2006年06月30日

予定ぎっしり。

姑がくる。
ということで、開かずの間の扉を開け、空気を撹拌しつつ、衣替え。はいそーですよ、今頃やってんですよ。
平成新山と名付けられた、我が家のうずたかく積まれた衣装は、箱根の山のようで、いよいよもって天下の剣かんこくかんもものならず(漢字わかんないよ!)。
ああ、天城を越えて、土曜日に姑が東京にやってくる!!
というのに、今日まで手付けずできたのよね。まあ、三時間もあれば何とでもなると思っていた。最悪、片づかなかったら、散らかってるけどゴメンで許される気もしていた。
……甘かった。うわーん、洗濯物ぐらい、日々たためよ!>オレ。ちゃんとたたんであるの、着物だけじゃん。でも、足袋とか襦袢とか細ヒモとか、新山の一角に埋もれ放題だから、結局すぐには着られないし、明日着るものにも困る始末。違う意味でな。
もうどうするんだ。4時間頑張って、多分、まだ到底人を通せないって、何だ。散らかってるけどゴメンどころじゃないぞ。開かずの間は相方の寝室なので、義母にはそこに寝てもらう。とすれば、何が何でも、せめて人がビックリしない程度に散らかった状態までもっていかなきゃいけないのに。ああ、目標値、こんなに低いのに。

片づけるのは正直、そんなに苦手ではない。一人暮らしの時には、いつ誰が来ても、仮に奥の奥まで見せたって、押し入れでも箪笥でも、そんなの全然平気だった。実際に照明だの小物だの観葉植物だの、結構凝ったトレンディードラマ風な新宿のマンション(42平米)に住んでいたのよね。
そこに3LDKに住んでいた相方の荷物、特に仕事道具一式が運び込まれ、アジアに一年……これが何かを壊したと思う、私。帰ってきてしばらくはそこに住んでいていたけれども、元々足の踏み場もないほどモノがあるわけだから、倉庫に暮らしているようなもの。はなから片づける必要がなくなり、やがて吉祥寺に引っ越したんだけど、子どもが産まれたらもう……。
とにかく家族が増えると衣類はとんでもない量になりませんか、奥さん。
特に子どもの服はほとんど買ったことがないのになぜこんな増殖をみせるのか、不思議なほど。
(お下がり大感謝です。それはそれ、これはこれでひとつ>各位)
そして、たいていの大人は大きくならないものだが、私は大きくなり続けているので、子どもと同じ要領で服が必要。でも、絶対に痩せるんだから、高いブランド服は捨てられないとつい頑張ってしまい、静かに堆積していくのだ、腹の脂肪と箪笥のこやしが……。

明日、やろう。
明日やれることは今日やるな。
相方の人生訓だわ。
でも、どう考えても、明日は昼、打ち上げランチだし、夜は寄席に行っちゃうし、物理的に間に合わないの……。どうする、オレ、どーすんのよ!!(つづく)

2006年06月28日

友情(青臭い警報発令)

先日、余命宣告されている友達Aに会いに行った。
その彼女は相変わらず聡明で、気品があった。副作用と脳への転移で、多少、ゆっくりなしゃべり方と、時々ちぐはぐな答えこそあったけれど、そんなことは彼女を貶める条件にはならない。一本もない髪も、今は自力歩行出来なくなったその体も、彼女の闘病の証として、神々しくさえあった。
「また、来るからね。次はビール持ってくる!」
といった私の言葉に嘘はない。私は彼女の姿や言葉の端からたくさんの意味を与えられた気がして、ますます元気をもらって帰ってきた。だから、また会いたいと思った。

ところが、一緒に行ったYは、ここ二日ばかり泣いて暮らしているという。体調を壊したと今日、愚痴めいた電話があった。Yは私とは余り親しくないが、Aとのつきあいは私より古い。
「あんなに綺麗だったAがこんなに変わり果ててしまって……」
と泣き崩れて、病院でもトイレから出てこられなかったといい、そういえば随所で涙をぬぐっていた。
そして、もう二度と見舞う気はないという。やるだけのことはしたから、もうあとは美しい思い出だけでいいのだという。また来ると手を振っていた約束は、果たされることがないままなのか。じゃあなんでそんなことをさらっと言えるのか、私の理解の範疇を越えていた。
こんなに悲しい自分、こんなに優しい自分に酔っているようにしか見えなくて、そういう見方をする意地の悪い私自身がイヤになる。私よりずっと親しかった分、無邪気に辛いのだろうし、Yは優しい人として評判でもある。

実際、私としても、Aの美学を思うに「もう来ないでね」と言われるのではないかと、病室を訪れるまではそう、思っていた。
だが、Aは歓迎してくれて、いつものように次に何をしようかという話で盛り上がり、楽しかった思い出話を中心に、素晴らしい時間を共有したのだ。
見舞いは、ちょっとばかり健康な方が病人に何か与えているつもりになりがちで、その優越感に酔ってしまうこともあるが、実は見舞う方にこそ、とても多くのものが与えられている。見てくれの変貌など、命の尊厳の前でくだらないこだわりだ。病人は、その存在だけで、強く尊い者なのだ。まさに、決して負けられない戦いを、今、戦って戦って、戦い抜いている。もちろん、ワールドカップのサッカーも私を夢中にさせるが、どの選手よりも今のAは輝かしい存在だった。

Aはどっちを望んでいるのだろうか。
Aに聞けばきっと、
「どっちもいいのよ。YはYの、U子ちゃんにはU子ちゃんの、優しさがあるのよ」
と、答えそうな気がする。Aは、そういう人なのだ。
優しさは、ひとつじゃないのよ。と、昔、言っていたのを思い出す。

ただ、もし私が病人だったら、ごてごてとリボンで飾ったような優しさは勘弁して欲しい。だって、今私は全力で戦ってるのに、そばで同情されたら立つ瀬がない。限られた生を、めいっぱい生きようとしているのだから、そこを本気で応援してくれよ。
今ある自分と対等だから友情は成り立つ。共感はあっても同情は要らない。健康ではない分、そこから何か違うものを強引にでも持って行ってくれよ。と、思うだろうなあ、とは、思った。
最後の最後まで、私も闘いたいと思う。
勝てない勝負でも、ロスタイムの一分一秒まで、あきらめない。そう息子に教えているのだ、自分が実践しなくてどうする。そんな闘う女に最も似つかわしくないのが、同情だと思ったのだ。

あ、でも、私は親しい友人にYのようなウェットなタイプはいないのだったと思い返して、ちょっと安心するのだった。


2006年06月27日

ヒロシのはなし

ヒロシ(仮名)は5歳。
一緒にシンガポールに出かけたこともある、福助の大事な友達だ。
主張が激しく、目端の利く子なのだが策略を好まず、そのストレートさゆえに、どちらかといえば「きかんぼう」キャラである。「強く逞しく、男の子らしくていいんじゃない、そのうちリーダーシップを発揮しそうなタイプだわ」というのが、うちのクラスの母達のヒロシ評だ。
そのヒロシが、今日、中耳炎で病院に行った。そのとき偶然待合室で会ったのが、三角公園のマドンナ・あやか姫(仮名)だったというお話を伝え書きする。
このあやか姫、近所の公園で、周りにいる子をしばし見とれさせるような美貌の持ち主。将来が楽しみなような、ある意味怖いような、そんな彼女の風評は、幼稚園が違っていても当然流れてくる。長いまつげに縁取られた大きな瞳、漆黒の長い髪を三つ編みにして、ヒラヒラのピンクがよく似合う。
「ああいう子、うちの組にはいないからなあ……」
と、福助もまた、公園で魂を持って行かれたまま私に語ったことがあった。偶然頂いたチュコレートを手の中でぐちょぐちょに握りつぶすほど見とれていたものだ。確かに男女の別なく毎日<きなこもち>のようになって帰ってくる、野猿の里みたいなうちの園には、あきらかに生息していない雰囲気である。そんな彼女が、そこに、耳鼻科の待合室のイスに、座っていたのだ。
「こんにちわ」
「あらー、あやかちゃんとあやかちゃんのママ〜、久しぶり!! 」
ヒロシの母は社交的だ。それに比べて、いつもは元気なはずのヒロシ、中耳炎でここのところ定番と化した不機嫌そうな顔である。
「あら、ヒロシ君どうしたの? お耳、痛くなっちゃったの?」
と、あやか姫の母に聞かれても、黙っている。
母親同士はいつもの公園感覚で世間話をする。まあ、幼児を持つ母親にとっては、ボノボのマウンティングよりも、チンバンジーの毛繕いよりも、当然のことである。←例えがわかりにくいよ!
ここで問題が生じるのが、ヒロシである。
今さら自己紹介するほどには遠くなく、かといって昨日の先生の失敗談を共に笑い合うほど親しくもなく、ワールドカップを語るには性別が邪魔をし、カブトムシの捕まえ方をレクチャーするには相手が女の子すぎるのである。ポケットに手を突っ込んでみたところで、あやか姫の喜びそうなモノが入っているはずもなく。
もちろん、あやか姫は動じない。治療が済んだ余裕もあったのだろう、「ひろしくん、こんにちわ」といつものように微笑んで、持ってきた絵本にもう一度視線を落としていた。
「はやく……」
ヒロシが口を開き、あやか姫はどうしたの?という顔でヒロシを見つめる。その瞬間、
「早く、帰れ!  終わったんだから、早く帰れっていってんだ!!」
と、ヒロシは、怒鳴った。
あやか姫はびっくりし、その母は怪訝な顔をし、困ったヒロシの母はひたすら恐縮して、美人親子を見送ったという。
「ヒロシっ!! まったくこの子は、なんてことを言うの。失礼でしょうっ」
ヒロシの母は、その場でヒロシを叱った。黙り込み、うつむくヒロシ。
「なんであんな事を言ったの!」
詰問する、ヒロシの母。
しばらく黙りこくっていたヒロシ、母が強権を発令して叱った途端、
「……ごぉめんなさいぃ」
と、ふてくされたように言う。
「ヒロシッ!!」
ヒロシの母がヒロシをもう一度叱り、問い詰めると、ヒロシ、受診前だというのにすでに目に涙をいっぱいためているではないか。
「だって……あやかちゃんに、僕の泣き声が聞こえちゃったら、イヤなんだ!! 先生が耳に棒いれると痛くて泣いちゃうから、それ……困るんだ!!」

今日三角公園で聞いた、ちょっといい話。(ノンフィクションノベル仕立て)。
頑張れ、少年!!

2006年06月23日

I love foot-ball!!

終わったなあ……。
世界の壁って、厚いのね。
でも、この四年間のなんと楽しかったこと。そして、この一ヶ月、本当にW杯本戦期間を、実に楽しく過ごさせてもらって。
ありがとう、ジーコジャパン。
これがユーコジャパンだったら、こうしたりああしたり……と想像するのもまた。
死闘を繰り広げた23人のサムライたちに心から感謝だ。日本に残留していたサムライにも。
そして、いつか、未来の全日本選手達に、もっと高いところに連れていってもらおう。お楽しみは先延ばしの方がいい。
そのために、長生きしよう!!

16年後、小僧21歳。私、57歳。まだ、世界各国どこにでも応援に行けるわ。
「頼むよ、福助」
と言ってみる。
「頼まれてもなあ……。ブラジル強いし」
なんという答えだ。もう、いい。お前が選ばれることは、ないわ。
でもさ、何年後かに、一緒に応援に行こうよ。親子でお揃いのジャパンブルーで着てさ。それもまた、立派な参加の形。ちょっと、素敵な夢。

「まあまあ、おかあさん。そんなに悲しい顔しないで。7月1日と2日の試合は点入れるからさー。まかしてよ。でも、ロナウジーニョがいたらダメなんだけどさー」
テレビの前でワンバウンドリフティングしながら、小僧が言う。
そうだな。とりあえず、親善試合があるんだったな。そこで、この曇天気分を晴らしてくれ。
相手のチームは幼稚園児だし、ロナウドとかロビーニョとかも、多分、いないと思うから。思う存分、暴れるがよい。私も声を限りに、応援するよ。早朝だったので遠慮した今朝の分、その日は腹から声を出す。
ユニクロチームウェアで作った、応援用の必勝チームTシャツもできあがってきた。サッカーママたちは、着るよ。これを着て、応援するよ。
小僧がオフサイドが適応されるのではないかと不安がった(ありえねぇ)味の素スタジアムの方の試合も、両祖母軍団を従え、ムスメと私と全員、チームカラーを揃えて応援に行くぜ。この際、横断幕、作るか。「可能性は無限大」とかな。
我が家のサッカーは、これからだ。まだまだ、熱いぜ。


追伸
ところで、熱いといえば、ムスメは昨晩から本当に39度の熱を出した。寝込んでいるのに、容赦なく目覚ましを使って朝起きるわ、テレビは見るわ、玉田ゴールで大騒ぎして起こすわ。
終了後は一家揃ってがっくりきてしまい、私はうっかり学校に欠席の電話を入れ忘れて、先生に叱られました。熱もほどほどにしないとね……。


2006年06月22日

ブラジル戦このあとすぐ

さあ!!  決して負けられない試合が。
……奇跡は起きるのか、って、もう「奇跡」扱いだけど。
奇跡を起こすためにも、私は四時に起きます。
じゃ、おやすみなさい。
頑張れ、ニッポン!!

2006年06月21日

てやんでぃ!

相方の「銭」四巻が、月曜日発売されます。
ヨロシクお願いします。

本は一冊売れると定価の1割が作家の元に入ります。印税といいます。
あるいは原稿が終わった段階で、全部買い上げる形があります。増刷がかかっても印税はないシステムです。
18歳からマスコミの末席にいたのでものすごーく当たり前だと思っていた事実が、つい先日、
「1割!? たったそれしか入らないの???」
と、ムスメの方のママ友達、ムスコの方のママ友達、別々に大変驚かれたので、意外に知らない方もいるんだなあと思ったりしました。
一冊売れたら、全額入るんだと思われていたようで、それだとコミケの世界ですね。まず第一巻を読んでいただけば、そういうしくみがわかります。ええ、ええ、「銭」は、特殊な業界の経済の流れと、ついでにそれにまつわるストーリーが楽しめる、一石二鳥な本。初歩の経済学の入門編として、一家に一冊、ぜひ。
我が家には、62円、入ります。ありがとうございます。

相方はいろいろな事象を分析するのが好きです。それが連載中の漫画に活きています。
私はその分析を聞くのが好きです。相方のマンガを読むのも好きです。
しかし、相方の真似をして、ちょっと分析してみようと思うと、もともとカンでしゃべっている節がありますから、「ものすごーく整理の悪いリサイクルショップの品揃え」みたいに、とっちらかります。
リサイクルでなくても、ドン・キホーテが苦手なのは、ああいうジャングルでは目的のものが探せないからで、米屋! とか、酒屋! とか、洋品屋さん! とか、わかりやすい昭和の商店街のような、単純明快な考え方でないと、対応出来ない不器用さがあります。

ブログやmixiのいいところは、とっちらかした商品陳列をさささっと整頓してくれたり、商品価値のないものと思っていた死蔵品にお宝の価値を見いだしてくれたりとかする、考え方の鑑定団のような方達が日記を読んでくださって、いい仕事をしてくれることです。いろんな人のいろんな意見に触れると、散らかしたなりに、その混沌にも意味があったような気になる。有り難い。

というわけで、私の半径1メートル以内の子どもが、私の価値観で悪いことをした場合、容赦なく叱る。子どもに嫌われようと、親にどんな顔をされようと。
私が不愉快だ。それでいいんだ。
考えてみれば、子ども達がよくできたことは我慢出来ずにその場で絶賛するタイプなわけだから、それがポジティブであれネガティブであれ、接し方を変えるなんて小器用な真似、できっこなかったんだわ。
コドモを褒めているときに、親の指導法は関係なかったんだから、コドモ叱っているときだって、親のしつけを批判しての事じゃない。結果的にそう見えても、それはそれ。これはこれ。
自分の価値観は時々揺らぐけど、それもまた、人ならでは。
さらに価値観を押しつけたのではとの迷いも、吹っ切れた。そんなの、主張するだけするから、後は跳ね返すなりとりいれるなり、勝手にしてくれればいいのだ。私がルールというわけじゃなく、何かを言ったらその人の人生に大きく影響させてしまうかも、なんて、それこそ何様なんだという話だ。気持ちよくなったり傷ついたり。それが人と触れあう、ということだ。
いやなら離れてすごせばいいし、好きならいっぱいくっつけばいいのだ。とりあえず一億人もいるのだから、選び放題。
いいの、いいの、そのときの自分が正しいと思ったことに突き進めば。やってもやらなくても後悔するなら、やれ。っていうか、脊髄反射を理性で止めるのは無理、と、気づく。
今更……なんですが。

結局、いっぱい考えて、最後は単純なところに帰結する。
その結論は、悩む前と変わっていなかったりする。
同じ所をぐるぐる回っているような気もするけれど、それは螺旋階段のようにちゃんと次元が上がっているのだと、信じよう。

さて、相方の本が出たら、ここのところ苦しくて同じメニューがぐるぐる回っていた我が家にも、ちょっと余裕が。
さあ何を食べようかなあ。何して遊ぼうかなあ。←貯金をしろ!

2006年06月20日

反省の因数分解(長文)

一晩寝て、落ち込み復活。
まあ、たいていのことは寝ると終わっています。結構気に入っている、よい性格の部分です。

どんな母親もこうやってみんな悩んで大きくなっていくのだろう。
体だけが大きくなっているわけではないと信じたい。
目方で女が決まるならこんな苦労は、こんな苦労はするまいに……。

さて、昨日落ち込んだ理由は、多分、「中途半端」さ、でした。
子どもに伝わらなかった。それが一番ショックでした。
しかし、アンタの命がなくなったら困るんだ、ここでふざけると危険なんだ、馬鹿者!! という言葉は、いつか彼の心に届くだろうと思おう。この交差点に来たら、どこかのおばちゃんが怖かったから一歩後ろに、でもいいんです。
いい方はきつかったが、それについては、もういいことにする。

問題は、その後の母親との関係です。
あの瞬間、母親の立場を思いやる気持は、私にはありませんでした。母親が「危ない」と手をひくチャンスを横取りしたのかも知れません。同時に、一連の叱責をしながら、どこかで、社会性を全く指導していない母親の教育方針を、間接的に批判していたのではないかと思うのです。

どんな教育にもよいところがあります。
彼女は「寛容」に育てることで、子どもを活かそうとしているのかもしれない。
戦後の核家族化でキリキリ叱るヒステリックな母親がこの国の定番になりましたが、明治時代に日本を訪れている外国人ジャーナリストは、「日本の国の子どもは世界一幸せに見える、この国の母親達はいつも笑って、子ども達を怒ることがない」とリポートしているのです。
私の姑がそうです。
伊豆の田舎の山の奥の奥で、ひょっとすると百年前にタイムスリップしているのではないかと思うほど、働き者で穏やかな義母。悪く言えば、ものすごく甘い。でも、その慈愛と優しさが、相方の根幹をつくり、出来の悪い嫁を何度となく救ってくれています。小学校時代には特に目立たなかった、むしろ意思表示もご挨拶などもできなくて、教育ママな私にはもどかしく、心配すらしていた姪は、高校時代の今、大学は推薦でどこにでも行けるほどの上位成績を誇り、部活でも部長として、県下に名を轟かす存在に成長しました。幼少期に厳しく躾けていたら、東京の口うるさいおばちゃんである私を満足はさせたでしょうが、こんなにスゴイ子にはならなかったでしょう。
つまり、どこを育児のゴールと考えるか、何を目的にするか、そして何より、その子の資質はどうなのか。そんなのは、端にいてちょこっと見ただけでは、わからないのです。

うちの小僧は自閉症と診断されています。
今でこそ、境界の人に近くなり、「10人幼児がいてこの中に自閉症児が一人、さあ誰でしょうクイズ」をしたらひょっとするとわからないところまで訓練しました。
ソーシャルスキルアップのためには鬼母にもなりました。それを、その場にいた周りの大人たちから「あんな虐待しなくても」とそしられたとき、私は事情も知らないくせにだまっていてくれ! と思ったものでした。
もっと厳しくしつけなさい、このようにいいなさい、と、今回私がその母親に対して直接ではないにしろ、子どもに対して強く言ったことは、当時私が受けた冷たい視線とは真逆かもしれません。でも、視点を変えればやっていることが同じです。
自分は厳しく躾けたのだから、私の知人にも厳しさを要求したのだとすれば、それは絶対に間違いなのです。

どんな母親だって自信満々で育児しているわけではない。
母親だって、母親をやるのは、初めてなのです。
私は福助を育てながら、調教師としての技術に磨きをかけたなあと自負しています。けれど、それは母親の優しさや寛容や愛情とは、ちょっと違う。
相方とぶつかるときにも、いつもその部分です。母ヨシコに大変厳しく育てられた私は、他人に対して優しくすることがわからないのだと思います。
頑固ジジイは必要な存在です。怖いオヤジに注意されるのは、子どもが大きくなる上で、必ず必要だ。けれど、そこに子どもに伝えるべき大義があるか、そこに子どもへの愛があるか。最近どの子に対しても遠慮なく叱りつけている自分をもう一度振り返り、構築し直すべきだと、思ったのでした。


2006年06月19日

ご近所の頑固ジジイ

すみません、実はとってもとっても楽しい一日を過ごしたんですが、ちょっと落ち込むことがあって……。
いえ、首の皮一枚でつながったサムライジャパンが原因ではありません。首の皮一枚だとリアルに考えれば絶命している気もするんですが、まだサムライたちは生きているとジーコ監督は言っています。
ブラジル戦、四時起きして死闘を応援する予定です。

落ち込みの理由は、簡単。
私の偏屈さで、他人を不愉快にしただろうと思ったからです。
知人の子どもが公共の場で騒いでいたので、いつもの怖い声で叱りました。
でも、その子には全く届かなかった。つまりその子は騒ぎ続けたわけです。
私の隣にいたために、いつもの叱責は直接、かなり怖い説教になっていました。
でも、考えてみると、余計なお世話でした。
その子の母親はなぜか私に謝りながら、きっとさぞ、イヤだっただろうなと思います。叱責は、親がすべきことなんです。なのに私がその子を叱れば、これは間接的にその親のしつけを叱っているのと同じです。(しかも、それも届かない)。
なんの権利があって、私はそんな僭越なことをしてしまったんだろうか。ちょっと雰囲気を悪くしたなと思った私は、その子の母親に一応、軽く謝りました。

ところが、その子が、実際に幼児が事故死したことのある危険な横断歩道を飛び出しそうになったときに、とっさに腕をつかんでそのまましゃがみ込み、反射的に雷を落としていました。
軽く謝った舌の根も乾かないうちに、おばちゃん、またしても豹変。
その子は私がつかんだ腕を痛いと振り払いました。
多分、彼がここで一時停止するようにはならないと思います。私は、ただ、痛みを与えてしまっただけ。
それを複数の母親達の前でやってしまった自分の忍耐力のなさが問題です。周りの母親達は、その子とその子の母親を見送った後に、そんな感じの頑固ジジイの存在って、絶対に子どもには必要なのよと慰めてくれたけれど……。でも、楽しく盛り上がっていた雰囲気を一転、またしても悪くしたのは事実。
私は「母親として」野生の脊髄反射で生きているところがあります。でも、そのせいで、たくさんの人を傷つけているんじゃないだろうかと、さすがに本気で反省しました。
叱って反省するぐらいなら、最初から叱るんじゃない、とも思いました。

昭和の時代には当たり前にいた、「頑固ジジイ」を目指すには、まだまだ修行が足りません。
まず、私はババアではあるがジジイではない、ということをどうするか、一度しっかり考え直す必要があるのかも知れないなと、思いました。

2006年06月17日

小僧の戦い、侍の戦い

サッカーは失敗が前提のスポーツ。
コーチングの本には再三、そう書いてある。指示をするな、選手に考えさせろ。
知っているはずなのに、小僧がまるで活躍しないと、それはそれでイライラしているサッカー教育ママな私がいた。
Jリーグ、U-6対象のイベントに行ってきた。
練習中、女の子のドリブルを簡単に奪って泣かれて、小僧、すっかりペースを崩す。
ランダムで別れたにわか仕立てのチームで練習試合も、どうも表情が浮かない。
始まって1分、強く蹴ったボールが今度は別の女の子の顔面を直撃し、彼女の故障退場で完全に意気消沈。なんとか持ち直すものの、意識は守備に。
今度は、中盤で果敢にあいてFWのボールをスライディングで止めた瞬間、ファウルをとられ、相手にフリーキックを与える。初めてのファウルに、小僧呆然。
ゴールめがけて走り込む相手チームのFWを、ゴールキーパーの位置に走り込んで止めようとすると、ヒザを別の子に蹴られてつぶされた上に、得点を許し、半べそに。
3試合あって、あとの二試合も似たような感じ、いいところなしだった。
終了後、有名選手と写真を撮ったり握手したりできるから、と促しても、見向きもせずに一人でゴールにボールを持って走り、怖い顔でシュート練習する福助。もちろん、イライラしていたサポーターの私も、きっとがっかりの怖い顔をしていたと思うんだけど。
「楽しかったよね?」
と、大人なので、帰りにきちんとそう、聞いてみた。若干、つくり笑顔の私に反して、
「うん、楽しかったよ。サッカーができたからね」
と、サッパリした福助スマイル。完全に気持ちが切り替わっている表情だ。
運動量は抱負だった。得点こそなかったけれど、打撲も含めて、いい経験だ。泣くほどくやしい、そんな負けたときにこそ、学ぶものがある。かあちゃん、途中フキゲンで悪かったね。サッカーしている君が楽しいことが一番なのにさ。
その一点のために、福助は自陣からゴール前に走り込んでこぼれ球を狙い、展開が変われば一気に自陣に全力疾走していた。
その一点のために、夢中になって、私には到底できないことをピッチでやっている小僧。結果でなく、その姿が尊いのではなかったか。
何より、負けて悔しいことも、今ひとついいところを見せられなかったことも、つまりは栄光も屈辱も、すべて私ではなく福助のものなのに、私が何、悲痛な顔してたんだ!! 
サッカーはついうっかり、選手とサポーターが一体化してしまうから怖い。
「今日はよかったなあ。本当に、サッカーは楽しいんだぁ!!」
帰ったら一緒にワールドカップを見よう。
心の底から、楽しいと思えるスポーツに出会えて、本当によかったよね。

明日は、ドイツワールドカップ、日本vsクロアチア戦。
ピッチに立つ選手は誰もが、全日本の代表として自分に恥じない、素晴らしいプレイができるように祈りたい。きっと私は彼らの一挙手一投足に小僧を重ねて、一瞬たりとも見逃さないように、みつめるんだ。どんな結果であれ、こんなにドキドキさせてくれることに感謝するんだ。
だって、きっと23人のサムライたちは、「サッカーが大好きで、サッカーが楽しくて」仕方がない、泣いて笑ってケガばっかりしている、小僧みたいな子どもだったんだろうから。

なんというか……母の視線ですね。
頑張れ、ニッポン!!


2006年06月16日

息子がくさい。

息子がくさい。
ええーっと、小僧です、福助のことね。その他の息子はくさかろうが何だろうが、あまり関係ない。

ここのところ、突然変な匂いがすることがある。
体臭が、ものすごーくオヤジくさい。
病気か?と疑って、ググッてみたら、腸内細菌の異常(軽度から深刻な病名までアリ)がどうもアヤシイ。タンパク質を分解する酵素が原因の病気説もあり、小僧の大好物の納豆や魚が影の真犯人かもしれないので、ちょっと除去食をやって試してみようと思う。秋田県警よりはしっかり調査したい。
万能薬として乳酸菌飲料を常備していた我が家が、最近ちょっと野菜ジュースと豆乳にシフトしていすぎたかなと思い直し、もちろんそれも大量に買い込む。
かっこいい福ちゃんがくさいなんて、母ちゃんが抱っこするのもはばかられるほどくさいなんて、ちょっと悲しいもん。
同時に、疲れすぎなんじゃないかなあとも思う。
小僧の割れた腹筋や盛り上がった太ももを見ていると、なんかちょっともう、子どもって感じじゃないのよね。
しかし、どんぶり飯を食べていても一向に脂肪が増えていかない。変だ。一日中サッカーして、帰宅後はW杯ダイジェスト見て呆けている。変だ。9時に寝ても、朝、起きられない。変である。……顔は日焼けでブラジル人になりたい夢が少しずつ叶っているような気がするが、表情はセゾンカードのCMの陰鬱なロナウジーニョに近い。

で、思い出す。
運動すれば、エネルギーが必要だから、血液中の遊離脂肪酸が増すんだよな?
体内の脂肪をちっちゃいカプセルにして、血液という水路を使って運ぶわけだ。(使われなければまた皮下や内臓周りに戻っていく)。
で、この時に濃度が高すぎれば、皮脂腺を刺激して、独特の匂いがでるんだったかな。加齢臭のメカニズムですよ、中高年の皆さん。
……今、自分の過去の原稿確認。多分、正しい。
ああ、脂肪の本も書きかけで停まっている、書かなくちゃなあ。と思う。息子がくさいので仕事をしようというのも、風が吹いた桶屋のようである。桶はまだしも、そもそも、こんな脂肪本、誰が読みたいのか。例えが軽すぎると全面書き直しを食らった段階で、読者が見えなくなってしまい、その霧が晴れることがないまま、早二年。

私はゆっくり休みすぎなのだが、小僧はゆっくり休ませないといけない。
誰か6才児ののんびりした休暇の過ごし方をご存じな方がいたら教えて下さい。多動ではないが、夢中になりやすい。だから止めても全力を振り絞るようにして、遊ぶ。バカである。
ああ、そんなところ、私の子ども時代に似ているわと思い当たる。なんとなくあのだるさにも、覚えがある気がする。毎日楽しくて楽しくて、ある時ぷつっと動けなくなるんだった。で、ものすごーく寝るんだ。あった、あった(懐かしい目)。……えええ、じゃあ私も幼少期、くさかったんだろうか。

要は、エネルギー配分がヘタなんだな。抽象的にも、具体的にも。
で、私、子ども時代だけでなく、大人になってからも、変わっていないじゃんと今、思ってしまった。
楽しいとなったら、止まらない。気になったら、眠れない。で、がががーっと走って、ばったり倒れてる。
ここ十年は、子どもがいるので、せいぜい休日の午前中、寝込むぐらいだけど。
いやあ、子育てはいろいろな発見があるなあ。……っていうか、成長しようよ、おかあさん。と、心の声がする。

息子がくさいばっかりに、いろんな事を考えてしまった。
この私のナショナルジオグラフィクス並の飽くなき探求心に、社会性と普遍性が加わり、さらに分析力に磨きをかけたら、名エッセイスト・まついなつきさんのようになれるだろうかと一瞬、思う。
しかし、私の興味は基本的に、自分と半径3メートルぐらいにしか向いていないのよね。息子がくさくて、思い出話をする程度。……ダメじゃん!!


2006年06月15日

きっかけはフジテレビで

「ポカスカジャン」が、本日「笑っていとも!」テレフォンショッキングにご出演です!

というメールを頂いた。
タイトルは、「笑っていいとも!」ご出演おめでとうございます、だったので、必然的にありがとうございますと返事を書いて、私が出演するワケじゃないんだけどなあと笑う。
うれしいなあ。こういうメールが頂けることがもう、ものすごーくうれしいってもんじゃありませんか。

もちろん、昨日番組終了後、ママ友からも続々。
「ゆう子さん、いいともは見てないと思ってさー」……アタリ。介護保険を払うトシになると、みんなみんな、日テレのみのもんたを見るんです、というのはウソだけど、我が家のテレビは今、サッカー以外を映し出すことがないのだった。さすが、よくご存じなのだ。
幼稚園が終わった後、公園で子ども達を遊ばせつつ、周りにいたママ友達に大宣伝。

そんなわけで、みなさま、本日お昼でございます。
正座して、見ます。
きっかけがコレで、ああ、これは笑っていいかも! と思えたら、現在全国ライブ巡回中、そういういい方はしないな、ツアーだ、ツアー。で、十周年DVDボックス発売中。
ぜひ!!

オーストラリアに負けて日本中が沈みきっている時、とりわけ、相方が大変沈みきっている時に、私にとっては一条の光。
ああ、今日の佳き日を迎えられて、なによりでしたわ。

2006年06月14日

寝不足

韓国が勝った。
トーゴ、シュート後のあの可愛い踊りをもう一度見たかった。
国歌が流れないというか、相手国のが二回流れちゃったという、もし別の国だったら暴動になりかねない事態で、よく落ち着いていた。いや、落ち着いていたのかどうか、顔色を見ただけではわからなかったけれど、そのあとは好ゲームだったと思う。
アンジョンファンは新婚の前回、ゴール毎に結婚指輪にキスしてたくせに、今回はそんなこともしなかった。もう嫁に飽きたのか、釣った魚に餌はやらないタイプなのか。
ブロンドのチャゲ&飛鳥のチャゲ顔の14番、あの髪型と髪色は似合わないと誰か忠告してあげる勇気ある国民はいなかったのか。
……しかし、韓国は強いなあ。精神的に。いや、いろんな意味で。ロスタイムの使い方ひとつ見ても。

それがどんな大変なことかは、にわかサッカーファンでもわかっているのだ。
しかし、漢には、命を賭して戦わなければならない時がある。……って、いつからオレは漢になったんだよ。いや、サポーターは12番目の選手なのだ、命がけで応援するのだ、気持ちだけでも。

そしてそっちで命がけだから、ついでにいろいろと命がけで新しいことを始めてみる。
新しくお琴、そして久しぶりに英会話レッスン……。お琴は学校行事に参加するための部隊なので、さくらさくらが弾ければよい。そこから始めてゆくゆくは三味線に移行する計画。個人レッスンだととてつもなく高いので、先生と親しくなって月二回の練習で月謝半額を提示してみる予定。三味線は、ずーっとずっと、触ってみたかった楽器だ。
もちろん、仕事もまた再開しなくちゃ。すぐに放置してしまうのは悪い癖。
ああまったく、忙しくなればなるほど、いろいろと動きたくなるのはどうしたことか。ゲームの終わるその瞬間まで、サムライブルーの宿命を背負った選手たちがピッチを走り続けるように、命が終わるその最後の瞬間まで、私も楽しく走っていたいなあと思ってさ。
もう41だから。
体重が68キロになっちゃったから。
プチ更年期だから。
相手が東欧のブラジルクロアチアと、世界のブラジルだから。
そんな言い訳は、断じてしないのだ。

一体、どんな投影なんだろうか。ワールドカップ、毎日が寝不足だけど、楽しくてしょうがないわ。


2006年06月13日

クロアチアに勝てばいい

試合終了後、軽く1時間、虚脱。

そうだよ、この後クロアチアに勝てばいいんじゃん。
なあんだ、まだ一戦目だよ。
んでもって、ブラジルは飛車角落ちみたいな状態でくるっていってんだから、それに引き分けるなり、奇跡の勝利をおさめるなりしてさ。
予選の時だって、何度も危ない状態だったのに、ちゃんと切り抜けてきたんだから。最後の最後まで、何がおこるかわかんないのがサッカーじゃん。
初戦勝利の予選突破確率なんか、関係ないのだ!
あと二つ、勝てばいいのだ。

暑い中、選手はよく走っていたと思う。
今やすごい虚脱感だと思うけど。
ゆっくり休んで、気持ちを切り替えて、頑張って欲しい。
応援も、もっと気合いを入れるぞ。……これ以上、どうやって。とか、思わない。もっと、大声で。たとえ、深夜ご近所迷惑だとしても!! 

2006年06月12日

ジャパンブルー

さあて今日はW杯、日本対オーストラリアですよ。
定時になるとナマハゲのごとく現れ、「寝てない子はいねが〜」と起きているおんな子どもにアザになるほどデコピンを食らわす「恐怖のデコピンさん」も、今夜はきっと青いTシャツ着て応援です。
サッカー、サッカー、サッカー。
あ。
小僧の青いTシャツをまだ手に入れていなかった。しまった。今日、買いに行かなくちゃ!!  
固定資産税と車の修理と特別区民税と。還付金がまだ来ない我が家には、かなりしんどい時期。しばらく質素倹約を旨とする生活が続くけど、それでもまあ、Tシャツは別格ね。お祭りの時には袢纏着ないと、気持ち、盛り上がらないからね!
ムスメには、専用のタトゥーシールを用意してあります。熱意に比例する、グッズ。

今夜は、スタジアムに知り合いを探す喜びもあります。いしかわじゅんさん、ドイツ入り。紅白のしましまボーダー着て、ウォーリーみたいならわかりやすいんだけど、多分、いしかわさんも青いTシャツなんだろうなあ。アップで映らないかしらと期待したりして。

ああ、待ち遠しいなあ。今日は小僧のサッカー部、最後の練習試合の応援にも力が入りそうです。
この、湧きいずる元気をどうしよう。どうしようったら、どうしよう。
とりあえず銀行まで、軽く走っていってきまーす。


2006年06月11日

どうでもいい自然観察記

庭のある家はイヤだ。
私のような者は、手入れができない。以前の借家は広い広い庭が自慢だったが、雑草が思いっきり伸び放題になり、遊びに来たP子の友達が「田んぼだーっ! お庭に田んぼがあるーっ!」と大喜びしたことがある。……さくらちゃん、それは雑草だ。食えない。普通、庭に稲は植えないし。
大家さんの自慢だった芝生は見事に枯れ、何となく白い目にいたたまれず、年に二回庭師を入れることにしたらその経費もバカにならず、私は次に住むなら管理人さんが全部やってくれるマンションにするんだ。と、心に誓っていた。

なのに引っ越した先は、また戸建て。管理人はワタシ。
仕方ない、一目惚れしてしまったのよ、この家に。多少の艱難辛苦は我慢しないと。
建坪率の隙間に、目隠しの植樹があって、こういうのを相方は全く手入れしてくれないので、毎年、義理の母や義理の姉が総出で何とかしてきた。相方の家は、とにかく女がよく働く。そういうところから夫をもらうと、結構困る。私もある特定の分野では大変に働き者で、相方はそこを勘違いしたようなのだが、その働きが家事には全く向かわないとわかった段階で、妊娠。うまいタイミングであった。これで、クーリングオフはできない。
今年は姪が最後の部活と受験ということもあり、田舎から上京の機会はなかった。さあ、いよいよ生え放題。ぼーぼー。渋い男性のひげならボーボーも味わいだが、若い女性の脇の下がボーボー毛深かったらちょっと引く。建坪率のグリーンは、どちらかというと脇毛タイプだったといえる。
とうとう見るに見かねたお隣さんが、自分の家と面している部分を綺麗に刈り取ってくれた。
有り難いことだなあ。……でも、反対側のグリーンは相変わらず生え放題。もうちょっと伸びたら、考えよう。ええーっと、逞しい義理姉を呼ぶとか。

その建坪率に放置してあるいろいろなものの中に、頂き物の睡蓮鉢がある。
泥を張り、睡蓮をポットで買ってきて、メダカを放した。メダカは蓮の葉に隠れ、エサをやれば懸命に食べる。その姿が愛らしく、過保護にも木炭とホテイアオイを入れてみたのだが、それが間違いの元だった。
ホテイアオイ、増殖に継ぐ増殖。そして睡蓮、敗退。睡蓮鉢、タダの泥水瓶に。
ホテイアオイが黄色の花を咲かせ、やがて枯れたので、全部捨てる。水も捨てようと思ったら、もうとっくに絶滅しているはずのメダカが数匹生きていた。何を食っていたのだ!? 仕方なく、今度は水槽に入れる草を熱帯魚屋で1本買ってきて、ちょろんと入れ、思い出した時だけエサをあげて越冬。
春になって、今度は見たこともない藻が水面を覆い尽くし始めた。酸素らしき泡をぽくぽく蓄えている。こんな風景、クロレラの宣伝で見たことがある。工場の池にみっちり、藻。果たしてこれは体にいいのか? よくよく見ると藻の中には卵らしきものがあるのだ。少なくとも、メダカの体にはよさそうだ。ペットボトルを切って藻ごと水をすくい、しばらく室内に置いてみた。
すると、なんと、ここ数日、ぴこぴこと赤ちゃんメダカが泳ぎ始めているのだ。目の前で、チビが次々。
すごい……。自然って、偉大。チビメダカ、むちゃくちゃかわいい。

そんなわけで、天然ビオトープで、私は癒されている。
睡蓮鉢は見た目がドロドロでちょっとばかり美しくないし、付近は蚊も大繁殖しているし、枯れ草がたまっている辺りはダンゴムシの温床だし、せまい建坪率のそこでじっくり自然観察する気にはならない。といって、手入れのいき届いた水槽で熱帯魚を飼うようにメダカを飼うこともできない。そんな時間があったら、まず手入れの行き届いた部屋で私たちが暮らしたいからだ。だが、手を入れない自然のビオトープに、たくさんの命が息づいているのは、いい。ごっちゃり命があるということが、なんだかちょっと、豊かな気分にさせてくれるのだ。

2006年06月09日

W杯開幕

本日の小僧の貼り紙ご託宣より。
「もくひょうにするせんしう」

一日千秋の思いで待っていました、W杯。
ところで、小僧が目標にする選手は、ロナウジーテヨだそうです。……ちょっと惜しいニョ。
「日本とブラジルは、ブラジルが勝つよ」(ふふん)
と、相変わらずな非国民ぶり。そういえば、相方の祖父・ジョージはブラジル移住を希望していたそうです。ああ、そんな血がこんなところで。

今日は開幕なので、友人・さちこから譲ってもらったジャパンブルーのTシャツを着て過ごしています。
リビングを掃除していたら、相方がDVDのキングコングを……。
トレ・コング。トレ・コング。の恐怖シーンで中断して、息子をFCまで迎えに行きました。トレーニング、トレーニング。と恐怖を払拭して、小僧と小雨の中をジョギングして帰りました。
あれ、原住民怖すぎる……。また夜中にトイレ行けなくなる……。中断したままの掃除、どうしよう……。

さて、今日のFCのお知らせで知ったのは、7月1日に親善試合があるということでした。
しかし、福助君、7月2日には、味の素スタジアムで、別のFCの公式試合にエントリーしています。昨日、コーチと相談して、チームメイトは一人も知らないチームになるが、幼稚園児の部で出して頂くことにしました。試合らしい試合になる小学生の部はどうかと言われたのですが、おばあちゃん達も応援に来ることですし、大きいお兄さん達には辟易としているようなので、ちょっとイイトコ見せようかという配慮でした。
でも、1日に他のFCと試合があるとなると、多分、小僧は全力をそこで出し切るでしょう。
2日には田舎から応援に来るのに、ドイツ戦の後のマルタ戦のようになったらどうしましょう。
……まあ、そんなこと考えずにガンガン行くんだろうな。そういう人だった。
そして、私にとっても、初の親善試合と初の公式戦なのだったわ。
ああ、マネージャーってこういうときには何をするの? ひとまず買うべきは、でかい、やかん? 
連日の試合、というのはどうなんでしょう。

うわー、ドキドキ。草テニスにエントリーした時みたい。ムスメの舞台の時には全く緊張しなかったのに、スポーツとエンターテイメントはかくも違うのか。
予測がつかない、というところが、このドキドキを呼ぶのだろう。おおかたの予測(含む福助)を覆して、ブラジルにも勝て、サムライたちよ。
さあここからしばらくW杯、ドキドキわくわくの連続だ〜。


2006年06月07日

ドレーン

「ゆう子、大変なことが起きた」
と、深夜にたたき起こされる。危機管理体制にないので、眠気の勝ち。おやすみ……
「起きて。ちょっと、助けて」
相方が、闇の中で言う。
「どーしたの?」
「止めていたガーゼがとれちゃったんだけど。ドレーンが刺さってるんだが、お風呂に入ったら、今、そこに水が入り込んで」
その辺りで飛び起きる。コブとりじいさんの手術は、もと簡単かと思っていたのだが、しばらくはちいさくドレーン(管)を通しておかなければならないような、案外オオゴトだったようだ。
慌てて滅菌ガーゼと大きなバンドエイドを用意する。
で、そのガーゼ、場所が場所だけに、相方は一人で貼れないわけで……必然的に、怖がろうがどうしようが、私がやらなければならない。
うーはーぁぁぁぁ。
見ちゃった!! 顔から出ている管を。それも3センチぐらいの長さの。右頬からからチューブがにょりんと生えているのも珍しい光景で、チューブって夏の季語だし、ちょっと季節先取り、とか思ってみたりする。あるいは、コブをとってできたホコラに何かが住み着いていて、中で息をするためにこの穴と管を? と、小さな忍者が水に潜ったときの竹筒を想像してみる。

って、そんなんでも考えないと、怖くて怖くて。……ごめん、管、怖かったの。かなり、びびったの。2年前、義父の頭に弁髪みたいに管が刺さっていたときもびびったけど、命に関わるとなると緊急度が先に立って、とりあえず怖いのはそんなでもなかった気もするんだけど。
医療関係者の方って、素直に、みんなすごいと思った。夜中に、こういうびっくり人間状態の人がナースコールしたりするわけだもんね……。いや、そうやって患者さん達は病と闘っているわけで、近代医学の進歩に感謝すると同時に、頑張れ様々な闘病中の人。と、思うんだけれども。

書きかけの日記があったんだけど、そんなのどうでもいいような気がした。
で、今6月8日の午前3時になろうとしているところ。ひゃー、眠れない。臆病だなあ、私。

2006年06月06日

夕ご飯は何にしよう。

ムスメP子のリクエストで、授業参観日に行く。
メインのごちそうは、マトン(仮名)先生。ものすごーく、イヤな先生だと評判なので、どこがどんな風にイヤか、もうこれはゲテモノ・レストランに行くような覚悟で出かけたのだが。
すごーく、普通の、退屈な授業をする程度で、期待はずれもイイトコだった。
「なんだよぉ、いい先生じゃんよぉ」
と、休み時間にムスメをこづいたら、P子、憮然として
「……別人だった」
びっくりした、という。周りに友達もわらわら集まってきて、口々に別人、別人。と。普段と口調も違うって。
そぉかぁ、君たち、いいものをみたなあ。大人が豹変する所なんて、そうそう見られるもんじゃないからなあ。ああ、羊の皮をかぶったマトン先生は、今日の参観だけでは食い足りなかったので、その中のホントの悪人先生が、是非とも見てみたいなあ。いつ行ったら、見られるんだろうかなあ。

さてその足で、墓参。
一時停止線無視で捕まる。だが、そこにはトロい鳩が二羽いたために私は確実に停まったわけで、自信を持って「あそこで一時停止、しましたよ」としっかり主張したら、許してもらえた。鳩がいなかったら切符だった。一時停止線のサインは実際、見落としていたから。……だめじゃん!! ホントは。
でも、捕まって免許証を確認している間中、一時停止無視の車はいっぱいスルーしていた。私の前に人の良さそうな親爺さんが小型ワゴン、止められて、切符切られていたけど、これはお巡りさん達のお小遣い稼ぎなのかなあ。いやそんなはずはない、安全を守ってくださる警告、有り難いことだなあ(棒読み)。
駐車違反取り締まりの民間人のおかげで、都内渋滞なしで走れたのには驚いた。あれも一台いくらの歩合制なんだろうか。もしそうなら、いいお小遣い稼ぎになりそうだなあ。

そして、相方がコブとり手術から帰ってくる。……はずが、一人東京麺通団でうどんを食べているらしい。
なぜ、ひとりだけでうまい讃岐うどんを食べようと思うのか。私は観劇の後でもビール一杯飲むわけでなく、墓参の後に芋坂で団子一本食べるでもなく、大急ぎで帰宅するのにぃ!! と一瞬思ったけれど、まあ、顔に生えていたコブもとったことだし、実はここからの冒険が大事で、うまくすれば、枯れ木に華を咲かせないとも限らない。私自身が鬼になってどうする。
そんな深謀遠慮もあって、相方の帰宅はうやむやに待ちつつ、さーて、今日の夕飯何にしよう。
何か、おいしいレストランにでも?

2006年06月05日

サッカー以外の話題はない

おはようございます、相変わらずのサッカー馬鹿です。
寸暇を惜しんで、パソコンで、ずーっとサッカーがらみの記事ばかり読んでいます。

テレビ朝日はドイツ戦、早朝に叩き起き起こしておいて30分以上も長々もったいをつけやがったので、昨日のマルタ戦もどうせそうだろうと勝手に思いこみ、20分たってからテレビをつけたら、もう玉田が一点入れた後だった。TBS、前戯なしならそう言って。心の準備があるからね。
……なんとかならないのかなあ、こういうの。「このあとすぐ」という名のウソでなく、キックオフの時間をできるだけ厳密に提示して頂くとかさあ。
しかもTBSはずーっとネガティブな方向に、万能なサッカーの神がご託宣しているかのようなアナウンスと解説がうるさくて、途中、音を消した。(小野はお気に入りみたいだったところだけ、好感がもてたけど)。応援する者を不愉快にしてどうするんだ。解説なしの音だけ、というサービスを望むのは難しいんだろうか。やっぱり、スタジアムに行け、と言うことなんだろうなあ。

ところで、小僧が最近一人でお買い物に行ったり、遊びに行ったりするようになった。
そうなると、知らない人に対応するマニュアルをたたき込まなければならない。もっとも小僧は知らない人に話しかけられると即座に石になるので、のこのこついていくことはしないし、知らない人に抱きかかえられようものならパニックを起こすので警報機いらずだが。あら、便利。
しかし一応、変な人撃退マニュアルをたたき込んでおかないとね。
「どうして? どうして大きな声を出すの」
と聞く、福助。
「人さらいが来るんだよ」
と、怖い顔で脅かしておく。脅えるかと思っていたのだが、小僧、目がきらきら輝いて、
「え。それは、何。逢えるの? いつ逢えるの? ガダラさらい、みたいなの?」
という。なんだなんだなんだって?
「サッカーの。ヨーロッパリーグの人?」
ガダラサライ、ってチームがあるんですか?  選手の名前ですか?  おかーさん、まだまだサッカーバカを名乗るには不勉強でスミマセン。

サッカーは楽しい。
世界中の人がサッカーを見て、事件を起こさなきゃいられないような負の心が昇華していけばいいのに。と、最近はサッカー以外ではピーナツほどの領域しか動かなくなりつつあるお脳で、考えました。


2006年06月03日

ビノさん

イギリスから、ビノさんが帰ってくる。
夏の二週間、14歳の娘を連れてのバカンスなので、人気者の彼女にあえるかどうか、どんな風にその彼女のスケジュールに私を組み入れてもらおうか、思案中。前回は2年前、そのときは予定が合わなくて逢えなかったんだ。

17年前の冬。メリークリスマスを言うために電話して、実は、男に振られそうになって行き場をなくしている事を話した。
「じゃあ、今すぐ、こっちにいらっしゃい!! そんなところでいじけていちゃダメよ」
と、突然ロンドンに呼びつけてくれた女性である。あのままでいたら刃傷沙汰になっていたかもしれないので、ものすごーい恩人でもある。
困ったときに即座にその手をさしのべてもらえる有り難さを、そのとき私は初めて知った。
その言葉にすがるようにして、翌朝には機上の人となり、そのまま約二ヶ月彼女の家に居候する。
彼女の家に着いたとき、彼女は黙って私をハグして、何度も何度も頭を撫でてくれた。出産予定日にはまだ時間があったが、彼女はすでに完璧に、母親の顔だった。怖いくらい静かな部屋に、ただ暖炉の薪が燃える音がしていた。
そして、私はその晩、三ヶ月ぶりにゆっくり眠ったのだった。時差のせいにして死んだように、二十時間近く眠った。
ヘアサロンは、ヴィダルサスーンを予約してもらって、長かった髪をばっさり切る。
コンタクトレンズも、初めて作った。
ビノさんにメイクを習って、ビノさんにカウンセリングしてもらう。ビノさんの本棚にある本を読んで、ビノさんの手伝いをするのがうれしかった。小さなビノさんが、いつもいつも大きく見えた。私はあのとき、きっとビノさんになりたかったんだと思う。
痩せてしまった体のために服を買い、エステとマッサージで健康的になって、私は胸をはり別人になって帰国した。だが、帰国後最初で多分最後のデートで彼は、恋人の話ばかりしていた。もう二度と、その彼の気持を取り戻すことはなかった。

多分、そこでふんばれたのは、ビノさんのおかげだ。ロンドン強化合宿のおかげだ。どうしたってビノさんにはなれっこないけれど、ビノさんの強さに近づきたいと思っていた。
まだまだかなぁ、ビノさん。
でも、子どもも二人、いい感じにおかあさんぶりも板についてきた。基本姿勢が、こう、私はビノさんほど腰が据わっていないのだけれど、ちょっとずつは、近づけているかもしれない。人は、強く望めば、なりたいものになっていけると思うんだよ。どうだろう。
今年は会いたいな。


2006年06月02日

私がサッカーバカ

どぼぢでどぼじぢで。
と、アテレコしたくなるようなしぐさ(@風大左右衛門/いなかっぺ大将)で、コーナーキックに向かう。
走らない。しかも、試合中なのに、足が止まる。うわー、こんなん、初めて見た。
本日、小僧のサッカー、キレテナイっすよ……。
もちろん得点ができないばかりか、ボールタッチもほとんどなし。せっかくドリブルを奪っても、すぐにパスしてしまうし。
体が自分の倍もあるような大男達とサッカーするのは、そんなに怖いもんなんだろうか。自分がずーっと大女できた私には、今ひとつ想像ができない。それとも「小学生」に、改めてびびったのか。

練習中、一通りチームメイトのお母さん達からご挨拶をされる。その度毎に「幼稚園なんですか?」といぶかしげな定冠詞がついて、体育会系体質の私は「後輩の分際で私からご挨拶せずに申し訳ございません」と思う。ぼのぼの並の汗をかく。「いやうちは7月の味の素スタジアムの試合に出たらとりあえずここはやめようと思ってるんでそんなに親しくして頂かなくても」ともいえず、お菓子を頂きつつ、平身低頭。

練習前、公園でウォーミングアップをしていたら、この地域ではお金持ちしか入れない、英才教育をするサッカークラブに所属しているという少年が、すがすがしく福助に声をかけてきた。
「君、サッカーやるの? じゃ、シュートしてごらん」
……ストリートファイトならぬ、公園サッカーバトル。10本中3本しか入らない福助。
「君、いくつ?  うまいね、でも、それじゃあ簡単にとめられちゃうよ。フェイントって知ってる?」
と、その9歳の少年は丁寧に優しく基本動作を福助に教えだした……天使か? サッカーの天使なのか?
しかし、福助は、なんとなくフキゲンになっていった。30分ぐらい、それでも一緒に球を蹴っていただろうか。彼が帰るときには「ありがとーっ、さよならー」と大声で見送っていたあたりは福助もスポーツマンだったが、あきらかに顔色が変だ。
「挫折」と、頬に大書してあった。負けた、のだ。自分が、自分と大して背が変わらない子どもに、技術的に大差で初めて完璧に負けたのである。おいおい、君は二年、相手はキャリア五年のベテラン(しかもエリート)ぞ。といっても、「屈辱」と今度は文字が変わっていた。

この辺りが、この人、つきあいにくい。一体、どれだけ自分を過大評価していて、どれぐらい負けるのがいやなんだ。人は負けを知って強くなるんだ。って、オレは演歌の人なのか。
この近隣はサッカーに関して選択肢が多く、福助の所属している週一のコレは、かなりゆったり初心者向きである。上手い子もいるが、大きくなれば別のFCに入っていく。先生が福助を小学生組に入れたのも、それでついていけるのも、そういう事情なんだが、福助としたら自分は小学生とも体以外は互角なんだ、ぐらいに思っていたみたいで。
そして、時間になり、練習こそしっかりやっていたものの、試合は全く覇気がなかった、という……。

終了後。
「やる気、ないなら、やめよう」
と、言ってみた。オヤジは厳しいのだ。オレはまだ一応、女だけどな。
「ある。あるけど、早く走れないから」
「だからさぁぁぁぁ(切れる)。できないことを並べて、できないできないって言い訳してたら、永久にできないんだよっ。できなかったら、どうやったらできるか考えろよ!!」
鬼コーチ、炸裂。どうしてこうかなあ、自分。「にんべんのかつを節」と書かれた青いTシャツ着て、何威張ってるんだろうなあ。アクが強すぎる。
「……ごめんなさい(と、勘で謝ってみる福助)。じゃあ僕、どうしたらいいの?」
「んー。謝んなくていいよ。まあ、とりあえず、走れ」
そして自宅まで1キロ半を走って帰り、とりあえずそこの頑張りを絶賛して、今日はおしまい。
「50本だけ、シュート蹴らせて」
というのでつきあった。

将来が楽しみですね、Jリーガーですか。という嬉しい褒め言葉を、ここのところ何度も聞く。自分でもちょっと夢見て、夜中にこっそり、「トレセン」なんてググってみたりもした。ああ、バカバカ親ばか。しかし、今日わかった。多分この性格では、無理だった。
それでも、サッカーを通じて仲間ができるのはすばらしい。サッカーがコミュニケーションの武器の一つになるなら、このまま見守っていこうと、そっちの方で覚悟を決める。本人は「ブラジル人になる」と決めているらしいので、それもまあ現状維持のまま見守りたい。
ああ、あやうくこのブログを「息子をJリーガーに育てよう。サムライへの道2006」(仮)とかにしてしまうところだったわ。早めに気づいてよかったよかった。ああ、謹んで自戒しよう。


2006年06月01日

潔い女

「一番大切なのは、子ども達の笑顔です。
そのために母親が楽しく仕事をすることで、何か文句を言う人がいたら、それは全部私が請け負いますから、何を言われても気にしないで下さい。私が私語を慎むようにとは言わなかったんです、楽しく仕事をしたかったからです。そして、実際に楽しく仕事を終えました。
子ども達の命に関わるような問題でもない限り、どんな行動も、子ども達のためにしたことは、間違いなく、いいことなんです。私はそう思っています」

運動会お手伝い係のリーダーが反省会で発した言葉に、不覚にも涙がこぼれそうになった。
「どんな行動も、子ども達のためにしたことにまちがいはない」
この言葉を、座右の銘にしよう。
そういえば、ありがちな、やり方の異なる前任者への批判も、統括元への愚痴も、彼女から聞いたことはない。
学校長との対応も、役員さんとの渉外も、全部全部彼女は一手に引き受けて、そして、私たち係の者たちには無理なくできる範囲でといい続けてくれた。結局、逐一、彼女に指示を仰ぎつつも、運動会お手伝い係全員、彼女の動きに誘発されて、自発的に動きまくった。気がつくと持ち場じゃないときも、お互いを助け合っていた。
そんな人たちだから、当然、よくおしゃべりもした。私にとっては、相手のことを知りたい! と久しぶりに思わされる出会いだったのだ。子どものことをとっかかりに、立ち話しながら笑い転げ、時間になれば持ち場でマジメに動いて、それぞれの子どもたちもしっかり応援して。運動会を通じて、親しくなれそうな友達ができたことも大収穫だった。

それに文句を言ってきた保護者がいたらしい。私語が多い、って。
役員を通じて、リーダー、勧告を受けたわけで。

当然、反省会では、そういう話もリーダーから披露され、それに対するコメントが冒頭の言葉だった。
六年生は閉会の言葉で、「僕らにとっての最後の運動会、一生忘れません」と結んだが、私にとっても忘れがたい出会いがあった、素敵な運動会になった。

<娘の成績>
団体競技・白組の勝ち
徒競走・2位
花笠音頭・ノリノリ

そして私は、7時に沈没。歯も磨かず、風呂にも入らずに、寝た。誰の運動会だったんだろう。ごめん、娘。一日立ち続けて、日に当たって、疲れた。
でも、二等賞をとった表情と、団体競技での戦略を、母は感動を持って見ていたよ。
花笠音頭を踊る君は、正直、学年いち、素晴らしかった。多分、全員のおかあさんが「うちの子が一番うまい」と思っている気もするが、それはそれで真実だ。