TOYOTA−CUP、燃えた。
テレビ前で、燃えに燃えた。
安あがりな一家である。あ、娘は漢字練習をしていて、見ていなかったな。
いぬのえいが、録画していたの見て、泣いた。
テレビ前で、泣きに泣いた。
破線のマリス、録画していたの見て、面白かった。
今日一日、洗濯して掃除してご飯作って片付けて。
あとはずっと、テレビ見ていた。
息子が体調不良で寝込んでいると、娘もいつまでもパジャマでぐだぐだしている。
どこにも出かけない休日。何もしないで、だらだら。
するべきことが、ただ家事だけでいいって、とても楽なのね。
突然の来客があったのであわてて眉毛かいたけど、相方は仕事部屋に通してしまったから、お茶入れておしまいだったし。
こういう一日って貴重。
子供が小さな頃には、あがいてあがいて、きりきりしながら自分の時間を確保してきたのになあ。託児所は高い、預けられる友達はいない。泣きながら主婦にも休日がほしいと相方に訴えて、月に一度だけ一人だけの時間、駆け足で図書館に行ったりお芝居を見たり買い物したりしたこともあった。
一日中テレビが見られる暮らしが、体がどこも悪くないのにアリだなんて、夢のよう……。
と思ったんだが、なんのことはない、息子が大きくなったら当然、べったりお付き合いすることもなく、私の時間はこんな感じでもりもり増えて行くんだわ。輝かしい未来のような気もするし、なんだか寂しいような気もする。
洗濯物は区分けしてかごにいれたものを、おのおのが畳む。動線を考えて、家事を分担させるシステムを作ったら、平成新山(洗濯物で作られた鈴木家の名物)が、一気に片付いた。それだけ子どもたちが大きくなったということだ。小僧のパンツと相方のパンツ、私の靴下と娘の靴下は、すでに区別がつきにくい。
相方はもうちょっとでっかいパンツを愛用すればいいと思うし、小僧は黒いボクサーパンツ以外も愛用すればいいのにと思うが、好みなので文句は言わず、そのかわり間違えていたらどこにどうしまえばいいかを教える。
屋根裏から転落して以来、怖くなってしまったので、夫婦の寝室に無理やり机を置いて、私の仕事部屋はベッドの横だ。もう服を散らかしておくわけにはいかないのだ。
私の体が動かなくなっていく分、知恵を使えばいいのだと今回の家庭内大移動でシステムを大幅に再構築したのだが、使うのは知恵ではなく子どもたちの手なのだった。もうすでに猫の手よりずっとマシで、気づいたら、ご飯のときの手伝いやちょっとした買い物、トイレ掃除や玄関掃除など、毎日の分担には十分な戦力。私は楽になる一方だ。
こんな日が、来るんだなあ。
それぞれの部屋を作って、それぞれの部屋で過ごす時間が増えていき、お友達もきっと個別に呼んで、それぞれの部屋で遊ぶようになっていく。
それでも、我が家にはテレビがひとつしかない。ステレオもCDもPS2も全部リビングに行かなければ扱えない。
携帯ゲームは子供たちには与えず、リビングで私のを貸し出している。お手伝いのお駄賃がわりに。だからうちの子たちはそれぞれマイソフトを持っているが、マイハードはない。サンタにねだったけれど、私が却下した。
時間外の食事は認めない。食事は基本的に、毎食、全員で食べる。そうしないと、おかあさんつまんないもんという理由で。
これからもできる限り、その鈴木家のルールは続けよう。
今まできっちりしたラインを作ってきたのは、こういう来るべき日に備えてのためだったのかと思うぐらいだ。
子供の自立を寂しがることはない、大丈夫だ。と、思う。
各自の部屋ができても、ダイニングでは、今日あった楽しいことも嫌なことも、ご飯食べたりお茶飲んだりしながらみんなでおしゃべりして、リビングではテレビ見たりゲームしたり居眠りしたりくっついていたりして、きっと今までどおり、そこが基地になっていく。永遠に開放されないような気がしていた幼児時代があっさり終わってしまうのだから、この先もおそらく早く時間はすぎるだろう。
サッカー見て燃えたり、映画見て泣いたり、一緒にいられる限りある時間を、できるだけ慈しんでおきたい。
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