2006年12月26日

いじわるな気持ち

体調悪いんだから断ればいいのに、電話で相談に乗ったりするからこういうことになる。
年末なんだから、おうちのことだけやってなさい、ということなのか。
またやっちゃった、余計なこと。
ちょっと教えてあげなきゃ、という善意のおせっかいがどんなに不快か、それはリボンをつけた暴力なのだと先日私は糾弾したはずなのに、気を抜くと私も同じことをやってしまう。教育ママにありがちなミス。まったくもって、みっともないざます。

彼女は昔の仕事関係のお友達で久しく会っていなかったが、同じ異星人系の子持ちという希少価値がお互いにわかってから、メールで時々やり取りしたり、ご飯を一緒に食べたりする仲だった。
スタート地点ではそんなにかけ離れていなかった個性が、半年も会わないとそれぞれ違っていくようで、久しぶりの電話で私は息子の自慢話、かたや子どもの愚痴こぼしという、なんとも気まずい空気が流れる。
彼女の子どもにはもう彼女の声もあまり届かなくなってしまったようで、つまりは強引に一般人にあわせて生きていくルールを学ぶことを拒否してしまった、自閉症特有の「閉じこもった感じ」に変化しつつあるという。
知能指数は問題ない。でも、他者とのコミュニケーションが難しい。今までは母親の顔色を見て、保育園にも義務感で通っていたようだが、何があったのか、一人でいることが多くなり、お友達の声も先生の声も、そして母親の声も素通りしてしまうようになった。
団体行動を無視し、はっきりした意思表示は、「いや」と泣き叫ぶときだけ。先生も手に余り、そう告げられた母親としては、どんなにか切ないだろう。
まだ就学までには幸い時間があるから、こんな方法を試してみたら?
こんなやり方でうちはうまくいったよ。問題点はどこ? 原因を探ろうよ。
できてしまった溝ならば橋をかけようと、私はちょっとムキになったかもしれない。私の知る限り、人懐っこい可愛い子だったのだ。向こう岸に一人で放置してしまうのは、その子の本意でもないだろう。母親が疲れ果てている場合ではない。
ただその子は迷っているだけのように思えた。見通しがたたないから苛立ち、理解できないから理解することをやめ、理由なく叱られていると誤解して自己評価が低くなり、傷ついて、もういいや。と思っちゃったんじゃないかと思えてならなかった。
障害児にありがちな、典型的なパターン。
福助だって、いつ、そうならないとも限らない。
幸い、今は周りの人たちに恵まれて、みんなと一緒に遊びたいから嬉々としてがんばれる。私が常に周りの方たちのおかげだと思うのは、本当にそのモチベーションに負うところが大きいと思うからだ。障害抱えている子が生き生きと生きていられる環境は、周りの愛が満ち溢れている場所なのだ。そういうところで子育てできるのはきっと健常児にとっても豊かな時間を過ごせるに違いなく、私がいうのもおこがましいが、情けは人のためならずなのかもしれない。
ただ普通に生きているだけでも、障害を抱えていれば、強いストレスがつきまとう。常に騒音にさらされている、常にどこかが痛い、常に緊張を強いられる、常に何かが不便。そんな状況を想像してもらえたら、彼らの世界が見えてくる。
集中して聞かなければ理解しにくい言葉は、慣れない外国暮らしを余儀なくされているような状況だから、いいもん、なじまなくても、日本人村で暮らすもんと心を閉じたとしても、それを責めるわけには行かない。だから私は基本的に、無理して人付き合いする必要はないと思っている。学校も行きたくなければいかなくてもいいと思うし、もちろん、上手に逃げ道も 用意してやる必要があるだろう。
大事なのは福助にとって人生が楽しい時間であることだ。私の残りの人生は、福助とP子の笑顔のためにある。
障害だからとすべて赦されるものではないが、理解されていれば生きやすい。
もちろん障害者側としても、相手に理解を強いるばかりではアンフェアだ。
お互い、ちょっとだけ待ったり譲ったりがんばったりすれば、文化交流や文化の融合は簡単なのだ。どちらかの理屈だけを押し通そうとしたら、対立しか生まれない。
自分の意見の主張しかしない困ったちゃんもいないではないが、平和に物事を解決するコツは譲歩である。
いつまでも日本語を覚えようとしない外国人と親友になるのが難しいように、気持ちを閉ざしてしまった自閉症と友達になるのは難しいから、私は福助にこっちの世界でやっていくための言葉とルールを丁寧に教えこんだ。それでうまくいっているものだから、できれば彼女にも、彼女の子どもにももうひとふんばりしてほしいと思ってしまった。
自閉症という異文化をできるだけ受け入れてもらう工夫と、自分たちにも健常という名の異文化を受け入れる努力を…。

いつも私が言ってること、思ってること。

何言ってんだ。得意げに、とうとうと。
努力って、他人が強いるものじゃない。
やっちゃいけないことを、してしまったと気づいたのは、彼女の絶望的に暗い声だった。
「私にはできないから、ゆう子さんのような療育はできないから」
と、かつて私よりずっと仕事ができた、優秀かつ自信満々だった彼女は、そういって突然、電話を切った。

その瞬間、え。何? 感じ悪い!と思った。
電話をかけてきて、私の時間を使って答えた結果が、これ?と。
でもその直後に、「あ。また、やっちまった」と反省したんだ。
だって、私の中に絶対にあったんだ。教えてあげなきゃ、という驕った気持ち。
教えてあげているという気持ちよさ。
そして、みっともないけどさ、それを掘り下げていくと、疲れて余裕なく、子どもを疎ましく思う今の彼女を弾劾する、いじわるな気持ちがあったと思うんだ。
そんな気持ち、母親ならだれだって抱くのに。
私だってしょっちゅう思う、ああ子どもって面倒くさい。
それなのに優等生の発言をする。
暴力だよ、これは、正義感でも同情でも励ましでもなんでもない。これは言葉の暴力だった。
私は性根が腐っているのかもしれない。
ごめんなさい。
うまくできない人に、うまくやれ、うまくやるべきだ、という。これはいじめの構造に似ている。
大きな弱点を持っている福助を与えられたのに、何も学んでいないことになるよ。
うまくできない人を見てイライラする。なんて勝手な、偏狭な自分だろう。
自分だってうまくできないところだらけなのに。鶴も折れないのに。
彼女が疲労感から子どもをうまく愛せなくなっているなら、そこを指摘したって意味がない。
解決策を並べていくことが彼女の負荷になるかもということも、私、きっとどこかでぼんやりわかっていて、でも自分に酔って話がとまらなくなった。
子どもがかわいそうだという大義名分は、相手を追い詰めるための凶器になる。
無意識に、私自身が言われて嫌だった言葉の暴力を、ぜんぜん違うところで返してスッキリしようとしたのかもしれない。
最低だ。
ただ愚痴だけをこぼしたい気分って、ある。私にだってないわけじゃない福助の将来の不安も、きいてもらったことがあったではないか。それを理解しあえる数少ない友達だったはずなのに、私は何をいい気になっていたのか。
恥ずかしいよ。心の底から恥じ入る。

友達なら、ただ肩を抱くみたいに、対等でいればよかった。私が今幼稚園ママ友だちからもらっているような寛容な友情を、発信できればよかったんだ。求めているのは、対策なのか慰めなのか、そんなこともわからない。
どんな距離で、どうつきあっていくのか。もう一度、足元を見つめておかないといけないと思った。


2006年12月26日 10:52
コメント

ゆうこさん、大丈夫ですか?
いつもゆうこさんの自分を見つめるお姿、尊敬しつつ読ませていただいています。きっとそのお気持ちはお友達に届くと思います。
私も同じようなことよくやるので、わかります。どうにかしたくてドタバタしてしまいますが、時間も必要なんですよね。
同じようなお友達・・うらやましいです。同じ自閉症のママたちの中でもなかなか話のあう人もいないものです。
その子どもさんもまた明るさを取り戻せますように・・。
うちの子も今はにこにこと笑いっぱなしの毎日ですが、来年は幼稚園という新しい世界に飛び込みます。この笑顔を守りたいです。
P.S,まだ「パパ」「ママ」も逆の息子ですが、先日友達に「ま・さ・と・くん・か・し・て!。」と言って本を借りました。サンタさんが私にプレゼントをくれたのだと思っています♪

Posted by: めぐみん : 2006年12月26日 14:47

二語文でましたね!よかった。おめでとうございます。
きっと少しずつ、彼らの豊かな世界を、
言葉を通しても知ることができると思います。
幼稚園もがんばってくださいね。私には輝かしい、
夢のような場所です。卒業が怖いぐらい……笑。

私は冷酷なんだと思います。
尊敬されるようなことは何一つないです。
でも、勇気づけて下さろうとして、
そういう言葉をかけて下さるのはとてもうれしいです。
これはきっと育児全般に、あるいは生きていくこと
にかかわるのかもしれないですね。
まだまだ修行中だなあ! がんばります。


Posted by: ゆう子 : 2006年12月26日 20:50

自閉症の子供の親の大変さは、自分には体感していないので、はっきり言えませんが(障害をもっていた、姉はいます。)同じ境遇の、その友達を大切にして、密に連絡を取ったほうがいいと思います。上手くいえませんが、「リボンをつけた暴力」は、怖いです。みんな、助け合う気持ちが大事です。

Posted by: たま : 2006年12月27日 02:08

やっちまった感で反省しきりなので
彼女ともちろん仲直りしたいと切望してます。
私の中の醜い気持ちが災いしてるのは
間違いないので。
私の友達への接し方も、ここで学んで
しっかり変えていかなければと思っています。
よかれと思うことと踏み出しすぎることは、
表裏一体なので、難しいですね。

ただ、設定を変えてはあるけれど
こんなところに二人の間のことを晒すなんてと
悪意で取られたらどうしようと不安にも
なります。

私の黒い部分を書けば、相打ちで血を流す人がいる。
でもいい子ぶったことばかり書くのも
うそになるし…。
誰だか限定できないようにしていても、
その本人にはわかるから…。
たかがブログですが、私にとっては唯一の表現手段です。これからも試行錯誤しながら、真摯に書き続けたいと思っています。

Posted by: ゆう子 : 2006年12月27日 21:34
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