2006年07月29日

いってきます

今日、いってきます。
なのにまだ、準備が……。
間に合うのか? 会わなかった場合、どうなるのか?
娘の留学のついでに私もちょっくら旅行に、というのは、無謀でした。準備が倍になるって、手間がないかと思ったけど、娘は初めてなのでレクチャーすべき点が多すぎて……。
成田エクスプレス片道分浮くけど、その分で余りあるほど食事で手を抜いた、今日。初めて、一日二食コンビニ弁当。……でも、子ども達はうまいうまいと大喜び。ふびんだ……。

娘はSQで、私はUAで。
「事故るなら、帰りの便がいいなあ」
とボソっと言っていた娘。事故らないからさ、飛行機は。お母さんの車と違うから。
しかし、お出かけ前に事故の話して平気なのね。
「ああ、ドキドキだなあ」
と娘が言うと、
「ボクはワクワクだなあ」
と息子が言う。
「コチコチでもいい。モニャモニャでもいい」
と続けるので、わくわくにしとけ、と思う。
おかあさんは、ヘロヘロです。

今日の名作コピー@原宿
「万引きは立派な犯罪です。牛乳は立派な飲み物です」
バスで見つけて、吹き出してしまったわ。
どちらも、ヒゲがないという点が、共通だな。

忙しい一日だった。
就学相談行って、酸欠になりそうなほどしゃべった。
旧友・ビノさんに会いに行って、一時間表参道界隈を迷った。今日ほど時間が惜しいと思ったことはなない!!  原宿だのを歩くオサレな人は、みんなちょっとずつ違うことを言うから、旅人は鵜呑みにするととんでもない目に会うという教訓を得た。
P子の滞在先がやっと決まったので、慣れない英作文で、やりとり。
で、明けて朝いちで、打合せが一本入った。景気づけにもってこいだ!!  

そんなわけなので、重いパソコンは持って行かなくてすむことになったため、一週間、キーボードに触らないことになる。実験だなあ。禁断症状は出ないのかしら。
タイの友達・アーティマー(「アジアを喰う」参照)ともやっと連絡が取れたし、明日は打合せのついでにおみやげ甚平買い直して、和菓子でも買って、それまでには音楽をi-podに入れて……その前に、まず、荷をつめようよ。>私

では、一週間後に、また。
いってきます。……この荷造りがおわったらな。


2006年07月27日

準備中

準備中です。いくぜいくぜ、バンコクへ。
何しに行くでもなく、ただただ、ラグジュアリー。
私をセレブと呼んでもいい。シリアルにかける牛乳は「低脂肪」と決めているしな。ふふふん。

・福助今日はサッカー。買い出しの後なのに疲労もなく、最後の練習試合では四年生のマークを見事にはずし、三年生のキーパーに対して、ボレーシュートを決め上機嫌。お母さんだけがへろへろ。
・タイの友達にプレゼントで持って行こうと奮発した甚平のサイズが違っていたよ。とりあえず、夏物セール中だから、明日また。
・その友達と未だ連絡が取れていない。十年以上のブランクで、タイ語がさっぱり聞き取れなくなってて、メイドさんの言うことがわからず、わかんないと言ってるのに容赦なくタイ語をぶつけてくる彼女たちに、泣きたくなる。私のしゃべっていることは一体、どれぐらい通じているのだろうか。
・在タイ日本人の友達とも、連絡が取れていない。私はこの甚平を中央郵便局から送ることになるのか。国内便だから安くていいんだが、できれば、いや何としても、会いたい。あ。彼女が帰省していたらどうしましょう。
・mp3の取り込みがうまくできなくて、パソコンで「大人の悩みに子どもの涙」を聴くと一曲ずつエンドレスで流れる。これは新種のサービスなの? 
・P子の愛用スーツケース、地下収納に入れておいたらかびており、付近全部チェックしたら鞄という鞄はおおよそ、カビていた。ななな、何だってこんな忙しいときに!!  もう使わない(安い)バッグは思い切って捨てる。いちいちエタノールで拭いて、もちろん私の愛用の布製スーツケースもしっかり手入れして、すっかり手が荒れた。
・どうでもいいが、パソコンを持って行くとなると、とんでもなく重い!! ソレを入れるバッグもない。けれど今抱えている仕事のクライアントさんが何度電話してもコールバックがなく、メールを待たなければいけない以上、持って行くしかなく。月初めにぶち込まないと、希望納期に間に合わない!! 
・とか言ってて、明日あたり、突然打合せになったらどうしよう。ありそうで、怖い。出発前なんかはとうてい時間が取れないんだけど、夜一時間だけとか、あるかもなあ……。
・荷造りの初期段階で挫折しかけた。墨汁をぶちまけてしまったの。なんだってこんなトコロに墨ツボ置いておくのか!>俺。 ああん、もう、いやーん。
・眠すぎる!! そして、体中がかゆすぎる。なんだか、昨日からかくたびに全身ぼこぼこに晴れて、軽くウロコ状態。アレルゲンはカビか、ハウスダストか、相方か。下田から帰って来るなり、私とP子の皮膚にウロコが生えた。
・ドル買って、バーツ買って、一日あたり使える金額を仕分けした。そしたら私一日700バーツ使える計算になり、心臓が止まりそうになる。そもそも500バーツなんてほとんど拝んだことがない。一食30バーツのバンコクで、どうやって日に700バーツもラグジュアリーに使うんだろう……と、逆に悩み、怖くなって、日に300バーツのお小遣いにしようと決める。
……それが1200円だということは、案外知られていない。っていうか、700バーツ、約2800円持ってるだけでドキドキする私って、いったいどれぐらい貧乏性なのか。
 
なんか、こう、前途多難な気がしてきました。

ちなみに、娘の受け入れホームステイ先がまだ確定していません。
おおーい、大丈夫なのか?
小僧だけが、なんかとっても幸せそう。
あ、あと一人、一週間ほど独身にもどる相方も、微妙に幸せそう。なぜ?

誰かの幸せのために頑張るのは悪くない気分だが、それにしてもかゆいなあ。
そいでもって、眠いなあ。
今日はもう、寝ちゃお。眠る寸前のふわっとする一瞬が、私が一番幸せな時間……って、それはバンコクでなくても味わえるのに、私は睡魔や多忙と闘って、一体何を勝ち得たいのだろうか。

2006年07月26日

真夏日

こうでなくちゃね。
という夏日和。久々に、預かったお友達と共に子ども達を公園で放し飼い。
灼熱の太陽の下、ずーっとサッカーをやり続ける福助。気がつくと地元小学生と一緒にサッカーで仲良くなっている。もめて喧嘩したり、得点してハイタッチしたり、ヤジを覚えたり、仲間を讃えたり。こうやって男の子は社会を学ぶのだ。いいぞ、いいぞ。
今、福助のサッカーは、コミュニケーションツールとして最良だ。よかった。サッカーのある星に生まれて、本当によかった。

近日、就学相談。
第一回目は教育委員会の問診と親の希望、第二回目は検査、第三回目が結果と親の希望のすりあわせ、第四回目が学校選びと学校に対する要望出し、という手順。
連日の、それとなく続けている弱点強化トレーニングが吉と出ますように。
と、なんだかこの検査、有名私立小学校お受験の気分ですわ。おほほ。この日を迎えるために、親子共々頑張ってまいりましたの。
座標のスタート地点が多少違っているけれど、「特別な人のための試験」という点において、ベクトルは同一方向を目指している気がするから、ちょっとだけ味わえるこういう気分もまた味わい深いのかもな。娘には全く関係ない世界だったしさ。
トレーニング、目標設定して、そのために工夫して、成果が見えて。正直、楽しいもの。きっと、お受験なんて本気でやったら、親は夢中になるんだろうな…という想いも、少し、わかった。

それが終われば、あとはバンコクに、数日間だけど、ぼーっとしに行く。
これこそ真夏日の太陽の下、非日常を楽しむ。かわいいかわいい福助と一緒に。
彼が私を必要とする間だけの、期間限定の職業「母親」だから、今しかできないことをするんだ。
悔いを残さない仕事を、するんだ!


疲れているので長文

いやー、帰ってきました、下田から。

24日、10時15分に、家を出た。
ところが駅までの道で福助がどうしてもこのバッグがダメだとダダをこね始める。肩ひもが食い込んで痛いと聞いては道中私が荷物持ちになるのは必至、一度家に戻ってバッグの詰め替え。そしてこのロスタイムを取り戻すには、おそらく小田急を使うより、東京駅から踊り子またはスーパービュー踊り子に乗った方がよかろうと思い直し、まず吉祥寺に出たのが諸悪の根源だった。大急ぎで土産を買うには勝手のわかった吉祥寺は便利だ。タワレコもあるし、ビレッジバンガードも王様のアイディアもある。この辺りはむしろ知らない新宿や東京のデバ地下より手早いはずだったのだが、誤算はなじみの吉祥寺で、子どもたちのおなかが減ったことだった。
手早く食べられる麺類の店に入り、ものすごいスピードで食べたものの、それでもここで更にロスタイムは加算される。電車の中で駅弁が正しい姿勢だったのに。
さて、JR吉祥寺駅ではみどりの窓口にてチケット並びの列を待つ。あと五人ぐらいのところで、JRの社員に個別に声をかけられ、自動券売機が早いですと勧められて列を離れた後、社員が自動券売機で作業してくれるのだが何度やっても踊り子に嫌われ続け、挙げ句の果てに「すみません、やはり窓口で……」ともう一度振り出しに戻る無間地獄のような事態。長蛇の列の尻に並ばされるのは納得がいかないといったものの、既に私の後ろに並んでいた人はチケットを 窓口で購入している真っ最中で、そこにも戻れず。結果的にチケットを購入するまでにはらわた煮えくりかえりながら40分近くもかかった。次善の策としてさっさと東京にいってしまえばよかったのだ。あちらの職員の方が鉄道オタク度が高いに決まっていて、何かといろいろスムーズなはずなのだ。しかし、一度動いて失敗すると人は動けなくなるモノなのである。やっと私がチケットを申し込む頃には踊り子はもうすっかり出払ってしまったので窓口係員に勧められるままに新幹線に乗ることになり、たいした説明も受けなかったので「のぞみ」と書かれたチケットを持ってすっかりのぞみにのるつもりでおり、気づかなければそのまま熱海で降りられずに名古屋まで行っていたかも知れず、全くチッチキチィやで、乗るべきは「こだま」なのであり、それに気づいたのは、子どもにねだられて銘菓ひよこのために東京駅、わざわざ階段を下りてまで二個入りを買い求めたところ、その間に新幹線こだまが発車してしまったためだったりした。結果は塞翁が馬なのだろうが、気分は泣き面に蜂。(説明詳細省略、またはらわたが煮えくりかえるわ)。
何のために午前中に家を出たのか、グアムだってドアツードアで6時間もあれば充分なのにグアムより遠い下田がそこにはあった。時速250キロの新幹線ですら、私の気持ちには追いつかない。
どうにもこうにも、病院の最寄り駅に着いたのは夕方で、お見舞いのための花屋を探したが、その駅付近には花屋が全く見あたらず、もういいやととりあえず小型タクシーに乗ったところ、ワンメーターで行くはずと教えられた病院は1000円以上かかった。

そんなわけで道中は踏んだり蹴ったりだったけれど、おじいはちゃーんと重篤を脱出していて、ちょっと安心したのだった。よかった。いろんな意味で。もう、これがあったから救われたようなもので。
っていうか、これ以上はない展開。そうだとも!!

見舞いの時間はたっぷりあったので、P子は一通り近況報告をし、いろいろと耳元で渡米の抱負などを述べ、またおみやげの話などをして、おじいはそれに答えるように目をあき、唇をふるわせるのだったが、福助はただ「生きててねっ!!」とだけ大声で言って、見舞い終了、すたすたと病室を出て行き、廊下の待合いイスに座っているのだった。それは何か違うようにも思われたのだが、鈴木の血は義父も相方も、そして小僧にも脈々と受け継がれている「冷血なまでに無駄がキライ」な家風のようにも思われ、それはそれでいっそ小気味よいということにして、もういいやと思う。精神的に疲労が増すと、私の場合は、てきめん、頭がフリーズして言葉がうまくあやつれなくなる。この時点で相当疲れていたような気がする。

山の奥の奥の、更に奥。バリ島のウブドゥにもよく似た緑の濃いぃぃぃ匂いがする相方の家に着いたのは、とっぷり日もくれた頃だった。何?なんでこんなに時間が? ブラックマジックにかかっていたのではないかと疑ってみる。
実家での飲み会は義母と義姉、大人になりつつある姪達とはしゃぎっぱなしのうちの子ども達だから、楽しくないわけはないのだが、何しろ今日は運気最低の日、よりによって義兄は大変無邪気に私の地雷を踏んだのだった。
義兄と私は、この家の中で血縁に寄らない鈴木という、共通の立場である。腰痛持ちで薄毛で自画自賛体質でお人好しの、共通項も多いのである。言ってみれば、大変に可愛いタイプの男性である。いつもなら、案外楽しく飲めるのだが、どうしてなの、今日に限って、私の間違って入っちゃった大学の話と、私の母・ヨシコの話題という、私の二大鬼門話に触れられたものだから、泡立つ気持をなだめるために泡立つ飲み物をガブ飲みしてしまい、おそらく私としては初めてかなり語気荒く、くってかかってしまったのだった。ついてない日というのはとことんついていない。人間ができていないといういい方の方が正しい気もするが、ツキのせいにして逃げたい。
ま、そこはそれ、義兄の寛大さに甘えて、なかったことにしてしまおう。単純に気が合う友達みたいな義姉とは大変楽しく話が進んだので、よしとする。ごめんね、義兄。
そして、飲み過ぎが祟り、夜中に腹痛で目を覚ましたのだった。とりあえず、客間に相方の伝説のような粗相をしなくてよかったと、前向きに物事を考えながら、大雨の降る夜明け、もう一眠りしようと努めたのだった。

明けて下田を観光する。
寝姿山ロープウエイで汗だく。目的地の巨大迷路はなんの告知もなく閉鎖されてい留事を山頂で初めて知る。温泉もらい湯は最終に間に合わすために大急ぎで慌ただしい湯浴み。列車の中でP子が床にぶちまけたジュースと、寒すぎる踊り子車内、爆睡する子ども達にありったけの衣類をかぶせて、その横で震え続けた数時間。そして乗り継ぐ京王線は人身事故のため戦時中か何かのような人の群れで(経験はないけどね)、私は何かこう今回の帰省に運の悪さで疲労困憊したような気がしていたのだが……今こうして冷静になって振り返ってみると、仕事中だというのにサポートしてくれた義姉のおかげで、かなりラッキーだった部分があったのではないか。車での移動といい、無節制な飲み会といい、義姉がいたからこそ助かった。試験日がどうとか言ってた忙しい平日に、いい迷惑だったのではないか。ごめん、義姉!
そして更に、誰がなんといったって、一番苦労しているのは義母じゃないか! と気づく。
自分の子どもに嫁いできたのは、似たような婿と、似たような嫁。しかも嫁、ここのところ運気最低。この飲み始めたら全く動かない二人が飲み食いする端から、義母、次々、うまい料理をつくり、酒を運び、さらに孫達の面倒を一手に見て、病み上がりなのに、家事万全。ツキのない嫁が来るのに合わせたかのように何故か突然壊れた冷蔵庫の対応もバッチリすませて、まさしく休む暇も無し。
主治医が外国人になってしまった途端、体調が悪化した自分の夫のことだけだって十分すぎるほど、大変なはずなのにさ。
ああ、ホント、ごめん、義母!!

明日からは、なんとかツキを上げていきたいよ。

2006年07月22日

こんな気持ちのバカンス

義父、体調不良らしい。
といっても、もともと「元気に植物状態」という感じだったので、「不良」のレベルが、金バッヂクラスというか、こう、もう、なんだか破格によくない。
そんなわけで、今週も来週も、相変わらず子どもがらみのスケジュールがぎっちり詰まっていたのだが、本日調整完了。急ぎ、下田に行って来る予定。
それでも、明日は子ども達にとって指折り数えたお楽しみ予定が入っている日なので、危篤というわけではないのだからと月曜日にまわす辺り、親不孝である。
そんなに緊急性はないのだ。
いや、ないのだと信じたいからないのか、実際に緊急性はないのか、義母の思いこみなのか、直感が働いているのか、客観的情報が得られないので、これはもう行っちゃった方が早い。状況がわからないまま、じっと結論を待つことに耐えられないの。
相方は仕事があるので、子連れでGO!!だ。
そんなわけで、車は、やめておこう。途中で温泉に寄りたくなっちゃってもいけないし、と笑って相方に言い訳しつつ、運転がすっかり怖くなっているんだけれども。

ところで、娘のこの夏一番の冒険は、月末出発の渡米である。
もちろん本人のたっての希望で、そのために彼女自身も準備を整え、親としては定期解約して5月に支払いをすませ、臨戦態勢。

そのP子に刺激され、自分もどうしても海外に行きたいのだとふてくされ続けたのが福助であった。
ことあるごとに「Pさんはいいなあ」と言い続けられて辟易とし、私自身、諸般の事情で煮え煮えに煮詰まってもいたから、打診した相方からOkがでるや否や、ほとんど衝動的にバンコク行きの格安航空券を二枚、電話で購入した。
その結果を受けて、小躍りする小僧。ここ2-3日は、大変ゴキゲンかつ紳士的に振る舞っていたのだった。

おじい悪化の報を受け、P子は続投するも、福助はキャンセルの方向で……と、昨晩、福助に言ってみる。
軌道修正、できっこないわな。大人の私だって苦渋の選択で、一気に全身蕁麻疹が出たもの。
久々のパニック寸前泣き。
いや、私じゃなく、福助が、ですよ。
さらに、勢いで暴言を吐いたため即座に訂正という方向で説教したら、もう福助自身が壊れてしまうんじゃないかと思うぐらい泣いて泣いて泣いてセニョリータ。あ、男だからセニョールか?
泣き落としには断固負けない強い私も、引きつけそうな勢いに思わず抱きしめつつ「わかった、わかった、気持ちはわかった」となだめ続けるハメに陥った。説教、効き過ぎか? これが「泣いた者勝ち」につながったらいけないから強面は崩さないまま、大人の事情を理解しろというのは無理だからなあと、心情的には福助サイドに立ちまくり。
そういうのをきっと、見透かされているんだろうなあ。福助は言葉に寄らない分、人の感情を無言でキャッチする能力に長けている。イルカか?
それにしても、この子にとって、母と二人のバンコク旅行というのは、例えばナカタにとってのワールドカップよりも強い欲求なんだろうか。……ええーっと、なぜ?  なぜ、そんなにも? (困惑)。

「キャンセルはあり得ないでしょ。今までだって何度もこういうことはあった。誰の命だって明日はどうなるかわからないんだからさ。心配したらきりがない」
と、相方は言う。
合理的な相方は、トラブルに対峙したとき、いつも冷静で有り難い。
その冷静さは時に私にも向けられるわけで、当然、冷たさを恨むこともある。
でも、一本筋が通っている以上、私に都合のいいときには歓迎して、私に都合の悪い時には薄情だと言うのでは、私自身の筋が曲がりすぎだろうと気づく。
世界は30歳を過ぎた辺りから、私中心には回らなくなるものなのだ。

かくして大変複雑な気持ちのまま、ホテルを予約した。
キャンセルにはペナルティが課せられる。
万一のときには、復路を捨てて、片道チケットを空港で購入してでも即座に帰ってくる。
この賭けには勝ちたいよなあ。負けたら、ものすごーく痛い。
もちろん、お財布的なことだけを言っているのではなくね。

おじい、頑張れ!


2006年07月20日

この指の痛みを

指に血豆ができるほど、コドモを殴ってはいけません。
空振りしたときにどこかに当てたのでしょうが、宝物に手を上げるとは何事かと誰かに罰せられた気になりました。

そして、この日記をアップするまでにずいぶん時間がかかりました。
書いたまま、デスクトップに放置していました。
福助、図書館で借りる本を無断で持ってきてしまったという、事件です。

借りないの? と聞いたときには、借りないと言い、さっき読んでいた本は? と聞いたときには返したと言った。
ところが帰宅後、そのやけに気に入った本が福助のバッグから出てきたのです。
それで、これはどうしたのかと聞くと、黙っています。
確信犯かどうかを確認して、
……で、思いっきり、殴りました。
同時に、怒鳴りました。ごめんなさいと泣く福助の顔に、恐怖が確実に芽生えるまで、私は怒鳴り脅かし、そしてひっぱたきました。
P子は別の部屋から様子をうかがいながら、震えて泣いていました。

無断でもってくるのは、盗みと同じ、それはとてもいけないこと。
泥棒は、お巡りさんに捕まり、牢屋にはいり、二度と会えなくなること。
嘘をつけば友達がいなくなるのだから、考え無しに受け答えしないこと。

それから二人で駅前の図書館に戻り、福助は自分で謝りました。私が事情を説明して係の方に陳謝し、係の人もわかってくださったようで、福助を軽く叱ってくださり、本の借り方を丁寧に教えてくださいました。

図書館を出て、今度は私が泣きました。
それを見て、福助も泣き、もう一度ごめんなさいと言いました。
ちいさく頷いてから、何も言わずに自転車をこいでいたら、福助が後ろの座席から、私の右手をとりました。人差し指の内出血が痛かったけれど、そのまま手を福助に預けていると、福助は黙って、小指をからめてきました。
無言の、指切りでした。

奇しくも、その日、私が図書館で借りた本は、「自閉症裁判」でした。
レッサーパンダの帽子をかぶり、友達になりたかったからという理由で通りすがりの女性を刺し殺してしまった、知的障害者のドキュメンタリーです。
福助を犯罪者にはしない。
絶対に、しない。

この血豆の痛さより、あの指切りのぬくもりを、私は信じたいと思います。
一生、信じたいと思います。

2006年07月18日

呼ばれる。

ショーカイするゼっ!!
2006年7月19日 デビューする新しいバンド。
『Eye Don't Nose』

週刊新潮は明日発売されま〜す。と、いう、耳につくCMがあったが、これは歌声が耳について、ちょっとハートをくすぐって、離れなくなると思う。とりあえず、試聴してみてね。
http://columbia.jp/artist-info/edn/disc.html
というわけで、CD「 大人の悩みに子供の涙」税込み2100円は、明日発売されま〜す。
でも、ものすごーく正直に言って、このミニアルバムの中に収録されている別の曲が最も耳に残っていたりするんだ。つまりは全部、騙されたと思って、聴いてみて。
騙さないつもりだけどさ、私は。

さて、今日は何をしていたかというと、もうほとんど呆けたまま、ひたすら旅行代理店の仕組みを考えていました。
例えば、タイの場合。
安売りサイトでも予約出来る一部屋3000円ぐらいのホテルの部屋、これを延泊する手続き料として仮に5000円申し受けますから、ここであがりが2000円。そのときポイントなのは一人部屋ならやはり5000円の追加料金をとるんですね。バディがいればそこから5000円。トリプルならもっとオイシイ。こうして一泊延泊してくれれば7000円からが確実に手数料として手に入るんです。
さらに、あからさまに市内観光ツアーに来ないなら一人五千円追徴金がある、ドタキャンの場合は現地で頂きますので! と強気で明記しているツアーがあったので、ああ市内観光と免税品店おみやげ物屋というのは、一人あたり5000円程度のキックバックがあるのだなあと想像できるわけです。
でも、同じ金額でツアーアリのところとナシのところがある。ううーむ、その違いはなんだ?!
その他、豪華ホテルがこの値段で!! と書かれていて、一泊だけ手配し、後は好きなだけ延泊を申し受けます、という手口だったり、なかなかアヤシイ書き方のところをたくさん見つけました。
解せないのは、例えばANAのような安売りチケットを出さないタイプの飛行機を使って行こうと思ったとき、運賃はどんなに格安ルートを探っても9万を切れないのに、ツアーだとANAで行くなんとか6万台〜みたいに、組まれていることです。航空会社と旅行代理店って、この辺り結束が堅いのねと思いました。

ここじゃないどこかへ、誰かが私を誘う。寅さんの守護霊がついたのかもしれない。
おかあさん、ちょっと疲れちゃったんだよ、全く日々、奮闘努力のかいもないからなあ。と、一日ぼんやりツアー関係のサイトを見ていました。
明日、バンパー総取っ替えのくだんの彼が「いくらでファイナルアンサー」とお申し出下さるまで、そんなことを夢見てはいかんだろうと、戒める。
相方はここのところ徹夜続きで必死に頑張っているというのに、そしてまたしてもなぜ必要なのか私にはさっぱりわからないパソコンを買うからね宣言したために我が家はピーンチを迎えようとしているのに、と、言い聞かせる。
そう、旅行どころではないのです。

でもさ、チャオプラヤ川に沈む夕日見ながら、EDNのCD聴いたら、きっとすごーくしみる気がするんだなあ。あの喧噪と静けさが入り交じった場所で、しみじみ聴きたいなあ。あの場所に身を置きたいなあ。
おそらく、私の心の中に在るべき、微笑みの天使=グルンテープ=バンコクが、枯渇してしまったのだ。かさかさなのだ。体だけはでっぷりと脂がのっているけれども、心は乾燥しきった葉っぱのフレディ気分である。

そもそも今朝はスタートがダメダメだった。
のん様となぜかキムタクにいいこいいこされる、という、極上の吉夢で起きたら、左目の下が腫れていた。ピノキオなら鼻が伸びるだろうし、男性なら別のところが伸びるのだろうが、いくらコーフンしていたとしても目の下がこうも伸びるのは面妖だ。
と、ネットで調べたらこの症状は副鼻腔ガン以外考えられないのではないか、いやきっとそうなのだ、そうに違いないという気が押さえきれなくなってきて、なんだか泣きそうになる。多分、絶対に違うと思うが、ちょっとの可能性が捨てられない。
昨日は気が動転していて宝くじの確率を知りつつ、絶対違うと思うが、ちょっとの可能性に一瞬、すがったことだし。

何か心理的に心の闇があるのだろうか。タイのあのまばゆい光を浴びたら、闇も消えるだろうか。タイのあのむせかえるような湿度の中で、もう一度心をしっとりさせた方がいいのではないか。
……仮に、OKが相方から出たとして、今からでもよいチケットは、取れるのだろうか。なんかこう、いつも行動力が空回りするんだよね、私は。

せめて、明日は「大人の悩みに子どもの涙」を買いにでかけよう。今の私にぴったりな曲だ。

2006年07月16日

サマージャンボ3億円

またしても事故る。これで3度目の接触。今回が一番罪深い。
ぬるぬると車庫入れしていて、路上で待っていた車に当たった。
後方確認を怠っていた私が悪いですね。
あと3センチ、下がって待っていてくれよおうんと、一瞬、他力本願になった自分を恥じる。
こするまで、車がいたこともわかっていなかった。目視はあれほど大事だと前科者矯正コース(交通違反者講習会)で習っていたというのに!!
私の傷だらけの車の右の後方のドアに、またしても天下御免の擦り傷が。
ふあああ。もうやだ。もう運転するのやだ。
相方、免許とらないかなあ。
警察がきて、相手にも平謝りし、もう気分は真っ暗だった。
相手のバンパー、なんでこんなにへこんだんだろうか。これ、全取っ替えしたらやっぱり、何十万もかかるんだろうなあ。
保険使ったら、やっぱりその後、高くつくんだろうかなあ。
もうこれで夏のバカンスはナシだ……さようなら私の夏。
と、福助にいったら、
「えええー、じゃあ電車で行けばいいじゃん」
と言われて、さらに落ち込む。
あまりに落ち込んでワケがわからなくなり、高級桃をみっつばかり買う。普段は安売りのだって惜しむのに、こんなときにはおいしいものが食べたい。
さらに道ばたで生まれて初めてサマージャンボ宝くじ3億円を買う。買い方がわからなくて、連番とバラの意味を聞き、連番にしてみた。これで当たれば3億円だ。と、精神の均衡を保とうとしたら、P子が当たったらくれくれ100万でいいからとうるさく騒ぐので、こっちは何十万の支払いで真っ暗になっているのにと激しく腹がたつ。P子に罪はないと思いつつ、お前には一銭もやらん!!と言い放った大人げない母である。

三億当たったら、こんなでっかいセダンは乗り換えだ。小さめの取り回しが楽な新車を買おう。
そして私の可愛い新車を、注意深く、注意深く、乗ろう。
いや、それでも結局事故る気がする。
こうなったら全部タクシーにしよう。3億円分、全部、タクシー代にしよう。そうだ、そうしよう。


2006年07月15日

酒は飲んでも飲まれるな。

晴天は大好きですが、二日酔いには日差しが厳しいということを知りました。
昨日は、サッカーママ達の飲み会with子どもたち。
ああ、私は途中からぷっつりと記憶がございません。なんか勢いづいてものすごーく楽しかった!! という思い出だけを大事にしたいと思います。

頭ガンガンしてて、体中が痛いです。お財布がからっぽでした。メガネをなくしました。

2006年07月14日

病院に行ってきたよ。

「おかあさん、ほっぺた貸して。
手でむぎゅーって、こうして(鼻の方に寄せますと)、口がぴゅーん(と、ひょっとこのように突き出ます)、ははは、変な顔ぉぉぉ。
おかあさん、変な顔だけど、だーい好き」
そして、頬に当てた手はそのまま、おもむろに壊れたアンパンマンのようなひょっとこ唇に自分の唇を押しつけてチューをする福助。
「こらこら、こんなところで、やめなさい!!」
おかあさん、ちょっとドキドキした。

「どんなときも、福ちゃんが守ってあげるからね」
と、しゃかりきになって私がこぐ、自転車の後ろかごに乗っかって、人の脇腹をもみながらそういうことを言うかと思うと笑えてきて、ははははと笑う。その声を聞いて福助も楽しくなっちゃったらしく、一緒に笑い出し、より一層、腹もみの手に力が入った。痛てて、痛いよ、福ちゃん、痛い、痛い。
「あ、ごめんね。福ちゃん、守りきれなかった」
わははは。何を守るつもりなんだろうね、この子は。
おかあさん、それでも、ちゃんと守られている気がするよ。

診察の結果、福助はシンスプリント(脛骨過労性骨膜炎)だった。
自閉症ならしょうがないね、とお医者さんは大変理解がある方だった。
「マラソンはダメだよ。でも、ボールを 蹴るのはいい。湿布を貼っている間は、走るのはダメ、リフティングを練習ね。約束出来るね?」
と、とにかく簡単な単語を並べて福助にいい、頷くまで何度か繰り返して、じっと待ってくれた。
これは×、でもこれは○、簡単な単語で繰り返し。
たったそれだけのことだが、たったそれだけが、聴覚で理解しにくい自閉症の子どもには有り難い。
「あの……ボール蹴ってもいいんですか? ヒザとか固定して動かないようにした方がいいのかと思っていたんですが」と不安な私に「全部やるなというのは、酷でしょう? 脚こわすほどサッカーに夢中なんだから」とにっこり笑って下さったので、うわー先生わかってる!! ありがとう!! と思う。
私もついでにいつもの痛み止めの注射を打ってもらう。背中がごちごちに堅くなっていたので、背中にも注射して、一気に不快感が和らぎ、壁打ちにでも行くか。という気分になる。筋肉の張りを懸念した先生、筋弛緩剤も調剤してくれて、もうなんだって飲もうきっと効く! とやみくもに信頼状態。
病院に行くのは大嫌いだが、こういうささやかな喜びに出逢うと何だかうれしくなっちゃうよ。こういうことも、福助がいなければわからなかったこと。普通に生きていけないのは確かにちょっとやっかいだけど、普通じゃないから見える世界に、おかあさん、時々、うっとりするよ。

で、この筋弛緩剤が、なんかとてつもなくいいこんころもちにしてくれる薬物だったようで、いきなり動けなくなり、がごーっと昼寝。
夜も久しぶりに酒を飲まずに、この薬だけでがごーっと就寝。寝る前の英語漬け、まれに見る好成績で、ああ私の脳みそはやっぱり筋肉だったんだ、やわらかくなってちょうどいいんだと思う。
ただ、今朝起きて全身揉み返し状態で、つまりあちこち筋肉痛で、ものすごーく歩きにくい。シンスプリントの福助の方が、さくさく歩いていて、私はあやしいクラゲ人間と化している。いやクラゲは筋肉痛はないんだろうが。
せめて私は、普通に生きていきたい。

2006年07月13日

明けて病院に行く日

足を引きずって、ゴール目指してドリブルし続け、走って走って、君は。
相手のゴールが入ってしまえば、泣きそうな顔になってまた走り続けて、いくつかのシュートを決めたけれど、守りきれず、結果は最下位だった。

そして夜、案の定、動けなくなっている。
あほう! 
福助、お前はナカタじゃないんだし、この大会は単なる練習試合だ。優勝するとアメがふたつもらえるだけの、練習試合だ。なぜ足が痛くなった段階で休まんのだ。
見に行ってみたら、すでに足を引きずっていた。ゴールキーパーをやらせてもらえといい、ひとまず得点を上げてからおとなしくGKになっていたのだが、福助チームの味方にアシストされての敵ゴールで失点した途端(そんなもんです、U-6)、即座に変わってもらいフィールドに飛び出していた。オシム監督は言う。「肉離れするウサギがいますか?」と。代表が強くなりそうでなによりなんですが、多分肉離れするウサギはいて、食われてるんだと思います。ここに、六歳でシンスプリント(多分)を起こすほど走るバカがいるのだ。そしてそういうバカにつける薬がない。
アイシングして、湿布はって、明日は病院に行こう。
私も子どもの頃からしょっちゅう、シンスプリントをおこしていて、その原因は足首の回内にあったのだが、ううう、遺伝め!!  福助、プロのスポーツ選手には向かない足首をもって生まれちゃった模様。
……と、素人診断してブルーになってないで、とにかくスポーツ外来だわ。

そうやって考えると使い減りしない強いフィジカル(含む各パーツ)と、類いまれなる強いメンタル、その両方を併せ持つプロスポーツ選手って、奇跡みたいな配合なんだなあ。すげぇ。

ところで、P子が発熱。
風邪気味で抗生物質を飲んでいたのに、ばったり倒れ込むように。こっちもまた明日、病院に連れていかないとダメかも。

そして、私も吐き気で夜中に起床。
何が腐っていたのか? と考えて、我が家のカナリア軍団(炭坑のカナリアの方)が下痢したり吐き戻したりしておらず、家族で最も強い鋼鉄の内臓器(どんなんだよ?)を持つ私だけが変なのは変である、と冷静に判断する。
えーっと、飲み過ぎかな?
とりあえず落ち着いたのでこんなものを書いていますが、この時期、どうも体調を崩しがちだ。
皆様、健康管理には充分お気をつけて。


2006年07月11日

通常営業、再開。

朝起きてご飯を食べさせ、P子に「いってらっしゃい」を言う。これはどんな心持ちでも玄関まで行く。P子がフキゲンならひとまず笑わせてから、送り出す。
それから、福助とボールを蹴りつつ幼稚園まで送る。
そこだけを見れば、私はとってもいいお母さんだ。

余力があるときには、幼稚園から遠回りして近所の畑に行き、今朝とれた野菜を無人販売所で買う。
大きな鍋に、ごった煮のようなみそ汁だ。野菜は捨てるところがない。
あとは簡単なおかずを1、2品。納豆があれば、子ども達は文句も言わない。いやもう、あきらめの境地なのだろうな、親ができることには限りがあって、うちの母は料理が下手、こればかりは仕方ないのだ。

子どもなら誰でもわかっている。親には高望み出来ないこと。
ああせめて、ハンバーグを一緒につくるような母親が欲しかったなあと思っても、叶わない夢だ。
だからP子は、できればこのメーカーのよりこっちにしてね、と銘柄指定を強化する。
福助に至っては、「マクドナルドが一番オイシイ」と公言する。
子どもの適応力はことほどさように、素晴らしい。
「ありもの」の親をどう活かすか、よーく知っている。
なのに私ははどうして子どものありのままを認められないんだろうなあ。
ああP子がもうちょっと整理整頓ができたなら……とか、もうちょっと集中力があったなら……と、気がつくと高望みしている。
福助、自陣の前でたらたらドリブルするなー!! そこまでドリブルで持って行ったらシュートだ、シュート!! 何人抜いたってシュートかアシストで終われなきゃ意味がないんだよ!! と、自分は五分も走れないくせに、六才児に何を望むか、と思う。
大人の方が、子どもみたいに「あなたにこうしてほしいのだ」とダダをこねたら、可能性の塊の子どもは、自分のために使うべき可能性を、親のために使わなくちゃならなくなる。それは、誰のための人生か。幸せになるためには、自分でまず幸せの形を描けなければならないのに、私は私の幸せの形を押しつけてはいまいか。
P子は、私に、「おかあさんがもうちょっとこうだったらいいのにな」みたいなことを決して言わない。「学校に来た時、同級生の前でだけは、もうちょっと、笑いに走らないと助かる」といわれたことはあるが、あとは基本的に全面肯定してくれている。今は、まだ。
子どもが注いでくれる無償の愛の大きさに畏怖する。子ども達のことが大好きなのは、私の野生がそう叫ぶので間違いない。しかし、隙あらば条件付きの愛になってしまいがちな、現金な自分がいたことを、もう一度、戒める。

母・ヨシコからもらった手紙を読んで、しみじみ考えたこと。

さあ、W杯も終わったし、本日より通常営業でございます。
ジダンはそんなに「ハゲ」を気にしていたんだろうか、と相方が真顔で言ったので、ちょい悪イタ公を許す気になった。ま、マセラッティが何を言って頭突きされたのか、ジダンは黙して語らないから、想像でしかないんだよな。私は、試合中にヒドイ誹謗中傷をしたヤツがどの面下げてワールドカップを手にしてやがるんだと、どうにも後味が悪くて、すっげぇむかついていたんだけど。
どんなことがあっても手を出したらいけないよ。という、小僧にとっては最高の、大変教育的なエピソードとして、フル活用させて頂きました。ジダン、最後までありがとう。

2006年07月07日

七夕 願いの短冊

七夕だった。
笹の葉も用意していない。ま、パンダ飼ってるわけじゃないから、そんなに困らないか。

願い事……なんだろう。
んー。
現状維持、かなあ。
それは幸せなことなんだろうな。いろんなところで忍耐が問われるし、なんかとってもストイックな生活だけど、そこのところを解きほぐして諸々お願いし出しちゃうと、もう、収集が就かなくなるような気がする。私のお願いは、常に低い設定なのだ。だって、夢見るだけより、夢叶うことが嬉しいからね。

相方に、この世の中でテニスが何より一番大事。と言われて大きなショックを受ける。
私よりテニスがいいだなんて。
あんな実体のない、しゃもじみたいなのと黄色玉に負けたなんて。小一時間落ち込んで、仕方ないので、ビール二本飲んで、気を取り直す。そして、二番目でもいいか、テニスと私にために働けよ、と思うことで無理矢理、納得する。
偶然なのだが、最近、私の周りには「女としてきちんと愛されている人」が多すぎる。ここのところ親しくなる三十代の女性はなぜか大変にオシャレで、そのあたりからして女性としてのたしなみがある。
そういう綺麗ちゃんたちだからちやほやされるのか、ちやほやされるから綺麗ちゃんでいられるのかは定かではないが、彼女たちが愛の飽食状態にあるとき、私は一人断食道場に置かれている気分になる。修行僧なので、ますます身綺麗にする必要がない。
そして、実生活では断食道場の反動で食べ過ぎて、どんどん太るのだと切実に実感する。

短冊に、「とりあえず五キロ減」と書いてみる。
ハードルがちょっと上がったけれど、越せない壁ではない。ただ、おなかがすいて力がでない〜。誰か、バタ子さんに新しい顔を焼いてくれと伝えてくれないか。


2006年07月06日

うちのロナウジーニョ

眠い。
ああ、眠い。
眠いけど、W杯、素敵。

ナカタ引退に関して、P子のクラスで話題沸騰だったらしい。
「で、小四の見解は?」
「負けたからやめる、っていうのは、なんかダメっていうか、こう、だらしないっていうか?」
……世界のナカタ、ヘタレ扱いかよ! 9才児め、武士道を唯一実践したサムライぞ。
「ふぅーん、そうなんだ」
ま、P子にはW杯、関係ないわね。むしろ迷惑かもなあ、ニッポン敗退……ああナカタが……ああブラジル負けた……と母は暗い顔してるか、眠い顔してて、さらにテレビはずーっとDVD再生中、小僧に占領されて、サッカー三昧の毎日。

今日は昼寝しちゃった。
それでも小僧のサッカーの日、ベッドから体をむりむりっと引きはがして、グラウンドに連れて行く。
小僧、やっと体の大きな六年生から球を奪うコツを覚えた様子、ドリブルで本日6人抜き、ゴール前に絶妙のスルーパス! 
でも、ハーフタイムで「ロナウジーニョみたいだった?」と歯茎をみせてにこにこ自慢する態度に、顔までロバに見え、カンに触る。もうちょっとこう、「謙虚」でありなさい、六才児よ。と思う。
案の定、後半、まったくいいところナシでロバ群に沈む。
まあ、今回はロナウジーニョの大会と言われながら、彼もイイトコナシだったし、サッカーは失敗することが前提のスポーツだから、「期待」の加減が難しいね。
スクール修了後、薄暮の中で大きいお兄さん達と球を蹴る。ケラケラ笑いながら、フリーキックでゴールをせめ、お兄さんキーパーにはじかれては球を追いかけている、まるでフリスビー犬のように。
私には何が楽しいのかサッパリわからない。しかし、きっとこれが楽しくてこのクラブに入っているのだろうから、と見守ることにした。大きいお兄さん達とのぬるいプレイを見ていて、「楽しむ」ってのが基本なのよなあとつくづく思う。
先日の味の素スタジアムの大きな大会、会場を見るやいなや「僕、君が代、歌えないよ……」となんか別のところが不安になっていた福助だったが、試合は堂に入ったもので、福助のエントリーした年長組は銀メダルだった。しかし、大きいお兄さん達は緊張で思うようにならなかったらしく、惨敗だったと聞いた。この近所ではめぼしい子はすぐにプロの下部組織に所属するわけだから、うちのクラブの小学生は、味スタで緊張してしまうほどの初心者がメインなのだ。
でも、グラウンドでは実に楽しそうにボールを蹴っているんだな。それでいいんじゃないかなあ、と思う。
世界の言葉になっているサッカーを身につけて、そこからたくさんのものを吸収して、「ああ、コレって楽しい」と思えることがあるのが、なんたって一番だ。そこから何か芽が出るようなら、あとは勝手に伸びていくだろうし、大人になってもフットサルなどでいい仲間に恵まれたら、とてもいいじゃないかと思う。鬼ごっこしたり、時々ドッヂボールみたいに球を投げたりとったり。サッカー以外の遊びもまた、楽しそうなんだ。「お前、いいシュート打つなあ」とお兄さんから褒められてすっげぇ喜んでたり。
ああ、いいもんだよ、君が嬉しそうにピンクの歯茎を剥き出しにしているのは。
「おかあさん、福ちゃんのこと、大好き?」
自転車の後部座席に揺られて、福助が聞く。
「大好きだよ」
「サッカーが上手だから?」
「福ちゃんはサッカー上手だから、大好きだよ。だけど、サッカー下手になっても、大好きだよ」
例え、顔だけがロバみたいな大人になっても、きっとね。

2006年07月05日

お姑様との日々。

ずいぶん、おうちが綺麗になった気がする。
特に外回り。駐車場の溝から生えていた雑草が、綺麗サッパリなくなっていてビックリした。
ありがてぇ。
よく、第三者に台所に入られるのがイヤだという人がいるらしいが、私は誰が入っても平気。うまいものを作ってもらえたら幸せ。包丁は義母のお古だし、中華鍋はいつぞやに送られたモノだが、愛用している。台所の床も水拭きされて、なんかいい感じ。
家事上手というのは、愛される特技の一つだね。洗濯物はすべてピシーッと干されてたたまれて、もうしばらくいてくれたらいいのにと本気で思う。
できれば、開かずの間に積んであった洗濯物、そのまま70リットルのゴミ袋二袋に入って屋根裏部屋にひっそりと移動してあったのだが、それもきっちり片づけてもらえたらよかったなあと思う。ああ、元に戻さなきゃ。P子のパンツがどうも固まって生息していたらしく、パンツ不足で困っています。
……と、病み上がりの義母をこき使うわけに行かないと思ったからこその、事前大掃除であったのに、何不穏なことを考えているのか。体にはブラックジャックの顔のようにざっくり切り目が入っても、やっぱりきびきび、よく動く義母なのであった。
「何時に出かけるじゃ? ……ん。わかった。なら、それまで」
と、寸暇を惜しんで働く姿を見ていると、私もPCの前にどっかり座ってコーヒー飲んでいるわけにもいかず、掃除機かけたり、片づけしたりすることになり、そうすると勢いおうちはみるみるいい感じになっていくので、久しぶりに家事が楽しくなってきちゃうのだった。
もともとハウスダストアレルギーの私、掃除はキライではないから、もりもりぞうきんがけをしたりする。シーツなんかもぴっちり決める。相方のシーツなど、半年も洗濯していなかったが、洗い立てのヤツを敷いてみたりする。愛。
要は、たまりすぎた脂肪を落とす決意は大変だけど、痩せ始めたらダイエットって楽しいじゃん状態。トレーナーにはお金払ってでもご指導を望むわけで、実はそれ、家事も同じなんじゃないかと思っていた。できれば義母に十日間ぐらい一緒に暮らしてもらって、家事のノウハウをいろいろ、ご指導されたい。次はそうできないか、打診してみよーっと。
このトシになると、聞きたくても今更聞けないこともある。上手な肉じゃがの作り方とかさ。それが母ならよろこんで教えてくれるわけで、そこには今まで母が構築してきた秘伝も含まれている。伝承しないのは惜しい、実に惜しい。

ただ、これは全くもって家事ベタの私だからできることなんだろうなあと思う。家事が下手、とりわけ料理下手なことを相方は嘆く(時々、心をえぐるかのように嘆く)けれど、この正直な自覚をもって素直な心根でアドバイスを受け入れることができるのは、家事があまりにもヒドイから、ともいえる。
それで嫁姑が案外円満なのだから、家事ベタも悪いことばかりではないと思った。
んー、そんなことで開き直ってもいけないか。

日曜日、一緒にサッカーの応援に行って、翌日は一日一緒に授業参観に行って、その次は一緒に寄席に行って、ついでに家族でカラオケに行って。遊んだなあ。普段からこんな遊興三昧だと思われていたらどうしましょう。……ちょっと、事実なところが怖い。
で、そんなに遊んでても、印象に残っているのは、やっぱり義母が合間合間にてきぱき我が家の家事をしている姿だったりするんだけどね。
一緒に遊びながら、単純に、気が合う人が姑だったというのは、強運だなあ。と思う。
一緒にいて心地いいのは、彼女が「欠けている者」に対して、寛大だからだ。
田舎の濃いぃおつきあいの中には、実にいろいろな種類の人がいる。福助の自閉症をかっちり受け止めて、それなりに育てていけと慈しみ続けていくれたのも、私には有り難いバックアップだった。まだ訓練がこんなに進んでいなくて、「ものすごーく風変わりな、おとなしいくせに強情でわかりにくい子」だった幼少期、孫としては受け入れ難かっただろうに、そして実際、母・ヨシコの方はやんわりと受け入れを拒否することがあったのに(これが一般的な反応だろう)、義母はただ可愛い可愛いで愛情をどぼどぼ注いでくれた。あまりにもどぼどぼで、訓練が退行することもあり、ひところ悩みもしたが、あれはちょっと専門的に言えば構造化した世界を崩す予行練習だったのかもしれない。
世界はひとつではないが、愛情に満ちている。俺は自閉ちゃんじゃない世界でも、全面的に受け入れられているからOKかもな。という、基盤が福助に与えられたからこそ、安心して厳しい訓練にも耐えられたのかもしれない。

とにかく、うちの子ども達は無条件でおばあにべったりだった。
しかし、今回、おばあ争奪戦がないのだ。P子も福助も、なんとなく距離がある。どうやら、ちゃんとそれぞれの世界に住み始めているらしく、おばあがここにいても、福助はボールを蹴り、P子は何か書いている。寂しくもあり、嬉しくもあり。ああ、成長しているのは背丈ばかりでもないんだなあと思う。
これは、当たり前すぎて、気づかない事だった。

さてそんな数日を過ごして、義母を送った帰り道、前タイヤがパンクするというアクシデント。
義母が事故に遭わないための厄よけとする。
そして、ドイツvsイタリア戦を再放送で見ながら眠ってしまうというアクシデント。……あ、これは、こんな私でも、それなりに気を遣っていたという事かしらね。
おばあ、慣れない都会暮らし、お疲れ様でした。
そして、お疲れ様でした、嫁としての私。

2006年07月03日

ナカタ引退

世界のナカタが引退を表明して、サッカーを始めて見始めた時から、12年間を思う。
そしてそのすべての時間に、モニター越しには彼がいたことを思う。
彼と同じ時代を過ごせたことを、幸運に思う。
彼がいなければ、私は息子とサッカーボールを蹴ることなどなかっただろうし、息子がこんなにサッカーバカになることもなかっただろう。大好きなことがある、それは素晴らしいことだと、今六歳の純粋なサッカー小僧を見ていて思う。ナカタが、サッカーを大好きでいてくれてよかったとも思う。
今、義母が遊びにきていて、ブログはしばらくお預けだと思っていたのだが、言わずにはいられなかった。
ナカタ、ありがとう。私はアナタのサッカーに対する姿勢が大好きでした。

2006年07月01日

第一回親善試合

すみませんすみません、このブログはサッカーママたち、多分誰も知らないんですけど、気持ちだけでも、すみません。 皆さんのビデオにもれなく入っている「ふぅーくぅーすぅーけぇぇぇぇぇぇ!!行けぇぇぇぇぇぇ!!」だの「立てぇぇぇぇぇ!」だの「打てぇぇぇぇぇぇ!」といった腹式呼吸での絶叫は、一生消すことができませんが、何とぞご容赦下さい。
何度絶叫したでしょう、もう絶叫することなどなくなっていた昨今、こんなに叫んだのは久しぶりです。さっき、普段頑丈なおなかを壊してしまい、そんなに叫んだか。と、反省しました。ご近所の方も、すみませんっ!!

今日は地元サッカーチームの複合親善試合の日でした。
相手は年中さんもたくさんいる混合チームですから、当然年長ばかりで構成されているうちのチームは有利。全員で応援Tシャツ着込んでいるような母達に見守られているホームでの戦い、実力以上に圧勝でしたが、ワンサイドゲームでやられてしまったサムライブルーにおけるブルーな気分を全部払拭した半日でした。
結果は福助のいるチーム、7-0,4-1,1-1,7-0の三勝一分。福助の総合得点数、11点。最後の試合には、福助覚えたてのジダンのマドリードルーレットまで飛び出す余裕。すげー、うちの息子、かっこいい〜!!  
ただうちの息子だけじゃないんですね、かっこいいのは。
普段おとなしい大和撫子タイプのサリー(仮名)が、ナデシコジャパンさながらにドリブル突破して見せたり、コーナー近くに追いつめられたソーマ(仮名)がゴール前の福助にピタっと合わせて一点決めて二人で抱き合ってたり、顔面に男子が蹴るボールを受けてしまったヒロミ(仮名)が号泣で戦線離脱、しかし次の試合のピッチでひるむことなく、果敢にボールを追っていたり。
2トップの影に隠れがちなマサキ(仮名)が、敵と併走して必死のディフェンス、体をはってボールをとると「頼む」と叫んで福助にパスする姿。普段ひらひらのお洋服を着て、お遊戯会ではスターダムなマヤ(仮名)が、ヒザから血を流して顔、泥だらけのまま応援していたので、指摘したら「あら、大変」と、慌てて顔を洗いに行く可愛さ。
とにかく誰も彼も、10分間の試合中、集中が途切れない。これはすごいことです。女子に天才的にうまいキーパーがいて、このアミ(仮名)が守る家庭はきっと安心なんだろうなあなんて、別の意味で将来を夢想して みるお楽しみもありました。
先生が足を出せ、というと、普段はボールから逃げる子も足を出してみる。こういうところで、先生との信頼関係が伺えます。パス回しなどはできないので、まだどうしても団子サッカー、ドリブル上手が一人で運んで点を入れる状態ですが、一生懸命な彼らの素晴らしい姿に、声を出していないと泣きそうになる私なのでした。5ー6才児というのは実に侮れないね。
勝てばもちろん、うれしい。でも、勝つこと以上に、大事な輝きを見せてもらったよ。

さあ、次は我が家の床が輝く番なのだが、それは可能なんだろうか。掃除中、ゴミ袋がなくなったので買いに行こう。……って、合間にこんなことしてるからダメなのよね。子どもに「集中!」とか叫んでたくせに、もー。