2006年06月20日

反省の因数分解(長文)

一晩寝て、落ち込み復活。
まあ、たいていのことは寝ると終わっています。結構気に入っている、よい性格の部分です。

どんな母親もこうやってみんな悩んで大きくなっていくのだろう。
体だけが大きくなっているわけではないと信じたい。
目方で女が決まるならこんな苦労は、こんな苦労はするまいに……。

さて、昨日落ち込んだ理由は、多分、「中途半端」さ、でした。
子どもに伝わらなかった。それが一番ショックでした。
しかし、アンタの命がなくなったら困るんだ、ここでふざけると危険なんだ、馬鹿者!! という言葉は、いつか彼の心に届くだろうと思おう。この交差点に来たら、どこかのおばちゃんが怖かったから一歩後ろに、でもいいんです。
いい方はきつかったが、それについては、もういいことにする。

問題は、その後の母親との関係です。
あの瞬間、母親の立場を思いやる気持は、私にはありませんでした。母親が「危ない」と手をひくチャンスを横取りしたのかも知れません。同時に、一連の叱責をしながら、どこかで、社会性を全く指導していない母親の教育方針を、間接的に批判していたのではないかと思うのです。

どんな教育にもよいところがあります。
彼女は「寛容」に育てることで、子どもを活かそうとしているのかもしれない。
戦後の核家族化でキリキリ叱るヒステリックな母親がこの国の定番になりましたが、明治時代に日本を訪れている外国人ジャーナリストは、「日本の国の子どもは世界一幸せに見える、この国の母親達はいつも笑って、子ども達を怒ることがない」とリポートしているのです。
私の姑がそうです。
伊豆の田舎の山の奥の奥で、ひょっとすると百年前にタイムスリップしているのではないかと思うほど、働き者で穏やかな義母。悪く言えば、ものすごく甘い。でも、その慈愛と優しさが、相方の根幹をつくり、出来の悪い嫁を何度となく救ってくれています。小学校時代には特に目立たなかった、むしろ意思表示もご挨拶などもできなくて、教育ママな私にはもどかしく、心配すらしていた姪は、高校時代の今、大学は推薦でどこにでも行けるほどの上位成績を誇り、部活でも部長として、県下に名を轟かす存在に成長しました。幼少期に厳しく躾けていたら、東京の口うるさいおばちゃんである私を満足はさせたでしょうが、こんなにスゴイ子にはならなかったでしょう。
つまり、どこを育児のゴールと考えるか、何を目的にするか、そして何より、その子の資質はどうなのか。そんなのは、端にいてちょこっと見ただけでは、わからないのです。

うちの小僧は自閉症と診断されています。
今でこそ、境界の人に近くなり、「10人幼児がいてこの中に自閉症児が一人、さあ誰でしょうクイズ」をしたらひょっとするとわからないところまで訓練しました。
ソーシャルスキルアップのためには鬼母にもなりました。それを、その場にいた周りの大人たちから「あんな虐待しなくても」とそしられたとき、私は事情も知らないくせにだまっていてくれ! と思ったものでした。
もっと厳しくしつけなさい、このようにいいなさい、と、今回私がその母親に対して直接ではないにしろ、子どもに対して強く言ったことは、当時私が受けた冷たい視線とは真逆かもしれません。でも、視点を変えればやっていることが同じです。
自分は厳しく躾けたのだから、私の知人にも厳しさを要求したのだとすれば、それは絶対に間違いなのです。

どんな母親だって自信満々で育児しているわけではない。
母親だって、母親をやるのは、初めてなのです。
私は福助を育てながら、調教師としての技術に磨きをかけたなあと自負しています。けれど、それは母親の優しさや寛容や愛情とは、ちょっと違う。
相方とぶつかるときにも、いつもその部分です。母ヨシコに大変厳しく育てられた私は、他人に対して優しくすることがわからないのだと思います。
頑固ジジイは必要な存在です。怖いオヤジに注意されるのは、子どもが大きくなる上で、必ず必要だ。けれど、そこに子どもに伝えるべき大義があるか、そこに子どもへの愛があるか。最近どの子に対しても遠慮なく叱りつけている自分をもう一度振り返り、構築し直すべきだと、思ったのでした。


2006年06月20日 10:11
コメント

少なくとも数千の母親を見てきてますが、二つのパターンに分類できるように思います。

客観的に悪いことは悪いと教えられる母親と、溺愛の余り叱るべき時でも叱ることが出来ない母親と。
「可愛いから叱れない。」「かわいそうだから叱れない。」
我が子の非を教えてやらない弊害は、周囲の者への多大なる迷惑となって現れます。
可愛がることと甘やかすことを履き違えていることに気付かない親に育てられたら、子どもは不幸です。

叱る叱らないは、家庭での方針でしょうから、外野がとやかく言う資格はありませんが、少なくとも公の場や集団行動をするときの最低限のマナー・躾はしておくのが保護者としての義務だと思います。

それができてない人には、貧乏くじを引く如く、周囲の誰かが言わざるを得ないですよね。

仕事上とは言え、鬼の○○と言われている可能性の高い者が言っても余り重みはないかもしれません(笑)

家庭内や、地域での役割分担がきちんと出来ていたら、大丈夫ではないかと思います。
優しく受け止める役と、厳しく教える役と。

すごくお節介ですけど、気にされすぎませんよう。

Posted by: 謎のバイヤー(笑) : 2006年06月20日 20:56

……ありがとう!!

Posted by: ゆう子 : 2006年06月21日 22:15
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