2006年12月25日

浮上できず

ついてない時はついてない。
うまくいかないときは何をやってもダメ。
思い込みに支配されて、思いやりに欠けて、自分のバカさ加減ばっかり目に付いて。
普段根拠なく自信満々な分、たまにはこのぐらいおとなしくて平均的な気もするが、こう感情が乱高下すると自分自身で戸惑いを隠せない。
今日はいったいどうしたんだ?
持病の偏頭痛までのこのこやってきて、スイッチを切れ、寝れ!とささやきだした。
こんなときは悪あがきせずに、ゆっくり寝ちゃったりするといいんだろうなあと思うんだが、秋からお店広げるだけ広げて、骨折ったり何だり(口実だからえらいあやふや)で遅々として進まない家庭内引越しもあり、寝たら負けだとにかく前に進めと、Sな心の悪魔が鞭を打つ。
病院でまた三時間待ち三分診療。頭痛の鎮痛剤効果に乗っかって口あけていぎたなくお昼寝をしていたら、なんだかいろいろお土産をもらってきちゃった気がする。弱っているときには免疫力も低下するのよね。寒いのは心? それとも悪寒なの? 寒さよけひとつできなくて、こんなに厚い脂肪はいったい何のためについてやがるんだ!流氷の中泳ぐわけでもあるまいに。
あーあ。またぐだけで妊娠しちゃうぐらいのキトキトな生気が戻ってこないだろうか。もちろん、もう妊娠はしなくていいが。

こういうときは暗い事件とか相方の自分勝手などに憤怒すると元気が出るかも、と思う。
ところが、事件はさらに気持ちが沈みこむ一方、罪深い私がいったい誰を糾弾できるのかとドツボにぴったりはまりこんで動けなくなる。
もう一生発言するな、お前にそんな資格はないわと心の奥のほうで良識派の私が叫んでいる。何の権利があってそんなことをいうのかゴーマンな奴め、法廷で会おうぞ!と喧嘩上等な私が叫べば、明るい憤怒こそ私の真骨頂、それができないのは死に等しいと冷静な私が叫び、前のめりになれない減退ぶりを心配性の私が叫ぶ。心の中はどうしてどうしてとリフレインが叫んでいるのだった。
クリスマスシーズンにユーミンを聴いていないのがいけないのかな?
頼みの相方は、こういうときに限って明るい。仕事が忙しい時の相方はずいぶんと大変な人だったはずなのに、ジョギングがすっかり人格を変えてしまった。深夜、シンガポール土産の赤いブリーフ、真ん中に福と金文字で書かれたそれをはいて、メリークリスマス!などとダンシングサンタよろしく怪しく腰を振っていわれたら、笑わずにはいられない。
教会は故郷に帰ったような懐かしさだったし、道中、子どもたちの会話は天然炸裂で笑い転げたし、帰宅後、録画していたM-1でも笑った。肋骨もだいぶ痛くなくなっている。
友達の日記をネットで読んだら、それぞれに温かいクリスマスで、なんかこっちまでハートウォーミングであったのに。
今日だって昨日の続きで、安定していていいはずなんだけどなあ。
お楽しみといえば、のだめの最終回もあることだし、娘の通知表は文句なし、福助はくもんの進級試験で百点を取っただの、サンタからロナウジーニョモデルのスパイクをもらったので、一日ニコニコしている。
穏やかないい一日、何が不満で気分が高揚しないのだろう。風邪か。このまま心も風邪をひいて鬱になっちゃったりしたらどうしよう。
…っていうか、普段はこんなもんでいいのかもなあ。可もなく不可もなく、日が暮れる。
人は毎日、そんなに愉快に、面白おかしく生きているわけじゃないのかもしれないなあ。

どうなんでしょうか。42にして迷いっぱなし。人生の深遠はまだまだわからない、ひよっこです。トウ、たちまくってるけど。


2006年12月25日 17:14
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