も少なくはない。
だが、つまらないテレビドラマを凌駕するほどの感動的な出来事が、今、幼稚園では日々起こっていて、こういうのを味わう余裕がない、効率主義一辺倒の小学校生活を私は憂う。
ケガをさせられても、許せること。
許されることによって、また学ぶこと。
福助がたくさん許されてきたからこそ、福助に息づいている精神がある。
そういうことが通級でしか学べないのだとしたら、小学校の存在意義はただ勉強を教えるだけの塾以下に成り下がりはしないか。
それでもつらくなってしまった子どものオアシスとして存在するなら、それは素晴らしい存在意義である
だが、今、喉の渇きがない福助に、果たしてオアシスが本当に必要なのか。
来週、実際に学級の先生とお会いするので、私はその辺りを聞いてみようと思う。
強運って、私のことだな。
ミセス強運。それは君が見た光、ボクが見た希望〜。あれ、そりゃ線香のCMか。
「ゆう子さん、すっごいがんばってんのに、福助もすごいがんばったのに、なんで」と絶句して、ぽろぽろ涙をこぼしたカブちゃんママ(仮名)。そのまま抱きしめられて、私は頭をイイコイイコされた。
他人のために、こんなに泣けるのかと驚くほど彼女は泣いて、私も抱きしめられたまま、ちょっとだけ泣いた。
「福助のためにいい選択ができるといいね」
と言って、20代の彼女は、もう一度私をぎっと抱きしめてくれた。
「情緒、調べてみた。速攻でPCで」
というママ友もいた。
ボランティアで知り合いがいるからと、福助が行くことになりそうなクラスに話をきけそうな母親がいないか、すぐさまあたってくれた人もいる。
「どんな結果でも、どこにいっても、私たち親子は福助が大好き」
とメールをくれたママ友もいる。普通の世間話のメールに、
「福助君は、サッカーがうまいという以外、特にかわったことがないけどな」
みたいな追伸をつけてくれた人もいる。
「情緒がどういうところか、ゆうこさんが情報を流してくれなければわからなかった。こうやっていつも情報をもらえるのがうれしい。いいところならいいよね」
といってくれたママ友もいれば、
「その前提でも福ちゃんには必要ないよ。福ちゃんがひっかかるなら、一体何人ひっかけなきゃならないの? もし断れないものなら、署名でもなんでもするよ」
と、意気盛んに言ってくれたママ友もいる。
迷いながら、それでも福助に一番いい選択を。多分それは情緒に行くことだと思うと、クラスに報告した。そのときのみんなのリアクションが、心にしみる。
涙ぐむのは、私がここにゴールを設定して走ってきたことを、みんなが知っているからだ。
普通に見えるようにどんなに努力しても、普通だけじゃどうしようもないという判定に、その無常観で私が落ち込んだことをわかってもらっているからだ。
いや、むしろ、みんなが一緒になって、福助の療育を分担してくれたからだ。
毎朝の声かけ、不可解な行動の子どもへの弁明。お預かりの時があるからと、自閉症基礎講座を尋ねてくれて、だから、多分男子の母親の大半は、自閉症の特徴をよく知っている。
そのうち福助が落ち着いて団体行動が取れるようになり、サッカークラブではちょっといい感じという話をすれば、我がことのように喜んでくれた。奇跡みたいな発達の成果は、この母達の肉弾戦、もとい、人海戦術にあったんじゃないかと、ホントにありがたく思った。
「ウエイトレスさんに、ケーキお願いしますって言ってきてくれる?」
と、昨日レストランで福助に頼んだら、
「うーん、ごめん、何言ってるか、わかんないや。トレスっていうのが、わかんないんだ」
とリアクションする、変わった子ではある。じゃ、ウェイはわかるのかよ、と家族で笑って、こいつのおかげで笑いが絶えないなあと思う。
食後のコーヒーを飲んでいたら、福助がくしゃみをひとつ。
「最後に、はくしょん、ひとつ、入りましたー」
と言われて、吹き出してしまった。天然は愉快だ。
情緒に行こうと心を決め、遠い学校にアポイントメントをとって見学を申し出たら、十一月まで会えないと言われた。
学校見学もなしに、入学するクラスを決めるのか……と、苦悩する。
そこに、区またぎで通級の情緒学級を持っているところは調べたかと、ママ友から聞かれた。
実は幼稚園では職員会議でその提案がなされ、検討してくださったのだと、担任の先生から伺った。しかしP子の転校や、福助の心構えを考えると、越境が果たして最善かは難しいのではないかとも話し合われたという。なので、強く提案はしないが、とりあえず連絡先だけは頂いたという状態だった。
同時に、園では、普段の福助に問題があると思えないので、必要であればどこにでも出て行って説明する準備があるから言ってくださいねと言われた。
「そうか……そんなことまで、ここの先生方は」
と、ママ友は朝から園門の前でいきなり涙ぐむ。
「ああんもう、自分の子どもじゃないのにぃ」
と、笑い泣きしたのち、
「11月まで世田谷の通級見学できないなら、せめて区がちがっても何をしているか、直接先生に聞いたらいいんじゃない?」
と言う。
彼女に背中を押されて話をしたところ、二つ返事だった。大急ぎで着替えて、自転車を立ちこぎですっとばす。校長先生は、厄介な問題を懇切丁寧に聞いてくださった後、
「もしこちらの方が近くて都合がいいのなら、こちらにいらっしゃい。区が違うことは何とでもなります。大歓迎ですよ。もう一度判定をうけなければならないでしょうが、様子を見てからというならそれもありだと思います。お姉ちゃんも一緒にというなら、喜んでお引き受けしますからね」
と言ってくださった。
そのうえ、すぐに通級の先生と連絡が取れるようにしてくださるというし、施設も見せてくださるという。
すごい人格者なんだもん、そこの校長ったら。惚れそうだったわ。
こうやって、たくさんの人の結びつきが、福助を支えてくれている。
こんなに愛されている福助なんだもの、人なつっこくなるのは当然だ。
頂いたご恩を、別の形で返せる日が、いつか来るんだろうか。
力がほしいと思う。何らかの形で、ちゃんとご恩返し出来る、パワーとエネルギーがほしい。
この強運を力に変えて、まだまだがんばらないと、と思う。
三日間の苦しみの後、やっと陣痛がまともに始まったのだ、11年前の今頃。
微弱陣痛の末、急にどばんと勢いが来たので、生まれる瞬間にはドクターが間に合わなくて、看護士だか助産婦が、大あわてで会陰をはさみでじゃきんと切った。
麻酔も、当然、間に合わず。
それが出産で、もっとも痛かったことだ。
そんなもん、指先を針でつつくだけだって痛いのに、はさみで切るか!!
あんなやわやわな部分を。
生み終えてから、医師が眠い目をこすって降りてきたんだ。全然役に立たなかったのね、先生。その後、やっと麻酔をたっぷり打って、ちくちく縫ってもらったけれどもね。
でも、産みたてのほやほやがそばでぴかぴか輝いていて、こっちははさみまで入れられてもう矢でも鉄砲でも持ってきやがれ!! って気分だったから、ちくちくまどろっこしいんでいっ、こちとら江戸っ子でぃ、バンドエイドでも貼っつけときなっ! みたいな気持ちだった気がする。
ぎんぎんだったなあ。どこまでもぎんぎんで、満月が沈んで、朝日が昇っても、興奮して、眠れなかったんだよなあ。
素晴らしい仕事をコツコツこなす人も、素晴らしい作品を生み出す人も素晴らしいとがは思うんだが、素晴らしい命を生み出す女っていうのがもう、素晴らしく偉大だと思う。
私は子ども産むぐらいしか能がなかった割に、二人しか育てられなかったけれど、とりあえずこの世の中に自分の遺伝子を残せたのが、素直にうれしい。
そのうえ、元気にすくすく育っている。うれしいぜ、こんちくしょーめ!!
P子、御誕生日、おめでとう。
10歳、ハーフ成人の、最初の発言は何かなあ?
ばるさっ、ばるさっ、ばーるさっ!!
わかりやすい歌です。ヨーロッパのサッカーチーム、バルサのチーム歌ですね。
耳について、離れません。
タラコ、タラコ、たっぷり、タラコ!! 並に。
最近、J-sportsチャンネルで、朝七時からバルサ少年サッカー教室の番組が放映されており、福助が妙に早起きになりました。朝から室内でボールをけり出すという弊害はありますが、幼稚園にも開門と同時に出かけられるし、いやー、こういうのって有り難い。明日は、モーニング・ロナウジーニョを堪能します。眠気もスッキリ。そばで字幕を読む必要があるので、私も一緒に見ているわけですが、ロナウジーニョは楽しみだわ。
サッカーの名門の下部組織に属する少年たちに、サッカー以外のオプションを持てと再三繰り返されて、サッカー関係者の活躍も紹介していく番組は構成に迫力があります。
例えばある日は、「サッカーに携わっていけるのは、寮生ですら6割。残り4割に、「それでも世界は終わりじゃないんだ」と知らせるのが仕事なんです」という、寮長。ううむ、含蓄ありまくりで、朝から刮目です。
そうやって考えると、日本人はどうにも背水の陣だの、絶対に負けられない闘いだの、死して屍拾う者なしだの、無常観が漂います。特攻精神はリスクマネージメントをしないから、不幸をひとたび呼びよせたときに、一気に敗戦につながる気がするんだけど、どう?
「ゲームは楽しむためにあるんだ」
とエトーはいいました。江藤じゃないですよ、サッカー選手ですよ。
小僧、本日久しぶりに同点ゴールとその後、逆転ゴールを決め、「一点リードされると涙が出ちゃう、だって幼稚園児だもん癖」脱却の糸口をつかみながら、指名ゴールキーパーの際、一点を赦して、また悔し泣き。
明日辺り、ロナウジーニョがロバみたいな顔で、「笑う門には福来たる」みたいなこと、言ってくれないかしら。
ところで、幼稚園では、今日、運動会の予行練習が行われました。
今年は福助、最後の花形リレーの選手なのですが、どうにも走り方がロナウジーニョばりに変。がに股で、首が動かないのに、肩が揺れる。
何かに似ていると思ったら、エリマキトカゲでした。
サッカーボールを目の前に転がせばきっと誰よりも早く走れるだろうにと思うんですが、そうもいかないか。馬じゃないしな。
二年前は練習が始まるや、ダッシュで逃走していた子でした。園長には欠席を申し出たぐらい、列にも並べず、妖怪・砂いじりになっていたのが、とりあえずは闘志を剥き出しにして、きちんとコースを走るんだから、多少トカゲでも文句はナシです。
がんばれ、白組。がんばれ、福助。
ところで、年中さんの幼稚園児が話をしていたそうです。
「滝田先生はタッキーっていうよね。じゃあ、ボクは、ええーっと、ボクだから、ボッキー」
可愛い思い違いだが、男としてぼっきーというニックネームはどうかな。
第一、名前じゃないし。ボク、だったら、本来ボックーだし。
いやしかし、力強い「ボッキー」というセンスにはかなわないな。
ボッキーくん、当日は、エネルギー充血120パーセントで走ってくれ!! 大声で応援したいと思っています。
がんばれ、赤組、がんばれ、ボッキー。
明日、P子誕生日。
「こんな大切な日を目前に、おかあさんがへこんでるのはどうなのよ」
とおナマな口をたたくので、
「へこんでなかったら、ふくらんじゃうわよ。それもどうなのよ」
と言い返したら、「うまい! 」と褒めてくれました。
改めて考えると、うまいのはP子の方で、彼女はオプションを実にいっぱい持っています。生きているのが楽しくて仕方ないといった、健やかな10歳。
昨日より今日の方が、今日より明日の方が、確実に面白いと思っています。
今夜も眠るのがわくわくしていたようで、こういうとこ、見習わないとね。
ということで、おやすみなさい。
さぁて、明日のお楽しみ、ロナウジーニョと新サンマ。
新サンマには特に意味はなく、たまたま買っておいてある、というだけなんですけどね。
後手に回ったが、あわてて情緒学級について調べた。
電話をかけまくり、ネットを使い、先輩ママや小学校教員の弟まで総動員して。
で、聞けば聞くほど、「いいじゃん、それ!!」な感じ。
本来は、生徒全員に対して必要なところだと思った。
先生が一対一対応して、その子どもの生きにくさを考えてくれるなんて、なんたる特別待遇!!贅沢三昧!! 酒池肉林!!(これはちがう)と思う。
ひとりでも情緒に通級することによって、在籍校全体の特別支援的分野はいきなり明るくなるだろうと思われるところも、実に、私好みである。
よし。オシムが日本サッカーを変えたように、私が今の学校を……。
サラエボから日本に来ることを思えば、車での往復ぐらい何でもないじゃないか。と、道が開けた思いがする。
もともと情緒学級がそんなにもいい場所だと知っていたら、私は多少無理をしてでも、通級を希望していたかもしれない。
人の何倍も努力して、生きて行きにくい世の中を頑張っているからこそ、彼らのような人のために情緒学級がある。そんな発想なら、そこは彼らにとってのオアシスだ。
障害というマイナスの彼らをコントロールして健常に近いゼロに持って行くための訓練施設ではなく、マイナスになってしまった彼らのエネルギーをプラスにチャージするための場所であれ。そうすれば、疲れた人はみんなそこに集まれる。障害の有無を問わずに。
だが、何度となく質問した情緒学級の概要は、結果的に、私の中の偏見を助長する説明ばかりだったのが今更ながら残念でならない。自ら徹底して調べなければ、そんな簡単な情報すらつかまえられないシステムを憎む。
その冷たい隔離を印象づける説明は、いみじくも、教育委員会の本心の吐露のように思われる。
そして、だからこそ私が通級と言われたことに苦悩したのであって、現場の状況と設立の意義をはっきり知らしめれば、むしろ垂涎の施設なのだと誰もが知ることになる。
支援を必要とする子の保護者は、その愛あるまなざしで、どんなにか精神的に救われるだろう。現場でがんばっておられる先生方にとっても、大いなる励ましになろう。
そんなに素敵なところなのだったら是が非にも。
という気持ちの反面、素直に尻尾を振れないのはなぜだ。
私が必死で躾けてきた中型犬、もとい、福助は、今ではどこから見ても立派な普通っぽさを兼ね備えている。よくよく見ると確かに変わった人ではある。サッカーボールを小一時間も蹴り続けて楽しんでいられるのは、素晴らしい社会人になる資質とは言い難い。だが、一応社会適応できるように、一見普通のフリができるように、この三年間、家庭内で猛特訓してきた。
それはオシムサッカーばりに休まず走り続けることであり、考えることであり、へたくそを鍛えることであった。
そうして、身近で見てきたセンターでも園でも通級は不要といい、お預かりで福助と一緒に長時間を過ごすママ友は「いわれなければわからない」と言うまでになり、提示してもらったデータは良好な成長ぶりを示し、そして希望は「通級無し」だった。それなりの成果は出ていたと思う。
そんな中、二時間ばかり、その何を見て、教育委員会が通級を勧めたのかが、どうしてもわからないのだ。やはり、お手軽に「診断名」で通級にしておけと判断したのではないかと疑ってしまうのだ。
彼らの下した結論に納得がいかない限り、それがどんなによい施設であっても、彼らにおめおめと従うわけにはいかない。
私はフェアでありたくて、学校に対して隠し立てしたくないからこそ、生身をさらけ出し、就学相談に臨んだ。
結果に対しても、フェアでなければ、自分の中でつじつまがあわない。
では果たして彼らがどのぐらいフェアに、どのぐらいの責任を持って診断を下したのか。憶測で決めつけるのは愚かだと自省しながらも、やはり、私はどこまでも不信感を募らせてしまうのだ。
どんなに情緒を安定させるように努め、徹底的に勉強して、療育を家庭内で実行しつづけても、「診断名」にかなわないのだとしたら、私の三年間の療育には一体何の意味があったのかとも思う。
普通のフリが出来るぐらいには適応させた上で、だが、福助は自閉症であるという事実を隠すつもりはない。
将来彼がどう思うかわからないので、これは私が保護権をもっている間だけのスタンスだが、それを逆手にとられていつまでも「診断名」だけが一人歩きするのは、好ましくない。
彼は、自閉症の福助、ではなく、彼こそが福助(自閉症)なのだ。
「そうはいっても特殊な人でしょ」
といわれれば、確かに特殊な人であろうが、特別な人と言い換えれば、人は、誰もが特別な人なのである。
そんなサービスを行政に求める方が間違っているのだろうか。
例えば学校はいつでもウェルカムという状態ではなく、お世話になるかもしれない学校を一度も訪ねないまま決定を下さなければならない現状のシステムだって変だ。
システムと闘いだしたらきりがないけれど、何か方法はないものか。
彼らの判断に不服とした場合、私は子どものことを第一に考えない、世間体大事な見栄っ張りな親とレッテルを貼られ、それで終わりだ。
理解されたいなあ。言葉を費やしたら、心が届くだろうか。
このあたりの次元の違いを、語り合える機会が欲しいと思う。
ところで、母ヨシコにも相談してみた。
こういうとき、天国に近い純粋無垢な人の意見は強い。
「治らない病気なんだから、そこに通ったところで、人間関係がすごく得意になるもんでもないでしょ。私だったらその時間を使ってサッカーやらせるわよ。ボール持てば、外人さんとだって友達になれるじゃない、あの子は。一か八かで、サッカーに賭けてみたら? 失うものは何もないんだし。え。自閉症はサッカー選手になれない? そんな決まりがあるの、誰が決めたのそんなこと? 今誰よりもチームメイトとうまくやってるじゃないの、この前の大会だってすごかったわよ。人間関係だのなんだのっていうのは、本人がすごく悩んだ時に、本人が初めて考えればいいことよ。みんな悩んで大きくなるのよ!」
こんなハイリスクハイリターン感覚の、夢見る夢子(脳天気)に育てられたのか、私は。と、ちょっと笑う。
いつもはあまりにも思慮が浅くてイライラさせられることも多い彼女の言葉だが、
ぐるぐる考えすぎる私の心に、なんだかスコーンと入ってきた。
ドラクエでは、防具を考えないで武器ばかり買うタイプの私だ。実は母によく似ているのかも、と思った。
勇者・福助に、防具を着せるのか。武器を充実させるのか。
このクエストの最終目的地はどこなのか。
とりあえず、行けるトコまで行ってみるか。
眠れなくなっちゃった。
今日の演目は、「きつねとつる」……皿についだミルク、壺についだミルク、どっちも個性なんだからお互いのことを考えようね。という、お話。
そりゃあもう、大熱演だよ。
ああ、こういう息抜き法があってよかったなあ。
謝恩会も、深く静かに、計画進行中。
大好きな幼稚園とあと半年でお別れかと思うと、それだけで泣きそうになるが、最後の最後はちゃんと笑顔でさようならを言いたい。
してもらったことを、させてもらおう。
福助をここまで支えてもらったこと。
ちゃんと、ありがとうを形にしよう。
でも、誰かを支えてるって、角度を変えると支えられていたりするんだよな。
P子は自閉症を「おいしい」と言える女だが、これは福助から学んだ究極のポジティブシンキング。彼女の底抜けな楽天性と発想法は、福助を支えることで培われた、消えない財産だ。
福助と私が、幼稚園とママ友に何を与えているかはわからない。
でも、この出会いは無駄じゃなかったと思ってもらえるように、あと少し、頑張ろう。
P子は、福助が大好きで大事で。
「一緒に手をつないで小学校に行くことが夢なんだ。もしダメだって言われたら、私が校長先生に話をしてもいいから」
と、腹をくくっている。
学校でこれから起こりうることをシミュレーションしても、動じることがない。
障害がどうしたの? 私の弟は個性的ですごくカッコイイのよ。
単純だからこそ強いその信念に、私が支えられている。わずか10年しか生きていない彼女が、「誇り」と「慈しみ」を私に教えてくれる。
疲れただの、面倒だの、言ってていいのか。
荷物が重たくなっちゃって動けなくなるかもしれないのは、私ではない。
福助なのだ。
私は私にできることを、ただこなすだけだ。私がへこんでいたら、P子が頑張ってしまう。
一時的に支えてもらうのはいいが、親が子どもに自分の荷物を預けちゃダメだ。P子が背負う分も、私が助けられなければ、親失格じゃないか。
鼓舞しても鼓舞しても、珍しくへろへろで、元気が出てこないが、とりあえず、P子と福助の前では元気でいよう。
福助は今日もまた、サッカーの練習に余念がないだろう。いつものように七時に起きて、バルサTVを見て、日がな一日、友達とボールを蹴るんだ。
その姿を見るだけで幸せ。
多分、私もP子も、福助の大ファンなのだ。この、厄介な個性をもち、笑顔が心憎いばかりに爽やかな福助の。
寝よう。
眠くなくても、横になろう。
明日も早い。
方向がわからなくなっちゃった時には、がむしゃらに走り込まずに、立ち止まって落ち着いて深呼吸。今どこに自分がいるのか、もう一度考えてみればいい。
広い空から見れば、この私は、ちいさいちいさい。
それでもいつか、頑張っていればきっと、何か大きなものを与えられるかもしれない。
ゆっくり眠って整理しよう。
焦らずに。
おやすみなさい。
キターッ!!
情緒学級、通級指導の通達が来ました。
そうか。
私に憩いの時間はないんだな。と、率直にいえば、かなり面倒。
だって、遠いんだもん。
来年は小学校の役員にも立候補しているので、体がもつんだろうかとも思う。
その面倒に見合う効果が上がるという信念が持てれば、おかんとしてはもちろん、「福助君のことを第一に考えて」そこに喜んで通わせて頂くんだが。
そんなこと書くと、情緒学級のすべてを 否定することになりかねないので、いやむしろ反論歓迎というか、「通級よいとこ一度はおいで」というのを教えて頂きたいと思う。
まー、実際、変わった子ではある。
ただ、それによって今のところ誰も困ってはいないと思うのだ。
一人でいる時間がないほど幼稚園のお友達とは円満にやってて、小さな子の面倒見も良く、知らない子とも、それが大きな小学生だって、サッカーボールさえあれば友達になれる。
幼稚園での制作はすべて上手に作っているし、歌も歌う、踊りも踊る、計算もすれば漢字も書く(乳、という漢字はまだ書けないが)。すべてそのあとのサッカーやりたさにこなしているだけだが、それでもむしろ健常のわがままに育てられたお子さんよりずっと、指示はきけているのになあ。
自閉症が治らないことは知っている。
だが、頑張れば、健常の世界になじむことはできる。
そう思ってずーっと療育してきて、大変にうまくいっていると自負していたんだけどなあ。
福助も、ものすごーく頑張っていたんだけどなあ。
「まだまだ足りない」といわれた気がして、そこにこう、未来への不透明感がのしかかり、つまりは何をしたらいいのかもわからなくなって、徒労感がどーんと。
就学相談も、本来は必要ないと思っていた。
福祉センターに、データを揃えて学校に提出した方がよい、支援を必要とする部分を要求するならこちらは万全の方がいいからといわれ、もっともだと思ったから進んで受けただけで、それは通級を前提にしたものではなかった。
福助にとって複数の学校を持つことでサッカーをやる時間が削られる。それがプラスになるとは思えず、……ああそうか。
気がついた。
つまりは、これを誰から言われたかなのだ。
幼稚園から通級を勧められたなら、きっと素直にそうですか、頑張りますと言えるのだ。
すべて、例の教育委員会・委員長への不信感から来ちゃってるわけだよな。
「通級は希望しない」
と希望を出したのに、そこに入れなければならないほど何があったのか、知りたい。
ので、前回のお話も含めて、とりあえず教育委員会に行ってきます。
納得、したいなあ。
心の底から、よろしくお願いします、と言えたら、きっと楽になれる。
私は知りたいのだ。福助にとって本当に何が一番いいのか。そして、私が何をすべきなのか。目標はただひとつ、福助の健やかな成長のために。
そのためなら何だってする。目標に迷いがなければ、体力の続く限り突っ走れるのだ。
でも、今は、コースもゴールも、わかんなくなっちゃってるんだよなあ。
こういう険しい道は、私のキャラなら、ちょっとわくわくするはずなんだ。
障害物競走って、ただの短距離走より面白かったりするでしょ?
まさしく「障害」をそんな風にとらえてるんで、毎日が運動会なのはバッチこーい。で、いい感じなはずなのだが……。
なんだか元気が出ない〜。
もし私がシングルマザーだったり、社会的意義の高い仕事をもっていたら、どうしたのかなあ。そういう人の子どもがもし障害児だったときは、どうするんだろう。
自分の時間は全部、趣味としての自閉症学習に費やし、工夫して療育してさ。私の仕事はおかんだと公言し、大好きな書き物仕事は封印して、頑張って頑張って。
それがずーっと続くのは、私が受け入れるべき運命なのかもしれないが。
こんなとき、お弁当一つ作るのがかったるいとか、子どもの犠牲になるのはイヤ、自分の人生を充実させたいみたいなことを子持ちのくせに平然と言ってのける母親たちをネットの書き込みで見てしまい、私は跳び蹴りしたい気分になった。私も言うことがあるような気もするが、今日の私は心が狭いのだ。
それでも、福助は今日も可愛い。
練習試合できっちり2点、こぼれ球を二アポストに、敵ゴールキーバーからのゴールキックをミドルでループで。ああ、かっこいい。「どうして福助君はこんなにサッカーが上手なの?」と、クラスいち聡明なロミちゃん(仮名)にも聞かれたし。
そんなことができるのは、才能のひとつだ。今はサッカーしかないけれど、「それしかない」というものを「才能」と呼ぶんだ。数字でも音楽でも絵画でも、才気溢れる分野があれば、そのうちなんとかなるだろう。自閉症には自閉症の生きる道。今はとりあえず、サッカーに感謝しつつ、それをおかんのご褒美にもうひとふんばりだ。
おじゃるず」の洗礼を受けてきた。
http://ojarus.com/
このパフォーマンスは必見でおじゃった。
うちの小僧も娘も魂をわしづかみにされていた。
宵闇に浮かびあがる白塗りの顔。
いい感じの選曲と素晴らしい大道芸。
感激のあまり、娘は終演後すたすたとおじゃる1号に握手を求めに行き、長頭でパンチされるという羨ましいコトをして頂いたのだが、親が準備していなかったため、シャッターチャンスは逃した。ああ、将来家宝になったかも知れないのに。
ところで、駄菓子屋の一角にピンボールがあり、五万点で牛乳一本プレゼントだったため、相方がトライ。もろちん軽くクリアして、子どもにフルーツ牛乳を飲ませてやることができた。
なんか、カッコイイじゃないか。
よーし!! ここはひとつ私も。と、子どもにいいところを見せようと得意な金魚すくいに挑戦し、もちろん金魚をたくさん救いだす予定が。
結果一匹も救えず。
一匹も、って、何!? とちょっと落ち込む。ここ数十年やっていなかったが、子どもの頃から培った腕は確かだと信じていたのに。もう私のこの右手では、金魚を救うことはできないのだ。あああ。数々の武勇伝が走馬燈のように脳裏を駆けめぐる。って、オーバーな。
柴又は遠かったが、所々に寅さんのコスプレーヤーがいて、映画のセットのようで、ウキウキする街だった。そういえば、この街に住んでいる友人を訪ねたのが、15年前ぐらいだったか。
そんな話を相方にしていたら、なんと、偶然、音信不通のその友達を人並みの中にみつけて、驚く。
呼び止めて名刺交換し、また今度ね! と挨拶だけして別れた。帝釈天って、霊験あらたかなのかもと思い、お参りも念入りに。
この日の柴又宵闇祭り、あれ、闇はいらなかったんだったっけな?
目的はおじゃるずを見ることともうひとつ、憧れのぽん子兄さん一家に会うことにあった。
多芸多才なクリエーター・ぽん子兄さんは、もう長いことお友達で、私に寄席の楽しみを教えてくださった恩人だが、実は、ここんちの奥さんと逢ってみたかったのだ。私の親戚みたいになってる友人や近所のテニス仲間が、彼女とすでに友達で、一緒にお出かけしていたりして、その評判はたっぷりきいていたのでね。そうやって考えると、すごーく不思議なご縁なのである。
当然初対面な感じはまったくなくて、母親話で盛り上がる。
黒目がちでまつげの長いかわいいお嬢は、生真面目だけどちょっとお茶目な図書委員タイプ。福助と同じ6歳だ。
親同士が気が合えば、まあたいていの子ども達は仲良しになるの法則があるものの、この二人の盛り上がり方は、帝釈天の境内をぐるぐる鬼ごっこしてから、一気にいい雰囲気。
鈴木史朗さんのゆるい歌を聴いたり、フラフラ露天で食べ歩きしたり、軽く飲んだり、大変にのんびりしたムードでおじゃるずを待つ。
そして、大本命のおじゃるずの大道芸を見て感激し、そのあとの芸でクールダウンする。絶妙だ。完璧だ。
P子がもうワンステージ見たいと言い張っていたのをフランクフルトと今川焼で買収している間、6才児同志が何を語らっていたのか知るよしもないのだが、駅で電車を待ってベンチに腰掛けていたお嬢は、突然、チェ・ジウ姫のようにぽろぽろと落涙し始めた。
「あなたのこと、まだ何も知らないのに。もっと知りたかったのに。……もう、電車が来てしまう」
すごい台詞だ。そして、泣きじゃくるジウ姫。BGMはRYUか何か、私の脳内には、韓国語の曲が流れ出した。もうそこだけ、韓流の空気が。おばちゃん韓流大好きだからね、その姿見てて思い切り、もらい泣きしそうになっちゃったよ。
ジウ姫の涙に、うろたえる福助。
ベンチから離れてホームに駆け出すと、こっちを向き、何か言いかけて……。これは何だ、何のドラマなんだ。
いきなり変な踊りを踊り出した福助であった。……ああ、何が、伝えたいのか、君は。
まったく男ってヤツはなあ。
それにしても、柴又ではなんかいいもの見たなあ!! という一日でした。
積極的にお琴練習中。
この一曲、さくら舞曲の一番簡単なパートをモノにして、ぜひとも師匠に三味線の弟子入りをする予定。
しかし、弦を押さえるので指が痛い。中学時代にギターを始めたときを懐かしく思い出す。
「なんか楽しいことないかしら〜」
とお探しの方がいたら、新しい楽器をお勧め。絶好の大人の玩具なり。
私のことを私以上に知っている親友が「いつかあの駅に降りたら」を聴いてくれました。
タマちゃんの歌を大絶賛した文章の後、私の詩に関しては、
なんかさぁ…途中で演歌っぽく聞こえてきて……。
いやぁ〜…そうじゃないんだけど…ゆう子と彼の感じって、そういうんじゃないんだけど…
っていうような、違和感が。
私だけかぁ?
とのメールがあり、笑う。
さすが、さの字。それ、私の第一印象と同じ。
ただ、作品として提供するということは、自分の手を離れた段階で(プロデューサーの意向で書き直しも入れるしね)私自身ではないという感覚があって、自分だけど自分じゃない、夢だけど夢じゃない(トトロか?)感じが、何とも面白かったというのがあります。
例えば「ラジオの時間」(三谷幸喜監督作品)では、鈴木京香扮する作家が作り出した登場人物の名前まで変わってしまったわけで、朗読って何か特殊な効果を生むみたいですね。やはり「文字の人」である私は文字を通じて内面を発信していくのでしょうが、あれはそれで、楽しい経験でした。
とりあえず第一陣の波は終わって、初回予約分ははけちゃったみたいなので、ここからどう動くかがいよいよ鍵です。よろしくお願い致します。……って、やっぱりP盤の演歌歌手みたいになってるかしら、私。安手のお着物、似合います。
お着物といえば、昨日は吉祥寺寄席に行って参りまして。
魂の姉妹、海野やよいさんとご一緒しました。
ここにホントは着物でしゃなりしゃなり、駒下駄でカランコロンと行くつもりだったんですね。ところが、予約ができなかった。
満員のため予約はあきらめていたんですが「キャンセルでました」と電話があり、その時まさに七時十五分。ごはんをちょうど食べ終わった瞬間でした。
昨日は日中、ジャージ姿で。いっぱいいっぱいのスケジュールに、そのうち吉祥寺寄席のことなんかも忘れてしまっていたんですがね。しかし、ピンチがチャンスに変わったら、即座に攻めに転じるのがオシムのサッカー。惜しむらくは、着物を着ている時間がないことです。あれ、何か違うお話になってますか。
まず海野ちゃんに電話します、そこからダッシュでジャージ脱いで着替えて、眉毛だけ描いて、走る走る走る。駅ビル・ロンロンなんかはもう、人をなぎ倒しながら走りました。
そして、汗だくの巨大な女ふたりが肩で息を切らせながら駆け込み入場。第一ホテルの教会(ここが寄席の会場)の、最前列に陣取ったというのはこう、喬太郎師匠にとっても言いしれぬ恐怖だったのか、噺は「怪談・牡丹灯籠」でございました。
怪談物は、字面で読んだんじゃ、きっとこんなに怖くない。
途中目をつぶって聴いていると、死霊のお嬢様の声なんかもう、震え上がるほど怖いわけです。目を開けちゃうと教会に金屏風、ひょうきんな師匠のお顔という奇妙な状況に集中してしまうんで、ひたすら目を閉じる。で、拝聴してたらもう……。
笑いに行ったつもりだったので、覚悟がなかった分、正直心持ち冷え込んでしまったけれども、しかしその名人芸にやっぱり聞き惚れました。
うれしいねぇ。耳がうれしい。こういう噺家さんと同じ時代に生きてるってのがもうね、うれしいじゃありませんか。
落語は「聴く」噺。
こういう文化を持っていた日本に、いよいよ感激する四十代なのでございます。
追伸
南京玉すだれもよかったの。弟子入りしたい。
あれ、常に持ち歩いて、スタンガンのかわりに「浦島たろさの魚つり竿」で暴漢を退治したい。うまくいったらお慰み♪
今朝も豆乳を一気飲みだ。
突然秋が来て、体重は増えるばかりだが、体調はいい。
私は冬眠するわけではないんだからね、と自分自身に言い聞かせても、なんだかもりもり脂肪を蓄える貧乏性な体。地震対策ひとつとったってまだ携帯電話充電器を買い忘れたままなのに、今氷河期が来ても大丈夫な体作りというのはいかがなものか。
スポーツの秋でもある。
「おかあさん、一緒に練習しようよ、上手になるために」
と、やたらと小僧に誘われていることだし、腰も好調だし、何か始めるには最高だ! とちょっとわくわくしたが、今日は「お琴」のお稽古日なのだった。
娘の学校でね、何かイベントがあったときに「さくら」だけ弾ける「おコト部隊」が編成されているの。で、それに入ってしまったの。でもまだ三回しか練習に出ていないし、毎回足のしびれはひどいし……、当然戦力外どころか、邪魔するし。
三味線をやりたかったので先生と懇意になり、ゆくゆくは弟子入りしようと考えていたのが甘かった。だってお琴で入って、まともに練習もできてないのに、三味線やりたいってどの口が言うんだ?
明日は幼稚園のママさんイングリッシュの日。私に限り、ハロー注意報、発令中。
ああ、カルチャーな秋である。
これでまたテニス再開したら体が持たないんだろうなあ。でもこのままじゃ本当にまずいというところまで来た。横向きで鏡に映すと、厚みが増しすぎている。そろそろ臨月な雰囲気まである。
お琴の最中、足も痺れるわけだ、この体重が乗っかったら。折れたって不思議ではない。これは危険だ。メタボリックよりもまず底にある危機。
顔はぱつぱつになるとしわがなくなって実にいい感じなのだが、皮膚が張りすぎなのか、全身がかゆかったりするし、シャレにならない危機感を覚えるので、今日からまた健康のための減量を始めよう。
無謀なダイエットでなく、食生活をかえてみるのだ。
ここで宣言したら後には引けないだろう。
雑誌の企画でモニターをやりつつ記事にしたときには、マシントレーニングで60キロを53キロにした女だぜ。私が結果を出さなかったら20ページ真っ白だと思ったら、きっちり痩せられた。プロのボディビルダーにスカウトされちゃったぐらい、ストイックだったんだぜ。ナイスポーズ、切れてるぅ。
……あれは、本当に、私だったんだろうか。
とりあえず、頑張ってみよう。背水の陣じゃないことが、今ひとつ自分を甘やかしそうだけれど。でも、今は他に頑張るべきコトもないんだしな。
あ、頑張らなくちゃいけないこと、ひとつあったんだ。
ここで告知。
タマ伸也さんのソロCD、ネット販売だけなんですが、よろしくお願いします。
ここでボーナストラックとして、「あの日言えなかった言葉」という詩を書かせて頂いてます。渡辺克己さんの朗読です。聴いてみたら、ちょっとくすぐったい。
こういう私を知っているアナタには滑稽にすら思われるかも知れませんが、53キロの頃の私にあった本当の出来事でした。R-15指定でお願いします。
http://fm-minamiaoyama.com/est/est-receive.html
寒い季節に聴くのにぴったりな曲「いつかあの駅に降りたら」。
メインはあくまでこっちです。送料込み1300円です。名曲よ。
私の取り分は、「売れたらね」ということになってます。ふふふ。でも、それよりは、作文が朗読されているという事実に喜んでいるというのが正直なところです。立場としてはね、「ラジオの時間」の鈴木京香ってとこかな。なんかちょっと主婦の夢。
現実的な夢としては、あと10キロ、いやせめて5キロ、減らしたい(真剣)。
体脂肪を32パーセント(昨晩久しぶりに計測して、驚愕)から、せめて28パーセントに。
頑張ろう、ダイエットな秋!!
「福ちゃん、漢字が読み書き出来るって、本当?」
と、連休前のため特別にリーグ戦になったその日、大活躍で優勝し、気をよくしている福助に、ケンちゃんママが質問する。
「うん、書けるよ。豆乳のニュウとか、牛乳のニュウとか」
「へえ、スゴイ!! ……って、乳?! 即座に答える漢字が乳ってのは、さすが男の子ねぇ」
ケンちゃんママは笑いながら私に言う。彼女はクラス一の巨乳というか爆乳なのであり、まあそういうのには慣れっこだったんだと思うけど、一応私は、訂正しておく。
「いや、本人は豆乳の豆と、牛乳の牛、って言いたかったんだと思う」
ところで週末は、新潟から10年ぶりに友達がやってきた。
「五時半には帰ります」
と、あらかじめ宣告してしまったものだから、福助が五時15分を過ぎた段階ではらはらしている。
福助はそのあたり、ルール遵守の人なのだ。
で、とうとう五時半になったとき、おそらくは最大に丁寧な言葉を使ったつもりなんだと思う、
「この人は、一体、いつまでおじゃまするつもりですか?」
一同笑った後に、福助には「これはウケちゃったけど、間違いで、失礼な言葉なんだよ」と訂正。
こいつのこういうすっとんきょうなところは、そのまま残しておいた方が「笑い」としてはおいしいんだけどなあ。まあ、社会性を考えると、そうもいかないか。
翌日、友人の葬儀。
久しぶりに故郷に帰ったものの、あまりに違う都市になっていて、さらに連絡すべき友人がもうひとりもいないことに愕然とする。
泣き腫らしたノーメイクの目と、ふくれあがったこの体では、昔の彼氏にすれ違わないことを祈りながら駆け足で電車に乗るのが唯一帰郷した感覚。一応弟に電話をしてみたが、彼らの連休はすでに少年野球でめいっぱい忙しいのだった。
故郷にはいい思い出がない。
西武線所沢駅から乗り合わせた隣に座った巨漢(1.5人分)は、なぜ同行の後輩の女の子に席を譲らないんだろう。と、思う。いい思い出がなかったというより、いい男に巡り会えなかった街だった。
いい男だっていっぱいいるだろうに、私が所沢ですれ違う男はたいてい……。
巨漢はどっかりすわって、重そうな彼女の荷物すら預かろうとしない。有名私立大学修士課程在学中の漫画家であるその彼(無防備にそんなことを電車の中で語っちゃいけないよ、と言いたかった)は、大変好青年な口調だったが、所々に若さのにじむ見栄が入っていて、なんというか控えめな羽根の広げ方に、隣に座っているのが気恥ずかしくなった。
そんなに大きな声で周囲の人に漫画家の悲哀(ちょっと自慢混じり)なんか訴えないでくれよぉう、そんなにイヤならやめればいいじゃん!と思いながら、眠ってしまった。
夕方、家族がカラオケにいるというので合流。
「おかあさん、お葬式楽しかった?」
と福助に聞かれて、笑って泣いた。それから訂正しておいた。
飲み放題にして、がぶがぶ煽りながら、思い切り歌う。笑いながら歌っても、泣きながら歌っても、家族はやさしい。いい男もそばにいて、ああここが故郷なんだなあとしみじみ思う。
その後は記憶がなく、昨日は功名が辻も見ないで寝てしまった。
連休最後の今日は、だらだら過ごす予定。しかしメガネがみつからない。相方はスリッパが片方ない。福助よりもずっと問題があるのは、その親の方だよなあとちょっと思う。
でもまー、楽しいからいいか。
毎晩熱演の続く、鈴木家の夜。
最初に絵本朗読バージョン、そのあとにおかんの簡易読み下しバージョンと続きます。読み下しがないと、小僧には意味不明な変な方言の外国語になってしまうでな。ほい。
……童話の独特な方言みたいないいまわしと擬音は、なんかとっても珍妙だ。ずいこずいこ。
さて、昨日のいっすんぼうし、その後のクイズは
「もしうちでのこづちがあったら、何を望むか」
でございました。
「魔法使いにしてもらう」
と言ったのがP子。さすが「三つの願いが叶うなら一つめは、その願いを上限ぎりぎりまで増やしてもらう」と答えた昔に比べれば、よりごうつくばりな、もとい、ファンタジーの極意のよくわかった少女に成長しています。
「サッカーと、野球とソフトボールと卓球と(以下延々彼の知っているスポーツ名省略)が全部出来たら楽しいから、それ」
「それができるお道具とか場所がほしいの? それともそれが上手に出来るようになりたいの?」
さんざん迷ってから、
「上手の方がいいかなあ」
と言っていた福助。実のところ、両方ほしかったんか……。きっとメンバーも込みだったんだろうな。えらい欲張りなお願いだ。鈴木家に清貧という言葉はないんだろうか。
コバルト文庫なんか読み始めちゃった娘にとっては最後のチャンスかもしれない童話を記憶する時期。これを逃すと、パロディーの基盤がなくなってしまうから、母としても必死です。
え、そのために?
そうです、だって鈴木家ですから。童話系ギャグが通じないの、いやなんだもん。
さらに小僧にとっては耳から聴く訓練の一貫としてのお話と、その強化のための寝る前クイズなんだけどさ、やり始めたら私が楽しくて仕方ないの。
かさこ地蔵の回の時。
5つのすげ笠を市で売って年越しの餅代にしようとしたおじいさんだったが、笠は売れず、雪降る帰り道、道ばたの地蔵6体に5つのの笠をかぶせ、自分の手ぬぐいまでかけてやったところ、深夜、地蔵から年越しグッズをもらうという話なのだが、
「ではクイズ。おじいさんはなぜお地蔵様に笠をかぶせてあげたのでしょう」
福助 「売れ残ったから?」
……えー?!
「お地蔵様が年越しの餅や米やみそを持ってきてくれたのは何故ですか?」
福助 「宅急便やさんだったから?」
……地蔵便でーす。ハンコ、お願いしマース。
福助「で、オジゾウサマって何?」
……そこがわからなかったのか。と、説明すると、
福助「だって、石だよ。動かないよ! 」
と、必死の形相。あはは。その通りです。それはそれで、正解だ。感情の共感は難しいよな、君には。でも、そのユニークな視点は笑えるのでOKだ。と、地蔵頭をくりくり撫でてみた。
昨日、ママ友からメールが来た。
「福ちゃん、娘の仲よしさんが通ったときにちゃんと大声で知らせてくれたのよ。誰と誰が仲良しで、仲良しの子が来るとうれしいということを知っている。そういう気配りができるって素晴らしいと思うわ」
……こういうところで感情の共感ができていたか。まあ地蔵に共感できなくても、よしとしよう。
ところで、こういうことをさりげなく教えてくれるママ友がいる。素直に、うれしい。感動がころがっている毎日っていいものだ。
さらに熱演はしばらく続くだろう。ロングラン決定!! って感じ。
問題は「マッチ売りの少女」と「ごんぎつね」辺りだな。泣かずに演じきれるのか。って、何か勘違いしてますから。でもいいの、楽しい勘違いだから。千秋楽の日まで、全力を尽くします。……いつ?
目が重いのに、全然眠くない。
でも、無理にでも寝なきゃね。
今日の私は、電話を受けた後も、ずっと元気だった。
その瞬間取り乱してしまったけれども、あとはまるっきり気持を切り替えられた。
現実ではないかのように。
笑顔すらたたえていたと思う。
講演会に行って、保護者会に出席して、福助をサッカーに送り、三駅先の英語教室にP子を送り、サッカー場に戻って福助を応援し、1アシスト2ゴールを褒め称えつつまたP子を迎えに行き、ゴハンを食べながらP子の話を聞き、みんなでスーパーで買い物して帰宅して、取材に行ってきた相方と普通に話して、子ども達に今夜は「さるかに合戦」を熱演して、それから。
mixiというソーシャルネットワークシステムに入り込み、ぼんやり友達の日記を眺める。
けれど大半、何が書かれているのか、よく意味がわからない。
脊髄反射でどうにか意味がわかるところには、コメントを書く。
書くけど、まとまらないから、ほんとうにだらだら、牛のヨダレのようなコメントになる。
友人が亡くなったと、昼に電話があった。
昨日、何だか気になって、私は彼女のところに見舞うときに持って行くべく、指定のビールを買った。
そのとき、前回彼女に買っていったデザートを、子どもと三人で買い込んで夕食後に食べた。
来週には、時間を作って会いに行こうと思っていた。
だから、昼間、彼女の娘から電話があったときには気持が通じてたみたいな気がして単純にうれしくて、はしゃぎながら次はいつ待ち合わせする?って、最初にそう切り出そうとしたら、
「昨日ね」
……って。
全然、間に合わなかったんじゃん。私。
気持があっても行動がなければ意味がないのに。遅すぎ。遅すぎだ、まったく。
気持の切り替え、すごく得意なんだ。大人だからね。
一気に毒を吹き付けて、麻痺させるみたいにする。
脳の一部だけがぎんぎんに覚醒して、それで多分、疲れ切った。
でも、副作用で、眠くない。
「ゆうこちゃんらしいわ」
って、声が聞こえる気がする。
ビールさ、お葬式に持って行くけど、その前にちょっともらうね。
一緒に飲んだこと、思い出して献杯する。
「死ぬことはちっとも怖くないのよ」
といいながら、最後の願いに「完治」と言った彼女。
そっちに行ったときに、本当のところを聞かせてね。
私はダメだめだなあ。
もっと逢いたかったのに、もっと話したかったのに。
何、やってんだ! 時間はもうちょっとゆっくりなんだと勝手に好都合に解釈していた。
タイのおみやげ持って行くからねって約束、どうしたらいいんだろう。
「まったく、ゆうこちゃんらしいわねぇ」
笑顔の綺麗な人だった。
決して弱みを見せない、強く逞しい人だった。
浅川明美さん……憧れの先輩。
長い闘病、お疲れ様でした!
ご冥福をお祈りします。
あたしは、浅はかだなあ。
世の中にはいろいろな人がいて、いろいろな人がいろいろな形で苦しんでいて、同じ言葉でも気持ちいい人と気持ち悪い人がいる。
例えば、だ。
弱っている心をもっている人には、悪い影も忍び込みがちで、普段ならちゃんと埋めておいた言葉が、ポーンと出てきてしまうことだってあるよね。
「王様の耳は、あ、やべえ。うぷぷぷぷぷ」みたいにさ。
で、私は今まで、そういうのを聞いてしまった段階で、あ、本音発見!!と思ってきた。
本当は、言いふらしたくてたまらないんだろう、お前。心の底から、おしゃべり系キャラクターだ。なんだかんだいって、王様のロバ耳を心底おかしがっているから出ちゃうんだろうな、とか、そんな風に判断していた。
ついうっかり出てくる言葉には本音が隠れていると、フロイトさんの説をそのまま鵜呑みにしていたんだね。「もちろん」を「もろちん」と読んだら、性への興味しんしんだ、みたいな、な。
でも、「金王」と書いてあったら、「きんたま」と読むのを、人は誰も止められないのかもしれない。リビドー、リビドー。
↑それはどうでもいい話なのだが。
口が滑った、そこに本音を見た!! なんて思ってばかりいると、逆に本質が見えなくなるわ。
人って、そんなに単純なものでもない。
理性が勝って、そのロバ耳についてを他言無用と決め、穴掘って埋めた段階で、決して知られてはならない、言いたいわけではない。と、見ることもできるのではないかと、ちょっと思ったのだ。
ロバ耳については検討を重ね、彼なりに答えを出していたのかもしれない。だからこそ、フタをして埋めた。そんな配慮の出来る人を、をおしゃべり系のキャラと言ったら、それは「大和撫子」と書いて「サザエさん」と読み仮名を振るぐらい、大きな間違えだ。
そして、本当に大事なのは、ロバ耳という衝撃の事実を、どうとらえるか。なのではないかとも、思う。
「王様のロバ耳を心底おかしがっているから、思わず出ちゃった」
と言う考えも、私の醜い心の投影に過ぎない。うぷぷぷぷ、と飲み込んだ言葉には、何か別の建設的な提言があったのかもしれない。
童話では、ロバ耳はいずれ漏れてしまうのだが、その辺りは情報管理能力の問題なので、私の興味の範疇ではない。
そのロバ耳という事実を知ったときの衝撃、感じ方、そして身の処し方は、千差万別で、仮に穴を 掘って埋めたとして、その行為一つに隠されている意味と理由にもまた、それぞれの考え方があるのだろうと、思っただけのことなんですが。
江戸時代の貸本、黄表紙には、○で囲んだ善と書かれた善玉と、悪と書かれた悪玉がいて、たいそうわかりやすい縮図があったそうだが、そんな悪玉悪玉した悪玉など、この世にいないのではないかと思う。心の中と腸の中には、善玉と悪玉がいて、それぞれが均衡をとりながら闘っている、というのはなんとなく理解しやすいけれどもね。
腸の善玉は乳酸菌飲料で簡単に増やせるが、心の善玉を増やす方法がわからない。
時々私の心は、悪玉がわしゃわしゃ増加することもある。そんなとき、善玉を増やす方法を知りたい。
金玉を2個以上もてないように、心の善玉悪玉にも、飽和量というのがあるのだろうか。私に金玉はないが、善玉の方は、二個と言わず、たくさん繁殖させてみたい。
「言葉」に傷つくこともある。
しかし、「ロバの耳」事件でいえば、異形を茶化されたことが、秘密がばれてしまったことが、国民が知ることになりその後の展開を憂うことが、それともロバ耳だったという真実が、そのどれが王様を傷つけたのか、私にはわからない。
穴を掘った村人は、どんなキャラであれ、とりあえず王様を傷つけようとはしていない善の人という事実を、忘れてはならない。
言葉は、言葉だけを見ていてはダメなのかもしれない。
言葉を発したその「人」の、その瞬間の心の状態を見なければ。
そんなことはよーくわかっていたつもりで、実はわかっていなかったのね。
……といって、ちくちくちくちく、私にとって痛い言葉を発する人とは、どんなに心に善玉がいっぱい住んでいたとしても、なかなか仲良しにはなれないけどなあ。
人と人が分かり合うのは難しい。それでも、可能性がある限り、あきらめない。
仲良しになれなくてもいいから、善意の人を包容できるだけの、善玉心が欲しい。
煮詰まったときには、やっぱり、自分をぐつぐつ煮て来るに限りますよ。
いやー、温泉、サイコー!!
相方の田舎が下田でよかった。
ペリーが昔、「開国シテクダサイヨ」と迫っただけで、ペリーティーからハリスせんべいから開国まんじゅうから……実に、商魂たくましい。唐人お吉なんて、もう、悲劇の人身御供を、記念館建てて入館料とって、年に一度のお祭りまで作って。身投げしたところは名所になってるし、そこで踊って供養というのも、お吉的にはどうなのかと思わないでもないですけど。
いやいや、いいんです。
きっとお吉だって本望だら、こうして自分の土地の役にたっている。そうずら、そうずら。
日本人はこうやって利用出来るものは全部利用したんだ。くじらだって、ひげ一本も無駄にしなかったっていうじゃないですか。
と、食堂や旅館や実家で必ず出てきたマグロの煮付け(多分、刺身のリサイクル品)を食べながら、「うまいんだからいいか」と、思いましたよ。
初日は、熱川で温泉入って、カラオケやって、卓球やって。
福助、魂の勝負曲まではいい点が出ず、ソファーでふて寝。一発逆転、91点で全国一位をとったら、途端に元気にカラオケボックスをぐるぐる走りまわり、バターになってしまうのではないかと心配になりました。
P子は最高位6位、96点をマーク。これまたばたばた走り回り、興奮の極地ではマイクを片手に走ったり踊ったり、ミュージカル仕立てでドレミの歌を歌う始末。私にはスポットライトが見えたね。
私はこの日のために相方から課題曲to Uを申し渡されていたのですが、時間がなくて全く練習出来ず。行きの小田原厚木道で、その他の新曲(鈴木家9月の課題曲は、「惑星タイマー」。パート別です。私個人の課題曲は「魔法のコトバ」と「テルーの歌」と「天国生まれ」です)とともに、必死の練習でした。相方が歌詞を読みあげてくれるので、みんなで各人の課題曲を大合唱。すばらしいウォーミングアップですね。
その集中練習のおかげで、新曲が歌えてヨカッタ。
それから、仲良しのお友達が再婚するときに歌うために、「愛の讃歌」だけは必ず練習しておくことにしました。「マイウエイ」同様、大変に気持ちの良い定番曲です。歌いこんでおこうと思います。toUを相方と披露するのもいいな。モスラでも、よいハモをお聴かせ出来そうだ。結婚式に、モスラ。ちょっと贅沢なムードです。
それにしても、カラオケの時だけは、「本当にこの人と結婚してよかったなあ」と思うのですが、今回は特に、ああP子も福助も、本当にこの家族、素敵!!と思いました。もはや90点台後半がすっかりでなくなって、私の自信は打ち砕かれているのですが、どんなにはずしても家族だけなら恥ずかしくない。大声をだしてストレス発散、そして汗をかいたら温泉が待っている。おいしいお料理もてんこ盛り。ビールざぶざぶ飲んでも、お布団になだれ込める環境は最高です。
慣れない卓球で喉が渇いてしまい、水を飲みすぎたら腹がはじけそうになり、まるで動けなくなるぐらい苦しいのにまだ喉が渇いて我慢ができない、水飲むとまた肉割れしそうなほど腹がきついという、ちょっと怖い状態にも追い込まれましたが、カエルのおかあさんのようにぱあんとはじけなくて幸いでした。
あんまりにも楽しく笑って、幸せすぎたので、夜寝る前に相方に
「明日みんなで一家心中とか、そういうことはないよね?」
と確認してしまいました。ええ、ええ、それほど楽しかったんです。
そして翌日は、義父を見舞い、相方の実家に。
帰りには、蓮台寺温泉のもらい湯をして、子ども達は爆睡状態のまま後部座席に転がして、一路東京に戻ってきました。
鋭気、みなぎってます。
愚痴っぽくなる気分は全部、かけ流しの湯と共にザパーンだ。
さあ、私がこれからやるべきことをやろう。ふっふっふっ、首を洗っておけ、教育委員会。
まずやるべきことは……ああそうだ、洗濯を干すことでした。旅行の後は、洗濯物が大変なのよね。
「おかあさん、あのね」
と、同年配の彼女は、眉毛をぴくぴくさせた後に、厳かに言う。
「まず第一に、福助君のことを考えてあげましょうよ」
耳を疑った。
「ええ、もちろんです。いままでもそうしてきましたし、これからもそのつもりですが」
「……それならいいんですけどね」
吐き捨てるように言って、ため息。
これで、愛のある先生の役を演じているつもりなら、蜷川でなくても灰皿を投げるだろう。
疲れちゃったよ。
こんな敵役がこれから学校ではいっぱいでてくるわけ?
プロにもなりきれてない、高給取りのお偉いさんが。
一体この先、私はどれだけ経験値があがるんだろう。
いつもならわくわくするが、今回ばかりはダメージになっている。
このステレオタイプな敵役は決して倒してはいけない権力者だからだ。大嫌いだ。
大嫌いでも、笑ってかわす。それは私が母親のプロだからだ。障害者の親としてもプロフェッショナルであり、それこそが私の自尊心だからだ。
子どものことを第一に考えない親が一体どこにいるのか。
そう聞けばよかったよ。
仮に、自分第一の親がいたとして、初対面の者が上からその台詞をところで、どれだけその人の心に届くのか。届かない言葉は、ただの雑音だ。
いったい、どれほどの想いを込めて言っているか、その表情からは伝わらない。
「アンタだめ親でしょ。子どもを普通学級へ、って、そんな親の見栄捨てなさいよ」という本音が簡単に見て取れる。
意味のない一言と、誤読しているかも知れないがその本音と、それがどれほど親を傷つけるか、多分先生方は気がついていない。
福助と私の、何を知ってそう言っているのか、そうもたずねてみるべきだった。
就学相談に来ている、それだけで既に一歩踏み出している親たちなのだ。その親に対して、何も知らない先生がおためごかしにいう「綺麗な言葉」に、私は憤る。
今まで6年間、福助のことを最初に考えて行動してきた。自閉症マニアと自称出来るほどに調べに調べぬき、だんだん楽しくなって来ちゃって、この才気溢れる風変わりな子どもを愛しんできた。
そのおかげで、見えなかった人々の愛が見えてきた。
今まで自分が敬遠していたタイプの人すら、愛おしいような気持ちになってきた。
愛の拡大解釈は、生きて行きやすさにつながっていく。
私が彼に与えたスパルタンな療育は効を奏したが、彼が私に与えたゆるゆるの愛もまた、私をずいぶんと変化させたと思う。
だから、何を言われても平気。
「悪意のない偏見は偏見と見なさない」という訓練も、「子どもが社会に赦されている分、私が社会に貢献しよう」という行動も、ずいぶんレベルアップしたと思う。「どこからでも切れます」と記載された
お弁当についている醤油のように切れやすかった若い頃に比べれば、今は忍耐の権化になったと言ってもいい。
その私が憤怒している。
その場で激昂すれば、「思うようにならない現実に対する代替行為だ」と勘違いされるので彼女にはかみつくな。と、一瞬にして計算出来るほど大人ではあったが、飲み込んだ怒りというのは容赦なく内臓を焼く。腹持ちがよすぎて、いつまでもむかつく。
診断が出た以上、就学相談はするべきだと私は思う。
就学相談とは、小学校に入るときに、特殊学級にいくか、言葉の学級といったちょっと特化したクラスに通級(週に何回か通う)で入れるか、あるいは普通にするかを、市区町村の教育委員会が様々な検査をして決定するものだ。
もちろん、保護者の希望も取り入れられる。
学校の関係者もチェックする。
それで希望が一致すれば問題はないが、一致しなかった場合、話し合いがもたれる。その子の進路を、その子のために話し合う、それが就学相談である。
ご配慮頂かなければならないことがある以上、こちらのデータはすべて学校に提示するべきだろう。
明らかにボーダーなのに、黙って普通学級に入ってしまえばいいという発想をもつ親がいるようだが、私には理解出来ない。
そういう親にこそ言え、教育委員会。そうやって後で問題を起こされたら面倒だという感情を、正々堂々就学相談に来ているこっちに預けるな、と思う。
「まずお子さんのことを真っ先に考えて」
という言葉は、福祉センターなど福祉産業従事者からも発せられて、そのたびに不快だった言葉だ。宿題をやろうとドリルを開いている子どもに「宿題やりなさい」というのと同じじゃないか。福祉関係の門戸を叩いている、その時点で子どものことを考えているのだ。
その同じ口で、
「がんばらないで、おかあさん」
とも言われたりもする。言った本人は、深く考えず挨拶代わりに言ったのだろうが、迷惑な流行語だと思ったことがある。
自分の子どもを親以上に愛する人はいない。愛し方は千差万別でも、そこに愛は必ずある。
それは子どもの命にかかわらない限り、他人がとやかく言うべきではない。
それでもシステムだからとやかくいわなければならないのだとしたら、プロの先生として恥じない発言を心がけてほしい。
この希望をどこにだせばいいのかがわからないが、次回の就学相談で、きちんと話してみようと思う。
「まず第一にお子さんのことを考えてあげなさいよ、おかあさん」
と、仮に、彼女の子どもが非行に走り、補導された先で警官か何かにそう言われたら、彼女は何と答えるのか、聞いてみたい。いきり立つのか、心にしみるのか。
ふと、自己投影なのかもしれないと思う。
彼女自身、そう言われれば目が覚めるのかもしれず、全人類はみんなそう考えると信じて疑わないのかもしれない。
そうか、言われてイヤだったら、その言葉を投げかけてどんな気持がするかを聞く。
福助が「ばーか」といったら、徹底して矯正してきたではないか、私は。
なんだ、幼児に対する教育スキルを使えばよかったのだと思い知る。……それを同世代の先生に使わなければならないと言うことが、情けない。
疲れちゃっていたが、憤怒を整理したらちょっと元気が湧いてきた気がする。
私はこうやってどんどんいけすかないババアになっていくのだろうか。
何が忍耐の権化だ、「切れやすさ、一層アップ!!」だ、どうしよう。
週末はゆっくり休んで、また憤怒を、もとい、鋭気を養いたい。
昔々、烏山のあるところに、おじいさんとおばあさんと呼ぶにはまだ若い、40代の夫婦が住んでいました。
最初に断っておくと、この話はオチはありません。
おじいさんは森にテニスしに。
おばあさんはコインランドリーに洗濯にでかけようとすると、修理屋さんから電話がありました。
四日待ってやっと修理はいいんだけど、そんなに世田谷全域ではパカパカ壊れてるのかシャープ製品。
洗濯機が壊れるのは我が家の夏の風物詩なのだと決め込んで、(去年も夏にイカレました)、晴れた午前中にコインランドリーに行くのは「やあやあ我こそは家事労働従事者なり」という気分で悪くなかったですけど、雨の日は勘弁してほしいわ。なので、今日は降る前に行かないと…と思っていたのですが、お昼頃来てくれるというので、とりあえず待つことに。
待つのには、慣れたわ。
修理までにタイムラグがあるのは、家電に対する感謝の念を抱かせるためなのかもしれないとすら、思います。故障直後だと、怒り心頭で、家電を殴る蹴るした勢いのまま、修理工さんは殴る蹴るされてもいけないし…というセーフティのためのマージンもあるのかもしれません。
智恵者だな、シャープ。いや、殴る蹴る、私はしないですけどね。昔の家電じゃないんだし。
で、お昼過ぎに「いやー、助かりました、直して頂いてありがとう」めでたし、めでたし、となりますように。
昨日は幕張メッセの大恐竜博に行き、えらく感動してきたので、今日の私は寛大です。
いやあもう、ホントに大恐竜博だった。大きかった。恐竜大博でもいいぐらい、恐竜って、実物でかいのよ。
自分をとぎすまして噛みついて強さを誇示する肉食ティラノザウルスのような生き方を改め、大きな器で無敵な生き方をした草食スーパーザウルスを目指そうと、心に誓いました。
そう簡単に資質は変わらないけど、「一番強いのは大きいもの」という単純な真実に、心が洗われたの。もちろん、「環境の激変は次の種のチャンス!」とか「地球って大規模でご長寿でカッコイイ」とか、ありきたりな感想も文化系らしく抱いていましたが。
でっかいことはいいことだわ。私なんか、まだまだちいさいな。と、33メートル、40トンを前に、敬虔な気持ちになったわ。
……でも、結局、自分用に買ったおみやげはティラノザウルスだったりするんだけどさ。
海洋堂のフィギュア、最後まで迷いに迷った。三万六千円の全身骨格、2万円台の頭骨、やっぱり買えばよかったかなあ!!! 小さなレリーフだけ買ってきたんだけど。←買ってるし。
ところで昨日は、ナマズ研究の第一人者の血筋をひいたお子が誕生したようで、おめでたい。
おじいさんは虫、ひいおじいさんは魚(あれ、逆?)、おじさんは都市で、おばさんは鳥……って、ショカクヤチトセか? シャバダバ〜。いや、それらの研究を進める学者一家なのだから、お子はぜひ、恐竜調査を進めて欲しいなあ。閉塞感とか、一気に吹き飛ぶと思うんだ。一体掘り出すのに、6年。その間ずっと砂漠暮らし。みたいなのは、さすがに無理かもしれないけれども。
健やかに育って欲しいものです。ナマズのお子(オタマジャクシか?)だけでなく、すべてのお子がね。
かちかちやま、って、おばあさん殺されちゃうのね。
なんかショックだ。
でも、そうしないとタヌキ溺死させるほどの復讐にはならないか……と、考え込む私。
昨日、道隔てた烏山地区で大きな火事があったが、死者はなかったらしくよかったねとママ友で話し合う。
ヘリも飛んでいたというが、それは昭和大学付属病院の食中毒騒動のせいかもしれない。
そんな折、子ども達が図書館から借りてきた、寝る前に読む用絵本が「かちかち山」だったの。タイムリーすぎるというより、潜在的に何か影響したのかもしれない。
で、いたずらタヌキは、ばあさんを殺し、ウサギが落胆するじいさんに敵討ちを約束し、火をつけ、火傷させ、そこに辛子を練り込んで、川におびき寄せ、泥船を沈める……という、実になんとも救いのない話だった。
ご存じでしたか?
私が子どもの頃に読んだのは、多分、やわやわに書き下されたものだったんだろう。今でもユーモラスな、知恵者のウサギと間抜けなタヌキのおもしろおかしい話だった記憶があったから、正直、私自身がショックだった。
まあ、復讐劇でもなければ生きたタヌキに火はつけられないよな、とちょっと思ったりもする。
しかし、ウサギが義勇心に燃えるのが突発すぎて、意図がわからない。仕事人としてニンジン一山もらっているわけでもない。
しかもウサギ、正義の味方にしてはヤリ口、残虐。動機に、個人的な恨みがあったのかもしれない。
そもそもウサギのくせに、お前、火が怖くないのかよ。とか、もうどうでもイイコトが気になる。
この絵本、私が知っているのと違って、タヌキもウサギも服を着ていないし、ウサギが逃げるときは四つ足なんだもん。ぴょんぴょん逃げて、何、日本語をしゃべっているか。アナタ、日本語ドコデナラタカ?
ま、そこは百歩譲っても、そもそもタヌキはタヌキ汁にされるところをばあさんだまくらかして逃げたわけで、監禁されていたわけだから、正当防衛に近いものがあるのではないか。誰か、タヌキの立場で弁護する人はいないのか。
さて、小僧は寝る前クイズというのを課題にしている。
毎日簡単な話を注意深く聞き、要点を語らせたり、単語や固有名詞をあてさせたりする、初歩の国語講座だ。言葉が苦手、とくに聞くことが苦手というので、編み出した教育方法だ。
始めはとても短い文の問題を答えさせて絶賛を繰り返し、だんだん長い文章にしていって、現在、やっとストーリーものにもくいつくようになった。図鑑とカタログ以外読まなかったのに、図書館でちゃんと物語を借りられるようにもなった。ああ、長い道のりであった。
しかし、シンデレラだって浦島太郎だってその他アンデルセンもグリムもイソップも、私がその場でねつ造して作る話ならきちんときけたのに、難しい言い回しが多すぎたのか、今日の「かちかちやま」は全く駄目だった。黙っては聴くけれども、意味はまるでとれなかったみたいだった。
いや、おそらく言い回しの問題じゃないな。でもさー、これは途中、ちょっと耳を閉じてしまってもしかたないんだも。たぬきさんは小僧の友達なんだも。なのに、可哀想すぎるんだも。
……すまん、小僧。親として配慮足りなかった。
絵本もいいのだが、これからしばらくまた私のオリジナル勧進帳でいこう。これなら、小僧の好みで作って行ける。
何度か私の勧進帳を聞いている相方いわく、
「無駄に才能を使っているなあ」
……いいよいいよ、それでも。高校時代、演劇部で重いコンダラを引っ張り、血の汗流し涙を拭いたのは、きっとこの時のためだ。
「おかあさん、福助を生んで、本当によかったんでしょう?」
と、聞かれた。
「もちろんだよ」
と、答える。そうだ、もうさびつき始めた記憶容量、海馬に鞭打って、さあ、仕込むんだ。私の脳に、輝ける小僧専用ライブラリーを。
そして、今こそ立ち上がろう。Get up,stand up,stand up for the タヌキ。
え、そういうこと?!
……よっぽど不快だったんですね、この「かちかちやま」。
戦闘は気持ちいい。
……せんとう違いだ、銭湯だ、銭湯。
子ども達をつれて銭湯に行く。
大人410円子ども180円幼児80円のレジャーだ。
古式ゆかしい下駄箱の使い方、籠とロッカーの使い方。まず体を洗うこと、熱い湯への入り方、濡れた体の拭き方と、扇風機と体重計の使い方、そして仕上げは、風呂上がりの牛乳の味。
そんなことをいちいち指導しながら入る。
そして、かあさんの18歳の頃の思い出も語っちゃうよ。
280円の銭湯代金と食事代と迷って、銭湯を犠牲にし、やむなく台所で洗髪した夏の日のこと。
今日こそは風呂に入ると決めて駅から走って帰ってきたのに、やっぱり間に合わなくて、看板になってしまった残業の日の夜のこと。
小銭を握りしめてて転んで、百円が溝に入ってしまい、泣きながら探したこと、そして銭湯をあきらめて帰る足取りの重たかったこと。
手取り十万円のバイト代、三万五千円六畳一間トイレ付きのアパートに一人で暮らしながら、夢だけで何も怖くなかったし、夢だけでおなかいっぱいだった日のこと。でも、夢だけだとやっぱり栄養失調で倒れること。
銭湯のお湯があんなに熱かったことを、久しぶりに思い出した。猫舌で猫肌の私は、最初、入れなかったんだったなあ。水埋めてて、ばあさんに叱られた。あ、それは私が小学生の頃の思い出だったかも。この小さな穴を潜ってくぐったりしたよ。冬はおでんを買って食べたんだ、これがまたうまいのなんのって。卵と大根。当時から好物は変わらないなあ。
かあさんがうっとりしながら銭湯を語るモノだから、子ども達にとってもめちゃくちゃ素敵な場所になったみたいで。ああ気持ちいいと大絶賛だ。富士山がある、タイル画がある、みたことのない看板やポスターにはしゃぎ、ぽくぽくしたマッサージ機やお釜ドライヤーを「これ何?」と聞いて、昭和ノスタルジーは彼らにとってはひとつの異文化テーマパークだった。
今では子どもに牛乳を買い与えるのも躊躇しない。今日なんか、私、大好物のデカビタCを購入、腰に手を当てて飲んでしまったわ。当時はオロナミンCが買えなかったんだよ……大出世じゃん!! 涙出ちゃう。(最近涙もろいのは老化のせいかもしれない)。
帰り道は虫の声がして、もう秋風が吹いていた。
よーし、次は冬の寒さが沁みる晩の銭湯だな。そして湯上がりのおでんという至福を教えてやろう。うふふ、楽しみ。
いつの時代の子だ?とは思いつつ、こんなことで単純に盛り上がれるうちの安上がりな子ども達は、ホントにいいヤツだと思う。
相方のホームページは不調なまま。
私のホームページも不安を抱えながらの発信です。
まー、なんとかなるだろう。
そして、何とかなっている「今」を楽しもう。
いつかダメになるかもしれないなんて未来をくよくよしても、せっかくの今がもったいないもんなあ。
だめになったら、そのときに泣けばいいじゃん。
泣いて泣いてずくずくになって、しばらくはダメダメでも、また、必ずおなかがすくから大丈夫。
……あ、まだ福助のもろもろを引っ張ってますね。珍しいなあ、結構、くよくよしてる。
昨日、子連れ飲み会でくだまかせてもらって、ぜーんぶ吐きだして、わりと元気になったつもりだったんだけどなあ。
心が疲れているのかも。
そういう時には、体を動かしてクタクタになるのがいいな。
幸い、いい天気。これから友達に会いに吉祥寺にいくんだけど、よしっ、走るか!!……って、それは無理だろう、勢いで突っ走るにもほどがある。
あるいは自転車もいいかも!! ……マウンテンバイクの方、メンテナンスしてないから、おばちゃりだけども。いきなり汗だくで「どもっ、お久しぶりっ!」というのも、アレか。
そして、夕方からは、子ども達と温泉(都内)にでもいくかな。
あ、いいな、いいな。楽しくなってきたぞ。
大人の友達と会って大人の話して、その後子どもととっぷり遊べるって、ゴージャスな一日だよ。
これで犬でも飼っていたら、完璧だな。……アレルギーなんだけどさ、私。
ま、ひとつふたつ、欠けるところがあってこその幸せだよ。全部手にいれちゃったら、おもしろくないもんな。
「メランコリニスタ」が娘のカラオケの持ち歌という程度で、Yukiにそんなに思い入れがあるわけではないが、男児を産んだというニュースを読んで、深夜、ちょっと泣く。
よかったねー。
乳幼児突然死症候群でお子を亡くしたと聞いてから、相方がiPodで流すYukiの歌詞、車の中で聞きながら、切なくてしかたなかった。
よかったよー。
うちの小僧、検査の結果が出てきた。
思っていたより、成果が出ていなかった。
いや、スタート地点からすれば上出来だとは思うんだけど。
普通学級には行けるだろうけれども、やはり課題は残ると知らされる。
学校と級友たちにお願いしなければならないことがある以上、その分、私ができることでがんばらなければと思う。
望んで母親になったんだもの、プロなんだもの、やったるぜー!!と思う。
反面、その「がんばらなければならない感じ」、健常のP子には感じたことがなく、正直、負けそうな気分になることもある。
就学相談ごときでくじけることももうないけど、つきつけられる現実は厳しいね。弱音も吐きたくなるよね。公開で弱音はかなくても、とも思ったんだけど、これもまた、私だ。いつもいつもエネルギー充填120パーセント、波動砲発進!みたいな状態(どんなだ?)でもない。
小僧、本日も一得点。誰よりもいい動きをして、小学生にもまれても負けていなくて、いいプレイだった。
ゴールに向かう執着も、最後まで揺るがない球への高い集中も、ひっくり返せばみんな病気の利点だ。
この一点一点を積み重ねて、自信にすればいい。できない部分は、できる部分で補えばいい。何もかも、できる人でなくてかまわない。私は不器用な福助が、不器用だからこそ可愛い福助が、大好きだ。
命があるだけで!! と願ったのではなかったか。
Yukiの赤ちゃんが、ちょっとそんな勇気を思い出させてくれた。
福助は、明日もうまそうにどんぶり飯を食べるのだろう。時間があれば、きっとボールを蹴り、ワールドカップのDVDを見て、楽しげにサッカーで遊ぶのだ。サッカーバカ。そうやってあのシュートの至福を私に与えてくれるのだから、彼のためにはなんだってやろう。
……ただ、頑張りすぎるとね、時々しんどいから。
新学期目前にして、あんまり張り切りすぎないようにしよう。
福助が全部できなくてもいいように、私だって全部できなくていいんだ。
できなくたって、いいんだよ。
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