おちこまない。おちこまない。絶対に、落ち込まない。
さーっ、昨日の仕事の遅れを取り戻すぞと思っていたら見透かされたように「今日、幼稚園行かないの」という福助。お弁当を見せても、お菓子でつっても、駄目。電車ごっこに鬼ごっこ、駄目。幼稚園で習った歌メドレーで、駄目。両手で椅子を押さえ込んで、「じぇったいに駄目のー」と言い続ける。
絶対に、は、今の口癖なので、絶対に気にすることないんだけど。
ピタゴラススイッチなんか「じぇったいに、いいのよー」と、拍手しながら見ていて、もうとっくに幼稚園が始まっているのに。ああ。
夕べ、寝る前に「みんなと仲良くなれたらいいのにね」と、美しい日本語でしみじみ話しかけられた。ビックリして見つめると、福助はこっちを見て凛々しく微笑んでいる。すっごく賢そう、でいて、脳みそが錦鯉並み。というところが弱っちゃうんだけど、きちんとしゃべっているとほんとうに君は四歳なの?と母親がどきどきするほど。多分、根岸先生の言葉のそっくりそのままなんだと思う。そんな言葉をトレースしてしまう状況を思うと、福助を思いっきり抱きしめずにはいられない。
「きゃー、おかあしゃん、くすぐってー。福ちゃん、くすぐっていいよー。福ちゃん、猫のー」
と、福助はいつもの変なしゃべり方のふざけっこモードに切り替わって、母は複雑な気持ちになる。
やっとのことで納得する服を選んで(色の組合せに異常なこだわりがある)お着替えしてと用意しておいたのに、投げて散らかし、やっと履き替えさせたパンツは、わざわざおむつに履き替えてやがって、電車のカードをひらひらさせている。
「ああ、みんなと仲良くなれたらいいのにね」
と私は、ぽそっと言っていた。運動会の練習が苦痛なのはわかっている。それでも渡世の義理ってもんがある。同じ霊長類なら、君はオラウータンに産まれればよかったね。人は、集団で生きていかなければならないんだよ。みんなで、生きていくしかないんだ。
「福助君は、みんなと仲良くなりたいんだよ」
あ。滝田先生の口調そのままに、突然、福助が復唱して、すっくと立ち上がり、
「ばんじゃーい。じぇったい、万歳するのよ」
と、着替えを私に促した。何かが、つながったらしい。
幼稚園に行っても廊下でいつまでも寝ころんでいるし、上履きは履かないで教室に入っていった。
それを園庭の影から見送って、自転車で戻ってきた。落ち込まない、じぇったいに、落ち込まないのよー。と、福助の口調でくり返し、繰り返し、自分に言い聞かせる。
落ち込んでいる暇はない。
福助がみなさんにご迷惑をかけている分、私に何が出来るか考えよう。何か出来ることがあるはずだ、絶対にね。
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