2006年04月04日

劇団、最後の日。

娘の英語劇団、最後の日。
親の感想を一人ずつ聞かれたのだが、私の番で、
「P子は私の自慢の娘です」
と言うなり、突然、涙が溢れてしゃべれず。
三年間、よくがんばったね。今年は、役の気持ちになりきろうとして一生懸命考えていた。記憶力のよくない分、影でしていた努力をお母さんは知ってる。
結果、すばらしい公演になり、私は今年もスタッフの方達からP子を絶賛されて(かなりサービストークが入っているにせよ) 鼻が高かった。人前で発表するのも得意、少々自信のないときもちゃんとはったりかまして、有言実行。そういう娘に育ててもらったことを誇りに思う。
なんてなことを、ギャグを盛り込みつつ、言うつもりだったのになあ。
毎回楽しそうだった練習、そして張り切っていた本番の姿を思い出して、それが来年はもうできない事実に切なくなってしまい、涙をこらえきれなくなった。

スイッチが入ってしまっているんだろう。
昨日のライブのための一ヶ月あまりの練習は毎回あまりにも楽しくて、楽しくて、楽しくて、しかもステージはめっちゃ楽しくて、楽しくて、楽しくて、それが終わってしまっても今日は一日中、まだ愛おしい感情でいっぱいだった。
今日一日上機嫌で過ごし、夜は、その娘の修了式のパーティー会場に。
そこで「もう、ホントにおしまいなんだなあ」という感情がごがーんと襲ってきたのよ。
娘の三年間とこの一ヶ月余りが、ないまぜになってしまったというか、異常なまでに感情移入というか、それでなんだかわけがわからず、泣いてしまったのだった。

楽しい、ということ。
これはとっても大事なことだ。
私は楽しむことに罪悪感を感じる子ども時代を過ごしていたので、大人になって自分の力で自由を手に入れてからというもの、楽しむことにはたいそうどん欲だった。そして復讐するみたいに、すべてのことを肯定していった。今では例えば、自分が高卒であることもなかなか素敵と思っている。
子どもの頃、ピアノと並行して習っていたソナチネコンコーネやコールユブンゲンが大嫌いだった。ところが、ライブで自在に出てくる声に、初めていろんなことがパチンとつながった気がした。なんかね、それはとっても幸せなリベンジの瞬間だった。
ギターやピアノで弾き語りするのにいっぱいいっぱいだった10代の頃にはまだ、わからなかったことだ。文化祭で、競争率の高いオーディション勝ち抜いてステージに立つのはちょっとした自慢で、当時は楽しむ以前にその功名の方が勝っていたんだと思う。演劇で舞台に立つのはそのまま将来の仕事に結びつく覚悟だったし。そもそも学園祭も演劇コンクールも、練習大好きだったけど、ハードだったしさ。でも、41才のライブ初体験は、別に功名も将来も涙流すほどの特訓も、関係ないからね。
それで初めて知ったんだ。音楽は楽しい。無条件に楽しい。
バンドを組むとか、ライブハウスに出るとか。メンバーと一緒にスタジオにこもって、歌声だの演奏だのにうっとりして、終わったら東京麺通団でうどん食べて、ビール飲んで、いろんな話しして、キャラの濃いぃ人たちに圧倒されつつも笑い転げて、本当に本当にそれらすべてが、楽しく、切ないほど愛おしい時間だったんだ。

娘にとっても、この三年間の週一のレッスンが、楽しかったのなら何よりだと思う。心の底から楽しめることだったみたいで、よかったなと思う。
今年一年はお休みして、またモチベーションをあげて、戻りたかったら戻ればいい。そのための体力と経済力を、この一年で、おかあさんもつけておくからね。

習い事を一区切りつけるに当たって、私はP子を英才教育したんだなと思う。
言うまでもなく、4才から英語学校に行っているのに彼女の英語力はさんざんだ。同時期くもんを始めていた子は今年英検四級に合格しているけれど、P子の英語はほとんど使えない。にこにこ笑って外国人には近づくくせに、困ると私を呼んで自分は全く話さない。
けれど、P子は表現する喜びを誰よりも知っている。何より、9才にして何かを作り上げていく喜びと、その行為の「本気の楽しさ」を知っている。これを英才教育と呼ばずして、なんと言おう。
本気で楽しいことを体にしみ込ませるのは、生きる根幹ががっちり、できたということではないか。大人になる前にそれがわかったなら、この先の人生、とりあえずハッピーで、無敵だ。

お疲れ様、P子。
お疲れ様、ダリオス(バンド名)の皆様。
そして、お疲れ様、私。
まだこれからの方が長いんだ、まだまだ、めいっぱい楽しんでいこうぜ!!


2006年04月04日 18:43
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